13.お姉様と犯人

「......いやー、びっくりしたぜ」


 俺は額の汗を拭う。


「そりゃそうだろうな。まさかアビゲイル様が冒険者だっただなんて」


「いや、そっちじゃねーよ」


 いや、義姉さんが元冒険者だったってのもびっくりだけどさ、それ以上のインパクトがありすぎた。


「......じゃあ、お前たちは元々アビゲイル義姉さんと知り合いで、最初から義姉さんに招かれてあの舞踏会に来てたってことなんだな?」


 俺が尋ねると、アオイはうなずく。


「ええ、暗殺計画を知ったアビゲイル様は、陛下の身を助けることで、冷えきっている二人の仲を修復しようと考えていたようなのです」


 兄さんの命を救うことで愛情を示そうと考えたわけか。中々可愛いじゃないか義姉さんも。


「アオイが兄さんに成り代わってたのも気づかなかったしさ。演技上手すぎ!」


「陛下のことをずっと観察していましたから。そのせいで、熱視線を送っていると勘違いされて口説かれたりもしましたが」


 苦笑するアオイ。


「でもその計画もことごとくあんたが邪魔するから、どうしようかと思ったよ」


 ヒイロがため息をつく。だってしょうがないだろ。そんなこと全然知らなかったんだから!


 そんな話をしながらしばらく隠し通路を歩いていると、俺たちは行き止まりにぶち当たった。


「あれ? 道を間違えたか……?」


 アオイが指をさす。


「いえ、ちょっとそこの壁を押してみてください」


 言われた通り壁を押すと、壁はくるりと滑らかに回転した。隠し扉である。俺たちは回転に巻き込まれ、雪崩のように扉の外へとはじき出された。


「どわっ!」


 転がりながら盛大にずっこける俺。うう、かっこ悪い!


「何奴!」


 金色の男が振り返る。やせ細った頬。鈍い光をたたえた瞳。グンジ叔父さん......やっぱり。


「『何奴』じゃねーよ、人のこと襲っておいて!」


 俺がぶつけた頭をさすりながら叫ぶと、叔父さんは低い声で笑う。


「ほお? 一体なんの話かね?」


 こ......こいつ、しらばっくれるつもりだな!


「無駄な抵抗はやめろ。あんたのことを国家反逆罪容疑で拘束する」


 ヒイロが刀を構え、グンジおじさんに向かって言い放つ。グンジおじさんは冷たい瞳でちらりとヒイロを見やる。


「ふん、何の証拠があって」


「くっそー! てめーこの期に及んで」


 俺が苛立ちのあまり叫ぶと、ヒイロはそれを遮るようによく通る声でこう言った。


「証拠ならあるさ。証人がいるからな」


 え? 俺が意味が分からずヒイロの方を見ると、ヒイロは入り口の方へ視線をやる。その視線をたどると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。


「す、すいません、グンジ様!」

 

 そこに立っていたのは、どこかで見覚えのある使用人風の男。あれ? こいつって確か……舞踏会で兄さんを襲ったやつだ!


「お、お前は!」


 グンジおじさんは顔を真っ青にしながら言う。


「死んだんじゃなかったのか!?」


 うんうん、と頷く俺。そうそう、俺は死体まで見たんだぞ!?

 得意げな顔でヒイロが何かの紙を広げ、グンジおじさんに見せる。


「彼が持っていた王子暗殺の計画書もこの通り、ここにある」


 唾を飛ばしながら怒るグンジおじさん。


「くそっ! 計画書は捨てろとあれほど……!」


 そこまで言ってからハッと我に帰るグンジおじさん。 

 

「ち、違う! そうだ、その計画書は偽物だ! その暗殺犯も偽物だー!」


 自分の親戚に向かって言うのもなんだけど……バカかこいつ。


「そのとおり!」


 すると暗殺犯の男がそう言い放った。


「え!?」


 俺が目を見開くと、暗殺犯は自らの顔の前に手をかざし――その顔は見る見るうちにアオイに変わっていく。そ、そっか。アオイお得意の変身魔術だったのか。


「だけれども、あなたの先ほどの発言はここにいる皆が聞いていた」


「ぐっ……!」


 アビゲイル姉さんも、ドアを開けて入ってくる。


「私も聞いていましてよ!」


「……アビゲイル殿!? な、なんだその恰好は!」


 ボンテージ姿に鞭を持ったアビゲイル姉さんに驚くおじさん。まあ、そうだよな……。


「く、くそー! やれ! やっちまえー! 全員皆殺しにすれば、証人はゼロだ!」


 叫ぶおじさん。と同時に、黒ずくめの使用人たちがわらわらと部屋に入ってきた。


「ふん、雑魚がいくら来ても無駄よ!」


 俺よりも先にアビゲイル義姉さんが動く。義姉さんのムチでぐるぐる巻きにされる黒づくめの雑魚たち。


 その隙に逃げようとするグンジ叔父さん。

 叔父さんは薬品棚に近づくと、紫色のガラス瓶を取り出し中身を一気に飲み干した。


「......何だ?」


 すると、叔父さんの体が2倍、3倍と風船のように膨らんでいく。そしてその皮膚に小さな亀裂が入ったかと思うと、皮膚が鱗に変化していく。見る見るうちにその体は異形のものに成り代わった。


「この俺が......ここで捕まるわけにはいかんのだ!」


 トカゲのような顔に成り果てた叔父さんが叫ぶ。


「ふん、ようやく私の出番のようだ」


 ヒイロが刀を再び構える。


「ふん、無駄な抵抗だぜ!」


 俺は一気に叔父さんまでの距離を詰めた。


「小癪な!」


 叔父さんが巨大化した腕を振るう。刃のように尖った爪が俺の横を通り過ぎ、背後の壁に鋭い亀裂が入る。


 俺はその攻撃を避けると、叔父さんの背後に回り込んだ。

 そして叔父さんの体に後ろからタックルすると、そのまま腰に手を回し体を担ぎ上げた。


「うおおおおお!」


 高く持ち上げられるグンジ叔父さんの巨大な体。


「な、何をする! バカな! 人間より数倍大きいこの体を......頼む、助け――」


 叔父さんは青い顔で懇願する。

 俺はにやりと笑った。


「嫌だね!」


 俺はブリッジの要領で、叔父さんの体を抱える。


「でやああああああ!!」


 そしてそのまま、叔父さんの頭を背後の床に叩きつけた。


 地面が揺れる凄まじい音。


「ぐはあっ!!」


 叔父さんの頭が床にめり込む。頭を打って白目を向き、泡を吹く叔父さん。やがてその体は、完全に動かなくなった。

 同時に、叔父さんの体は萎んでゆき、元の人間の姿へと戻っていく。


「……死んでないよな?」


 恐る恐る確認すると、どうやら気絶しただけらしい。


「よっしゃ、事件解決!」


 ほっと胸を撫で下ろすと、後ろでまたしてもヒイロが不満げな声を上げた。


「......私の活躍は?」


 そ、そうだった。スマン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る