第6話 お姉様と学園新聞

 そして翌朝。


「よっ、転校生! いい朝やね~!」


 後からクラスメイトに声をかけられる。ケイトだ。


「あ、おはよう」


「昨日の実技科目は凄かったなぁ!」


 バシバシと俺の背中を叩くケイト。


「ウワサによると、あの的、耐久性に優れててえらい高いらしいで! 今まで壊した人はいないって。あんた実は凄いんちゃう!?」


「ははははは……」


「そ、れ、に、何やら昨日姉4と歩いてたらしいやん? どういう事なん?」


 声を潜めるケイト。

 どうやら昨日のあの光景を誰かに見られていたらしい。


「ど、どこでそれを」


「それは、色々とツテがあるんよ」


 ニヤリと笑うケイト。


「アンタがツバキ様にタイを直してもらったっちゅー話も聞いてるしな。なぁなあ、姉4とどこで知り合ってどういうことを話したのか、少しだけでも教えてくれへん? うち、新聞部で、姉4の記事を書きたいねん!」


 新聞部。なるほど、それでか!

 これはもしかして、情報収集に役にたつかも?


「ま、まあ、教えてあげてもいいんだが……」


「ほっ、ホンマかっ!?」


「その代わり、この学園とか姉4のことについて色々と知りたいんだが」


 俺は、ケイトとの取引に応じることにした。






「姉4は、かつては姉5だった??」


 モアが俺の話を聞きキョトンとする。


「ああ。去年までな」


 ケイトが言うには、去年までは、ここ「白百合寮」や「赤百合寮」「青百合寮」「黄百合寮」の他に「黒百合寮」が存在しており、その各寮の代表者で生徒会役員の五人が「姉5」と呼ばれていたのだという。


「じゃあ、どうして四人になっちゃったのかな」


 首を傾げるモア。

 

「それが、姉5のうち、一人が亡くなったらしいんだ」


 学園新聞部 によると、亡くなった子は黒百合寮だったらしい。


 それで今年になって、黒百合寮は廃止され、寮は4つに、姉5も姉4になったって話だ。


 表向きは「生徒数の減少」を黒百合寮廃止の理由としているが、本当の理由は人が死んだ寮なので縁起が悪いということ、それから死んだ生徒の呪いを恐れてのことらしい、と学園新聞には書かれている。


「ふぅん」


 モアは俺が渡した過去の学園新聞を見ながら釈然としない顔をした。


「ねぇお姉様、もしかして、この亡くなった姉5って」


 俺はうなずいた。


「ああ。今回のクエストの依頼人、ムルカさんのお姉さんのルルカだ」


「色々と話も繋がってきたようじゃな」


 ブルマ姿の鏡の悪魔が顔を出す。

 モアが首を傾げる。


「じゃあ、やっぱり怪しいのは姉4? その話を聞く限りでは先代の姉4のほうが怪しい気がするけど……」


「いや、事件は冬に先代が引退して代替わりが起こった直後に起こったらしいんだ」


「つまり、ルルカさんが亡くなったのは今の4人が姉4――じゃなくて姉5になってからってことだね」


 ふむふむ、とモアがうなずく。


「ま、とりあえず姉4を調べれば真相にたどり着きそうだな」


 俺は天井を見上げた。


「とりあえず、学校新聞のバックナンバーは図書室で読めるみたいだから、そこで過去の記事を探ってみようと思う。もしかしたら吸血鬼のことも何か分かるかもしれないし」


「じゃあそれは、モアがやっておくね! お姉様はせっかく姉4に知り合えたんだから、もっと仲良くなって色々と聞いてみたらいいんじゃない?」


「ああ、そうだな」


 姉4。変わった人たちばかりだけど、悪い人には見えなかった。


 俺はあの白くてむせ返るような百合の園を思い出す。


 乙女の楽園、秘密の花園。

 そこに、何かが隠されているのだろうか?






「ちょっとあなた!」


「へ?」


 それから数日後、俺はいきなり知らない女生徒に声をかけられた。


「何よこれ! どういうつもり!?」


 女生徒が手に持っていたのは学園新聞。


 そこにはツバキ様にタイを直して貰ってる俺の絵があった。


「すげーな。写真みたいに精巧な絵だ」


 俺が感心していると、女生徒はぐしゃりと新聞を握り潰した。


「とぼけるんじゃありませんわよ! どんな弱みを握ったのか知らないけど、あなたがケイトにこんな絵をかかせたんでしょう? 姉4に取り入るために!!」


「いや、これは本当にあったことだし」


「ふざけないで! ツバキ様の妹になって、次の姉4になるのはロッカ様に決まってるんだから! あんたみたいなのが」


 ヒステリックに騒ぐ女生徒。

 ロッカ? ああ、あの寮の案内をしてくれた副寮長か。


 俺はたなびく赤銅色のロングヘアを思い浮かべた。


「あの、よくわかんないけど誤解」


「それは誤解だわ、アケビ」


 言いかけた俺の後ろからやってきたのは、ロッカ本人だった。


「ロッカ様!」


 アケビと呼ばれた少女の顔が赤くなる。


「ケイトの念写は、実際にあったことしか絵にできないわ。それに私、その方のタイをツバキ様が直しているのを見たもの。ツバキ様や姉4の皆さんは右も左も分からない転校生に慈悲をかけて下さっているだけ。そうよね?」


「あ、ああ」


 俺は頷いた。


「そ、そうですの。それならそうと早く……」


 ごにょごにょ言いながら、アケビは去っていく。


「全く、困ったものね」


 ため息をつくロッカ。


「ありがとう、ロッカ。助けてくれて」


「副寮長として当然の務めです」


 顔色も変えずに言い放つロッカ。


「それでは」


「あ、ちょっと待って!」


 俺は去っていこうとしたロッカを引き止める。


「あのさ、さっきの子が言ってて気になったんだけど、ツバキ様って妹がいないのか? 姉4なのに?」


 ロッカの顔が急に険しくなる。


「ええ。姉4の中で妹がいないのはツバキ様だけ。でも、生徒会と寮長をお辞めになる冬までにはツバキ様は妹をお決めになるでしょうね。それが何か?」


「ってことは、ツバキ様の妹になれば次の姉4になれるってことか?」


「そういうことになるわね。でも、姉4に憧れるのは結構だけど、姉4の引退まであと約三ヶ月。それまでに姉4に見初められて妹になるなんて奇跡もいい所だわ。それまでの実績があるならともかく」


「ふーん。ありがと


「質問はそれだけ? なら私、用事があるから」


 去っていくロッカ。


 なるほど、その手があったか。


 俺は含み笑いをした。


「案外、いいアイディアかもしれないな」


 姉4のツバキ様には妹がいない。


 ということは、もしツバキ様の妹になることができれば姉4に近づいて色々と調べるには好都合かもしれない!


 俺は、密かに姉4の妹になることを決意した。

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