第38話 お姉様と救出作戦

「クソっ、あいつはどこだ? モアは大丈夫だろうか? ベルくんは?」


 湿っぽくて暗い通路を駆けていく。


 やがて道が開け、岩をくり抜いて作ったかのような大広間が現れた。


「きゃああああっ!」


 と、同時にモアの悲鳴が聞こえ、身震いする。


「モア!?」


 大広間の中を駆けていくと、モアの体が宙を飛んでいる。俺はとっさに腕を伸ばし、全速力でモアを受け止めた。すっぽりと腕の中に収まるモア。


「モア、大丈夫か!?」


「うん」


 お姫様抱っこをされるような形になり、少し赤くなって頷くモア。


「そうか」


 ほっと息を吐いてモアを地面に下ろすと、モアは厳しい顔で部屋の奥を指さした。


「それよりお姉様、あの竪琴に気をつけて!」



「竪琴?」


 顔を上げると、モアの視線の先には金色の竪琴を手にしたネーニャ――海の悪魔がいた。


「あれが奴の武器か」


 さらに奥へと視線を移すと、暗がりの中、岩に掘られた祭壇があった。祭壇の中には魔法陣。そして魔法陣の上にはベルくんが横たわっていた。


 再び手の中に武器を呼び出す。


「ベルくんを……」


 岩の地面を蹴る。


「返せーー!!」


 俺は思い切り武器を振り降ろした。


 バチッ!


 ――が、突然体に衝撃が走り、俺の体は地面に転がった。


「お姉様!」


「なんだ?」


 体がびりりと痺れる。手足がうまく動かない。俺は膝をつきながらなんとか起き上がった。


「どうやら音波による攻撃のようじゃな」


 鏡の悪魔が呟く。


「音波?」


 俺は目の前の海の悪魔を見た。あの竪琴か!


「ふふふ……あなた達も私の肉体を復活させるための生贄にしてあげるわ」


 海の悪魔が再び竪琴を掻き鳴らす。不協和音が洞窟の中に響き渡る。背筋がゾッとするような、奇妙なメロディ。


「手足が動かない!」


 続いて海の悪魔は、右手を高く掲げる。


「ウエーブ!!」


 途端、大波が現れ、辺りを飲み込む。


「きゃああああ!!」


「モア! こっちだ!」


 流されそうになるモアの手を必死で掴む。


「しっかり掴まってるんだ」


 左手で突き出た岩肌を、右手でモアを抱きとめ何とか踏ん張る。


「くっ、今度は水魔法か!」


 波が引いていく。どさりと地面に落ちる体。今度はモアが杖を構えた。


「ウインド!」


 緑のつむじ風が海の悪魔へと向かっていく。水魔法と相性の良い風魔法。さすがの海の悪魔も動きが止まるが、両腕でしっかりガードしているため、ダメージはさほど入って居ないように見える。


「おい、モア、あれ」


 俺はモアの体を支えるふりをして囁いた。


 海の悪魔の背後に黒く動く影がある。オディルだ。いつの間にここまで来たんだ?


 見ると、オディルは音を立てないようにゆっくりと奥の祭壇に向かっているようだ。

 なるほど、海の悪魔が俺たちと戦ってる隙にベルくんを助け出そうという作戦だな!


 俺はモアの耳元で小さく囁いた。


「とりあえず、このまま攻撃を続けて奴を引き付けておこう」


「うん」


 モアが頷く。


「ウインド! ハリケーン!」


 風魔法を次々と繰り出すモア。緑色のつむじ風が、渦を巻いて海の悪魔を襲う。


「ふんっ、小癪こしゃくな!」


 だが、海の悪魔が右手をあげると、それらの魔法は海の悪魔に届く手前で打ち消されてしまう。


 余裕の笑みを浮かべる海の悪魔。


 風魔法は水属性の魔物に強いはずなのだが――こいつ、マジで強いかもしれない。


 俺はゴクリと息を飲み込んだ。

 だが――


「おおおおおおっ!」


 俺は斧を振りかぶった。

 とりあえず、オディルがベルくんを助け出すまで時間稼ぎぐらいはしねーと!


 ――が


「ギャーーーン!」


 瞬間、海の悪魔の口から世にも恐ろしい叫び声が発せられ、その衝撃波で俺は吹っ飛んだ。


「ぐはっ!」


 背後の壁に背中を思い切り打ち付ける。


「くっ、あんな攻撃、ありかよ!」


「お姉様!」


「大丈夫だ! それより攻撃を続けてくれ!」


「う、うん」


 さして痛くはないが、近づけないのは厄介だな。厄介だが……


 ちらりと海の悪魔の背後を見る。オディルが岩の上に横たわるベルくんに手を伸ばしている。行けっ! もうちょっとだ!


 海の悪魔が鼻で笑う。


「ふん、小細工を使いおって」


 懐から取り出したのは短刀。そして短刀を持ったまま、海の悪魔はグルリと振り返った。海の悪魔が狙うのはオディル。


 ば、バレてた!!


「貴様も生贄にしてやる!」


 海の悪魔が短刀を振りかざす。

 飛び散る鮮血。


「ぐわっ!!」


 海の悪魔に刺されたオディルの体が崩れ落ちた。


「オディルー!!」


 俺とモアは、顔を真っ青にして叫んだのだった。

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