第16話 お姉様と見覚えのある人

 ベルくんの尾行を終えた俺とモアは、アビの港のカフェに来ていた。


「わーい、このトロピカルジュース美味しい!」


 モアが蕩けそうな顔で笑う。

 ああ~なんて可愛いんだ!


「お姉様も♡」


 モアが促す。


 上が青、下が黄色の2層になっているトロピカルジュース。


 そこにオレンジのかけらとピンクのストローが二つ付いているんだけど、ストローは二つくっつけるとハート型になる様になっており、かなり乙女チックだ。


 恐らくカップル用なのだろう。

 俺はストローに口をつけながら考える。


 仮に俺たちが同じものを探していると仮定しよう。


 ベルくんが言うには、ある人物に頼まれてある物を探しているという。


 でも女装して潜入したグレイス海賊船には探しているものは無いらしい。


 だからベルくんは見逃して貰う代わりにロレンツ海賊団に潜入してスパイとして活動する傍ら依頼の品を探している。


 ベルくんの話が本当だとするならば、グレイス海賊団に居たところで、俺たちはセラスの依頼を達成できない。


 グレイスたちが嘘をついている可能性もあるが、本当にロレンツ海賊団にお宝を盗まれているなら、グレイス海賊団でこのまま調査を続けても意味は無い。


「どうしたものか」


 俺が呟くと、モアが笑う。


「大丈夫だよー、お姉様。何とかなるよ」


 全てを癒す、モアの微笑み。モアは相変わらず海辺の天使だなあ。エンジェル!


「そうじゃそうじゃ」


 すると突然モアの影から声がした。


「わっ、鏡の悪魔! こんな所で」


 俺は人差し指を立て、辺りを見回した。


「大丈夫じゃ。誰も見てない」


 本当かよ。


 俺は辺りを見回したが、幸いここはテラス席で他に客はいない。目の前も人気のないビーチ。誰にも聞かれた様子はない。


 ホッとため息をつく。この悪魔、どうも最近出たがりで困る。


「それより、お姉様の話によるとブローチはロレンツ海賊団の船にある可能性が高いのじゃな?」


「ああ。一体どうすれば」


「それなら簡単じゃ。ロレンツ海賊団に忍び込めば良い」


 あっけらかんと言う鏡の悪魔。簡単に言ってくれるぜ。


「でも一体どうやって。まさか男装するとか?」


「そんなのすぐバレちゃうよ!」


 鏡の悪魔はふふふ、と可笑しそうに笑う。


「まさか。妾の能力を忘れたのか」


 キラリ、と影の中で鏡の悪魔の目が光る。


「まさか、お姉様を男の人に戻すってこと?」


「一時的にじゃが」


 ふっふっふ、と影から笑い声。


「男の体に戻れるのか!?」


「そうじゃ。ただし持つのは三日。それに、変身中にをすれば魔法が解けるから気をつけるのじゃ」


 ゴニョゴニョと耳元で魔法の解ける条件を告げる。


「なんだ、それなら楽勝だ。俺はロレンツ海賊団に忍び込むぜ!」


 俺はガッツポーズをした。


 久しぶりに男として過ごせる!


 そう考えるだけでワクワクした。

 男だらけの海賊団がどうなってるのかも見てみたいってのもある。


「じゃあ、決まりじゃな」


 鏡の悪魔の声が弾む。


「早速ベルくんに話をつけて


 早速町に出て先ほど別れたベルくんを探す。


「一体、どこにいるんだ?」


「お姉様、あそこ!」


 モアが人混みの中を指差す。

 目を凝らして見ると、ベルくんが背の高い黒髪の男と一緒にいる。


「誰かと一緒にいるな」


「とにかく声をかけてみましょうよ」


「そうだな。あいつは声をかけるなと言ったが、いざとなりゃ弟ですで押し通そう」


 俺は声の限り叫んだ。


「おーい、ベルくん、ちょっと話があるんだが!!」


 ベルくんは顔を真っ赤にしてこちらへと走ってくる。


「話かけるなって言ったのをもう忘れたの」


「悪い悪い、実はまだ聞きたいことがあって」


 白々しく笑う俺。


「どうしたんだ、ベル。知り合いか?」


 黒髪の男がベルくんの後を追ってくる。


 ちっ、気を利かせてどっかに言ってくれりゃあいいのに。

 まあ、いいや。「姉なので兄弟水入らずで話させて下さい」で押し通すか。


 すると黒髪の男は俺の顔をマジマジと見た。


「ん、あんた、どこかで会ったっけ?」


 何だこいつ。ナンパか? いくら俺が可愛いからって!


 でも言われれば、俺もこの黒髪の男に見覚えがあるような気がしてきた。


 黒い髪、黒い瞳。少し日焼けしていて、筋肉質だけど細身の体。年は、20代後半くらいか? 腰に高そうな剣を刺している。


 見覚えはある。だけど思い出せない。


「見覚えはある。もしかしてあんた、エリス王国の人?」


 俺が言うと、男は頷く。


「いや、生まれは違うんだが、10年くらい前にエリスにいた事はある」


 じゃあ、その時会ったのか? 10年くらい前だって?


「安心して。この人はオディルと言って、僕と一緒に海賊船に潜入してる冒険者だよ。昔、エリス王国で王子に剣術を教えていたほどの腕前の持ち主なんだぁ」


 ベルくんが言うと、オディル、と呼ばれた男は静かに頷く。


 エリス王国の王子って……


「ああ。レオ王子に剣術を教えてたんだ。少しの間だけど」


 何だって?


「ああ。レオ王子に剣術を教えてたんだ。少しの間だけど」


 あ……!


 俺の頭に過去の記憶が蘇ってくる。


「よしよし、レオ王子は中々筋がいいな。ミカエラはもっと力任せに振るんじゃなくて、きちんと剣の型を覚えるんだ」


 あれは俺がまだ時の事――


「うるせーっ!」


 俺はそんなオディルを思い切り殴りつけた。長身のオディルの体が吹き飛ぶ。


「痛っ! な、何を」


「やってられっか! 俺は剣なんて持たなくても強いからいいんだ!」


 剣を床に叩きつける。


「あっ、こら!」


「べーだ! 殴ったほうが早いのに、剣なんて持ってバカみたい! バーカ、バーカ!」




 ……あー、あの時の!

 

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