第36話 お姉様と人魚

 俺たちは、海賊船に乗って再び海のダンジョンのあるアレスシア島に足を踏み入れた。


「なんか、前に来た時とずいぶん雰囲気が違うね」


 モアが辺りをキョロキョロと見回す。


 それもそのはず、海賊船でやってきたとバレないように、定期船がやってくる時間を避け、上陸場所も少しずらしたため、辺りは人気がほとんど無いのだ。


 俺たちは、グレイス海賊船に別れを告げると、ポツポツと準備を始めている屋台の横を通り過ぎた。


「さあ、行くか!」


 洞窟を抜け、青く光る地底湖へダイブする。


 入口のトラップをかわし、ワンパンで敵を倒しながら、俺たちは最短距離で地下二階へと進んだ。


「あった、ここだ」


 例の隠し通路の壁を触る。


 干支の壁画は再びランダムな並びになっていたが、それを慎重に並び替える。

 果たしてベルくんはここを通ったのか、それとも――


 隠し扉が低い音を立てて開く。


「あった、これだ」


 俺たちは暗い通路を駆け抜けると、思い切りレバーを引いた。


 ゴゴゴゴゴ……


「来たな」


 身を固くする。

 やがて低い音が響くと、勢い良く背後の壁から水が吹き出てきた。


「どわっ!」


 俺たちの体は、水に押し流され、再び穴に吸い込まれていった。

 分かってはいたけど、こりゃ心臓に悪いな。何度流されても慣れる気がしない。


 やがて体は海中に投げ出された。

 俺は回転しながら海の底に佇む謎の建造物を見つめた。


「お姉様!」


「ああ、行ってみよう」


 勢いよく水を蹴る。

 体は、ゆっくりと暗い海の底へと沈んでいった。


 海底にある、悪魔が住むという謎の城へ――。


 やがて海底にたどり着き、足をつく。近くで見ると、海の中の城は想像していたよりもずっと大きい。


 ゴクリと唾を飲み込む。


「行こう」


「うん」


 珊瑚と金で彩られた豪華な門を潜る。


「誰か住んでるのかな」


 門の先にある観音開きの扉を開けると、ギィ、と低い音。

 恐る恐る中をのぞき込むと、先には長い石畳の廊下が続いていた。


「――空気がある?」


 モアが廊下に灯る松明を見て首を傾げる。


「かもな。ちょっと防水魔法だけ解いてみてくれ」


 防水魔法を解くモア。体が濡れる気配はない。それを見て、呼吸魔法や水中会話魔法も解いてみる。


「この中は水が入ってこないんだな」


 俺は腕をぐるぐる回すと深呼吸をした。


「そうだね。でも、何のために......」


「誰か住んでるんじゃないか?」


「誰が?」


「さあ」


 慎重に辺りを見回す。何かが居る気配がする。人の気配?


 すると物陰から何かが飛び出してきて、思わず身を固くする。


「ギョギョッ!」


 出てきたのは、緑のヌルヌルの皮膚を持つ半魚人が三体。


「何だこいつら」


 まん丸の目。平たい顔。分厚い唇をパクパクさせて何かを訴えかける半魚人。


「ギョギョ!」


 真ん中の一体が威嚇するように俺たちに三又の槍を向ける。


「このお城の住人じゃない?」


 モアが不安そうに俺の腕をつかむ。


「かもな」


 何かを訴え続ける半魚人。どうやら知性がありそうだ。話せば分かるかもしれない。


 俺は敵意が無いことを示すため、両手を上げ訴えた。


「俺たちは敵じゃない! ここにある人を探しに来たんだ。少年を見なかったか? これくらいの小さな」


 ジェスチャーを交え話し続ける。


 三人の半魚人たちは顔を見合わせた。


「ギョギョギョギョギョ!」

「ギョギョ?」

「ギョギョッギョ!」


 これは、話が通じた……のか?


 だが次の瞬間、魚人たちは武器を手に一斉に飛びかかってきた。


「だぁっ、仕方ねぇ!」


 手で合図し、モアを下がらせる。


 でやっ!


 拳を突き出すと、風圧で半魚人のうちの一体が吹き飛ぶ。


 これで少しは怯んでくれるかと思いきや、逆上した残り二体が飛びかかってきた。


「――チッ!」


 右から襲いかかる槍を交わし肘打ちをする。べチョリと半魚人が床に倒れる音。残る一体の槍を蹴りで撃ち落とすと、半魚人は顔に恐怖の色を浮かべ一目散に逃げていった。


「逃がしたか」


「とりあえず先に進もう」


「ああ」


 白い廊下を抜けると、大広間のような場所に出る。


 正面には人口の滝と丸い巨大なプール。その先は左右で道が分かれている。


「このプール、何だろう」


「さあな。それよりどっちの道に――」


 言いかけた瞬間、正面のプールに泡が立つ。


「モア、何か来るぞ!」


「う、うん」


 プールの淵に、水かきのついた褐色の腕がぬっと現れる。長い銀髪。魚の脚......人魚だ。


「人魚!?」


 モアが目を見開く。俺は体が凍りついたように動かなくなった。


 だって、目の前に現れたその人魚は、オディルの中に入っていた俺が一夜を共にした、おっぱラの美女――ネーニャだったんだから。

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