第21話 お姉様と不仲説

「ケ~イ~ト~!! お前、何だこの記事はぁ!!」


 昼休み、俺は教室にいるケイトを見つけると、その鼻っつらに新聞を叩きつけてやった。ケイトはふん、と挑発的に笑う。


「あれ? 何やおかしな事でも書いてたか?」


「おかしな事だらけだっ!」


 全く。もしかしてこいつ、中庭でのやり取りを覗き見てたのか? どうやって情報を得ているのか全く謎だ。


「じゃあ、ツバキ様との仲は良好なんやね?」


「ま、まぁ」


「ほら、歯切れ悪いやん!」


 追求するケイト。


「い、いや、それはほら、ツバキ様は人付き合いがあまり好きじゃないってだけで別に喧嘩してたり不仲だったりだとか、そういうことは無いよ」


「ふーん」


 薄目を開けて見るケイト。あっ、信じてねぇな、こいつ。


「でもそういう性格なのになんでまたアンタを通じてを妹に選んだんやろ」


「それは……あれだよ。俺は放任主義というか、お姉様が何をしようか気にしないしネチネチしてないからな!」


「まぁ、そういう能天気な所が良かったのかも知れへんね」


 そんな話をしていると、急に教室がざわめいた。


 視線を感じ振り返ると、教室の入り口に立っていたのはツバキ様だった。


「ツバキ様!?」


 こちらに歩み寄るツバキ様の靴音が響く。

 俺がいきなりの登場に動揺していると、ツバキ様はよく通る声でこう言い放った。


「今度の土曜日、暇?」


「は、はい、暇ですが」


 呆気にとられながら答えると、ツバキ様は素っ気ない口調で言った。


「そう、ならその日外出許可を取っておいて」


 外出許可??


「はい……いや、それはいいんですが、どうしてまた?」


「デート、するわよ」


「え?」


「聞こえなかったの? デートするって言ったのよ」


 悲鳴やら歓声やらに包まれる教室内。


「行くの? 行かないの?」


「は、はい! 行きます!!」


 というわけで、どういう訳かいきなりデートの予定が入った。





「ツバキ様、どういうつもりだよ」


 土曜日、俺は待ち合わせ場所の校門前でため息をついた。


「それに」


 俺は校門の裏の茂みにチラリと目をやった。


「今、お姉様こっち見なかった!?」

「まさか! 気のせいや」


 俺の地獄耳がケイトとモアの声を捉える。

 お前ら、尾行してるのバレバレだっつーの!!


 はぁ。何だかおかしな事になってる。


 でもこの学園に潜入してからというもの、寮と学校の往復で外には全く出ていないし、久しぶりの外出、楽しみと言えば楽しみだ。


 ツバキ様は、一体どこへ行くというのだろう?


「お待たせーっ」


 カツカツという足音とともにツバキ様がやって来る。


 おお……


 ツバキ様の眩い姿に思わず目を奪われる。


 長い黒髪を微かに巻いてピンクや黄色の花をあしらい、白いワンピースにはピンクの上着を合わせている。足元は白いサンダル。


 普段のツバキ様は優等生っぽいカッチリとした印象だが、今日の格好は、ゆるふわ系というか随分と可愛らしく見える。ツバキ様って、こういう乙女チックな服装が好みなのだろうか?


 俺は白いシャツに短パンという自分の格好を思い出し冷や汗をかいた。


 ヤバい。もっとオシャレしてくるんだった!!


「さ、行くわよ」


 ツバキ様が腕を引き歩き出す。


「行くってどこへ?」


 「向こうの世界」なら映画を見たりカラオケやボーリングをしたりと色々行くところもあるだろうが、いかんせんこっちのデート事情はよく分からない。


 ツバキ様はふふふ、と笑って学園新聞を取り出した。


「そうね、このレストランでお昼ご飯を食べたいと思っていたのだけれど」


 ツバキ様が見せてきたのは、ハンバーグやシチューが美味しそうな可愛らしいレストランの記事だった。


「美味しそうですね」


 学園新聞には、学園内のゴシップだけでなく、学園の周りにある飲食店の情報も載せられているのだ。


「でしょ? でもお昼まではまだ時間があるから、それまで適当に街をブラブラしましょ」


「はい」


 レンガ作りの可愛らしい街並みを二人で歩く。石で舗装された道の両端にはびっしりと店が立ち並んでいる。


 さすが大国の首都。故郷のエリス王国よりかなり栄えているように見える。


 俺がポカーンと口を開けて街を見ていると、ツバキ様が俺の袖をちょいと引っ張った。


「ねぇ、あそこのお店、見てみない?」


 アクセサリーや食器が売られている可愛らしい雑貨屋だった。


「はい」


 二人で雑貨屋に入る。


「わぁ」


 キラキラした銀食器、ステンドグラスでできた宝石箱、色鮮やかな毛糸で編み込まれたポーチやブランケット、動物や植物を象ったアクセサリー。女の子が喜ぶようなものが沢山ある。


「ツバキ様は、それがいいんですか?」


 大きなウサギのぬいぐるみをじっと見つめるツバキ様に声をかけると、ツバキ様はビクリとしてぬいぐるみを棚に戻した。


「い、いえ。それよりこちらに」


 ツバキ様が手招きする。近寄ってツバキ様が手に取ったものを見てみると、それは銀でできた椿の花のブレスレットだった。


「これを貴女に買ってあげるわ。お揃いにしましょ」


「え、良いんですか?」


「ええ。これで周りからゴチャゴチャ言う人も居なくなるでしょ」


「ありがとうございます」


 ツバキ様は会計を済ませると、俺の腕に椿のブレスレットをつけた。


 なるほどな。きっとツバキ様は不仲説が囁かれてるのが鬱陶しくて、それで二人の仲を見せつけるためにこんな物を買ってくれたんだな。


 なんとなく、ツバキ様が俺を連れ出してくれた意味が分かったような気がした。

 恐らく、ケイトが俺をつけてくるのも計算のうちなのだろう。


「お姉さま~!」

「しっ、聞こえるで!」


 店の影でコソコソする二人を、俺は見ないふりをした。


「まだ何か買う?」


「あー、はい。妹とモズク、それにケイトに何かお土産を」


 俺は三人のために百合の花とウサギや猫のついたチャームをお土産に買った。

 これでモアも機嫌を直してくれると良いが……


「次はあそこに入りましょう!」


 次にツバキ様が指さしたのは大通りを挟んで向かい側にある洋服屋だ。


「はい、行きましょう」


「馬車が来るかもしれないから気をつけて」


 自然に二人、手を繋いで道を渡る。


 まぁ女の子同士だし、普通だよな。


 うん、普通のことだ。


「お姉様ぁぁぁぁぁあ!!」


 そんな叫び声が聞こえてきたような気がしたのは気のせいだろう。


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