第97話 成長した白銀
以前白銀が入手したという【招待状】というアイテムを再度手に入れるべく、俺は白銀と共に駆け足で森の中を駆け抜けていた。
道中に出現するモンスターを薙ぎ払い、後方から飛び出して襲いかかろうとしてくるモンスターは白銀が射抜き、足を止めることなく効率よく進んでいく。
自然と俺が白銀よりも一歩前に出るという陣形になったのだが、説明するまでもなく白銀はその陣形の意図を理解してくれている。
レベルや危険度の高いモンスターなら手を組んで攻撃を仕掛けた方がいいが、この【鈍虫の森】に出現するモンスターはレベルも危険度も低いため、一匹のモンスターにわざわざ二人がかりで攻撃を仕掛ける必要がない。
大鎌を振るう俺の邪魔をしないようにと、白銀は前方に飛び出してくるモンスターの討伐を全て俺に任せてくれているため、俺も俺で後方から飛んでくる矢に怯える必要はなく、それでいて白銀の射線を確保して動く必要もなく、自由に動き回ることができているのだ。
そして、前方のモンスターを俺が対処する分、それ以外は全て白銀に委ねている。
最初は負担が大きいかと思ったのだが、それはただの杞憂で終わっており。
急に草むらの中から飛び出してくるモンスターも、複数匹の群れになって飛び出してくるモンスターも、全て白銀が的確に頭部を撃ち抜いて討伐してくれるのだ。
息が合っている、とでもいうのだろうか。お互いがお互いの間合いで伸び伸びと戦うことができているため、余計な心配をする必要がなく気楽に探索を進めることができた。
そして来たる5階層目。
木々に囲まれた、円形の広いフィールド。その中央に、全長三メートルは超えているであろう巨大な蛾が羽を羽ばたかせていた。
「白銀、あいつは?」
「あれはオオメドクガだね。危険度はD-。レベルは12くらいだったはず」
オオメドクガ。その名前の通り大きな羽には目玉のような模様があり、ただの模様のはずなのになんだか異様に睨まれている気分になる。
そして羽ばたかせている羽からは紫色の鱗粉が溢れて舞っており、一目見ただけでそれが毒の粉ということが分かるだろう。
見た感じ危険な香りがぷんぷん漂っているが、明らかに隙だらけだ。
俺たちを前にしても動き出さず、こちらの様子を観察しながら毒の粉を撒き散らしているだけなため、特になにかを警戒する必要がない。
俺だったら【豪脚】で一気に肉薄し、大鎌を振り抜いて一発で首を落とすのだが──
「俺の力がなくても、あれくらい余裕だよな?」
「もちろん。もう三回は一人で倒してるから、先輩の力は不要だよ」
「それなら⋯⋯俺は後ろで白銀を応援しておこうかな」
そこまで言うのならと、俺は観戦するべく白銀より何歩か引いて立つことにした。
俺が倒してしまうよりも白銀が倒した方がレベルアップにも繋がるし、白銀自身の経験値にもなる。
何度か倒してはいるらしいが、それでも物事には必ずイレギュラーというものが発生する。
もしそうなった場合の対処法を見てみたいし、単純に今の白銀の実力を知っておきたい部分もある。
俺が初めて白銀をダンジョンに連れて行ってから、白銀は一人でこのダンジョンの中で腕を磨いてきた。
あれからレベルも上がっているだろうし、きっと俺の知らないAスキルや、新たな戦法だって身につけたはず。
それを今からこの目で、しっかりと確かめさせてもらおう。
「もしなにかあったら呼んでくれよ。すぐに助けてやるからな」
「りょーかい。でも今回ばかりは先輩の出番なんかないから、ゆっくり休憩でもしててよ」
背中に背負っている弓を手に取りながら、一人オオメドクガに向かって歩いていく白銀。
矢筒には矢が充分ある。3階層目からここまで駆け足気味でやって来たが、体力的にはまだまだ余裕なのか疲れている様子もない。
射る矢の精度的に見ても、コンディションはバッチリ。今の白銀に、心配する要素なんて何一つなかった。
「さて⋯⋯と。さくっとやっちゃいますか」
矢筒から一本の矢を取り出した白銀が、宙に佇むオオメドクガに目掛けて早速矢を放つ。
狙いは完璧。このまま何事もなく真っ直ぐ飛んでいけば、オオメドクガの眉間に見事命中する軌道なのだが。
『ギゥ!』
当然、いくら虫とは言えど見え見えの矢を素直に受けるほど相手は馬鹿じゃない。
すぐさまオオメドクガは大きく羽を羽ばたかせ、矢の軌道から逸れるように高度を上げて天高く空へと舞っていく。
ずんぐりむっくりした図体のくせに見た目に反して飛ぶのは上手であり、羽を少し羽ばたかせるだけでオオメドクガは一気に高度を上げていた。
きっと、相手が弓で矢を放って攻撃してくると理解したからこそ、空高く飛んで距離をとるという選択をとったのだろう。
だが一方の白銀はというと、そんなオオメドクガには目もくれず地を駆けており、そのまま地面に滑り込んでオオメドクガの真下に潜り込んでいた。
そしてすぐに矢筒から次の矢を取り出し、弦に引っかけて矢を引く白銀。
その狙う先は、自身の頭上──真上を飛ぶオオメドクガであり。
「──ライズ、ショットッ!」
力強く放たれた白銀の矢が、空へと舞っていくオオメドクガへと昇るように飛んでいく。
空に舞うオオメドクガまでの距離は、目測だがおよそ20メートルと少し。
いくら軽い矢とはいえ空へ放てばそのうち減速していくし、重力に引っ張られるため威力もどんどん落ちていく。
だが白銀の放った矢は、空を突き進めば突き進むほど疾く、そして鋭く加速していき。
『ギゥッ!?』
その矢は毒の粉を撒き散らしながら空を舞うオオメドクガの左羽の根元を、見事に貫いていた。
「まずは一発」
左羽の根元を貫かれたことでオオメドクガはまともに空を舞うことが不可能となり、なんとか上手く飛んではいるものの次第にその高度が下がってきている。
負けじと羽を動かして毒の粉を撒き散らすオオメドクガだが、すぐに白銀は首に巻いているスカーフを口元に当て、吸い込んでしまわないように対策をしていた。
『ギッ、ギウッ!』
もちろん、オオメドクガもやられっぱなしのまま終わるつもりがないようで。
オオメドクガが力強く羽を動かすことで、毒の粉を纏った小さな風の刃が生成される。
その刃を自身の真下にいる白銀に向けて飛ばすオオメドクガ。
だが白銀は矢筒から矢を手にしながらその刃を回避しており、地面に転がりながら次の矢を構えていた。
「ライズショットッ!」
二本目の天に昇る矢──【ライズショット】を放つ白銀。
だが、その矢はもう覚えたと言わんばかりにオオメドクガはその場で回避行動をとっており、紙一重ではあるが矢の一撃を回避していた。
しかし、それだけで白銀の攻撃が終わるはずもなく。
「クイックショットッ!」
『ッ!?』
あまりにも早すぎる二射目の矢が、オオメドクガの右羽の中心を貫く。
白銀の放った【クイックショット】は、威力や飛距離に変化はないものの弦を強く引き絞らなくても矢を射ることが可能になるAスキルだ。
普通に矢を射るよりも少しだけ早く、そして軽い力で普通に射った矢と同等の威力と速度、飛距離の矢を射ることができるAスキル。
一見地味であまり使う必要のなさそうなAスキルではあるが、攻撃の間隔を一時的だが急激に狭めることができるという明確な利点がある。
結果、不意をつかれて右羽も損傷してしまったオオメドクガは羽を羽ばたかせても空を舞うことができず、それでいて高度を維持することもできず、健気に羽を動かしながら地面へとゆっくり落下していた。
「羽さえ奪えば、もう怖くない」
空から落ちてくるオオメドクガの落下位置を予測しながら、地を駆ける白銀。
そして再び矢筒に手を伸ばすのだが、今度は一本の矢ではなく、二本の矢を手にして弦に構えていた。
『ギギ、ギゥ⋯⋯!』
なんとか羽を動かし風の刃を生成しようとするオオメドクガだが、羽が欠損しているせいで上手く風を操ることができないのか、ただ藻掻くように羽を動かし続けている。
そんなオオメドクガを見上げながらも白銀は二本の矢を力いっぱい引き絞っており、射程圏内にオオメドクガが落ちてくるのをただ静かに待ち続けていた。
15メートル。10メートル。5メートル。次第に白銀とオオメドクガとの距離が近くなっていくが、白銀はまだ動かない。
大きくしなる弓幹。千切れそうなくらいに張っている弦。力を込めすぎて白銀の腕が微かに震えているが、それでも鏃はオオメドクガをしっかりと捉えている。
3メートル。2メートル。そして、遂に白銀とオオメドクガとの距離が1メートルを切った刹那。
「──ツイン・ストライクッ!」
『──ッ』
白銀の声と共に、重々しい二つの風切り音が響き渡る。
白銀の放った二本の矢はオオメドクガを見事に貫いており、力強い矢音だけが静寂に包み込まれた森の中にいつまでも木霊していた。
キラキラと飛び散る光の粒。オオメドクガは断末魔の悲鳴を上げることすら許されず、白銀の放った二本の矢によって絶命する。
白銀が見せた、【ツイン・ストライク】という名の新たなAスキル。
それは以前見た【パワーショット】よりも力強く、それでいてゴブリンシャーマン戦で見せた【スピアショット】よりも威力の高い技であり、その破壊力はオオメドクガの無傷だった肉体に二つの大きな風穴を空けるほど絶大であった。
「どうよ先輩。心配なんていらなかったでしょ」
こちらに振り返りながら、どこか自慢げにそう口にする白銀。
だから俺は、そんな白銀に対し素直に拍手を送ることにした。
「さすがだ、白銀。無駄のない、いい戦いだったよ」
一番最初に牽制として矢を射ることでオオメドクガを空に誘導し、その間に真下に潜り込むことで一方的に攻撃ができる環境を作り出す。
それからすぐに相手の頭部を狙うのではなく、まずは機動力を奪うべく両羽を矢で破壊し、無防備になったところで高威力のAスキルを叩き込む。
ゴブリンシャーマン戦の時から戦闘のセンスがあると思っていたが、今回のオオメドクガ戦での白銀は俺の想像を大きく上回ってきた。
戦略や立ち回りは完璧。それでいてAスキルの選択も最適であり、一切無駄な動きが見当たらない。
新たに手に入れたAスキルもちゃんと物にしているし、正直俺から口出しするところは何一つないと言っても過言ではないほど、白銀はあの日から大きく腕を上げていた。
それが、なぜか自分事のように嬉しかった。
「【ライズショット】と【ツイン・ストライク】は初めて見るが、強力かつ戦闘の幅が広がるいいAスキルだな」
「でしょ。でも不便なところもあるよ。【ライズショット】は真上方向に矢を射る時に距離があればあるほど加速して威力が上がるAスキルなんだけど、距離がありすぎると急加速に矢が耐えられなくなって壊れちゃうんだよね。それに、相手が真上にいることが前提のAスキルだから中々使える機会が少ないっていうのが欠点かな」
「なるほど。使うにはちゃんと適正距離を見極めなければいけないということか」
「そうそう。それに【ツイン・ストライク】は【スピアショット】よりも威力が高いし射程も長いんだけど、とにかく矢が逸れやすいんだよね。だから正確に命中させるにはあれくらい近づかないといけないし、指の負担も【スピアショット】よりも大きいから連発はできないかな。今は手套を装備してるから、そこまで指は痛くならないんだけどね」
話を聞く限りどのAスキルにも欠点はあるが、白銀はそれをちゃんと理解した上で上手く扱っていたため、さすがとしか言いようがない。
白銀がディーダイバーになってから──いや、まだ配信をしていないため正確にはディーダイバーにはなっていないのだが、それでもたった数日でここまで腕を上げているだなんて驚きだ。
5階層目までに至る道中でも腕を上げたなとは感じたのだが、今のオオメドクガ戦のおかげでそれがたまたまではなく、白銀の実力であることが知れた。
俺はあまり他のディーダイバーとの交流が少ないためよく分からないが、このまま成長を続ければきっと、白銀はディーダイバーとしてトップクラスの実力を手にすることができる。
まだ確証もないし根拠もない俺の浅はかな考えではあるのだが、そんな未来が来るのもそう遠くはないだろう。
「あ、そうだ。先輩。これあげるよ」
「⋯⋯なんだこの袋」
「それは【目柄毒蛾の鱗粉】ってアイテムだよ。即効性はない超遅効性の毒なんだけど、投与した相手に毒状態を付与することができるらしいよ。時間経過で毒状態が猛毒状態になるんだけど、扱いが難しいし何個も持ってるから先輩にあげる」
「いいのか? じゃあ、ありがたくいただくよ。ちなみに宝箱の中身はなんだったんだ?」
「レアリティD-の魔石。まぁハズレだね」
握り拳サイズの魔石を手にしながら、少しだけ残念そうに魔石をディーパッドにしまう白銀。
俺も俺で白銀から受け取った【目柄毒蛾の鱗粉】をディーパッドにしまい、地面につかせていま大鎌の柄を握り、肩に担いだ。
「よし、じゃあ次の階層を目指すか。目標はあくまで【招待状】だから8階層目まで少し駆け足で行くが⋯⋯疲れてたら、今ここで少し休憩してもいいぞ?」
「全然疲れてないからへーき。先輩も、疲れたら休憩していいからね」
「ははっ、俺を疲れさせたかったらユニークモンスターでも連れてくるんだな」
「ひゅー。さすが、言うことが違うねぇ」
なんて互いに軽口を叩きながらも、俺たちはボスモンスターを倒したことで生成される【転送陣】の上に立ち、6階層目へと転移する。
俺の実力からして、このダンジョンはあまりにも簡単だし難易度も易しいため、探索や攻略がかなり楽なダンジョンだ。
白銀がいるから退屈にはならないが、それでも俺の相手になってくれるようなモンスターがいない以上、どうしても暇になるというか、手持ち無沙汰になってしまう。
このダンジョンは一応乱入モンスターが出現するダンジョンなため、もしかしたら今回の探索で乱入モンスターと遭遇することができるかもしれない。
もしそんなことが起きたら、少しは楽しめそうだし面白くもなる。なんて考えながらも。
白銀と共に、【招待状】を手に入れるべく8階層目を目指してのどかな森の中を駆け抜けていくのであった──
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