第3話 お姉様と水の姫

俺たちは、兵士に取り囲まれ、そのまま荒々しく馬車に乗せられた。


 街の中心部へと向かっていく馬車。

 白い壁に水色やピンクの屋根。白い石畳に、等間隔に植えられたヤシの木と美しい花々。


海の見える可愛らしい住宅街を抜けると、真っ白な宮殿が見えてきた。


「真っ白いお城!」


 モアが声を上げる。門には水の都セシルのシンボルである、真っ白な人魚のオブジェが飾られている。


「やはりか......」


 俺は眉をひそめた。


「どうやら、お姉様には行き先の検討がついているようじゃな」


 鏡の悪魔が小さく声を出す。


「ああ。ここには小さい頃に、何度か来たことがある」


 そう。だってここは......


 ギイィ......


 物々しい音がして宮殿の門が開く。馬車はその中へゆっくりと進んで行く。

 俺たちは、城の地下牢へと連行された。


「しばらくここで大人しくしていろ」


 ガチャンと音がして鉄格子が閉まる。入口が鉄格子で、ほかの三方がは灰色っぽい石で囲まれている。大きさは四畳半ほどで、部屋は窓もなく薄暗い。


「はあ......まさかセシルに来て一日目の宿が牢屋とは」


 冷たい石の床にゴロリと横になる。


 せっかくモアのために海の見える宿をとろうと思っていたのに。


「すぐにここから出られるよ。だってお姉さまは、何も悪いことしてないんだし」


 俺を慰めてくれるモア。


「モア......」


 俺はモアを抱きしめ、ふわふわした髪を撫でる。


 確かにここからはすぐに出られると俺も思う。でも......


 石畳を歩いてくる靴音がした。


 顔を上げると、先程の兵士が入口に立っている。


「出ろ?」


 眉間に皺を寄せ、険しい顔をする兵士。


「へ?」


 俺とモアは兵士に促されるままに立ち上がり、牢屋を出た。


 兵士は着いてくるよう促すと、小さく舌打ちしてこう言った。


「姫様が、貴様らに会いたいと言っている」


 姫様。


「やはりか」


 人魚をモチーフにしたステンドグラスが美しい長廊下を進む。


「姫様、この者たちを連れて参りました!」


 白い石壁で出来た、机も椅子もない、だだっ広い部屋に兵士の声が響く。


 天井からは大きな御簾がぶら下がっていて、その奥に女性のシルエットが見えた。


「そう」


 先程馬車からした女性の声。


 俺は御簾の向こうに向かって叫んだ。


「助かったよ、セラス」


 返事はない。代わりに、チリンチリンと鈴の音が鳴り、それを合図に御簾が天井へと引き上げられ、奥にいた美しい女性の姿が露わになる。


 年の頃二十歳くらい。瞳は深いブルー。長い銀髪を珊瑚の簪で結った美しく整った容姿。

 水色のヒラヒラとしたドレスを身にまとい、白い羽衣のようなショールを肩にかけているその姿はまるでお伽噺に出てくる乙姫様のようだ。


「まあまあまあ。よくいらっしゃったわねーミア。冒険者になったという噂は本当だったのね」


 奥にいた女性――セラスは、走りよると、ガバリと俺に抱きついた。


 ギュッと押し付けられる豊満なバスト。


 甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「なっ......!!?」


 モアが顔を真っ赤にして眉を釣り上げる。


「あら~あらあらまあまあ、大きくなって! 久しぶりねぇ~ミア♡」


 俺の体を撫で回すセラス。


「セ......セラス......苦しい」


 セラスの背中を軽く叩くと、セラスは長い抱擁を終え、ようやく体を離した。


「まあ、ごめんなさいね。つい嬉しくて。こちらが妹さん?」


 ムッと口をへの字にしているモアを、セラスは穏やかな瞳で見つめた。


「ああ、そうだ。こいつが妹のモア」


「まあ! ミアにはあまり似てないのね」


 その言葉に、モアの眉はますます釣り上がる。


「お姉様、この人は......」


「ああ、紹介が遅れたな。モアも小さい頃会ったことがあると思うんだけど覚えてないかな? 俺たちのいとこでセシルの領主を務めているセラスだ」


 俺が紹介すると、セラスは水色のドレスを指でちょこん、とつまみ上げ挨拶した。


「セラスと申します。よろしくお願いします」


「モ......モアです」


 モアとセラスが挨拶しあう。

 ぶつかり合う青い瞳。


 こうして見ると、モアとセラスはまるで姉妹のようにそっくりだ。


 フワフワの銀髪に、ブルーの瞳。少しタレ目なところも似ている。


 セラスの父親は俺たちの母親の兄に当たる。つまりセラスは俺たちの母方のいとこにあたる。


 小さい頃は俺とセラスはよく遊んでいたんだけと、ここ数年は会っていないから、モアが覚えていないのも無理ないか。


「従兄弟のセラス......聞いたことある。レオ兄様の婚約者候補だった人だよね?」


 モアがこっそりと耳打ちする。


「ああ。そうだよ」


 そう。セラスはレオ兄様の婚約者候補のうちの一人だった。


 だが、やはり従兄弟同士で近親なのであまり良くないのではらということでレオ兄様はアビゲイル義姉さんと結婚することになったのだ。


「とりあえず、この城から出してくれ。俺たち、冒険者になったんだ。こんな所で油を売ってる暇はない」


 俺が言うと、クスリ、とセラスは唇の端を上げて笑った。


「だーめ」


「何でだよ!」


 食ってかかろうとする俺に、セラスは一枚の手紙を手渡した。


「とりあえず、これを読んでみて」


 真っ白な艶々した封筒。


「ん、何だこれ」


 俺は言われた通り封筒を受け取った。中の手紙にはこう書かれている。







『親愛なるセラスへ


 うちのミアとモアが脱走した。そちらの領内に入るかもしれないから、見つけたら保護して送り返すように。


P.S. うちの妻に赤ちゃんができたぞ、早く帰ってこいと伝えてくれ。


レオより』







「兄さん!?」


 レオ兄さんのやつ、こんな手紙を書いて手を回してたのか......ってか子供ォ!?


「赤ちゃんができたの?」


 目を見開くモア。


「クソッ......仲悪いと思ってたけど、やることはヤッてたんだな、あの夫婦......」


「お、お姉様......」


 慌てて俺の袖を引っ張るモア。ちょっと言葉が悪かったか。


「どうしよう、帰ったほうがいいのかな?」


 心配そうな顔をするモアに、俺は首を横に振った。


「いや、今妊娠何ヶ月だか知らねぇが、子供が生まれんのにはまだ暫くかかると思う。産まれたらちょこっと顔出せばそれでいいだろ」


「そうだね」


 モアと二人、頷き合う。


「ってなわけでセラス、俺たちは国には帰らねぇ。今すぐここから出るつもりだ」


「あらあら」


 ため息をつくセラス。


「では仕方ないわね......」


 ゴクリと唾を飲み込む。強制的に帰らされるのだろうか? 人ん家だから気は進まないが、だったらその前に......


 俺は薄そうな白亜の壁をチラリと見た。あれなら素手で壊せるな。


 しかし、セラスの口から出たのは思いがけない言葉だった。


「あなた達には、特別なクエストを申し付けます。そのクエストをクリア出来なければ、あなた達は国に強制送還されることになると思いなさい」


 特別な......クエスト??


 一体、何だってんだ!!

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