第44話 コラボ終了

「リスナーのみんな〜! 今日は応援ありがとう〜! 今回はアマツさんとの突発コラボだったけど、楽しめたかな?」


 アーミーホッパーの大群、そしてその親玉であり指揮官でもある王様バッタを倒し終えた俺と桃葉さんは、配信を終了する前の挨拶をしていた。


 桃葉さんを映すカメラの横に浮かび上がるコメント欄は終了間際なのに大盛り上がりであり、ピコーン! ピコーン! と、かなりの数のスーパーチャットも飛んでいるようであった。


 魔術を行使したことで倒れてしまった桃葉さんだが、あれから少し休憩を挟んだおかげで元気になったのか、今では眩しいくらいの笑顔を振りまいてカメラに向かって手を振っている。


 そんな、俺には到底真似できないようなプロ根性を持つ桃葉さんの背中が、俺の目には以前よりも少し大きく見えていた。


「それでは! 最後にアマツさん、コメントよろしくお願いしまーす!」


「あぁ。えー⋯⋯視聴者の皆さん、こんにちは。改めまして、駆け出しディーダイバーのアマツです。今回は桃葉さんとのコラボを見守ってくださり、ありがとうございます」


 そう言ってお辞儀をするのだが、そのせいかそのおかげか、一気にコメント欄に流れるコメントが加速していく。


────コメント────


・お疲れ! 今回もすごかった!

・アーミーホッパーの大群に飛び込んでった時はドン引きしたけど、アマツだったらまぁそうかって納得しちゃったよ。

・相変わらず丁寧なの面白いな笑

・モモっちのこと、ぶっちゃけどう思ってるの?

・今回はうちのモモっちが迷惑かけてごめんな。色々とありがとう、死神。

・モモっちお姫様抱っこしてたけど、いい匂いした? 柔らかかった?

・やっぱりアマツ、あんた最高だよ! それに初めて桃葉モモの配信見に来たけど、最後の魔術は本当に凄かった!

・次の配信いつ?

・今回はモモっちのポンコツ具合と、アマツの最強っぷりが改めて認識できた配信だった。


────────────


 そこには色々なコメントが流れていた。


 素直に賞賛するコメント。桃葉さんとの関係性を探ろうとするコメント。俺の行動にドン引きしているコメントなど、様々だ。


 だがその中にはあまり批判的なコメントはなく、今回の突発コラボ配信はどうやら大成功といった形で終わろうとしていた。


「アマツさんありがとー! 他にも、なにか言うことある? もうね、なんでも言っちゃっていいから!」


「んー⋯⋯と言われても、特になにか言いたいことがあるわけでは──あっ」


 なにも言うことはない。そう言って終わらせようとしたのだが、そこで俺はとあることを思い出す。


 いや、別にそこまで重要な話でもないし、今ここでこの話題を出す必要なんてまったくない。


 だが俺には、少し前からどうもモヤモヤとして、あんまり良い印象を抱いていないものがあったのだ。


 それは──


「桃葉さん、やっぱり最後に一言だけいいか?」


「うんっ! どーぞどーぞ!」


「えーと、じゃあ⋯⋯その、自分はSNSをやっていません。なので、SNS等でアマツを名乗るアカウントは全て偽物ですので、皆さん騙されないようご注意ください」


 そう言って、俺はもう一度カメラに向けてお辞儀をし、桃葉さんにカメラの前の位置を譲る。


 以前から俺の名を騙るSNSアカウントが増えてはいたのだが、俺は特に咎めることもなく、黙認し続けてきた。


 だがその中で一番人気のあるアカウントはフォロワー数が10万人を突破していたのだが、そこで俺は問題を発見したのである。


 欲しい物リスト──というものを、ご存知だろうか。


 ネット通販サイトにて自分が欲しい物をリストとしてまとめ、それをネットで開示することで心優しき人にそのリストの中の物を買ってもらえるというものが存在するのだ。


 なんとそのアカウントには、プロフィール欄にその欲しい物リストが公開されていたのだ。


 しかも実際にいくつか送って貰っている様子で、この間俺ははとんでもない呟きを発見してしまった。


 その呟きには「皆さん、沢山の贈り物ありがとうございます。大事に使わせていただきますね」というコメントと共に、10万円相当のプリペイドカードが並べられた画像が添付してあったのだ。


 それを見たとき、俺はすぐに注意喚起するべきだと決意した。


 だがSNSをやっていない俺が、いきなりSNSを開設したところで偽物扱いされるのは目に見えていた。


 だから今ここで、俺は桃葉さんの配信を通して注意喚起させてもらったのである。


 別に、どこかの誰かが俺の名を騙っても俺は許す。


 だがそれを利用して心優しき人からお金を巻き上げることだけは、どうしても看過できなかったのである。


「え、嘘⋯⋯モモ、アマツさんのアカウントフォローしてるよ!?」


「それ偽者だな。ていうか、フォローしてるのかよ⋯⋯」


「だ、だってフォロワー数が多かったし、なんかそれっぽいこと言ってるから⋯⋯」


「⋯⋯それっぽいこと?」


「"俺の名前はアマツ⋯⋯死神だ"とか"俺は死神であって、それ以上でもそれ以下でもない"的な⋯⋯」


「言うか、そんなクサイこと」


 一体、俺をなんだと思ってるんだ。


 だが、そんなふざけたクッサイ台詞を呟くアカウントのフォロワー数が10万を超えてるということは、俺って世間ではそんなふうに見られてるってことなのだろうか。


 俺は別に、そんな厨二病的なキャラを演じてきたわけではないはずなのだが⋯⋯ちょっとショックである。


「まっ、そういうことだからリスナーのみんなもアマツさんの偽垢に騙されちゃダメだからね!」


「あんまり説得力がないぞ」


「い、いいのっ! というわけで、桃葉モモとアマツさんによるコラボ配信でした〜! リスナーのみんな、またね〜!」


 そう言って、半ば強引に配信を終わらせる桃葉さん。


 そして目の前に浮かぶカメラがレンズを閉じてから消えてなくなると、桃葉さんは疲れきったような息を吐き出していた。


「はぁ〜⋯⋯いやぁ、本当に今日は疲れたなぁ〜⋯⋯」


 まだ魔術による疲労が残っているようで、桃葉さんはその場でぺたりと座り込んでいた。


 いや、それだけではない。俺がこのダンジョンで桃葉さんと出会い合流してから、一度も休憩を取ることがなかった。


 桃葉さんは魔力回復のため歩いていることが多かったものの、それでも危険なモンスターがうじゃうじゃいるような場所で常に移動を続けていたら、身体的にもそうだが精神的にも疲れが溜まってしまう。


 その辺りを、俺はまったく考慮してあげることができていなかった。


「アマツさん、今日は本当にありがとうございました。アマツさんがいなかったら、こんなに配信が盛り上がることもなかったと思います」


「⋯⋯桃葉さんにいきなり敬語使われると、なんか怖いな」


「あ、あはは⋯⋯カメラ外だと、意外とこんな感じなんですよね⋯⋯が、がっかりしましたか⋯⋯?」


「あ、いや。大人しくてお淑やかな方が好きではあるぞ? ただ、桃葉さんはあのテンションだから桃葉さんなんだなって思うからさ」


 なんだかんだちょっとウザいテンションの桃葉さんだったが、しばらく一緒にいれば慣れてしまうし、むしろそれが普通になってしまう。


 だから今、俺の目の前で正座をしながら上目遣い気味に黙ってこちらを見つめてくる桃葉さんが、普段とあまりにも違いすぎて違和感があるのである。


「俺はあっちの桃葉さんの方が好きだぞ?」


「え、えっと、ほ、本当に⋯⋯?」


「あぁ。これは嘘とかじゃなくて、本当の話だぞ」


「うぅ⋯⋯そ、それなら──じゃあ、アマツさんの前ではアイドルのモモで行かせてもらうねっ!」


 突然立ち上がったと思えば、キレッキレの決めポーズを決めてバチコーン! とウインクをする桃葉さん。


 そんな桃葉さんを前に「やっちまったな」と軽く思いながらも、俺は自然と笑みが零れていた。


「ところで桃葉さん。報酬の分け前とかはどうするんだ?」


「んー⋯⋯聞いた話だと、大体山分けするのが普通らしいんだけど⋯⋯それだと申し訳ないから、アマツさんが回収したものは全部アマツさんの物で大丈夫だよ?」


「え、いや、それだと桃葉さんの取り分があまりにも少なくなりすぎないか?」


「大丈夫! モモには、これがあるから!」


 と言って、桃葉さんがディーパッドからとある鐘のようなアイテムを取り出す。


 そして桃葉さんがその鐘をカーン! と鳴らすと、焦土と化した花園に無数に転がる、小さな小さな石が俺たちの周りに吸い寄せられるように集まってきた。


「う、うわっ⋯⋯これ、もしかして全部魔石なのか⋯⋯?」


「そうだよっ! 一つ一つの回復量は本当に雀の涙程度なんだけど⋯⋯これだけあれば、今日使った分は充分回収できるからねっ」


 ディーパッドで調べてみるとその魔石の名前は【屑魔石】であり、使用しても本当に僅かの僅か程度しか魔力を回復してくれないらしい。


 だがいくつも集めることで自然に合体して大きくなるようで、最終的にはレアリティA+【超々大魔石】とかいう魔石にもなるらしい。


 ちなみに【屑魔石】から【超々大魔石】を作るには、最低でも100万個は必要になるらしく、あまり現実的な話ではないだろう。


「俺の方は道中で倒してきたモンスターのドロップアイテムや、ボスモンスターのキラーマンティスやフラワースパイダーとかのドロップアイテムがあるんだぞ? 本当にいいのか?」


「うん。モモ、アマツさんにいっぱい迷惑かけちゃったからさ。そのお詫び⋯⋯にもならないと思うけど、モモにはそのドロップアイテム、ちょっと重いからっ」


 やっぱり、桃葉さんは真面目な人なのだろう。


 確かに俺が倒してきたモンスターのアイテムではあるが、それでも全部が全部そうと聞かれれば、別にそういうわけじゃない。


 最後この階層で討伐したモンスター──調べたところによると【ジェネラルホッパー】という名前らしいが、あのドロップアイテムだって、俺が受け取ってしまっている。


 いくら俺がトドメを指したとはいえ、きっかけを作ったのは桃葉さんであり。


 だから俺は、ディーパッドからとあるアイテムを取り出して、後ろで手を組んでこちらを見つめてくる桃葉さんのところへと向かう。


 そして俺は、そんな桃葉さんの首の後ろにそっと、優しく腕を回した。


「えっ、えぇっ!? あ、あのアマツさん!? こういうのってモモたちにはまだ早いと思うしそもそも場所が場所だしいきなりだから準備とかしたいし、あ、でも別にモモは嫌ってわけじゃなくて、むしろ──」


「はい、これでよしと」


「⋯⋯⋯⋯え?」


 なにやらわーわー慌てていた桃葉さんだが、俺はそんな桃葉さんを完全に無視してとある物を首からかけてやった。


 それは、先ほどジェネラルホッパーを討伐した時に出た宝箱の中から出てきた、とある装飾品である。


「⋯⋯アマツさん、これって⋯⋯?」


「それは【回魔の首飾り】っていうアイテムで、装備しているだけで常に魔力を少量だが回復し続けるらしい。俺には必要ないアイテムだし、それなら桃葉さんに渡そうかなってさ」


「えっ! いや、でもこれきっと高値で売れるアイテムだよ? そんなの、モモなんかに渡してもいいの⋯⋯?」


「最後にあのモンスターを楽に倒せたのは、桃葉さんの魔術があったからだ。だから、これは俺からの正当な評価ってことにしておいてくれ」


「⋯⋯っ!」


 そう言うと、桃葉さんはキュッと口を結んで俯きながら、首飾りを両手で包み込むように握り締めていた。


 きっと、色々と思うことがあるのだろう。だからこそ、今こうして桃葉さんは今日のことを思い出して噛み締めているに違いない。


 俺はそんな桃葉さんのことを、心の底から応援したい。そう感じていた。


「モ、モモ、もっと強くなる! 強くなって、アマツさんにいつか絶対追いついてみせる!」


「お、おぉ⋯⋯?」


「だから、お願いっ! アマツさんから、モモにできるアドバイスがほしいです⋯⋯!」


 顔の前で両手を合わせながら、深々とお辞儀をしてくる桃葉さん。


 いつもの俺なら、俺はそんな立場ではないと言ってその申し出を断ったかもしれないが、今日は違う。


 桃葉さんの目を見れば分かる。その目は、本気の目だ。本気で、強くなろうと決意している目である。


 だから俺はそんな桃葉さんを応援するべく、今俺に出来るアドバイスをすることにした。


「分かった。じゃあ、俺から色々とアドバイスをさせてもらう。だが、俺は魔法職じゃないからあまり期待はしないでくれよ?」


「大丈夫! アマツさんの言うことなら、絶対正しいと思うから!」


「そうか⋯⋯じゃあ。まず、魔力管理が雑すぎる。杜撰と言ってもいい。正直、舐めてるのかって何回も思ったな。魔力は貴重なんだから、モンスターを討伐する際はオーバーキルではなく適切な魔法を使用するとか、もっと魔力を節約することを意識した方がいい。そうしないと、今回のボスモンスター戦みたいにやらなくてもいいことをやる羽目になるんだ。無駄なことは避けた方がいいに決まってる。


 それと、注意力が散漫な部分が多かった。モンスターの出現に反応が遅れるのはいいが、なにもないところで躓いたりすることが何回かあっただろ? その隙を狙われたら終わりなんだから、もっと周りに目を向けるべきだ。


 あと、服装が危険すぎる。性能が良くて可愛いから装備してるって言ったよな? 言っちゃなんだが、俺今回の探索で桃葉さんの下着10回は見たぞ。最初はドキッとしたけど、後半から心配が上回るようになったわ。せめて見られてもいいものを履くとかさ、色々と対策はあるんじゃないか?


 あー、それとそれと、1回自分の魔法で自爆とかしてたよな? あれは、まぁ避けれるなら避けた方がいいな。雷魔法が暴れ馬なのは知ってるのだが、それでも工夫次第ではなんとかなる気がするのは俺だけか? とりあえず、自分の魔法で自滅なんて1番バカバカしいんだから、今後は気をつけた方がいいぞ? あっ、そういえば──」


 我ながら言い過ぎかなとは思うが、それでも桃葉さんが強くなりたいのなら、甘やかしてはいけない。


 だから俺は言いたいことを全て言わせてもらっているのだが、一方の本人は以前のようにわーわー騒いだり、不貞腐れることもなく、涙目ではあったが真剣に俺の話に耳を傾けてくれていた。


 この様子なら、きっと桃葉さんは今よりももっと強く成長することができるだろう。


「ただ⋯⋯魔法と魔術は本当に見事だった。威力もそうだが、正確かつ確実にモンスターにダメージを与えていたのは高評価だ。それは、誇ってもいいと思う。まぁ、俺が言っても何様なんだって感じだが⋯⋯」


「う、ううんっ、すっごく参考になった! 課題が多くて大変だけど、まずはモモにできることからやってみるね!」


「あぁ、それがいいと思う。俺は桃葉さんのこと、応援してるからな」


 今はまだこれでいいかもしれないが、今後桃葉さんがもっと人気になり、もっとディーダイバーとして活躍するには、このままではダメだ。


 だがダメなことから目を逸らさず、ダメなことに自ら挑もうとしている時点で、もう桃葉さんは一つ成長することができている。


 今後きっと大変なことが多く重なってくると思うが、それでも桃葉さんには、折れずに真っ直ぐ頑張ってほしいものである。


「だ、だから、ね⋯⋯? も、もし、モモが今よりももっと強くなれたら⋯⋯」


「⋯⋯あぁ」


「また、モモと今回みたいにコラボしてくれますか⋯⋯?」


 不安そうにこちらを見つめてくる桃葉さんに対し、俺は地面に突き立てておいた大鎌を手に、歩き出す。


 そして、桃葉さんに背を向けながら。


「待ってるぞ。桃葉さんが、俺に肩を並べる日が来るその時まで」


「⋯⋯っ! 絶対、絶対だからね! いつか絶対、アマツさんの手が届かないくらいすごいディーダイバーになって見せるから! アマツさんの力に頼らなくても、一人でどんなモンスターでも倒せるようになって見せるからー!」


 最後まで賑やかな桃葉さんに俺は歩きながら手を振りながらも、ダンジョンから脱出するべく【転送陣】へと向かう。


 そして桃葉さんからのお礼の声を最後に聞きながら、俺は【蠱惑の花園】を後にするのであった──

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