第45話 桃葉モモの気持ち

「⋯⋯行っちゃった」


 【転送陣】の上に立ってダンジョンから脱出したアマツさんを見届けて、モモは──ううん、ワタシはそう呟いた。


 我慢していた。気丈に振る舞って、アマツさんの求める桃葉モモを演じて、最後の最後まで元気のいいキャラクターを演じていた。


 でも配信が終わって、アマツさんがいなくなって、一輪の花も残ってない花園だった大地の上で、一人になって。


 ワタシは、溢れ出る涙を止めることができなかった。


「ぅうっ⋯⋯ぐすっ、ぅぅ〜⋯⋯っ」


 迷惑をかけた。無理をさせた。余計な心配をさせた。


 思い返せば思い返すほどワタシはアマツさんに甘え切っていて、思い返せば思い返すほど、自分がどんどん惨めになっていく。


 だからそんな時は、いつもコメント欄を見たり、エゴサとかをして元気になったりすることが多い。


 でも、ワタシは。ワタシは女性ディーダイバーの中でも、かなりアンチの多いディーダイバーなのである。


『桃葉モモとかゴミだわ。魔法職で後衛職のくせに魔力管理できないとか、終わってるだろ』


『あいつ、なんであの実力で登録者50万人もいるの? まじで論外だわ』


『魔力管理できない魔法職とかただの足でまといだからいらないです︎^ ^』


『所詮顔と胸だけの女』


『いっそのことディーダイバーやめてエロ配信してた方が人気出るだろ』


『早くAV堕ちしてくれねぇかなぁ』


 これらのコメントは、よくアーカイブのコメント欄や掲示板とかで見るコメントだ。


 ⋯⋯分かってる。ワタシにもちゃんとファンがいて、こんな心ないコメントなんてごく一部であることくらい。


 でも、優しくて温かいコメントが何百件あっても、印象に残るのはその中に数件ある心ないコメントばかり。


 白いパレットに小さな小さな黒い点を足してもそればかりが目立つみたいに、どれだけ綺麗なコメントが多くても、どうしても汚いコメントばかりに目がいってしまう。


 きっと今、ワタシは掲示板とかでめちゃくちゃに叩かれているに違いない。


 時の人であるアマツさんの足を、あれだけ引っ張ったんだ。叩かれても仕方ないと思うし、むしろそれが妥当だと思う。


 今回の配信でチャンネル登録者がいつの間にか2万人も増えてるけど、これはワタシの力じゃなくて、全部アマツさんのおかげ。


 なにからなにまで、今回の配信は全部アマツさんのおかげなんだ。


「⋯⋯ワタシは、アマツさんのことが好き」


 でも、この好きは恋愛感情ではない。


 確かに、最初オニゴロシムカデから救ってくれた時は絵本に出てくる王子様に見えたし、あの出会いが運命のようにも感じた。


 実際に一目惚れみたいな感覚もあったし、一緒にダンジョンを探索している時も、話している時もすごく楽しかった。


 だからこそ分かった。ワタシがアマツさんに抱いているこの好きという感情は、尊敬から来るものなんだと。


 どんなモンスターでも一人で簡単に倒しちゃうアマツさん。どんなモンスターが相手でも、臆することなく立ち向かうその姿。


 そう。そんなアマツさんの姿が、ワタシがトップディーダイバーを目指すきっかけになったあの人に似てるのである。


「スカーレット様、今どこでなにしてるんだろ⋯⋯」


 スカーレット様。別名【紅蓮の魔女】と呼ばれる人が、ワタシにとってディーダイバーになったきっかけでもあって、尊敬してやまないディーダイバー界最強の魔道士だ。


 いや、今はもう"元"最強の魔道士かな。


 毎日配信していたスカーレット様は配信は、かれこれ1週間近く配信していない。


 それだけなら別に普通なんだけど、SNSとかで1日に20回くらい呟くあのスカーレット様が、ここ一週間くらい一度も呟いてないのである。


 登録者は200万人を超えていて、その圧倒的な炎属性魔法や魔術の威力、そして派手さから一度モンスターとの戦いが始まれば、一気にコメント欄がお祭り騒ぎになるのだ。


「ワタシ、これからどうすれば⋯⋯」


 今年で21を迎える大学生のワタシは、日常生活に疲れて毎日朝起きるのも億劫で、憂鬱な日々を送っていた。


 その時たまたまディーダイバーの存在を知って、Dtubeという動画配信サイトで一番最初に見た配信者が、誰でもない、スカーレット様なのだ。


 常に笑顔で高笑いを上げていて、渦巻く業火でモンスターを一掃していくあの姿に、ワタシは一瞬で夢中になった。


『辛い時、苦しい時、答えのない"なにか"に迷ってる時はアタシの配信に来な! アタシの炎が、あんたらの下らない悩みなんか全て消し去ってあげるから!』


 その言葉に、きっとワタシだけじゃなくて色んな人が救われたと思う。


 だから、ワタシもディーダイバーになったんだ。そんなスカーレット様になれるように、誰かを笑顔にできるようなディーダイバーになりたかったから。


 でも、現実はそう上手くはいかなかった。


 ワタシはドジだから、いくら配信者になってアイドルとしての仮面をつけても、ドジであることには変わらない。


 いつも転ぶし、魔力を切らしちゃうし、モンスターに襲われてばっかだし、なにをしても上手くいくことがなかった。


 それでも、いくらアンチが増えてもワタシには50万人を超えるファンがいて、ワタシがスカーレット様に救われたように、ワタシの笑顔で誰かが救われたらいいなって、そう思って活動を続けてきた。


 でも、ワタシはあくまで桃葉モモであって、スカーレット様じゃない。


 ワタシはスカーレット様にはなれない。どうやっても、ワタシはワタシのまま。なんて考えた時には、なんだか配信する気がなくなってきて。


 そんな、落ち込んでいる時にワタシは見つけたんだ。新しい光を、スカーレット様みたいに、キラキラと輝いている人を。


 それがアマツさんだった。アマツさんは、正直言ってスカーレット様みたいに配信を盛り上げることはしなかった。


 それでいて、スカーレット様の配信みたいな華やかさもないし、カメラの映りとかも一切気にせずモンスターと戦っていた。


 でも、不思議とアマツさんの配信は目を引く魅力があった。


 圧倒的なまでの戦闘能力。そして、勝つことなんて不可能のようにも見える戦況を強引にも覆すその力に、ワタシは一瞬で夢中になったのだ。


 そんなアマツさんと、今日ワタシは奇跡的な出会いをした。


 ワタシとアマツさんは全然戦い方が違うけど、それでもアマツさんのようになりたくて、ワタシはワタシなりに頑張った。


 その結果、ワタシはアマツさんの足を引っ張ってばかりで、特にこれといった活躍をすることができなかった。


 だから今日、思い知ることができた。ワタシはまだまだ甘くて、ただ運良く登録者を伸ばすことができた、情けない存在だって。


 だからワタシは思った。いつまでも憧れてるだけじゃダメだって。いつまでも、誰かを尊敬しているだけじゃなにも変わらないって。


 誰かに憧れて、尊敬されて、初めて一人前になれるような気がするから。


 だからワタシはいつか、アマツさんと肩を並べてみせる。


 そして、尊敬しているスカーレット様を超える【魔道士】になって、ディーダイバー界最強の【魔道士】になってみせるんだ。


「⋯⋯これから、頑張らなくちゃ⋯⋯!」


 もう、涙は出ない。


 ワタシはディーパッドから、今ワタシが持っているアイテムの中で一番レアリティの高い、【外界帰還の彫像】を取り出す。


 このアイテムは、ダンジョンから脱出する際に使うことで別のダンジョンの出入口に出ることができるという、ちょっと変わった効果のアイテムだ。


 一日に一回しか使えないという制約はあるけれど、これさえあれば、仮にダンジョンの外で誰かに出待ちされていたとしてもそれを避けることができるのである。


 登録者の多いディーダイバーには、出待ちが付き物だ。だからこそ、有名になればなるほどみんなこのアイテムを欲するようになる。


 いつか、アマツさんにも必要になる日が来ると思うけど⋯⋯アマツさんなら、きっと宝箱から自力で見つけ出せるよね。


 なんて、アマツさんのことを考えながらもワタシは【転送陣】の上に立って、手にしている【外界帰還の彫像】のお地蔵さんみたいな頭を押して、目を瞑る。


 そうすることで【外界帰還の彫像】は自然とディーパッドに戻って、ワタシは誰もいない空き地にあるダンジョンの入口にて目を覚ました。


 今日は色々とあってハチャメチャな一日だったけど、なんだかんだいって楽しい一日だったな──




──────




「ただいま〜」


 ダンジョンから脱出したワタシは、変装しながら街を歩き、そしてやっとの思いで家に帰ってくることができた。


 ちなみに、桃色の髪の毛はウィッグなどではなく本当に染めて作ったもののため、ワタシは今黒い髪のウィッグと地味な茶色の眼鏡をつけている。


 服装だって、ダンジョンを探索している時とは違ってかなり地味めな服装だから、多分日常生活のワタシを見て一目で桃葉モモであると気づける人はいないだろう。


「おかえりなさいお姉さん。今日もあの、ディーダイバーというものしてきたんですか?」


「っ! ただいまあいり〜!」


 ワタシが玄関で靴を脱いでいると、リビングからワタシの可愛い可愛い妹がお出迎えしてくれる。


 だからワタシはそんな妹に抱きついて、いい香りのする綺麗でサラサラな黒い髪の毛をなでなでなでなでと撫でまくっていた。


「お姉ちゃん疲れちゃったよ〜⋯⋯今日は本当に色々とあってさ〜」


「そう言うと思って、朝からお姉さんの大好きなクッキーを焼いておきましたよ。飲み物は、紅茶で大丈夫ですか?」


「うーん、今日はレモンティーの気分かな〜」


「じゃあレモンを切っておきますね」


 そう言って、一足先にリビングの方へと戻っていく妹。


 ワタシの妹──愛梨は、どうしてワタシの妹なの? って思うくらい、本当によくできた妹だ。


 成績優秀。眉目秀麗。才色兼備。多分この言葉は、妹のために生まれてきたものだとワタシは思っている。


 まだ高校二年生なのにワタシよりもしっかりしていて、クラスでは級長を、そして生徒会では書記をやっているくらい、妹は秀才で人徳がある子なのだ。


 それなのにワタシに似て運動神経が悪くて、たまになにもないところで躓いたりするのも、また可愛いところである。


 そんな妹が作ってくれたクッキーを食べるべく、ワタシは軽い足取りでリビングへと向かう。


 するとリビングの机の上には既にクッキーが並べられていて、早速レモンを切ってくれたのか、クッキーの隣には香り立つレモンティーが注がれていた。


「はい、お姉さん。今日もお疲れさまです」


「ありがと〜! はぁ、本当にあいりは可愛くていい子だな〜⋯⋯お姉ちゃんが男だったら、絶対あいりに猛アプローチするのに!」


「ふふっ、なんですかそれ。変なこと言ってないで、早く食べてください」


 ワタシと違って、笑う時も口元に手を当てて微笑むところも、また可愛い。


 本当に、本当に愛梨はワタシにはもったいないくらいいい子なのである。


「ねぇ、あいり。ちょっとだけ相談があるんだけど⋯⋯いや、ワタシの話じゃなくて、知り合いの話なんだけどさ」


「はい、なんですか?」


「知り合いがね、初対面だけどちょっと気になる男の人に出会って少しして、その⋯⋯は、肌を見せちゃったんだって。それって、どう思う?」


「⋯⋯そうですね。その言い方ですと、肌といっても少し際どいところなんですよね? だとしたら、急すぎて引かれているかもしれませんね。少なくとも、痴女と思われてもおかしくはないかと」


「す、少なく見積もって痴女なの!?」


 レモンティーを噴き出しそうになりながらも、ワタシは平静を取り繕ってクッキーを口にする。


 そ、そっか。自分の魔法で服が破れたとき、アマツさんがワタシの体を見て頬を赤らめてた気がするけど、あれは勘違いだったのかな。


 あの後アマツさんはワタシにローブを羽織らせてくれたけど、あの時のワタシは調子に乗っちゃって、自分からアマツさんに恥ずかしい姿を見せちゃったんだよね。


 配信している時はノリで生きている生き物だから、ついなにも考えずに変なことしちゃった。


 ワタシは、そのことを思い出して今更恥ずかしくなってきて、頭の中で一人ジタバタともがいていた。


「まぁ、お姉さん──じゃなくて、そのお知り合いの方はきっとその人のことが気になっているんでしょうね。だから、そんな大胆なことしちゃったんですよ」


「そ、そうなのかな⋯⋯?」


「そうですよ。嫌いな人、無関心な人なんかに、肌なんか見せようとは思いませんから」


 あぁ、本当に愛梨は考えが大人というか、しっかり者だなぁ。


 それに対してワタシなんか、なにをしてもダメダメで、あぁやって体でアピールすることしかできない痴女。


 ⋯⋯はぁ。ワタシのこと、アマツさんはどう思ってるんだろ⋯⋯?


「ワタシは、その人のことを応援しますけどね。お姉さんの知り合いということは、きっと優しくて素敵な方だと思いますし。これからも諦めずに、どんどんアタックするのもまた手だと思いますよ」


「そ、そうだよね⋯⋯! あいり、ありがとう! おかげでお姉ちゃん──じゃなくて、知り合いの子も元気だしてくれると思う!」


「ふふっ、それならよかったです」


 そう言って、紅茶を口にする愛梨。


 こんなワタシのことを、愛梨は慕ってくれている。なら、ワタシはお姉ちゃんとして愛梨の期待に応えてあげなければいけない。


 だからこそ、今のワタシの目標は今よりももっと強くなることと、チャンネル登録者100万人を超えるディーダイバーになることだ。


 絶対、絶対に達成してみせる。そしていつか、アマツさんにも認められるような存在にワタシはなりたい。


 だからワタシは、桃葉モモとして──ううん、違う。高峯 桃葉としても、成長しなければならない。


 見ててねアマツさん。絶対、アマツさんがコラボしてくださいってお願いしてくるくらい、ワタシ強くなってみせるから⋯⋯!

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