第19話 お姉様と百合の乙女


「お前……モズク!?」


 なんと、ツバキ様の代役を務めていたのは、ワカメの役をする予定だったモズクだったのだ。


「そうだす。メイクさんがお化粧してくれただす」


 照れたように微笑むモズク。俺はあっけに取られた。


 いつも顔を隠していた前髪を上げて化粧をほどこしたモズクは、信じられないほどの美少女だった。


 その姿を見て、観客席もどよめく。


「ツバキ様じゃない!?」

「誰、あの子!!」

「凄く綺麗! あんな子白百合寮にいた!?」


 全く、俺もビックリだよ!


「綺麗になったね、白百合姫」


 思わずセリフにも力がこもる。


「いいえ、貴方のおかげです。貴方に恋をしたおかげで、私は恋の魔法にかけられたのです」


「僕もあなたを愛しています。ぜひ、僕と結婚して妃になってください」


「はい……!」


 モズクを抱きしめキスのフリをすると、わぁっと観客席が盛り上がる。


 ロッカは地団駄を踏んで悔しがる。

 それと同時に、ロッカの横にいた侍女役のモアも地団駄を踏み始めた。


 あれ、モアにあんなシーンあったっけ? アドリブ?

 それにしても二人とも凄い演技力だな。本気で悔しがってるように見える。


 そうこうしているうちに、舞台の幕は降り、劇をなんとか終えることが出来た。


「はぁ、疲れた」


「お疲れ様。でも休んでる場合じゃないわよ、まだカーテンコールがあるわ」


 ロッカが肩を叩く。


「あ、ああ」


 促されて再び舞台に向かう。

 舞台上にはすでにツバキ様とモズクがいたので、その横に俺とロッカは並んだ。


「皆様、最後までお付き合い下さってありがとうございます。実は、気づいた方もいたかと思うのですが、途中で私、貧血で倒れてしまって、皆様にご迷惑をかけてしまって」


 ツバキ様が挨拶をする。


「でもここにいるモズクさんが見事な代役をつとめてくださいました」


 大きな拍手が辺りを包む。


「咄嗟の判断で場面を繋いでくれた王子役のミアさん、黒薔薇姫役のロッカさんを始めとする皆さんにも感謝いたします」


 それから俺たちの劇は、咄嗟のアドリブ力を評価され、見事に観客賞に輝いた。


「最優秀賞はやっぱり黄百合寮だったか)


「でも、観客賞ってことは、一番観客の印象に残ったのは白百合寮だってことだよね!」


「そうだよな」


 そんな話をしながら、俺とモアは屋台をまわって軽食を食べたり、美術部の絵を見たりして午後を過ごした。


 さて、残るは百合の乙女の発表だな!





「さて、いよいよ文化祭もクライマックス、今年、学園で最も輝いた乙女を決定する、百合の乙女コンテストの結果発表です!」


 夕方。学園祭も終盤になり、生徒たちが体育館へと集まる。


 俺とモアも、生徒たちが焼いたクレープやクッキーを頬張りながらブラブラと体育館にやってきた。


「誰が百合の乙女に選ばれるんだろう」


「お姉様に決まってるよっ!」


 モアが自信満々に言う。だけど――


「栄えある今年の百合の乙女に選ばれたのは、劇で観客賞をとる原動力となった、白百合寮の新たなるスター……」


 ゴクリと唾を飲み込む。


「ツバキ様の代役を見事つとめた、モズクさんです!!」


 わぁっ、と体育館が歓声に包まれる。


「――だと思ったよ」


 俺はガックリと肩を落とした。


 俺の目から見ても、普段の冴えない地味な様子から一転、文化祭でいきなりツバキ様の代役となり華々しく大活躍したモズクは凄かった。


 恥ずかしそうに舞台に上がり、涙ぐむモズク。


 良かったなぁ。モズクはいい子だし、劇では本当に可愛かった。良かった良かった。でも――


 俺のこれまでの努力がぁぁ!!


 頭を抱える。


「続いて『百合の王子様』を発表いたします」


 ん?


 百合の王子様? 女子校なのにそんな賞もあったのか。


「今年の百合の王子様は、白百合寮のミアさんです!!」


「えっ!」


 思わぬ展開。事態が飲み込めない俺の背中をモアが押す。


「お姉様、呼ばれたよっ!」


「あ、おう」


 とりあえず壇上へと向かう。


「キャーッ、ミア様!」

「相変わらずワイルドだわ!」

「王子様!!」


 よく分からないが、あの劇で思わぬファンを獲得したらしい。


「おめでとう、ミアさん」


 涙目で俺を見上げるモズク。


「モズクこそ」


 俺とモズクは固く抱きしめあった。


「えー、それでは、去年の『百合の乙女』ツバキ様と『百合の王子』サツキ様による賞状とティアラの贈呈です」


 サツキ様が俺に、ツバキ様がモズクにティアラを被せる。


 煌びやかなスポットライト。会場は暖かな拍手に包まれた。


 するとツバキ様が司会の子に何やら耳打ちした。


「えー、そして何やらこれからツバキ様による重大発表があるようです」


 司会の言葉に会場がざわめく。


「みなさん、お静かに」

 

 静かだが、よく通る声。

 その一言で、会場のざわめきが波を引くように消えた。


「発表というのは、私の妹のことです」


 妹。


 いよいよ次期姉4が決まるのか。

 しかし、なんつうタイミングで。


「私は長いこと妹を持ちませんでしたが、今日、ある一人の女生徒に姉妹の誓いを申し込みたいと思います。その女生徒は――」


 ゴクリ。


 会場の皆が息を呑む。


「――ミアさん、あなたよ」


「えっ、俺!?」


 変なところから声が出た。

 いや、マジでびっくりしたぜ。

 この流れからして、てっきりモズクが選ばれるものかと!


「どうしたの? 姉妹の申しこみを受けるの? 受けないの?」


 首を傾げるツバキ様。手には誓いの証、百合の形をしたペンダントが。


「いや、あの……」


 百合の乙女の称号獲得も逃したし、てっきりモズクがなるものかと!

 バクバクなる心臓を抑え、その場に膝をつく。


「つ……謹んでお受けいたします」


 頭を垂れる。

 ジャラリという音とともに、首に金色をしたペンダントがかけられた。


「よろしく、私の『妹』」


 微笑むツバキ様。


「……はい。お姉様」



 こうして「姉妹の儀」は執り行われ、俺とツバキ様は姉妹となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る