37.お姉様と神父
あくる日、俺は一人、丘の上にある教会へと向かった。
なぜ一人かというと、俺がお祈りをするフリをして神父とシスターたちの目を引きつける間に、モアが教会の裏手から忍び込み、教会内に何かないか探るという作戦だ。
モアと離れてしまうのは不安だが、冒険者試験でも俺以上の成績を出していたし、本人はやる気満々のようなので、思いきって単独行動してみたのだ。
なだらかな丘を登っていくと、正面に白壁に赤いトンガリ屋根の古びた礼拝堂が、右手には青い平屋の建物が、左手には茶色い木造の家らしきものがあった。
丘の上では10歳くらいの少年と少女が仲良く遊んでいる。
「オルドローザの×××満月の夜、町に勇者が×××白いドラゴン×××、×××染める――」
この町でよく聞く童歌だ。訛りがひどくてよく聞き取れない。恐らくかなり昔から歌われてきた曲なのだろうか。
「おい、そこの坊主」
そこにいた男の子に声をかけると、男の子はぎょっとしたような顔をして、顔を真っ赤にした。
「な、なんだよ!?」
すると横にいた女の子がフフフ、と笑った。
「ごめんなさい、この子、お姉さんがあんまり綺麗だからびっくりしてるの。あなたみたいな美人、この辺では見ないわ」
「バッカ、ちげーよ!」
ますます顔を赤くする少年。
「あっ、あんたがそんなはしたない格好してるからだよっ!」
少年が俺の乳を指さす。
「ん? これか?」
俺は自分の乳を揉んだ。確かに露出度は高いかもしれない。
「バカヤロー! 揉むんじゃねーよ!」
少年は少女の後ろに隠れてしまった。なんだか少し可愛いかもしれない。
「それよりさ、この教会には誰かいるのか? 神父とか」
「いるよー、神父さん」
少女が答える。
「あの赤い所にいるのか?」
「うん、普段はあそこにいるよ。でも、夜とか朝は左の茶色い家にいるかな。神父さんやシスターたちが寝泊まりしているの。ちなみに青い屋根の建物が孤児院。私たちが住んでるんだ」
どうやら二人は孤児院の子供らしい。
「シスターの中には美人はいないのか?」
「うーん、シスターゼラは若くてまあまあ可愛いかな。でもお姉ちゃんほどじゃないよ」
女の子がスキップしながら言う。
それを聞いて、男の子が口を尖らせる。
「でも、アオイとヒイロは美人だったじゃないか」
アオイとヒイロ!?
俺は少年の肩を揺すった。
「アオイとヒイロ!? 二人がここにいたのか!?」
「ちょっ......目の前で乳を揺すってんじゃねーよ!」
いやいや、そうじゃなくて、アオイとヒイロの話だよ!
しかし、俺が問い詰めれば問い詰めるほど少年は顔を赤らめ黙りこくってしまう。
全くもー、この思春期が!
「アオイとヒイロのこと? あの二人なら少し前に聖水作りのクエストで教会に来てたわよ。最近は姿を見ないけど」
少女が笑顔で教えてくれる。
「あの二人が教会に来ていた......」
それは重要な情報だ。ここに来たのは正解だったみたいだ。
「ありがとよ、助かったぜ」
俺が微笑みながら少女の頭を撫でると、少女の顔も少年のように真っ赤になる。
「ま、まあ、これぐらい当然よ」
そうこうしている内に教会についた。
古びたドアを開ける。ステンドグラスの窓から神々しい光が降り注ぎ、がらんとした礼拝堂を照らす。
「神父さんー! シスター! いるー? お客さんだぜ」
少年が叫ぶ。
「あれ? おかしいなあ。居ないのかな?」
二人と俺が辺りをキョロキョロと見回していると、奥の部屋から人の良さそうな若い神父が出てきた。
「お祈りですか?」
「ええ、はい。それもあるんですが......」
にこやかな神父の顔をちらりと見る。何かを隠しているようには見えない。
それにしてもこの神父、若いな。まだ二十代後半か三十代前半といったところか。ニコニコとした優しいそうな笑顔。とても子供たちを誘拐して生贄にするようには見えない。
神父の名はシト。この教会にはシト神父の他に三人のシスターが働いており、神様に街の安全を祈願するほか、お祓いや呪いの解除、慈善事業なども行っているという。
「実は俺......私はこの街には初めて来まして、この街の歴史や文化を知りたいのですが......」
「おお、それでしたらここに資料が。シスターゼラ、例の本を」
「はい」
シスターゼラと呼ばれた年若いシスターは、電話帳程の厚さの資料を本棚からとりだす。
俺は壁にかかっている赤毛の女戦士の絵を指差した。
「神父さん、ひょっとしてあれは、オルドローザの肖像画では?」
「ええ、そうですよ。よくご存知で」
「ええ、ちょっと興味があって」
シト神父は歴史書を開き、丁寧にオルドローザとこの町の歴史解説してくれた。
元々は山あいの小さな村に過ぎなかったフェリルをいかにしてオルドローザが繁栄させたかという話をにこやかに教えてくれるシト神父。
「しかし、町が反映し人々の暮らしが良くなったある日、事件が起きました。オルドローザは結婚せずに生涯独身で過ごしていたのですが、そんな彼女をずっと世話をする女性がおりました。彼女の名はセリィ。そのセリィが、ある日とんでもないことをやらかすのです」
「とんでもないこと?」
「『鏡の悪魔』の召喚です。セリィはオルドローザに対し歪んだ愛情を抱いており、白馬の王子様だと思い込んでいたようなのです。そこで彼女は鏡の悪魔を呼び出しオルドローザを男に変えようとしたのです」
日が、出てきた。シト神父の背後にあるステンドグラスの窓から日差しが差し込む。
ステンドグラスの光に照らされた神父の法衣は神々しく輝いていたのだが、逆にシト神父の顔は逆光で深い闇に覆われ、俺は思わず身震いをしたのであった。
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