第2話 お姉様と遭難
誰もいない山奥。一面の銀世界。崖から落ち、元のルートには戻れない。狂ったコンパス――あれ、これってひょっとして、ピンチじゃね!?
「いや、待てよ! とりあえず……」
俺は再度コンパスを取り出した。崖から落ちた衝撃で元に戻ったのか、今度はグルグルと回っておらず、きちんと正しい方角を指している。
「方向的にはこっちだから、この方角に向かって歩けばいいんじゃないかな」
「そうだね。そうするしかないかな」
モアが不安そうに俺の顔を見つめる。俺は大丈夫だという風に笑ってみせた。
とは言え空は段々と暗くなってきて、風もどんどん強くなる。横殴りの雪が吹き付けてきて頬が痛い。
「よし、とりあえず進んでみよう」
俺とモアは目的の方角へと歩き出した。
「見ろ、人の足跡みたいなのがある」
「本当だね」
何の目印もない銀世界をしばらく歩くと、人の靴ほどの大きさの窪みを見つけた。
俺はようやく見つけた人の気配のようなものにほっと白い息を吐いた。
人間にしては足跡が小さい気もするが……まぁ、背丈の小さい女性か子供なのだろう。
しばらく足跡に沿って歩いていると、雪を踏み締めて作られた、けもの道みたいな小さな道が現れた。
「見ろ、道がある。案外この辺に住んでる人が居るのかもしれないな」
他に道はない。迷わずけもの道に沿って歩き始める。ザクザクと雪を踏む音。時折吹く強い風が体を震わせる。
「こんな山奥に? 不便そうだけどなぁ」
「人に会うのが嫌なんだろ。それか案外この辺に村なんかがあるかもしれないぞ」
道らしきものを見つけたのはいいが、どんどん日は落ちていき辺りは暗くなっていく。
モアは荷物からランタンを取り出すと、小さく呪文を唱え火をつけた。
「ありがとう、助かるよ」
だが小さな光だけでは心もとない。気温もどんどん下がってくるし、体力もいつまでもつかわからない。
どうしたものかと思っていると、前方に建物の影が見えた。
「お姉さま!」
「ああ。こんな所に家がある!」
吹雪の中、俺とモアは山奥にたたずむ謎の家に向かって走った。
近寄ってみると、木造のボロ小屋だったが、汚かろうが怪しかろうが、この際屋根があればなんでもいい。雪や風さえしのげればそれで。
「あのー、すみません!」
ドンドンと小屋をノックするも返事がない。
「誰もいないのかな?」
「もしかして誰も住んでないのかも」
「あー、荷物置き場とか?」
「登山者用の山小屋とか、夏しか使わない作業小屋なのかも」
「なるほど」
俺はドアに手をかけた。初めは凍っていたからか中々開かなかったが、せっかく見つけた山小屋だ。手に力を入れ、無理やりこじ開けた。
「ふん!!」
メキメキッ! ガラララッ!
木が裂けるような派手な音がしてドアが開いた。
「大丈夫か? ドアを壊したのではあるまいな」
鏡の悪魔が不審そうな声を出す。
「だ、大丈夫だよ! 早く入ろうぜ」
「お邪魔しまーす」
中に入ると、目の前にテーブルと椅子、薪ストーブ、そして小さなキッチンが見えた。中は少しほこりっぽくて、人が住んでいるようには見えない。
「はー、酷い目にあったぜ」
俺はほっと一息ついて荷物を床に下ろした。
「寒かったねー」
暖炉に火を入れコートを脱ぐモア。暖炉の横には薪が沢山ある。当分暖を取るのには困らなそうだ。
「パンツまでグッショリだぜ」
濡れた衣服を脱ぎ捨てハンガーに吊るす。床にポタポタと水たまりができた。
「お姉さま、知ってる?」
白いビスチェ姿になったモアが振り返る。
「ん? 何をだ?」
俺は肌に張り付いた下着をビチャリと脱ぎ捨てながら答えた。
「遭難した時は、裸で抱き合って暖め合うのがいいって……」
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと振り返る。暖炉の仄かな明かりの下、頬を桜色に染めたモアがパサリと下着を落として生まれたままの姿になる。
「モ……モア」
外にはごうごうと吹雪の音が響いている。
暖炉の中で真っ赤な火が揺らめく。
女同士だし、モアは妹だし、何を躊躇うことがある?
ましてや冬山で冷えた体を暖め合うだけだし。どこか問題でもあるか?
――いや、ない!
「お姉さま……来て!」
消え入りそうなモアの声に、俺の理性はどこかに吹き飛んだ。
「モアああああああああぁぁぁ!!」
「お姉ぇぇぇぇさまああああああああ!!」
俺たちが裸と裸で姉妹の絆を確かめようとしたその時、ドアが思い切りバーンと開いた。
「……………………えっ?」
吹雪の中立っていたのは、赤いコートを身にまとった小さな女の子だった。
「……………………あっ」
「……………………いやその」
ま、まさかこの家の家主か!?
まずい。誰も住んでいないと思っていたのに。
俺とモアは咄嗟に何か言い訳しようとしたが、何せこちらは真っ裸である。
「あ……あのな、落ち着いて……」
俺が一歩前に出ると、赤いコートの女の子は、じりりと後ずさりをした。そして目に涙を溜めるとこう叫んだのであった。
「へ、へ、へんたーーーーい!!」
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