52.お姉様と白い龍の伝説

「ひゃー、風が気持ちいい!」


 俺たちはドラゴンの背中に乗ってダンジョンを抜け出した。

 

 星空の下、満月に照らされて、白いドラゴンが町の上を駆け巡る。頬にあたる夜の空気が心地良い。


「見ろ、町の人がみんな私たちを指差してる」


 ヒイロが指差す方向を見ると、家や商店

から人々が出てきて、驚いた表情でこちらを指差している。


「ホントだ。手でも振ってやろうぜ」


 俺は身を乗り出し手を振った。


「おーい、おーい!!」


「お姉さま、危ないですよ!」


 アオイが俺の体を慌てて支える。


「大丈夫だって」


「危ないってば!」


 ヒイロも呆れ顔をする。


 俺がそんな調子で地上を見ていると、見慣れた人影を見つけた。ロゼの店員さんのアザミに、冒険者協会で働くお姉さんのエルさん。二人はちょうどロゼで飲んでたみたいで、店の前でこちらを指差し何か話している。


「みんな驚いてるみたいだ」


「おもしろーい!」


 モアもはしゃいでる。

 するとモアの影から鏡の悪魔が出てきて不敵に笑う。


「ふふ、どれ、いっちょサービスでもしてやるか。そーれ!」


 鏡の悪魔がパチンと指を鳴らすと、街に飾られていた赤い薔薇が、全て青い薔薇に変わる。


 青いバラに包まれた幻想的な街の光景に、街の人々は驚きを隠せない。


「ははっ! 愉快愉快!」


 鏡の悪魔が豪快に笑う。どうやら思ったより茶目っ気のある悪魔のようだ。モアに取り付いてるというのが少し厄介だけど。


 普段は影の中に住んでいて、モアから少しづつ魔力を得ているという話だったが、本当に大丈夫なのかな。


「町まで来たけど、この後はどうするんだ?」


 ホワイトドラゴンが背中に乗っている俺たちに問いかける。


「そうだな......じゃあ、人気ひとけの無いところで降りよう」


「了解。そんじゃ、その辺飛び回って良さそうな所を探してみるか」


 夜空を飛び回るホワイトドラゴン。夜の町を、森を、草原の上を駆けた。夢のように巡る空の旅。翼から巻き起こる風で草原が海原のように揺れ、湖の上に浮かぶ月に波を起こした。


 ドラゴンはびゅん、と旋回すると、丘の上、教会の目の前に着地した。


「ありがとう」


 俺たちがドラゴンの背中から降りると、ドラゴンはぶるりと体を震わせた。体は見る見るうちに縮んでいく。


「お前......人間に!? ......いや、エルフか?」


 そう、白いドラゴンは見る見るうちに白い肌、金の髪、長い耳を持つエルフの少女に変化したのだ。


「私......元の姿に戻ったのか!」


 先程までドラゴンであった少女が、教会の窓に映る自分の姿を見て驚く。


 鏡の悪魔が悪戯っぽく笑う。


「ああ。新たな召喚者が現れたのに、前の召喚者を元に戻すのをすっかり忘れていたからな。ついでじゃ」


「前の召喚者......?」


「ってことは......」


 皆で一斉にエルフの顔を見る。


「まさか、セリィ......? あんたが600年前に鏡の悪魔を呼び出したというセリィなのか?」


 エルフはうなずく。


「ええ。私のの名前はセリィ。いまの今まで忘れていたけど......全て思い出した」



 セリィの話によると、真相はこうだったらしい。



 600年前、セリィは鏡の悪魔を呼び出した。だがそれは、オルドローズを男にするためでは無かった。


 セリィとオルドローズは幼い頃から共に戦い、旅を共にした仲間であった。


 しかし、セリィは悠久の時を生きるエルフなのに対し、オルドローズは寿命の短い人間。二人の間にいずれ別れが訪れることは必然であった。


 やがてオルドローザは病に侵される。


 そこでセリィは悪魔を呼び出し、願ったのだ。オルドローザを不死にしてくれと。


 だがオルドローザはそれを拒否した。自分は人間として生を全うしたいと。不死にはならないと。


 その代わりオルドローザは言ったのだ。


 自分のことは忘れてセリィには自分の人生を生きてほしいと。


 同時にオルドローザに拒絶されたと思い込んだセリィは思った。オルドローザに拒絶された自分ではなく、別のものになりたいと。そうして永遠の眠りにつきたいと。


 その結果、セリィは龍の姿に変えられ、オルドローズのことは忘れ去り地中深くで眠りについたのだという。


 鏡の悪魔は笑う。 


「そう言えばそうじゃったかも知れん。龍というのは永い時を眠って過ごす生き物じゃしな。じゃが、それもこれまでよ」


 600年前、自分が来た証にと、町中の白い薔薇を赤く変え、薔薇祭りの由来を作った悪魔は笑う。


「ここは600年間何も変わらない」


 セリィは礼拝堂の扉を開けた。

 月光がステンドグラス越しに、オルドローザの美しい肖像画を照らす。


 セリィは女神のように神々しい肖像画を見つめる。


「オルドローザは本当に意地悪よ」


 セリィは壁から肖像画を外すと、ゆっくりとその腕に抱きしめた。


「......私は、忘れたくなんか無かったのに」


 その時俺は気づいた。オルドローザの肖像の薬指に、見慣れた指輪がはめられていることに。


 俺は自分の指から指輪を外すと、セリィに手渡した。


「この指輪、あんたのだったんだな。だからこの指輪をはめていた俺はドラゴンに......本来の持ち主であるセリィに引き寄せられていたんだな」


 セリィは、指輪を受け取ると頷いた。


「そうだ、これは私とオルドローザが悪魔との戦いで手に入れた戦利品。どこでこれを?」


 俺とモアは顔を見合わせる。


 思えば、その指輪も奇妙な旅をしてきたのであった。


 セリィがその指輪の魔力を使って鏡の悪魔を呼び出したあと、指輪はオルドローザに渡る。


 それからオルドローザの死後は生前に親交のあった俺の先祖に渡り、父親がそれを相続する。


 それから父親の持つ指輪を見つけたモアが鏡の悪魔を呼び出し、父親の死後はグンジおじさんに指輪が渡り、おじさんの逮捕後、指輪はルーラの手に渡り、そして俺の元へ来て、再びセリィの元へと帰ってきたのだ。

 

 今回の旅は、全て一つの指輪によって結びついていたものだったのだ。

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