第106話 決着

「さて。次はどうする、白銀」


 重々しく動く要塞のような姿から一変、不規則に動き回る大蛇となったムクロマトイを前に、俺は白銀に問う。


 期待通り、白銀は自分の力で新たな一歩を踏み出した。


 魔力で矢を作ることが出来る。そのことを精霊王から聞いた時、俺はすぐに"魔力を操作することができるのなら、魔矢自体を操作することもできるのではないか"という思考に至った。


 しかし白銀はそれに気づいていなかった。いや、気づいていないというよりかは、気づけるほどの余裕がなかった。と言った方が正しいのかもしれない。


 目の前のことでいっぱいいっぱいになっていて、魔力操作を応用しようという考えにすら至っていなかった。


 だからこそ俺は白銀に視界を広げてもらうために、白銀を今回のムクロマトイ戦の司令塔に任命したのである。


 俺が指示を出せば、白銀は指示通りに動いてくれる。それはある種の理想ではあるが、ある意味では白銀に自由がないとも言える。


 だから白銀を自由にさせ、時間をかけてゆっくりと頭を使ってもらうためにあえて司令塔の座を譲ったわけなのだが。


 結果、白銀は俺の予想を上回る成長を遂げてくれた。


 魔力を操作して魔矢の軌道を変えただけでも充分な成長なのに、今まで作ってきた魔矢ではムクロマトイが身に纏うの亡骸の装甲を貫通できないと知り、魔矢の形まで変えてみせた。


 どちらもぶっつけ本番の一発勝負なはずなのに、それを白銀は臆することなく果敢に挑戦し、見事やり遂げて見せた。


 俺の助けがなくても一人でここまで考えて実行する力があるのなら、もう余計な心配をする必要はないだろう。


「そうだね⋯⋯動きがさっきよりも早い分、狙いづらくはなったかも。でも、大丈夫」


「俺が白銀とフィルエラを守る必要は?」


「もう必要ない──って言うと、嘘にはなるかな。でも、もう先輩には甘えない。死の危険があるのは分かるけど、わたしも前線に立って戦いたい」


 弓を扱う白銀が前線に立つ。それは死亡率が格段に跳ね上がる選択であり、正直に言って賢い選択ではないと言える。


 だが俺の目を真っ直ぐ見つめてくるその瞳には強い意志が宿っていて、なんだか少し前よりも白銀が頼もしく見えるような、そんな気がした。


「ムクロマトイは危険度が変動するモンスターだ。仮にさっきの姿がAくらいだとすれば、今はざっと見てBかC+くらいだろう。先ほどより弱くはなったとはいえ、白銀より格上なのは間違いない。それでも、白銀は立ち向かうのか?」


「もちろん。わたしの──ううん。わたしとフィルエラの力が合わされば、倒せない敵なんていないから!」


『フィー!』


 気合十分な白銀と、やる気満々なフィルエラ。


 本音を言えば、白銀にはもう少し慎重に動いてもらって自分ができることを一つでも多く見つけてほしいところではあるが。


 今の気合十分な白銀には、先ほどまでのように頭を使わせるよりも体を自由に動かしてもらった方が更なるポテンシャルを発揮することができそうで。


 俺は白銀を信じ、頷くことで白銀の意思を尊重することにした。


「で、先輩はどうするの?」


「俺の役目はあくまで妨害であって、ムクロマトイにトドメを指すのは白銀の役目だ。だから俺は、少しでも白銀が戦いやすいように奴の尻尾を狙うつもりだ」


 大蛇の体の後方に目を向けると、そこには蠍の毒針のように鋭く尖った尻尾があり、その色は毒々しく緑と紫が混ざったような色をしていた。


 要塞のような姿の時からあった尻尾ではあったが、体が巨大すぎるせいかお飾り程度にしかなっておらず、そこまで警戒すべきものではなかった。


 しかし大蛇のような姿となった今、腕や足などを捨てて全身で攻撃することが可能となったため、お飾りだった尻尾も今後は脅威になると考えられる。


 それでいて、見た目からしていかにも毒がありますよって雰囲気を漂わせているため、俺はまだいいとして白銀のことを考えるのなら切り落としてしまうのが最善であると言えるだろう。


「気をつけろよ。さっきの一撃で、奴は白銀を警戒しているはずだ」


「分かった。でも、先輩はわたしのこと気にしなくていいからね。わたしはわたしなりに、頑張ってみるから」


 胸の前で小さくガッツポーズをする白銀。


 なにか秘策でもあるのだろうか。いや、例え秘策なんてものがないにしても、白銀は勇敢にも自分より遥かに格上であるムクロマトイに挑もうとしている。


 そんな白銀を、俺なんかが止める理由はない。


 だから俺は柄を地面につかせていた大鎌を肩に担ぎ、白銀を横目に大きくとぐろを巻くムクロマトイに目を向けた。


「健闘を祈る」


「先輩もね」


 そう言って白銀が拳を突き出してくるため、俺はその拳に軽く握った拳をコツンっと当て、ムクロマトイに向かって歩みを進めていく。


『ケ、キキキ、ケケ⋯⋯!』


 まるで八の字を描くようにとぐろを巻きながらも、こちらに向かって威嚇をしてくるムクロマトイ。


 威嚇といっても、その蛇に似せた顔が動くわけではない。


 言ってしまえば、威嚇をしているように見せつけているだけであり。


 それでいて、ムクロマトイが潜むコアとなる亡骸から向けられる敵意と殺意の中には、微かな恐怖も感じられた。


 それは、俺や白銀を脅威として認めている確固たる証拠であった。


「悪いな。お前には、白銀の礎になってもらうぞ」


『ッ!!』


 俺の言葉を理解しているかどうかは不明だが、不快感を露わにするムクロマトイが蛇の体を大きくうねらせて突撃してくる。


 地面を抉り、激しく砂埃を立てながら迫り来るムクロマトイの突進を、俺は【空歩】を使用して飛び上がり、回避しようとするのだが。


「っ!」


 そのまま通り過ぎていくだろうと思った瞬間、ムクロマトイは速度を落とさず体を折り曲げ、空へと逃げた俺を逃がさないと言わんばかりに追い回してくる。


 だがそれにより胴体がほぼ直角に折れ曲がっており、折れた胴体の一部が砕け、数個の亡骸が地面へと転がっていく。


 しかし優に百を超えるモンスターの亡骸でできた体の一部が砕けたところでなにも問題はないのか、ムクロマトイは大きく体をしならせ、頭部らしき塊で俺を叩き落とそうとしてきた。


「まさか、ここまで速くなるとはなっ!」


 空宙で無防備かつ【空歩】を使用したばかりのため体勢も悪く、今から再度【空歩】を使用したところでこの攻撃を躱すことはできない。


 だから俺は攻撃を躱すのではなく弾く方にシフトし、肩に担いだ大鎌の柄を両手で強く握り締め、大鎌の刃がない部分で頭部らしき塊の中心点を全力で叩きつけた。


「お、らぁっ!」


『ッ!?』


 ガッ。という鈍い音が響き、大きく胴体を仰け反らせるムクロマトイ。


 体勢が整えられない中、俺は腕の力だけで振るった大鎌でムクロマトイの一撃を弾き返してみせた。


 だが、今のは少し危なかった。


 弾く瞬間、俺は腕力を一時的ではあるが大幅に強化する【豪腕】を発動させることできたためなんとか体勢が悪い中攻撃を凌ぐことができたが、もしもう少し反応が遅れていたら、きっと俺は今頃無様にも地面に叩き落とされていただろう。


 それで死ぬことはないだろうが、怪我をするのは確実だ。


 白銀にあんなことを言った手前、不意をつかれたせいで大怪我しましただなんて、恥ずかしいったらありゃしないだろう。


『ケ、ギギ、ギ⋯⋯!』


 不意をついたはずの攻撃を弾かれたことで苛立ちが抑えられないのか、すぐにムクロマトイは弾かれた頭部を振り回し、再び俺を叩き落とそうと追撃を仕掛けようとしてくる。


 だがそこで、俺はあえて動くことをやめた。


 別に諦めたわけでもなければ、攻撃を喰らってあげようだなんて甘いことを考えているわけではない。


 視界の隅に映る、白銀を信じて俺は宙に身を任せているのである。


 なぜなら、今の白銀ならば──


「──パワー・ストライクッ!」


 白銀の声と共に、一筋の線を描くように放たれた一本の魔矢。


 その朱を纏う力強い一矢は、俺を狙っていた大蛇の頭部を見事に貫いており。


『ギュァアァァアッ!?』


 宙に身を任せる俺を追撃しようとしていた大蛇の頭部が、大きく音を立てて砕け散る。


「先輩っ! 大丈夫!?」


 一方で、動き回る大蛇の頭部を一撃で破壊するという素晴らしい結果を残したのにも拘わらず、白銀は喜ぶわけでもなくすぐに離れたところから大声で俺の身を案じてくる。


 きっと、白銀の目線では俺がムクロマトイの一撃を喰らってしまい、動けずにいたように見えたのだろう。


 だから俺は白銀を安心させるべく、宙で体を捻り頭を地面の方に向け、その場で【豪脚】を乗せた【空歩】を発動させた。


「白銀に心配されるようじゃ、俺もまだまだだな」


 【豪脚】を乗せた爆発的な脚力で空を蹴り、重力に従いながら真っ直ぐにムクロマトイの尻尾へと目指して俺は進んでいく。


 あまりの速さに耳の先がひんやりとしていく感覚を覚えながらも、俺は片手で握っていた大鎌の柄を再び両手で握り直し。


「──ふっ!」


 弧を描く大鎌の刃で、大蛇の尻尾を両断する。


『ギュァアァァッ!!』


 自慢の尻尾を切断されたことで怒りに声を震わせるムクロマトイだが、ムクロマトイもムクロマトイでやられっぱなしのままではない。


 すぐに胴体と尻尾を繋ぎ直すべく、胴体から無数の黒い糸が宙に舞う尻尾に向かって伸びていく。


 ムクロマトイの胴体なのか手足なのかは不明だが、その黒い糸は自身の体よりも何倍、何十倍と大きな亡骸を動かすことができる、優れた機能を有している。


 だがしかし、それ抜きで見てしまえば攻撃力も防御力も、全てが下の下以下の代物であり。


「よほど尻尾が大事なようだな」


 必死になって黒い糸を尻尾に向かって伸ばすムクロマトイだが、その糸は大鎌を軽く振るうだけで無様にも簡単に千切れていく。


 大蛇の鎧を身につけたムクロマトイにとって、俺が切り落とした毒々しい尻尾は数少ない攻撃手段の中の一つであり。


 ソレを失ってしまえば、ムクロマトイの戦闘能力は大幅に弱体化する。


 ムクロマトイ自身もそれをよく理解しているようで、なんとか尻尾を回収しようと必死になって無数の黒い糸を伸ばし続けていた。


 ムクロマトイの意識が、俺と、切断された尻尾にばかり向けられている。


 自分の後方でなにが起きているのかなんて知る由も、考える暇もないのだろう。


 俺に意識を向けている時点で、ムクロマトイは大きな間違いを犯している。


 なぜなら、今回の戦いで一番ムクロマトイに大打撃を与えたのは、俺ではないからだ。


 そう。ムクロマトイが意識を向けるべき相手こそ──


「──ツイン・ストライクッ!!」


『ッ!?!?』


 白銀の叫びと同時に、ムクロマトイが身に纏う大蛇の胴体が弾ける。


 一瞬視界の中を横切り、そしてどこかへと翔んで消えていく二本の魔矢。


 全長二十メートルは超えているであろう亡骸の塊が、たった二本の矢による一撃で弾け、ボロボロになった亡骸がゴロゴロと地面に転がっていく。


 俺が尻尾を切断した時、ムクロマトイは大蛇の体の操作を疎かにし、完全停止とまではいかないが派手に動き回ることをやめた。


 それにより白銀は大蛇の胴体を一直線に破壊できるポイントへと回り込み、そして破壊力に優れた渾身の【ツイン・ストライク】をお見舞したのだ。


 とはいえ、完全に大蛇の体が全て弾け飛んだわけではない。


 だが一直線に胴体を内部から破壊されたことにより、もう既にムクロマトイは亡骸の塊で大蛇の形を維持することができなくなっており。


『キ、キ、ギギィッ!』


 バラバラになった亡骸の一部から、ようやくムクロマトイがその姿を露わにする。


 赤くて丸い宝石のような目──なのかは不明だが、二つ並ぶ赤い球体を中心とし、無数の黒い糸のような手足が生えていて。


 どこが頭で、どこに目があって口があるのか分からない、まるで糸くずの集合体のような体を持つムクロマトイが、自身の住処を破壊した白銀に向かって襲いかかる。


 恨み。怒り。それらの感情を露わにしながら白銀に向かって飛び込むムクロマトイだが、一方の白銀は動揺するわけでも焦り戸惑うわけでもなく、涼しげな表情で弦を引いており。


「ふっ!」


『ッ!』


 ムクロマトイにトドメを刺すべく一本の魔矢が放たれるが、ムクロマトイはその矢を軽い身のこなしで躱し、全速力で白銀を目指し突き進んでいく。


 その距離、僅か数メートル。これ以上接近されてしまえば白銀が圧倒的不利となり、フィルエラの力があっても魔矢を作り出す頃には既にムクロマトイは白銀に牙を剥いているような、超至近距離。


 しかし白銀はその場から引くどころか動くことすらせず、ただムクロマトイに向かって人差し指を指すように向けていた。


『ギュァアァァァアァァッ!!』


 無数の黒い糸のような手足が、白銀に向かって伸びていく。


 一本一本の力はかなり弱いとはいえ、それでも数え切れないほど数の多い手足に一度捕まってしまえば、命の危険すらあるその状況下で。


 白銀はただ真っ直ぐムクロマトイを──いや、その後方にある魔矢を一心に見つめており。


『キキ、ギュァアッ!!』


 捕まえた。そう言わんばかりに、ムクロマトイが歓喜に似た声を上げた瞬間。


「これで、わたしの勝ち」


『────ッ!?』


 パァン! という、妙に耳心地のいい破裂音と共に、ムクロマトイの核らしき赤い球体が、同時に二つ砕け散る。


 ムクロマトイは一度魔矢を回避したことで、油断をしていた。


 弓とは一度矢を放ってしまえば再装填に時間がかかる武器であり、放たれる矢も直線上にしか飛ばないため、弓士の構えさえ観察していれば矢の軌道など簡単に読むことができると、そう思っていたのだろう。


 だが白銀は、ただの弓士ではない。


 精霊と心を通わせ、魔力を操ることを覚えた【精霊弓士】なのだ。


 白銀の放った魔矢はムクロマトイに躱されてしまったが、白銀はそれを読んでいたのかすぐに魔力操作へと意識を向け、放った魔矢の軌道を操作することに注力した。


 それにより魔矢は軌道を180度変え、視界の外から、そして意識の外側からムクロマトイの核らしき球体を破壊したのである。


『⋯⋯ッ! ッ! ッ!?』


 白銀へと伸びていた黒い手足が震える。


 やがて、赤い球体が完全に砕け散る頃には無数に生えた手足からも力が抜け、音もなく地面へと崩れ落ちていく。


 そして、砕け散った赤い球体の破片と黒い手足が白い光の粒となって消えていく頃には。


「〜〜〜っ! やった⋯⋯!」


 先ほどまでの涼しげな表情から一変、白銀はムクロマトイの討伐に成功した喜びを噛み締め、胸の前でガッツポーズをしながらその場で小さく足踏みをしていた。


 そんな白銀の頭に飛びついたフィルエラも、自分のご主人様と共に強敵を倒せたことが嬉しくて仕方がないのか、白銀の頭を何度も何度もぺちぺちと叩いており。


 俺はそんな微笑ましい光景を前にふっと肩から力を抜きながらも、大鎌を肩に担ぎながら白銀の元へと歩き進めるのであった──

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異世界を救った元英雄の、成り上がりダンジョン配信録!!〜普段からぼっちだった俺が異世界で得た力でダンジョン配信者として超有名になり、人生勝ち組に至るまで〜 丸々丸々 @ishihati8

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