第104話 乱入モンスター戦、開幕

 【鈍虫の森】10階層目にて待ち構えていたムクロダタキを白銀がフィルエラと共に討伐し、無事ダンジョンの攻略が完了したと肩の力を抜いたのも束の間。


 本来なら、最終階層のボスモンスターを討伐することでダンジョンは攻略完了となり、フィールドのどこかに出現する【転送陣】にてダンジョン外へと脱出することが可能となっている。


 だがしかし、ムクロダタキとの戦闘はラストバトルではなかった。


 むしろ、ムクロダタキを討伐してからが本番だったのである。


「いや、いやいやいや⋯⋯! ボスモンスター討伐後に確定で乱入してくるとか、クソゲーにも程があるでしょ⋯⋯!?」


 空を見上げるように顔を上げる白銀が、目を大きく見開きながら唖然とした表情で一点を見つめている。


 そんな白銀の視線の先。そこには、山のように積み上がっていた虫型モンスターの亡骸が集まって生まれた、新たなモンスターの姿があり。


 その姿は、まさに異形。もはやモンスターと呼んでもいいのか分からないような生命体が、俺たちの目の前にて誕生していた。


『ギュァアァアアァァァッ!!』


 甲高く響き渡る絶叫に似た咆哮。


 その耳を劈く咆哮はやけに頭に響くものであり、手で耳を塞がないと頭痛がしてくるほど、気味の悪い絶叫であり。


 あまりの声量に、耳を塞ぐ白銀とフィルエラ。そんな白銀たちを横目に、俺はすぐにディーパッドを向けて乱入モンスターの詳細を調べた。


【個体名:ムクロマトイ】

【危険度:E-〜A+】

【レベル:1】


「⋯⋯⋯⋯は?」


 要塞のように動く亡骸の山にディーパッドを向けることで、すぐにそのモンスターの詳細を確認することができたのだが。


 その詳細があまりにも変というか、今まで戦ってきたモンスターと比べても明らかに異質なため、俺は戸惑いを隠せなかった。


「せ、先輩? どうしたの⋯⋯?」


「い、いや、詳細は分かったんだ。分かったんだが⋯⋯コイツ、あまりにも特殊すぎる」


 俺の言葉に首を傾げる白銀だが、そんな白銀にディーパッドに表示された画面を見せることで、すぐにその言葉の意味を察してくれた。


 個体名はムクロマトイ。これはまだいい。ムクロダタキの亡骸に潜り込んだのが本体と考えれば、骸を纏っているため名前の意味は分かる。


 だが肝心な危険度はE-〜A+とあまりにも振れ幅が大きく、それでいてレベルはたったの1だ。


 レベル1ということは、ムクロマトイ自体の攻撃力や体力はそこまでであり、むしろ雑魚レベルのものであると考えられる。


 それなら表示される危険度はE-だけで済む話だが、そんな単純な話ではないことは、今の状況から考えて分かることだろう。


「ムクロマトイ自体、大したことないモンスターだ。だが名の通り、骸を纏うことでコイツの戦闘能力は何倍にも何十倍にも跳ね上がる。だから今のムクロマトイの危険度は──ッ!」


 そう白銀に話しかけていると、突然足元が暗くなる。


 まさかと思い空を見上げると、そこにはモンスターの亡骸が集まって作られた巨大な拳が、こちらに向かって振り下ろされている最中であり。


 直径5メートルはある拳の塊が、明確な殺意を持って俺たちを叩き潰そうとしている。


 だから俺は即座に話を切り上げ、白銀の手を引いて体を抱き寄せ、そしてその場から跳ぶように回避した。


「っ!」


 直後、俺たちが先ほどまで立っていた場所に拳が振り下ろされ、体を吹き飛ばすほどの風圧と、地面が揺れるほどの振動が発生する。


 あんなのに巻き込まれてしまえば、即座にお陀仏だ。もし少しでも気づくのに遅れていたら、今頃俺と白銀は無惨にも叩き潰されていただろう。


「せ、先輩どうしよう!? あんなの、勝てるかな⋯⋯!?」


「まぁ、勝てる相手ではある。だが正直なところ、俺が苦手とする相手であることに間違いはないな」


 そう口にする俺を見て、驚いたような表情を浮かべる白銀。


 だが、そんな表情を浮かべるのも無理はないだろう。


 白銀は、同じ学校の後輩ではあるがディーダイバーとして活動する俺の視聴者の一人でもある。


 だから今まで俺が、どんな強敵と出会い、どうやって倒してきたかを白銀は知っている。


 だからこそ、発狂したデスリーパーやユニークモンスターであるエリュシールを倒してみせた俺が、苦手と言ったことに対し白銀は驚きが隠せないのだろう。


「俺は基本、どれだけ相手が強かろうが数が多かろうが普通に戦うことができる。なぜなら、攻撃が通用し明確な弱点があるからだ。だがムクロマトイは違う。あの亡骸の集合体に攻撃を与えても本体ではないから怯むことはないと思うし、弱点である本体がどこに潜んでいるかが分からないから有効打を与えることもできない。こういう相手は、前から苦手なんだ」


「じゃ、じゃあ先輩でも倒すのは難しいってこと⋯⋯?」


「いや、倒せるか倒せないかでいえば普通に倒せるとは思う。だが俺の戦い方じゃ時間がかかるし、なにより面倒だ。だからこの戦いは、白銀が司令塔になってもらう」


「わ、分かった──って、は!? わたしが!? 司令塔!?」


 俺の腕の中にすっぽりと収まっている白銀が、驚き目をまん丸にしている。


 まさか自分が今回のムクロマトイ戦で指揮を任されるとは思ってもなかったようで、目を左右に動かし動揺をあらわにしていた。


「な、なんでわたしなの!? そういうのって、先輩がやるものだと思ってたんだけど⋯⋯!?」


「いや、別に俺がやったっていい。だが仮にそれでムクロマトイを討伐したとして、それは白銀の成長に繋がるのか?」


「⋯⋯っ!」


 安全に、そして的確にムクロマトイを討伐するのなら、白銀に指揮を任せず今まで通り俺が白銀に指示を出し、動いてもらった方が確実な勝利を得ることはできるだろう。


 だがそれでは、白銀の成長には繋がらない。


 確かに白銀は強くなった。弓の腕前ももう一人前だし、上級クラスである【精霊弓士】になったことで戦闘能力も大きく跳ね上がった。


 しかしだからといって、推測にはなるが危険度がAクラスのモンスターを一人で倒せるかと聞かれれば、俺は首を横に振る。


 弓の精度はまさしく完璧であり、魔矢による凄まじい一撃の破壊力を得た白銀ではあるが、それはこのダンジョンだから通用する話である。


 今の白銀の実力ならば危険度Cクラスのモンスターだって倒すことはできると思うが、仮に相手が素早い高速戦闘を得意としたモンスターだった場合、果たして白銀は今まで通り軍配を上げることはできるだろうか?


 答えは、否である。


 白銀に足りないのは、経験だ。いくら弓の腕が良くても、いくら強力なクラスを得たとしても、まだまだ経験が足りない。足りなさすぎる。


 一人でダンジョンに潜ってはいるとのことだが、それでもこのダンジョンは乱入モンスターの出現を除き、正直白銀のレベルに合っていないくらい簡単なダンジョンだ。


 成長に必要なのは場数だ。そしてそれと同じくらい、強大な敵にどれくらい立ち向かうことができたかで、成長値は大きく変わってくる。


 白銀には、俺がいなくても一人でどんなモンスターでも討伐することができるくらい成長してもらわないと困るのである。


 いつでも俺が一緒にいるわけではない。いつまでも一緒にダンジョンに潜っていられるわけでもない。


 厳しいことを言ったつもりではあるが、白銀には今よりも一歩先──いや、二歩も三歩も先へ先へと自らの意思で進んでほしいのである。


「なぁに、俺も鬼じゃない。別に白銀だけの力で倒してこいだなんて言うつもりはないさ。だが俺はあくまで白銀の手助けをするだけで、ムクロマトイに対し直接的に大打撃を与えるつもりはないからな」


「⋯⋯先輩は、わたしの力であのモンスターを倒せると思う⋯⋯?」


「さぁな。それは白銀次第だ。だが俺をどう使うかで、楽にも苦にもなるのは確かだな」


 未だ不安そうにしている白銀だが、その気持ちも分からないことはない。


 白銀は今まで俺の指示に従って動いており、ダンジョンを歩き進めている時だって、白銀は俺と肩を並べるか一歩ほど後ろにいることが多かった。


 それなのにいきなり矢先に立たされ、俺に引っ張られるのではなく俺を引っ張る立場になれば、不安で胸が押し潰されそうになるだろう。


 しかもその相手が、乱入モンスターかつ推定危険度がAクラスのモンスターとなれば、さすがの白銀も少なからず恐怖を抱くことになるだろう。


 だが別に、白銀は俺の提案を蹴ったっていい。


 蹴ればいつも通りの陣形で動くだけで、多少時間はかかるが無事にムクロマトイを討伐することができるだろう。


 しかしそれを選べば白銀は成長できない。


 本人もそれを理解しているのかゆっくりと口を開こうとしていたが、出かかっていた言葉を呑み込み、そして俺の目を真っ直ぐ見つめながら大きく頷いていた。


「⋯⋯やる。やってみせる。わたしの力で、なんとかムクロマトイを攻略してみせる⋯⋯!」


「よし。よく言った。さすが、俺の後輩だな」


『ギュァアァァァッ!』


 白銀が意を決した瞬間、ムクロマトイが先ほど地面に叩きつけた拳で地面を抉るように腕を動かし、俺たちを轢き殺そうとしてくる。


 だから俺はその場で白銀を抱き抱え、連続で【空歩】を使用してムクロマトイの巨大な腕を飛び越えてやり過ごし、巻き起こる砂煙の中に着地して白銀をそっと地面に下ろした。


「さっ、そろそろ始めるか。いい加減、攻撃され続けるのも癪だしな」


「そうだね。じゃあ先輩、早速で悪いんだけど⋯⋯」


 そこまで言ったところで、白銀が言い淀む。


 きっと、本当にこんな指示を出していいのかと、心の中で反芻しているのだろう。


 だから俺はそんな白銀を安心させるべく、白銀の肩を叩きながら首を縦に動かし頷いてみせる。


 そうすることで白銀も発言する勇気が湧いたのか、俺に向けて強く頷き返してくれた。


「じゃあ先輩。大変だと思うんだけど⋯⋯しばらくの間、ムクロマトイからのヘイト集めてくれる?」


「了解した」


 白銀の指示に二つ返事で承諾し、俺は大鎌を肩に担いだまま全力で地を蹴ってムクロマトイへと接近していく。


 ヘイトを集める。それ即ち、ムクロマトイからの攻撃を俺が全て引きつけるということだ。


 そして俺がムクロマトイの攻撃を引きつけているうちに、白銀が隙を見てムクロマトイに魔矢を打ち込むという考えだろう。


 作戦としては定石というか、俺と白銀で前衛後衛がしっかりと別れているため、分かりやすくお互いがお互いの力を振るうことができる理想的な布陣ではあるだろう。


「だが、そう上手くいくか──なっと」


 俺に目掛けて真っ直ぐ飛んでくる巨大な拳を【空歩】で跳躍して回避し、そしてモンスターの亡骸でできた腕の上に着地する。


 そこからすぐに俺は腕の上を駆け上がっていき、ムクロマトイへと接近するべく突き進んで行った。


『ケケ、ギュァアッ!』


 腕の上に乗った俺を振り落とすべくムクロマトイが腕を大きく振るうが、再度俺は【空歩】を使用して空を跳び、更にムクロマトイの胴体へと接近していく。


 だが、それを待っていましたと言わんばかりにムクロマトイは振るった腕の肘を反対側へと折り曲げ、拳の裏で俺を叩き落とそうとしてきた。


 本来ならありえない腕の動き。普通なら肘は内側にしか曲がらず、外側に曲げるだなんて骨を折らない限り不可能な芸当だ。


 しかし今目の前にしているムクロマトイはあくまでモンスターの亡骸で作った体に宿っているだけなため、関節の可動域から外れた動きすら可能にすることができるのである。


 迫り来る質量の塊。俺の全身よりも遥かに大きなその拳に殴られれば、人間のような脆い体など一撃で木っ端微塵だろう。


 避けるのが普通なこの状況。だが避け続けることでムクロマトイが俺を狙うのは不毛だと判断してしまえば、それは白銀の指示に背く結果となってしまう。


 白銀の要望である、ムクロマトイのヘイトを手っ取り早く集める方法。


 それは簡単なことであり──


「さぁて。ひと暴れしますか、ねっ!」


 迫り来る裏拳に対し、俺が選んだ行動。


 それは【空歩】を使用した回避行動でも、攻撃をギリギリまで引きつけてからの受け流しでもない。


 正面からの真っ向勝負。それが、俺が選んだ行動である。


 俺は【豪脚】を乗せた爆発的な脚力で【空歩】を使用して全力で空を蹴り、ムクロマトイの攻撃を正面から受けに行く。


 だがただ受けに行くだけでは、ただの自殺行為だ。


 当然、いくらダンジョン内では死んでも生き返ることができるとはいえ、俺に破滅願望はない。


 だから俺は肩に担いでいた大鎌の柄を両手で握り締め、体を捻りながら大きく構える。


 そして、俺は大質量の拳に向けて渾身の一撃をお見舞いした。


『ギュァッ!?!?』


「ははっ! 悲鳴──いや、動揺か?」


 大鎌の薙ぎ払いにより、バラバラに砕け散る巨大な拳。


 それによりムクロマトイがどこかから声を上げるが、その声は痛みによって出たものではなく、驚きによって出された声に近かった。


 ムクロマトイはあくまで亡骸を操っているだけなため、拳を破壊したところで痛みを感じることはないだろう。


 だが拳よりも遥かに小さな存在が、たった一振りで巨岩のような拳を破壊したとなれば、さすがのムクロマトイといえど動揺は隠せないようであった。


「──っ! おっと。危ない危ない。痛覚がないなら、そのまま振り抜いてくるよな」


 無事拳を破壊することに成功したが、だからといってムクロマトイの攻撃が止まるわけではない。


 拳を破壊されてもなお止まることのない腕が第二の拳となって襲いかかるが、俺はすぐさま【空歩】を使用してその場で跳び上がり、再び腕の上へと着地した。


 そして後ろに目を向けると、破壊した拳と腕の断面から無数の黒い糸のようなものがうじゃうじゃと蠢いていて、集合体恐怖症の人が見たら発狂しそうな光景が広がっている。


 するとその無数の黒い糸は砕け散ったモンスターの亡骸を空中でキャッチし、器用にも先ほどよりも少し小さいがまた新たな拳を作り出していた。


『ケケ、キ、ギィ⋯⋯!』


 怒りに震えた声と、殺意の込められた視線が要塞のような亡骸の塊のどこかから向けられてくる。


 拳を破壊したことでムクロマトイは完全に俺を敵であると認識し、しばらくの間は油断することなく、そして目を離すこともなくなっただろう。


 この状況こそ、白銀の理想。


 俺が圧倒的な力を見せることで、ムクロマトイからのヘイトを集めることに成功したのである。


「さぁ、白銀。次はお前の番だ。ムクロマトイの弱点、見つけることができるかな?」


 たった今行われた攻防により、俺はムクロマトイの弱点──というより、狙うべき場所を特定することができた。


 向けられる視線や、声の発生源。そしてムクロマトイが現れた時の状況から察するに、そこだろうと睨んでいる場所がある。


 しかし視線や声の発生源に関しては接近しないと分かりにくいため、遠くで弓を構えている白銀では、気づくのにどうしても遅れてしまうだろう。


「白銀の実力。しっかりと見極めさせてもらうぞ」


『ギュァアァァッ!!』


 右腕の上に立つ俺に向け、威嚇するように甲高い声を発するムクロマトイ。


 この状況から白銀がどうやってムクロマトイの弱点を見つけ出し、そしてどうやって攻略するのか。


 その結末が、楽しみで仕方がなかった。

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