第4部 お姉様と冬の悪魔
4-1章 お姉様、遭難する
第1話 お姉様と吹雪の道
「うーっ、さみーなぁ」
横から殴りつけるような吹雪に思わず身震いをする。
「ねー。まさかデルダがこんなに寒いだなんて……」
モアがフェイクファーのマフラーに顔を埋めながら鼻水をすする。
モコモコとした白いマフラーと毛皮の帽子、毛皮の手袋。冬の装いに身を包んだはモアは雪の妖精みたいに可愛らしい。だが今は、モアの可愛さを堪能している場合ではない。
「どういうことじゃ? デルダは暖かいと言うからわざわざ来たのではなかったのか?」
影の中から雪国には場違いな褐色肌の鏡の悪魔が顔を覗かせる。悪魔にとっては気温はあまり関係ないのか、紫色の布で胸と秘部を隠しただけの露出度の高い服のままで口を尖らせる。
「ああ、そのつもりだったんだよ。実際、デルダはアレスシアよりかなり南にあるしな。てっきり暖かいものかと」
俺は目の前に続く真っ白な山道を見つめ遠い目をした。
季節は三月。北の国々はまだ雪に覆われているが、南部の国はもう春が来ていてもいいはずだ。なのにこの景色は何だろう。
本当ならば、俺たちは十二月にはアレスシアを出て南国で暖かい冬を過ごす予定だった。
だがそこで荷物を馬車の中で置き引きされるというアクシデントがあり、一文無しになった俺たちはアレスシアで細々とクエストをこなし、お金を貯めて、とうとう出発が三月にまでずれ込んでしまった。
その時はどうしてこうなったと思ったけれど、今思えば真冬にこの道を通らなくて本当に良かったと思う。まぁ、今も真冬みたいな天気ではあるのだが。
「ねぇお姉さま、道って本当にこっちで合ってるのかな? 目的地の街は見えないし、何だかどんどん山奥に向かって行ってるような……」
モアが地図を広げる。バサバサと日に焼けた紙が風ではためく。
俺は地図を見た。間違いない。方角的にこの山を越えればデルダの街に着くはずだ。
「うん、たぶん合ってる……と思う」
とは言ったものの、見渡す限り真っ白だ。あるのはただ、山肌に沿うように続く曲がりくねった細い一本道。
道の横にはもちろんガードレールなんてものは無いので、一歩道を踏み間違えれば崖下へと一直線だ。慎重に歩かなきゃなんない。
何の目印もない山道を見ているうちに段々と不安になってきた俺は、コートのポケットからコンパスを取り出した。
「ほら見ろ、こっちの方角で合ってる」
「ならいいけど……」
だが次の瞬間、手に持っていたコンパスの針が突然グルグルと回転しだした。
まるで呪われているみたいなおかしなコンパスの動きに、俺とモアは顔を見合わせた。
「お姉様、不気味!」
「だ、大丈夫だよ、多分この前カバン落っことしただろ、それでおかしくなったんだ」
狼狽えている俺たち。鏡の悪魔がいたずらっぽい顔をして影から出てきた。
「果たしてそうかの」
「もう、鏡ちゃんまで!」
「あ、見ろよあれ、標識だ」
俺は前方を指さした。道の先には雪に埋もれてはいるが木でできた看板らしきものがある。
「ちょうどいい、確認してくるぜ」
道が合ってるのか自信が無くなってきた俺は、現在地を確かめようと看板に向かって走り出した。
「お姉さま、気をつけて! その辺凍ってるから」
心配そうなモアの声が辺りに響く。
俺は振り返って手を振った。
「大丈夫、こんぐらい平気平気――のわっ!?」
――と思いきや、足元がツルリと響き、急に世界がひっくり返った。
「お姉さま!?」
モアの悲鳴が響く。
「のわっ!?」
俺はズテンと尻もちをついた。
――そこまでは良かった。
「うわああああああああ!!」
転んだ場所が悪かったのか、そこは地面が斜めになった場所だった。そしてスケートリンクみたいにカチカチに凍ってた。
俺は咄嗟に立ち上がろうとしたんだけど、時既に遅し。俺の体は道を
「お姉様ーーっ!!」
モアの叫び声が響く。
こうして俺は、雪の降り積もった崖下へと真っ逆さまに落ちていったのであった。
◇
「お姉さま、お姉さまっ!!」
「んー……」
俺はモアに体を揺さぶられ目を覚ました。
目の前には心配そうなモアの顔と、雪を乗っけた木々。辺り一面銀世界だ。
「ここは……あいてっ!」
立ち上がろうとしたが、頭がズキズキ痛んで俺は体勢を元に戻した。
「大丈夫!? 頭を打ったの?」
「たぶん。でも少し休めばへーき」
俺は深呼吸をすると、ゆっくりと体を起こした。今度は平気だった。
「お姉さま、あそこの崖から落ちたんだよ」
モアが山肌を指さす。俺が落ちたという崖は思っていたよりも遥かに高い位置にある。とてもじゃないが自力で登れる気がしない。
「モアはどうやって降りてきたんだ?」
「途中までロープを使って。でも途中で切れちゃって結局モアも転がり落ちたんだけど……」
「まじか。怪我は無い?」
「うん。雪の積もった所に落ちたから」
見上げると、確かにロープがぶら下がって居るように見えた。あそこまでなんとか登れないだろうか。
「ちょっと登ってみる」
「お姉さま、危ないよ!」
助走をつけて山肌にとびつく。が、凍っているせいか上手く上に登れない。
「うーん、無理そうだな」
「無茶しないで」
「ごめんごめん」
俺はモアの頭を帽子ごしに撫でると、天を仰いだ。
「さて、これからどうする……?」
誰もいない山奥。一面の銀世界。崖から落ち、元のルートには戻れない。狂ったコンパス――あれ、これってひょっとして、ピンチじゃね!?
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