3.お姉様と最愛の妹

「なんだよ兄さんも爺やも! 話が違うじゃないか!」


 苛立ち紛れに棚を殴る。


 棚に大きな穴が開いた。中に入っていた本やら小物やらがガラガラと崩れ落ちてくる。


「うわっ」


 ベッドで眠っていた飼い猫のムータもこれには思わず飛び起きる。ごめんごめん。


「やべー。つい手加減せずに八つ当たりしちまったぜ......」

 

 慌てて釘や板を手になんとか棚を直そうとしていると、ノックの音と共にドアが開いた。


「お姉さま、試合見てたよ、カッコ良かったぁ!」


「モア♡」


 入ってきたのは、今年十三歳になる最愛の妹、モア。


 銀の髪、ブルーの瞳。ニコリと笑えば、光とともに天使の羽が舞い散る。ああっ、可愛い!


 モアは神様が作った最高の芸術品に違いない。どんな花も、星も、モアの可愛さの前には霞んでしまうのだ!


「ああっ、可愛いなぁ。モアは可愛いなぁ......」


 俺がモアの可愛さにキュンキュンしていると、モアは目をきゅるんと丸くして首を傾げる。


「ところで、今のは何の音?」


「い、いや、何でもない。ただの日曜大工だぜ!」


 慌てて釘やトンカチを投げ捨てる。


「へえ、お姉さまってそんな趣味もあったんだ!」


「ハハハ......」


 苦笑いをする俺。そんな俺を見て、モアはポケットからおもちゃみたいなピンク色のクシを出した。


「それより、お姉さまの髪、乱れてるよ? モアが直したげる」


「えっ? いいよ別に」


「駄目っ! お姉さまはせっかく可愛いんだから綺麗にしないと」


「こらこら」


「いいからお姉さまはここに座って!」


 俺が諦めて抵抗をやめると、嬉しそうに俺の髪をとかし始めた。


 全く、お人形さん遊びの延長みたいなものなんだろうか。モアはまだまだ子供だからなぁ。


 柔らかな銀髪に、南国の海を思わせる深いブルーの瞳。モアは、大事な大事な俺の宝物。


 モアが大事なのは、可愛いってのもあるけど、どことなく萌香姉さんに似ているから。


 お転婆だった萌香姉さんと違ってモアはもっとずっと女の子らしいんだけど、クリクリとした目元だとか、少し天パがかった髪がそっくりで、俺は少しモアに萌香姉さんを重ねている。


 城の外に出れない俺は、今は勇者になって世界を守ることは出来ないけど、せめて城にいる間はモアだけでも守ってやろうと心に決めているのだ。


「うん、可愛い可愛い。やっぱり女の子は可愛くしてなくちゃ」


 モアが俺の髪を梳かしながら満足げに頷く。

 まあ、確かに俺の顔は前世の頃とは比べ物にならない程整ってはいるが、モアのように愛くるしくはない。


「モアの方が可愛いぜ?」


「えーっ、お姉様の方が可愛いよ! はあ、この金髪のサラサラストレート、綺麗な緑の目......モアもこんな髪が良かったなぁ」


 モアが俺の髪を撫でながらため息をつく。


 どうやらモアは自分の天パのかかった髪にコンプレックスを持っているらしい。こんなに可愛いのに。


「そんな事言うなよー。俺はモアのこの髪、フワフワしてて可愛いって思うぜ」


「本当?」


「ああ、本当だ。モアの髪は可愛い」


 俺が言うと、モアは少し機嫌を良くして、俺の腕に頭を擦り付けてくる。


「じゃあお姉さま、モアの髪ナデナデして? そうしたらモアもこの髪、好きになる!」


 ニコッと笑うモア。

 全く、しょうがないヤツだなあ。


「モアの髪は可愛いよ。モアは可愛い。世界一可愛い」


 俺がモアの頭を撫でながら言うと、モアは照れたように笑った。


「えへへへへへへへ」


 ああ! もう! 本当に! 可愛いなあ~モアは!! 天使か? 天使なのか!?


 モアは俺の髪をとかし終わると、嬉しそうに何かの箱を出してきた。


「それからね、さっき宝石商が来てたから、お姉さまの優勝祝いに、プレゼントしようと思ってモア奮発しちゃった!」


 モアに渡された宝石箱を開けてみると、そこには白いレースで出来た花の髪飾りが入っていた。


「これを俺に? わあ、ありがとう!」


 花の中央には小さなエメラルドが黄緑色に光っていて、俺のグリーンの瞳に合わせたんだと分かった。


 さすがモア、お姉ちゃんにプレゼントをくれるなんて、可愛い上に優しい。なんていい子なんだ?


「モアもお揃いで買ったの。見て見て、モアのはねー、アクアマリンなんだ」


 モアもお揃いのレースの花飾りを髪につける。その中央には水色の石が上品に光っている。


 モアが俺に髪飾りを付けてくれる。


「うん、お姉様ったら最高に可愛い。これでもう誰にもお姉様の事をゴリラ女だとかアマゾネスだなんて呼ばせないんだから」


 そんな風に呼ばれてたんかい、俺!


「明日の舞踏会でもきっと、殿方はみんなお姉様にメロメロになるはずだよ」


 その言葉に俺は固まった。そう、明日は舞踏会。俺が世の中でいっちばん嫌いな行事だ。


 だってそうだろ? なーにが悲しくて、男の手なんか取って踊んなきゃいけないんだよ!


 は~あ、なんで女に生まれたんだろう? 


 確かに異世界に転生した。素手での殴り合いじゃ誰にも負けない。でも冒険にも出れないんじゃ意味がないじゃないか。


 そりゃ確かに、転生するときに「男にしてください」とは願わなかったけどさ。


 ため息をついていると、モアが不安そうな顔をした。


「もしかしてお姉様、舞踏会に出ないつもりなの?」


「うーん、どうしよっかな」


「そんなぁ。明日はモアの初めての舞踏会なのに、一緒にいてくれないの?」


 そうだった。今年十三歳になったモアは明日が社交界デビューなんだった。ここで不安にさせてどうする!


「い、いや? もちろん行くぜ。舞踏会なんて楽勝だし? いい所だぞー! 賑やかだし、食いもんは美味いし」


 モアはホッとしたように笑う。


「良かった。お姉さまが居るなら安心」


 俺とモアはお揃いの髪飾りを付けて鏡の前に立った。


「えへへー! お揃いだね!」


 ニッコリと微笑むモア。


 俺はモアをギュッと抱きしめた。

 モアは可愛い! 天地を揺るがすほどの可愛さである。


 妹が可愛い事だけが俺の唯一の救い。


 はぁ......


 俺はこれからどうなるんだろう。冒険者にもなれないし、将来はただ美少女を愛でるだけのババァになるのだろうか。

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