39.お姉様と教会の地下
「お姉さま!」
アオイが俺の顔を見てホッとした顔を見せる。
「アオイ! ヒイロ! 大丈夫か!?」
俺は二人に駆け寄る。アオイは無事そうだがヒイロは目をつぶってぐったりしたままだ。
「ヒイロ?」
「大丈夫です。ヒイロ姉さんは眠っているだけで。こうなると中々起きないんですよ。姉さん、姉さん!」
アオイがヒイロを揺り起こす。
するとヒイロは寝返りを打ちながらこんなことを口にした。
「うーん、だ、駄目だ! 男の子がそんなに短いスカートだなんて!」
「......寝ぼけてる?」
「なんつう寝言だ」
俺たちが呆れ返っていると、ようやくヒイロが目を覚ました。
「わっ! あんた達、どうしてここに!?」
それはこっちのセリフだ!!
俺たちはそれまでの経緯をアオイとヒイロに説明した。
アオイが俺たちの説明を聞き、納得したように頷く。
「なるほど。私たちもこの教会を調べていたんです。」
「妖しい魔力の動きがあったからな。でも油断して捕まってしまって」
ヒイロが悔しげな顔をする。
油断していたたとはいえアオイとヒイロが捕まるほどの敵だ。かなりの強敵かも知れない。
俺たちは五人で部屋を出た。
「向こうの部屋に子供たちが監禁されているはずだ」
アオイとヒイロの指示通り隣の部屋へ向かう。
扉を開けると、憔悴しきった子供たちが狭い部屋にひしめき合っていた。
どうなってんだ。行方不明になっている子供たちは十数人と聞いていたが、明らかに二十人以上はいるぞ、これ。
「お姉ちゃん!」
その中の一人が声を上げる。昼間会った少年だ。
「おい、お前、どうしてここに?」
「分からないんだ。笛の音が聞こえたと思ったら、いつの間にかここにいてよ!」
少年はキョロキョロと辺りを見回す。
「どういう事だよ......里親が決まったって、孤児院から居なくなったヤツまでいるしよ」
「そうなのか」
恐らく、奴は町から子供を攫うだけではなく、孤児院の子供たちも生贄にしようとしているに違いない。
「恐らく孤児や身よりもない子どもたちも集めていたのでしょうね」
アオイが眉をひそめる。
子供たちの縄を解き、逃がしてやる。
すると、少年が俺のところに来てこう言った。
「あれ、ミヨは? お姉ちゃん、ミヨを見なかった?」
「ミヨ?」
「ほら、昼間会った」
「ああ、あの子か。見てないけど」
俺が言うと、少年は不安げにうつむいた。
「そっか。じゃあ、ミヨは誘拐されてなかったのかな?」
「分からない。けど......」
何だか嫌な予感がした。
「じゃあ、他の部屋にいないか探してみるよ。お前は誘拐された他の子供たちのことを頼む」
そう言うと、少年は手際よく誘拐された少年少女たちを逃がし始めた。
「この子供たち全員を生贄にするつもりだったのかな?」
モアが険しい顔をする。
「でもよ、そんなに魔力を集めてどうするつもりだったんだ?」
と、これはゼット。
「決まってる」
ヒイロがそう言いかけた瞬間、バタン、と通路の奥の扉が開く音がした。
「まずい、誰か来るぞ!」
コツコツと靴音が冷たい地下の廊下に響く。扉の開く音。
「おやまあ、誰かと思ったら、昼間のお嬢さんではないですか」
シト神父が、笑顔でそこに立っていた。ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
「貴様! 神父のくせに子供を攫うなんて、どういう了見だよ!」
シト神父はニコニコと不気味な笑顔のまま続ける。
「決まってるじゃないですか、明日は薔薇祭りですよ?」
カタカタと換気扇が回る。
「鏡の悪魔を呼び出すために決まっているじゃないですか」
不気味に赤く光る神父の目。
「貴様......!」
「一体どうして、聖職者であるあんたが悪魔を呼び出そうだなんて!」
ゼットが叫ぶと、ふう、と神父は遠い目をした。
「仕方ないんだよ。私が聖なる力を手に入れるためには必要なことなんだ」
「何だと?」
神父は語る。
「私の家は代々聖職者の家系でね。光魔法でこの地域の人々に貢献してきたんだ」
代々光魔法を使う家系だった神父の家。
しかし、光魔法の才能は神父には宿らなかったのだという。
彼に宿っていたのは闇属性。彼の父親は失望し、神父は冷遇され、迫害されながら育ってきた。
そんな折、神父の父親は急死。神父は闇属性でありながら聖職者を継がねばならなくなったのだ。
「これまでは光属性の魔力石を使ったり、光魔法を使う冒険者に頼んで手伝ってもらってなんとか凌いでいたが、それも莫大な費用がかかる」
「それで鏡の悪魔の力を使って闇属性を光属性に変えてもらおうっていうのか!」
「そうさ、その方が効率が良いからな」
まるで悪びれる様子のない神父の表情。
「そのためには子供たちを犠牲にしてもいいっていうのか!?」
神父は肩をすくめる。
「だが私が光属性を手に入れれば町の皆さんや冒険者の皆さんは安心して教会の恩恵を受けられる。それを思えば些細な犠牲ではないですか?」
こいつ......狂ってやがる!
「それを邪魔するなんて、タダで返すわけにはいきません」
「何言ってるんだ。こっちは五人だぞ? 観念しろ!」
ゼットが腰から剣を抜いて神父に突きつける。その瞬間――
「ぐっ......!」
ゼットの肩から鮮血が吹き出した。
「ゼット!」
ゼットの背後にいたのはシスターゼラだった。
彼女はナイフをゼットの肩から引き抜くと、生気の無い顔でにやりと笑った。
「シスターゼラ?」
「くケケケケケケ」
ゼットを刺したシスターはあらぬ方向を見ながら不気味に笑う。
「な、なんだこいつ! おかしいぞ」
ゼットが肩を抑えながらシスターから離れる。
「ああ、安心してください。その方はもう亡くなっていますので」
シト神父は、まるでその事実が何でもない、些細なことであるかのように、穏やかに笑ったのだった。
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