第2部 お姉様と海辺の街編

2-1章:お姉さまと水の都

第1話 お姉様と水の都

 木の都フェリルを旅立った俺たちは、次なる目的地、水の都セシルへと乗合馬車で向かっていた。


 セシルは今俺たちがいるフェリルの西隣にあり、大陸の一部と百以上ある島で構成されている国で、主な産業は漁業と観光だ。


 俺としては故郷エリスに近いセシルよりは、もっと遠くのベリルやフルル、アレスシアといった国を目指したほうがいいのではないかと思うのだが、モアはどうしてもセシルに行きたいのだと言う。


 その理由というのが――


「わあ、お姉さま見て見て! あんなに近くに海が!」


 モアが俺の肩をバシバシと叩く。


「いたた、痛いよモア!」


「ご、ごめんなさいお姉様」


「いや、モアが楽しそうにしてるだけで俺は嬉しいよ」


「お姉様~♡」


 もうすぐ時刻は昼時。外は雲一つない快晴で、絶好の旅日和だ。


 俺は、馬車の窓を少し開け、心地よい風を浴びながらモアの指さす方向を見た。


 木々の向こう側に、チラッチラッと見え隠れする青い水面。


「わあー」

 

 手足をバタバタと動かして喜ぶモア。


 だが、すぐに馬車はトンネルに入り、海は見えなくなってしまった。


「ちぇー、見えなくなった」


 モアが頬を膨らませる。


 なんだかやけに興奮しているのは、モアが海を見るのはこれが初めてだからだ。


「まあ、セシルに入れば海なんていくらでも見れるさ」


 トンネルの出口には検問所があり、俺たちは偽の身分証で難なくそこを通過する。


「良い旅を!」


 若い警備兵が愛想よく右手を上げる。


「おう!」


 馬車は再び動き出す。そしてすぐさま景色は一変した。


「わあ!」


 目の前に広がっていたのは広大な白い砂浜と、一面のコバルトブルーの海。


 白い道の先には港町と、大きな緑色をした島がある。


「ここがセシル! 本当に海が近くなんだね!」


「そうとも。飛ばしてきたから、思ったより早く着いたな」


 馬車は、海岸沿いをしばらく走ると、目の前の海に浮かぶ島へと続く一本道に入った。


 この目の前の島こそが、セシル王国の首都セシルがあるセシル島だ。


「わー、海の中を馬車が走ってる!」


「すごいのぉ!!」


 声とともに、モアの影から褐色エルフ耳の幼女が出てくる。


「わっ、鏡の悪魔まで!」


 モアの影に潜み魔力を得てるというこの悪魔は、影の中でじっとしているのに飽きたようで、最近ちょくちょく姿を現す。


 幸いにも他に馬車の客はいないし、運転手も気がついていないようだが、他人に見られるのはまずい。


 俺は慌てて鏡の悪魔の馬車の中に引きずり込んだ。


「妾ももっと見たい」


「あとでな」


「ちぇ」


 鏡の悪魔の姿が消える。


 モアは潮風に髪をなびかせ笑った。


「凄い。こんな凄い道があるんだ」


「ああ。セシルの領主が最近舗装した新しい道なんだけどさなんとこの道、満潮になると海の中に沈むんだよ。干潮の時しか通れないんだ」


「へえ、お姉さま、詳しいのね!」


「まあ、ここには小さいころ何回も来てたからな」


「そうなんだ」


 そう、この国には昔何度も来ている。ここ五、六年は来ていないけど。それと言うのも……まあ、この話は後でしよう。


「わー、童話の中みたい!」

「可愛いのぉ!」


 島に上陸し、白い壁に、水色やパステルピンクの屋根をした可愛らしい家々が見えてきた。


「まあ、領主が女だからな。こういうのが好きなんだろ」

 

「へぇ、女の人が領主なの? どんな人なんだろう」


 そうしてほどなくして、馬車はヤシの木が並ぶ賑やかな大通りに入った。


 立ち並ぶ家はどれも綺麗な豪邸で、道端では、ソフトや焼きイカ、ホタテなどが売られていて、実に美味しそうだ。


 馬車はそんな大通りを少し入り、真っ白な壁と屋根の宿屋の前で停車した。ここが今日泊まる予定の宿屋だ。


「んー、長い旅だったぜ」


 伸びをして潮風のにおいを吸い込む。


 眩しい太陽が、白い砂浜に反射する。青く輝く海。立ち並ぶヤシの木。

 すぐ近くの掘っ立て小屋では、イカを焼く香ばしいにおいがする。


「海だ。凄ーい。青い!」


 モアがはしゃいでいると、掘っ立て小屋から悲鳴が上がる。


「助けてーーっ! イカ泥棒よ!!」


 イカ泥棒??


 見ると、黒づくめの怪しい男が大量のイカを手に走り去って行くではないか。


「お姉様!」


「ああ」


 俺は全速力でイカ泥棒を追いかけた。


 あんなチンケな泥棒くらいすぐ捕まえられる。俺はそう思っていたのだが……まさかこれがあんな事件につながるとは。

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