第105話 わたしにできること
『フィ、フィー⋯⋯?』
巨大な化け物の姿で襲いかかってきたムクロマトイに向けて指をさし、困惑したような声を上げるわたしの可愛い精霊──フィルエラ。
いや、正確にはムクロマトイに向けて指をさしているわけではなくて、ムクロマトイの巨大な拳を鎌による一撃で破壊してみせた先輩に、その指は向けられていた。
「分かる。分かるよフィルエラ」
『フィー⋯⋯?』
「あの人はね、人間だけど人間じゃないの。わたしたちの常識が通用しない、怪物って思って見た方がいいよ」
フィルエラは生まれたばかりの精霊だけど、そんなフィルエラでも先輩の異常なまでの戦闘能力の高さに気づいているみたい。
でも困惑しているのは、フィルエラだけの話ではなくて。
「まさか、本当に引き受けてくれるなんて⋯⋯」
この場での指揮官はわたしであり、先輩にムクロマトイからのヘイトを集めろと命じたのもわたしだ。
でもあんな巨大な化け物からのヘイトを一人で集めさせるなんて、そんなの死んでこいと言っているようなものだ。
だからわたしとしては、ヘイトを集めてこいっていう指示に対して難色を示してほしかったんだけど。
先輩は二つ返事で了承して、嬉々とした様子でムクロマトイへと突っ込んで行った。
そして今、先輩はムクロマトイの右拳を破壊してからムクロマトイの右腕の上に降り立ち、睨み合いを続けている。
わたしが先輩に指示を出してから、一分という時間が経たない間にソレは行われた。
その異常さに気づけないほど、わたしもわたしで馬鹿じゃない。
「我ながら、とんでもない人を師匠にしちゃったかも⋯⋯」
先輩にはそんな素振りは見せてないけど、わたしとしては先輩はディーダイバーやダンジョンのことを教えてくれた人であり、憧れであり尊敬もしている人だ。
それでいて、わたしの師匠でもある。
先輩はそんなつもりないと思うけど、わたしもいつかは先輩のように強くなりたいし、同じ土俵に立って肩を並べるくらいの力は欲しい。
だけどそれは、あまりにも現実離れしているくらい果てしない目標であり。
発狂したデスリーパーを初配信で討伐しただけでなく、二度目の配信で先輩はユニークモンスターすらも討伐してみせた。
いくら先輩に潜在能力があったとしても、あの
レベルのユニークモンスターを倒す実力を得るにはとんでもない時間と労力が必要になるはず。
過去に先輩はわたしにレベルが55だと教えてくれたけど、それだけでは説明がつかない、なにかがあるような気がしてならないのだ。
いくらレベルが高くても、戦闘センスがなければユニークモンスターには勝つことができない。
それはディーダイバー界隈の常識であり、ネット上で絶えず議論されていることの一つだ。
生まれ持った才能がたまたま戦闘能力に特価していたと言われればそれまでだけど、命を懸けた争いとは程遠い日本で生まれた先輩にそんな才能が宿っていただなんて、そんなの偶然という言葉では片付けることができない話だ。
いつか。いつか、先輩の強さの秘密を暴いてみたい。
だからこそ、先輩の強さを知るためにわたしは今よりももっともっと強くなりたいのである。
「フィルエラ。わたしたちもやろっか!」
『フィー!』
やる気十分なフィルエラは、わたしが言うよりも早く一本の魔矢を作り出し、わたしの手の上にそっと乗せてくれる。
だからわたしは指輪に魔力を通して精霊弓を作り出し、魔力でできた弦に魔矢をかけ、ムクロマトイに向けて標準を定めていく。
狙うは、ムクロマトイの足。今らまだ一歩も動いていないけど、あんな巨体が動き出したら一瞬で距離が詰められてしまう。
そうならないためにわたしはムクロマトイの左膝に向けて、渾身の一矢を放った。
放った、のだが。
「⋯⋯命中、したけど⋯⋯」
わたしが放った魔矢は狙い通りムクロマトイの左膝に命中したのだが、その結果は想定よりも微妙な結果で終わってしまった。
魔矢はムクロダタキの自慢の鋏を一撃で破壊するほどの威力と貫通力がある矢だけど、ムクロマトイの左膝に命中した魔矢は、小さなヒビを作るだけでそのまま魔力が霧散して消えてしまった。
別に、一撃で左膝を破壊できるとは最初から思ってなかった。でもせめて、密集して塊となったモンスターの亡骸の一部は破壊できると思っていた。
だけどわたしが思っている以上にその肉体は密度が高いようで、ムクロダタキの鋏とは比べものにならないくらいの強度を誇っていることが、今の一撃で理解することができた。
「まるで鎧みたいな硬さ──え、あれだけ硬くて密度の高い塊を、先輩は一撃で破壊したってこと⋯⋯?」
体感することで再認識する、先輩の異常さ。
いくらデスリーパーのドロップアイテムである大鎌の切れ味がすごくても、切れ味だけではあんな塊を正面から砕くなんて不可能な芸当だ。
ということはそれだけ先輩の腕力の強さが、体の使い方が、狙い所といった全てが卓越している証拠であり。
「⋯⋯あまりにも、遠すぎるな」
先輩のように強くなりたい。そう思ってはいるけど、知れば知るほど目指している目標がいかに高いのかが痛いほど分かる。
わたしの想像を簡単に上回る、先輩の力。普通なら無理難題にも近しいわたしの指示すらも、難なく遂行してみせる実力。
そこに、少しでも追いつくためには。
先輩にはできない、わたしの強みを。わたしが、わたしだけができることを見つけるしかない。
「フィルエラ、お願い!」
『フィー!』
わたしの言葉に反応して、すぐに魔矢を作り出して手渡ししてくれるフィルエラ。
その間にも先輩はムクロマトイからのヘイトを集め続けており、ムクロマトイの攻撃を躱し、反撃し、ムクロマトイの巨大な右腕を破壊している。
そんな先輩の活躍のおかげか、怒りに声を震わせているムクロマトイからは一切の敵意を向けられていないことがなんとなく分かる。
今のムクロマトイにとって脅威になるのは先輩だけであり、遠くにいるわたしなど眼中にもない様子。
この状況を求めたのはわたしだ。この状況さえ作れば、こちらから一方的に魔矢を放つことができるため優位に立ち回ることが可能となるだろう。
でも、それでも。
同じ戦場にいる以上、この場にいない扱いされるのは少々癪であるのもまた事実であり。
「もう一度、同じ場所を狙えば──」
一矢目でヒビが入ったのだから、同じところに二度当てれば膝の一部を破壊することができる。
そう考えて、わたしは弦を引くのだが。
「⋯⋯⋯⋯いや、だめだ」
『フィ、フィー⋯⋯?』
引いた弦を離すことなく元に戻したことで、魔矢を作ってくれたフィルエラが不思議そうにこちらを見つめてくる。
そんなフィルエラを安心させるべく優しく頭を撫でてあげながらも、わたしはゆっくりと顔を上げてヘイトを集め続けている先輩に目を向けた。
「このままじゃ、わたしは変われない」
先輩がムクロマトイのヘイトを引き付けて、その隙にわたしが魔矢を放ち続けて倒す。
ムクロマトイを倒すにはこれが一番確実な方法で、先輩もそれを分かっているからこそ、わたしの指示に対して特になにも言わず快くヘイトを引きつけることを引き受けてくれた。
でもこれじゃ、今までと同じだ。
先輩はムクロマトイを倒すことを望んでいるわけではない。先輩の望みは、わたしが先輩なしでも一人で戦えるようになるくらい、強くなることだ。
それなのにこんなわたしだけが安全な戦法でムクロマトイを倒したところで、先輩は喜ばない。わたしは成長できない。変われない。
考えろ、考えるんだ。わたしにできることを。今のわたしにできる、最大限のことを。
思い出せ、思い出すんだ。今までの出来事を。先輩が見せてくれたことを。精霊王がわたしに教えてくれたことを──
「⋯⋯あっ」
そこで、あることを思い出す。
その瞬間、わたしは自分の頭の硬さについため息を吐いてしまった。
「うわー⋯⋯わたし、めちゃくちゃバカじゃん」
精霊王が教えてくれたことを、わたしはすっかり忘れていた。
いや、忘れていたというよりも活かそうとしなかったの方が正しいのかもしれない。
精霊王はわたしに魔矢の作り方を教えてくれた。
そしてその過程で、精霊王は魔力の扱い方を。魔力を扱う際の基本をたくさん教えてくれた。
それなのに、わたしはそれらを活かそうとしなかった。
魔矢の強み。それは魔力でできているということ。魔力さえあれば普通の木とかでできている矢と違って、好きなタイミングで好きなだけ作り出すことができるということ。
だが、魔矢の強みはそれだけではない。
わたしは、魔矢のことをなにも理解していなかった。
ただ"強くて便利だから"という、漠然とした理由でしか使ってこなかった。
魔矢の本質。それは魔力でできているということ。そして魔力とは触れることができるもので、ある程度自由に操ることができるもの。
それなら、魔力の塊である魔矢は?
「フィルエラの作ってくれた魔矢は⋯⋯うーん、やっぱり自分の魔力じゃないから上手く操れないか。それなら⋯⋯フィルエラ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
『フィー?』
「わたしの魔力を使って、魔矢を作り出すことってできる?」
精霊王曰くわたしは魔力の扱いが上手いらしいけど、自分以外の魔力に関しては話は別だ。
それこそ触って掴んだりちょっと動かすことぐらいならできるけど、複雑に動かすことはまだ不可能だ。
だからフィルエラが作ってくれる魔矢よりも、自分の魔力で作った魔矢の方が今考えていることを実現することができるんだけど。
『フィー、フィー⋯⋯』
わたしのお願いを聞いて、どこか難しそうな表情を浮かべながら小首を傾げるフィルエラ。
教えたことをすぐに理解し覚えることができて、なおかつ自分から学び成長する生き物。それが精霊だ。
それだけ聞けばかなり優秀で賢い生き物だけど、フィルエラはまだ精霊の中でもまだまだ生まれたばかりの小精霊なため、今までしてこなかったことを急に言われてすぐにできるようになるほどの力は、まだ持っていないようで。
でも、だからといって落胆はしない。
わたしと同じように、フィルエラはまだまだ成長する。今よりももっと多くのことを学び、そして今よりもっと大きく成長する。
だからわたしは、わたしのお願いを叶えることができなくて落ち込んでいるフィルエラをそっと抱きかかえ、真っ直ぐにフィルエラの瞳を見つめた。
「わたしたちの目標が決まったね」
『フィー⋯⋯?』
「強くなるための第一歩が見つかったってことだよ」
不思議そうに見つめてくるフィルエラにそう説明すると、フィルエラはじーっとこちらの顔を見つめながらも、小さく、だけど強く頷いてくれた。
そんなフィルエラを頭の上に乗せて、わたしはその場でゆっくりと息を吸い、開いた手のひらの上で自分の魔力を練っていく。
そうこうしている間にも、先輩は一人でムクロマトイからのヘイトを必死に──というわけでもなく、むしろ余裕そうに攻撃をいなし、強烈なカウンターを浴びせている。
色々と先輩に任せすぎてるな。そう感じながらもムクロマトイの腕の上を駆ける先輩に向けて目を向けると。
「────」
わたしに向けて、なにかを口にする先輩。
肝心の中身は距離が遠すぎて聞こえなかったけど、頷きながらも小さく微笑むその表情からは、焦るな。ゆっくりでいい。という言葉が込められているようで。
「ありがとう、先輩」
きっと、わたしの声も届いていない。
でも先輩はわたしに向けてもう一度頷いて、すぐにムクロマトイの攻撃を躱しながら腕の上を駆けていく。
ムクロマトイの再生力は異常なほど早く、先輩がどれだけ拳や腕を破壊しても、切断面からすぐに黒い糸のようなものが無数に飛び出し、その体を再構築する。
あの巨体はあくまでムクロマトイがモンスターの亡骸を集めて作ったものであって、ムクロマトイの本体ではない。
だからどれだけ先輩が攻撃し続けても、ムクロマトイにとっては痛くも痒くもないのだ。
でも先輩ならきっと、もう既にムクロマトイの本体が潜んでいる場所を見つけ出しているはず。
つまり今先輩がしているのはわたしのためにヘイトを稼ぎ続けているという、先輩にとってはあまりにも無駄すぎる行為であり。
だからこそ、早くわたしがムクロマトイを倒さないといけないのだ。
「今までの魔矢じゃ、ダメだ」
精霊王がわたしに見せてくれた魔矢と、同じものをわたしは作ることができる。
だけどそれだとムクロマトイの膝にヒビを入れるだけで終わるため、同じ場所に魔矢を何度も、何本も放たないといけなくなってしまう。
でも精霊王が見せてくれた魔矢は、あくまで魔力を矢の形に分かりやすく変えただけの、見本みたいなものだ。
だから別に、見本として見せてくれた形じゃないと魔矢にはならない──というわけではないのである。
「もっと、もっと大きく⋯⋯先端を更に鋭く尖らせて、貫通力を高めれば⋯⋯!」
目を瞑り、頭の中で魔矢の形をイメージする。
そしてそのイメージ通りの形になるように、手のひらから溢れ出す魔力をゆっくりと練っていく。
全体的に大きく。鏃は鋭く。そして長くなるよう、頭の中で作り上げたイメージを形にしていく。
焦らず、だけど急いで。時間がかかればかかるほど頭に浮かんだイメージが崩れていってしまうため、全神経を魔力に向けて一本の魔矢を作り上げていく。
『フィ、フィー⋯⋯!』
頭の上にいるフィルエラが、驚いたような声を上げる。
その声に釣られて、瞑っていた瞼を開いてみると。
「で、できた⋯⋯!」
瞼を開き手のひらに目を向ける。
するとそこには今までフィルエラが作ってくれた魔矢よりも二倍近く大きく、そして鏃が棘のように鋭く尖った魔矢が出来上がっていた。
もはや矢というよりも、一本の槍だ。それくらい大きな魔矢を、わたしは作り出すことに成功したのである。
「弓の大きさに対して、ちょっと大きすぎる気がするけど⋯⋯うん、いけるはず」
今わたしが持っている精霊弓よりも全長が長い魔矢だが、その素材は魔力でできているため重くなく、割と楽に弦にかけることができる。
これだけ大きくて鋭い魔矢ならば、ムクロマトイの纏う硬い亡骸の装甲を穿つことができるはずだ。
でもそのためには、ただいつも通り魔矢を放っても意味がない。
やるからには、この一矢でムクロマトイに大打撃を与えないといけないのである。
「練習なしの一発勝負。これが通用すれば、わたしにだって勝機はある⋯⋯!」
なぜ、フィルエラにわたしの魔力で魔矢を作らせたかったのか。
なぜ、フィルエラの作ってくれた魔矢ではいけなかったのか。
それはフィルエラの作ってくれる魔矢のサイズが小さいだとか、貫通力が足りないだとか、そういう理由ではない。
まだ魔力操作において未熟なわたしだからこそ、わたし自身の魔力で作った魔矢じゃないと試したいことができないからである。
それは──
「ライズ、ショットッ!」
めいいっぱい引いた弦を離し、ムクロマトイの足元に目掛けて槍のような魔矢を放つ。
もちろん、ただ放っただけではない。【弓士】のAスキルの一つである、【ライズショット】を発動させて放ったのである。
空を切り、地面すれすれの高さでムクロマトイに向かって真っ直ぐに突き進んでいく魔矢。
だが本来【ライズショット】とは空に向かって放つことで効果が発動するAスキルであり、地面すれすれに魔矢を放ったところで肝心の効果は一切発動しない。
重力を無視して空へと突き進み、矢が砕けるまで加速し続けるのが【ライズショット】の強みであり、基本的には空を飛ぶモンスターの真下に潜り込んで使用しないと、最大限に効果が発動しないような少し使いにくいAスキルだ。
しかしそんな【ライズショット】をここで使用したのには、意味がある。
ムクロマトイの足元──いや、正確には股下辺りの地面を通過しようとする魔矢。
その瞬間、わたしは放った魔矢に向けて腕を伸ばして指をさし。
「──今っ!」
魔矢に向けた指を空に向かって立てることで、地面すれすれを飛んでいた魔矢がぐぐっと起き上がり、軌道を変えて垂直に真上へと飛んでいく。
それにより【ライズショット】の効果が発動。真上に飛んでいく魔矢は急激に加速していき、ムクロマトイの股下を目にも留まらぬ速度で駆け上がっていく。
地上に立つモンスターよりも、空を飛んでいるモンスターに放った方が【ライズショット】はよりその効果を発揮する。
だがムクロマトイの体はあまりにも大きく地表から股までの間は10メートルほどあるため、魔矢を加速させるには充分過ぎるほどの距離があるのだ。
そして、【ライズショット】が発動した魔矢がムクロマトイの体へと着弾した瞬間──
『────ッ!?!?』
一本の魔矢が巨体を穿つ。
ムクロマトイの身に纏う亡骸の装甲に着弾した魔矢は止まることを知らず、股間部を破壊しそのまま下腹部、腰、胸部と一直線に貫いていく。
そして、勢いを失うどころか更に加速してその破壊力を増していく魔矢は、ムクロマトイの頭部らしき亡骸の集合体をも破壊し、そのまま空に向かってどこまでもどこまでも真っ直ぐに飛んで消えていった。
「先輩! 破壊してっ!」
無事にムクロマトイの巨体を真っ二つに割ることができたが、そこで喜んでいる暇はない。
すぐに、ムクロマトイの本体であろう黒い糸のようなものが右半身の断面から無数に飛び出し、左半身である亡骸の塊と再び合体しようとしている。
だがその左半身にある腕の上には、既に先輩の姿があって。
「流石だ、白銀ッ!」
わたしの活躍を賞賛すると共に、先輩は空を蹴って急加速し、無防備となったムクロマトイの左半身を大鎌による乱舞で次々に破壊していく。
なんとか先輩の動きを封じようと無数の黒い糸が先輩に襲いかかるが、大鎌を振り回す先輩の身動きを、そんな細い糸のようなもので止められるはずもなく。
『ギ、ケケ、ギィィッ!?』
迫り来る無数の黒い糸を切断しながら、ムクロマトイの左半身を破壊し続ける先輩。
そして、バランスを崩したムクロマトイの右半身が地面に転がり、周囲一体が煙たくなるほどの砂埃を上げた頃には。
「白銀の言う通り、ちゃんと破壊したぞ」
ひと仕事を終え、わたしの隣に降り立つ先輩。
その表情は涼しげで、特に疲れているような様子でもなければ、汗すらもかいていない。
ムクロマトイからのヘイトを集め続け、そしてわたしの放った魔矢の一撃によって真っ二つになったムクロマトイの半身を、先輩は黒い糸を迎撃しながら見事全て破壊して見せた。
それなのに、楽な仕事だったなと言わんばかりにクールな態度をとる先輩の肩を、わたしは軽く握った拳でとんっと殴った。
「な、なんだよ。言われた通りちゃんと仕事しただろ?」
「いや本当にもう先輩ヤバすぎ」
「⋯⋯ん? 俺、褒められてる、のか⋯⋯?」
少し困惑した様子の先輩だけど、わたしはわたしで初めてチャレンジした"放った魔矢の魔力を操作して軌道を変える"ことが見事大成功したのと、先輩のあまりにもカッコよすぎる活躍に興奮が隠しきれなかった。
フィルエラもムクロマトイの左半身を全て破壊した見せた先輩を凄いと思っているのか、わたしの頭から先輩の頭の上に飛び乗り、はしゃぎながらぺちぺちとおでこを叩いている。
一方、フィルエラを頭に乗せた先輩は少し困ったような表情を浮かべながらも、すぐさま倒れ込んだムクロマトイの方に目を向けていた。
「白銀とフィルエラに喜んでもらえてなによりだが、まだ肝心の本体にはダメージは入ってないはずだ。勝負はこれから。油断するなよ」
「了解。でも、こんな感じで亡骸を壊し続ければいつか決着はつくよね」
「あぁ。相手がなにか妙なことをしてこない限りは、な」
砂埃が収まる中、倒れ込んだムクロマトイの右半身がゆっくりと動き始める。
左半身を失った今、先ほどと同じような体を構成することは不可能なはずだけど。
『ケ、キキキキ、ケ、ギギィ⋯⋯!』
金切り声のような耳障りな声を上げながら、地面に散らばった亡骸の残骸を集めるムクロマトイ。
それにより残った右半身もバラバラになり、再びあちらこちらにモンスターの亡骸が転がっていく。
一体なにをしているのかと思えば、亡骸の山の中に姿を隠したムクロマトイがどこかから自身の黒い糸のような体を伸ばし、再び散らばった亡骸を一つに集め始めていた。
そして──
『ギュアァァアァァッ!』
けたたましい絶叫と共に、収まりつつある砂埃の中から太い一本の黒い影が飛び出す。
ソレには先ほどまでの巨体とは違って腕はなく、足もなく、それでいて驚くほど大きいわけではない。
その代わり異常なほど全長が長く、直径3メートルはあるであろう胴体が、20メートル以上伸びるように続いていた。
「⋯⋯なるほど。巨人の次は、蛇か」
地を這うソレは、先輩の言う通りまるで蛇のように動いており。
『ギュァアッ! ギュアァァァアァァッ!』
ムクロマトイ戦の第2ラウンドが今、始まろうとしていた──
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