第2話 囚われのお姉様
俺は全速力でイカ泥棒を追いかけた。
足に力を入れると、風を切ってグイグイと加速していく。
「待て待てー!!」
「な、何だお前!」
イカ泥棒は足に自信があったのだろう。女に追いつかれたということにショックを受けた様子で目を見開いている。
「く、くそっ! いくら足に自信があったってなあ、ここは俺の地元だ。地の利があるのはこっちなんだからな!」
イカ泥棒はそう言うなり、いきなり進行方向を変え、裏路地へと入る。
俺もすぐさまその跡を追ったのだが――
「クソっ、アイツどこに行きやがった!」
路地裏にはイカ泥棒の影も形もない。
ただ晴天に白い洗濯物がヒラヒラと揺れている。
「お姉様、あそこ!」
モアが指さす先は屋根の上だ。
見上げると、眩しい太陽の下、コバルトブルーの屋根の上に怪しげな人影があった。
野郎、屋根伝いに逃げようとしてやがる!
「待てこの野郎!」
俺はその辺にあった巨大な酒樽によじ登ると飲み屋の屋根を掴んだ。
「うおおおおお!!」
腕の力で無理矢理自分の体を屋根の上に押し上げる。
「よっ、と」
屋根の上に登ると、そこにはぴょんぴょんとねずみ小僧のように屋根に飛び移り逃げていく男。随分身軽だな。
だが、逃がすか!
「待てーー!」
「ゲケッ」
全速力で屋根を飛び移り追跡する俺に、男が目を見開く。
「ゲゲじゃねー!」
足に思い切り力を込めた。
海に太陽が眩しく反射する。
「漁師の方がやっとの思いで漁ったイカを、盗むなんて不届き千万! その悪行、許してはおけねーぜ! 覚悟!」
勢いをつけて蹴りを放つ。
俺の渾身の飛び蹴りは、見事イカ泥棒の顎に命中。
男はイカを撒き散らしながら、屋根の上から地面へと落下した。
……とそれはいいのだが、どうやら勢いをつけすぎたようだ。
「あれ?」
気がつくと、地面がひっくり返ってる。どうやら犯人だけでなく、俺もまとめて屋根から転がり落ちたらしい。
「うわあああ!!」
咄嗟にゴロリと転がり落下ダメージを減らすことに成功した俺だったが、そんな俺の頭上にイカ泥棒の盗んだイカがボトボトと落ちてくる。
「あててててっ!」
良かった、無事だ。
若干腰が痛いが、俺の体には傷一つない。
「そうだ、泥棒は!?」
辺りを見回すと、道路横にイカ泥棒の体は落ちていた。死んだかと思ったが「うう……」とか唸っているのでどうやら生きているらしい。
どうやらイカ泥棒は植え込みの上に落ちたようだな。運のいいやつめ。
俺は奴を捕まえようと立ち上がった。
――が
「おい貴様、ここで一体何をしている!」
いきなり腕をぐい、と掴まれる。
「ああ!? てめーこそ何だ!」
俺が睨み返したその相手は、どうやら兵士のようだ。海辺の街に似合わない分厚い鎧に兜をしている。
俺とその兵士が揉めている間に、似たような鎧を着た兵士十人くらいに取り囲まれる。
「大人しくしろ!」
無理矢理両手を掴まれる。
「抵抗するな。貴様の目的は何だ!」
兵士はつばを飛ばしながら尋ねる。
訳がわからん。
俺、なんで泥棒を捕まえたと思ったら逆に捕まってるんだよ!
ない!」
俺は植え込みにイカまみれで倒れている男を指さした。ぷぅんと漂うイカの香り。
兵士はやれやれと首を振った。
「貴様、自分がしでかしたことがまだ分からないようだな」
「え?」
「お姉様~」
モアが人混みを掻き分けて走ってくる。
「モア!」
「何でお姉様を捕まえるの? お姉様を離して!」
モアが兵隊の腕をグイグイと引く。
「ええい、離さんか。貴様もこいつの仲間か?」
「その子は俺の妹だ。それより何で」
「お前、周りをよく見ろ!」
兵士が辺りを指さす。
「え?」
言われて周りを見る。辺りは物々しい空気で、妙に人が沢山いる。
そして、兵士が指さす先、そこには豪華な装飾の施されて馬車が数台並んでいた。
んー、もしかしてこれ、貴族か何かの進路を妨害しちゃったってこと? それで兵士に囲まれてる?
「わ、わざとじゃない!」
俺は青くなって叫んだが、兵士は鼻で笑う。
「犯罪者は皆そう言うよ」
「む? そう言われればそうか」
「どうやら納得したようだな。おい、こいつらを連れていけ」
「いやいや、待て待て待て! 何で俺らを」
ぶつくさ言う俺の腕を問答無用で兵士たちが掴む。
「最近姫様を狙う不遜な奴らが居るとの情報があってな。念の為に暗殺者じゃないかどうか調査させてもらう」
「いや、俺らは暗殺者なんかじゃ......」
有無を言わさず俺を取り囲み、腕をねじり上げる兵士ども。
くっ、こんな奴ら、俺が本気を出せばひとひねり何だが、ここで暴れても事態が悪化するでもしか見えない。
仕方ない。大人しくお縄につくと、兵士は今度はモアの方を指差した。
「ひっ捕らえろ、そっちのもだ」
「おい、俺はいいけどモアまで」
「こいつは妹なんだろ? 共犯の可能性がある。おい、こいつらを牢屋に......」
すると、俺たちの後に停めてあった豪華な馬車から落ち着いた女性の声がした。
「待って。その者達は城へ連行して」
ん?
どこかで聞き覚えのある声。
「し、しかし姫様」
兵士が馬車に向かって言うと、馬車から落ち着いた女性の声が聞こえた。
「私に逆らう気ですか? その者達を城に連行しろと言ったのです」
有無を言わさぬ口調。
「か、かしこまりました」
兵士は頭を下げた。
こうして俺たちは、水の都に着いた途端、城へと連行されることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます