第6話 お姉様と依頼主
「ふー、いいお湯だぜ」
クレーシーたちが去り、風呂場には他に誰もいなくて貸切状態となった。俺たちは、広い湯船にゆったりと浸かった。
「でもさー、さっきの人、変わった人だったね」
「クレーシーか? まぁ、そうだな」
クレーシーもそうだけど――俺はタオルを頭に乗せながら、メレのことを考えていた。
あの獣耳少女、奴隷とか言われてたけど、この国には奴隷制度が存在するのだろうか?
この世界に来てから俺は、奴隷らしい奴隷というものを見た事がなかった。
奴隷という言葉そのものは存在したが、大抵の場合、ブラック企業で働く労働者みたいな意味でしか使われているのを見たことがない。ましてやあんな鎖に繋がれているだなんて。
「どうしたのじゃ、お姉さま」
「うわっ」
湯船の中に突然鏡の悪魔が出てきて飛び上がる。
「いきなり出てくるなよ」
「いいじゃろ。どうせ誰もいないし」
含み笑いをする鏡の悪魔。
「それよりお姉さま……また胸がデカくなったような気がするのじゃが?」
「ひゃっ!?」
いきなり鏡の悪魔に胸を揉まれてドキリとする。もー、いつもこいつは突然なんだから!
「確かにそうかも……」
俺は自分の胸を揉んでみた。ひょっとしたら、クソでかい武器を振り回して戦っているせいか、胸筋が発達したのかもしれない。
「むーっ、鏡ちゃんずるい! モアも触る!」
「こらこら」
むくれるモアと鏡の悪魔に交互に胸を触らせていると、急に浴室のドアが開いた。
入ってきたのはクレーシーだ。
慌ててモアが俺から離れる。鏡の悪魔もいつの間にか姿を消していた。
「失礼、ちょっと忘れ物を取りに」
クレーシーは洗い場から石鹸を取り上げると、ヒラヒラと手を振った。
「変態行為は部屋でやるもんだぞ、お嬢ちゃん」
「いやまて、違――」
俺が言い訳するのも聞かず、クレーシーはピシャリと浴室の戸を閉めた。
何だか勘違いされているような……いや、完全に勘違いとも言いきれないんだけどさ!
◇
「さて、クエストを受けるのも久しぶりだな!」
翌朝、雪が降り積もりぴりりと冷え込む中、冒険者協会で待っていると、依頼人がやってきた。
「あなたが依頼を受けた冒険者さん?」
現れたのは、少数民族風の衣装を見にまとい、ビーズの飾りの沢山着いた帽子を被った黒髪の少女だった。
彼女は頭に積もった雪をブルブルとふるい落とすと、俺たちに右手を差し出した。
「私はドワーフ族で武器商人のフルウよ。よろしく」
へぇ、ドワーフ。ドワーフってもっと厳ついイメージがあったけど、ちょっと背が低くてほっぺがぽっちゃりしてるだけで普通に可愛らしい女の子だ。
「よろしく。ところで……」
俺とモアはフルウの後ろに控えている冒険者たちに視線をやった。筋骨隆々の大男と、細身の少年が一人。それからその横には、見覚えのある赤髪と猫耳もいる。
「その方たちは」
フルウはふん、と鼻を鳴らした。
「ああ、あなた達の他に雇ってる護衛たちよ。人数は多い方が安心だもの」
「そ、そうですね……」
俺は頭をかいた。他の冒険者たちと一緒に依頼をこなすのは初めてだし、何となくやりずらい。特に一緒に組むのがあのクレーシーとなれば。
「では、全員揃った所で依頼の説明をするわ」
フルウが地図を取り出す。
「私は明日、ケモナ族が住むケモナ村に商品を届けに行くんだけど、そこまで護衛をしてほしいの」
俺たちは身を乗り出して地図を見た。
「どうやって警備するかは任せるから、あなた達で手順を決めておいてね。じゃ、私は仕事があるから、明日、この住所に」
そう言ってぴょこんと飛び上がると右手を上げて去っていくフルウ。
後に残された俺たち冒険者は、ポカンとそれを見送った。
「……とりあえず、明日の予定を話し合うか」
「そうだな」
俺たちは誰ともなくそんな声を出すと協会内にある椅子に腰掛け自己紹介を始めた。
「みんなも知っていると思うが、私はクレーシーだ。こっちは奴隷のメレ」
クレーシーが腰に手を当てて紹介すると、メレはペコリと頭を下げた。
「俺はフリーの冒険者で
筋骨隆々の髭男がクレーシーに負けじと胸を張る。
「奇遇だね。私の趣味も筋トレだ」
クレーシーが右手を差し出す。本当かよ?
「よろしく。筋トレが好きなやつに悪い奴はいねぇ」
硬い握手を交わすクレーシーとマッスル。俺が唖然として見ていると、右眼に眼帯をつけた青髪の少年が肩をすくめた。
「僕はジャック。特技はナイフと鍵開け、罠抜けかな。とりあえず金さえくれれば何でもするんで、よろしく」
俺とモアもとりあえず挨拶をする。
「冒険者のミアとモアだ。えっと、一応俺が剣士でモアが魔法使い……なのかな?」
まぁ、武器を使うより殴ってる方が多いけど。
「よろしくお願いします」
ペコリとモアが頭を下げるとまばらな拍手がおこる。
「さて、これで全員挨拶したね?」
クレーシーが俺たちの顔を順番に見やる。
「じゃ、どうやって警護するか決めようじゃないか」
俺は小さく息を吐いて答えた。
「ああ」
でも……なんだかとてつもなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
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