第5話 お姉様と秘密の花園

「秘密の……花園?」


 俺が目をパチクリさせていると、カスミ様が悪戯っぽく笑う。


「そそ☆ さっきも言った通り、ここは私たちの溜まり場なんだー」


「ってことは、ここは姉4の人たちしか入れないんですか?」


「そんなことないさ。別に誰が来たっていい。生徒会室は姉4とその妹しか入っちゃいけないことになってるけど、他はそういう決まりはないからね」


 サツキ様が答える。


「でも、大半の人たちは私たちに遠慮して来ないみたいだけれど」


 ゴージャスな金髪をかきあげるスミレ様。


「そりゃそうでしょ」


 ボソリ、呟いたツバキ様は、ひょいと俺の指をのぞき込んだ。


「指はどう? 痛くない?」


 サラサラの黒髪から椿の香りがふわりと広がる。


「あ、はい! 大丈夫です」


 俺は冷やしていた指を見た。まだ少し赤いが、痛みは引いている。


「えっと……ハンカチハンカチ……あれ? あ、そっか、制服のポケットに……」


 俺が濡れた指を拭こうとアタフタしていると、ツバキ様が横からスッと白いハンカチを差し出した。


「良かったら、これ使って頂戴」


 深い漆黒の瞳。雪のように白い肌。血のように赤い唇――


「あ、ありがとうございます! 洗って返します」


「気にしないで大丈夫よ。安物だし」


 そう言うと、ツバキ様は部屋の隅に座り読書を始めた。可愛らしい表紙から察するに、どうやら詩集のようだ。


「ねぇねぇ、それより、貴方もこちらに座ってケーキでも食べない?」


 スミレ様が俺を白いテーブルに呼ぶ。テーブルの上には色とりどりのケーキが並んでいる。


「ええ? 良いんですか?」


「ええ、このレモンケーキ、私の妹が作ったものなの。あなたも少し食べてみない?」


「妹?」


 実の妹じゃないよな。この学校における姉妹ってことだよな?


「ええ。私の妹はケーキ作りが大の得意なの。ケーキの腕前を見込んで妹にしたようなものね」


 スミレ様は笑う。


「へぇ、そういうこともあるんですね」


「そそ。姉が妹の面倒を見るかわりにー、妹は色々と姉に奉仕してくれるの☆」


 カスミ様が美味しそうに紅茶をすする。


「あれ? でも私の席が」


 椅子が足りないのでキョロキョロと見回していると、スミレ様が膝をポンポンと叩いた。


「良かったらここに」


「へっ?」


 上目遣いで見つめるスミレ様。

 他の生徒はきっちりネクタイを締めているのに、スミレ様はネクタイもしていないし、ブラウスのボタンを上から三つも開けている。


 ブラウスの隙間からチラチラのぞく黒い下着。極限まで短くしたスカートからは黒いガーターベルトが覗いている。高校生のくせに、なんてセクシーなんだ!!


「え、あの、その」


「うふふ、冗談よ。貴女って本当に可愛いわ」


 ウインクして髪をかきあげるスミレ様。


「ははは、冗談ですよね……」


 凄くセクシーというか、大人びた人だな。


「ぶーっ☆ 転入生をいきなり誘惑するのはやめてくださいぃー」


 カスミ様が頬を膨らませ、奥から椅子を出してくる。


「ありがとうございます」


 サツキ様は笑う。


「ふふ、スミレは肉食系だからね。君も紅茶で良いかい?」


「あ、はい!」


 まるでマンガの中のイケメン執事のように紅茶を入れてくれるサツキ様。


「あら、サツキだって下級生を誘惑するのが好きなくせに」


「ボクはただ、可愛い女の子と戯れるのが好きなだけさ」


「あら! 私、知ってるのよ。この前一年の女の子と……」


 言いかけたスミレ様の口を慌ててサツキ様が塞ぐ。


「それは内緒」


 一体何をしたというのだろう。

 一方カスミ様は、二人のことなど気にしていない様子でテーブルの上にある缶を開けている。


「ねー、こっちのケーキも食べてみるー? クッキーもあるわよ。ツバキも食べる?」


「うん」


 詩集を読んでいたツバキ様は静かにうなずく。


「このコースター、ツバキが作ったのよ」


 カスミ様がカップの下の白い花の形のコースターを指さす。


「へーっ、ツバキ様、レース編みもできるんですね」


 ツバキ様は、少し頬を赤く染めて視線を落とした。


「大した腕前じゃないわ。まだ始めたばかりで」


「ツバキは手が器用なんだよね。ボクはそういうの全然ダメ」


 サツキ様がクッキーの缶に手を伸ばす。


「あんたは脳筋だから」


 小馬鹿にしたように笑うスミレ様。


「なんだって?」


「もー、やめてくださいぃー!!」


「あはは」


 スミレ様とサツキ様が言い合いをし、カスミ様がそれを見て笑う。そしてツバキ様は、それを少し離れたところから静かに見ている。


 俺は姉4に囲まれながらケーキを頬張り、薔薇の香りのする紅茶をご馳走になった。

 スイーツや紅茶はどれも美味しいし、姉4は美人だし。


 ボーイッシュで宝塚系のサツキ様。

 ツインテールでロリロリのカスミ様。

 セクシーで大人っぽいスミレ様。

 そして、清楚で静かな雰囲気のツバキ様。


 どのお姉様も、それぞれ違った美しさを持つ花のようで、甲乙つけ難い美少女だ。


 ああ、なんてきらびやかで優雅なんだろう。まるで夢の中みたい。


 こんな世界があるなんて、女学園ってすげぇなあ!





「えーっ、じゃあお姉様、さっそく姉4と知り合いになれたんだ。すごーい!」


 寮に戻って今日の出来事を説明すると、モアはバシバシと枕を叩いた。


「ああ、偶然な。美味しい紅茶とケーキもいただいちゃったし、マカロンやクッキーも美味かった! 転入そうそうラッキーだったぜ」


「いいなーっ」


「これ、モアにって。お土産のマカロン」


「わぁ、美味しそう!」


 ピンクや黄色、黄緑色をした可愛いマカロンに、モアは目を輝かせる。


「それにこれ」


 俺はポケットからツバキの模様がついた白いレースのハンカチを取り出した。


「ハンカチ? ツバキの模様? まさか」


「そのまさか。ツバキ様のハンカチ!」


「さすがお姉様!」


 盛り上がってる俺たちに、鏡の悪魔がボソリとつぶやいた。


「それはいいのじゃが、例の吸血鬼の正体は分かったのか?」


 モアの影の中からブルマ姿の鏡の悪魔が出てくる。相変わらず「こすぷれ」が好きなようだ。


 そう言えば俺たち、学園に潜む吸血鬼を追うためにこの学校に転校してきたんだったな。


「いや、姉4の中には吸血鬼らしき人はいなかったぜ? っていうか、みんないい人たちだったし」


 んー、とモアが上を向いて考え込む。


「じゃあ、ムルカさんの勘違い?」


「まぁ、死んだルルカさんが最後に会っていたのが姉4だったってのは気になる所ではあるが……」


 俺はゴロンとベッドに横になった。


「ま、とりあえずまだ転校してきたばっかだし、これからおいおい探っていけばいっか」


 そう、学園生活はまだまだ始まったばかり。クエストとは言え、転生前は体が弱くて中々通えなかった憧れの学校生活。


 俺はこの女子高ライフを精一杯エンジョイしようと決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る