第4話 変わった世界
自教室である2-1の扉を開けると中には既に半数近くの生徒がいて、各々友人たちと会話をして盛り上がっていた。
俺は誰とも挨拶を交わすことはなく、窓際の前から3列目の席に座り、暇を潰すべくスマホを開いたのだが。
「なぁ、昨日の配信見たか? サイバーRyou、マジで強すぎね!?」
「アレだろ、ブラッディウルフの群れを1人で倒したところだよな。あんなの普通無理だよな」
「いや無理無理! あんなの、オレだったら即死だもん即死!」
昨日妹の沙羅が言っていた配信者の名前を、配信とか見なさそうな陽キャ集団の奴らが話題に出している。
話を聞く限り、なにかアドベンチャーRPG系の配信者なのだろうか。サイバーRyouの人気は、俺が思っているよりも凄まじいようであった。
「ねぇねぇ、レオ様ヤバくない!? モデルもやってるのにあんなに強いなんて、もう反則でしょ〜」
「分かる分かる! 冷静にモンスターを倒していくシーンとか、もうめちゃくちゃカッコよかったもん! 次、いつ配信するんだろうなー」
なんとクラスカーストトップのギャルたちですら、配信のことを話題に大盛り上がりしていた。
一体、なにが起きているんだ。
これは俺の偏見に過ぎないのだが、陽キャ集団の奴らとギャルたちは、そういう配信系は無縁だと思っていた。
それこそ有名人がSNSでやってるような配信は別かもしれないが、話を聞く限りどちらもゲーム系の配信であることが分かる。
試しにスマホでサイバーRyouの名を検索しようとしたその時、突然教室中が騒がしくなる。
なにがあったのかと顔を上げると、教室の扉の前にはなぜか人集りができていて、皆が皆その中心にいる人物に向かって積極的に話しかけていた。
「火野! 一昨日の配信見たぞ! お前すげーじゃん!」
「あっ、見てくれた? アレ、自分でも上手くいったって思ってるんだよな〜」
「まさかあそこでオーガが出てくるなんてな。しかもそれを倒しちゃうだなんて、もしかしたらサイバーRyou超えちゃうんじゃね?」
高峯さんと同じようにクラスの中心人物である火野が、一昨日やっていたらしい配信の件ですごい持ち上げられている。
火野はサッカー部に所属してる奴で、フォワードとして1年生の頃から点を量産しているらしく、次期キャプテン候補に選ばれているすごい奴だ。
そんな火野までもが、どうやらサイバーRyouと同じ配信をしているらしい。その事実が、なんだか意外であった。
「ディーダイバーになってまだ10日だろ? それなのに登録者5万人って、普通にやばくね?」
「この学校に火野のこと知らない奴、多分1人もいないよな〜」
ディーダイバー。これも昨日沙羅が言っていた単語であり、俺の知らない単語の1つである。
試しにスマホに『ディーダイバー』と打ち込み検索してみると、そこには信じられない記事が多く映し出されていた。
「Ddiver⋯⋯ダンジョン配信者、だと⋯⋯?」
目を疑う文字の羅列に、俺は気になって調べてしまう。
するとそこにはとんでもないことが書かれていた。
──8月1日の深夜。突如として世界の各地に謎の黒い穴が出現。その穴を潜った先には、謎の空間が広がっていた。
──砂漠に出現した黒い穴の先には、見渡す限りの海が広がる空間が。標高1000メートルの山の頂上に出現した黒い穴の先には、大きな地下空間があったとのこと。まさに、超常現象である。
──その中には凶暴なモンスターが数多く存在しており、まさに"ゲームに出てくるような世界"であった。国はその世界を"ダンジョン"と命名した。
──8月3日。調査に出向いた自衛隊がダンジョン内でモンスターに襲われ、絶命した。だがしかし皆命に別状はなく、無事にダンジョンから脱出することが叶った。
──8月5日。〇〇市に住む1人の男性が、ダンジョン内から直径30センチを超える宝石を持ち帰った。その宝石は地球上にはない物質であり、オークションによって5000万円で落札された。
──8月10日。サイバーRyouを名乗る人物が、ダンジョン内での探索を動画サイトで配信した。それから世間ではダンジョン配信が大流行し、ダンジョン配信する者がDdiverと呼ばれるようになった。
──8月15日。国の調査によって、ダンジョン内のモンスターはダンジョンから出てこないことが明らかになった。それによりダンジョンは"危険性のないもの"と定められた。
──8月16日。サイバーRyouに次ぐディーダイバーが続出。ダンジョンという存在は、まさに革命的なアミューズメントパークとなった。
──8月20日。国会はダンジョンに関する法律の制定を検討中。詳細はこちらのサイトまで。
などなど、一気に多くの情報が飛び込んでくる。
他にも調べてみると『Dtube』というダンジョン配信限定の動画配信サイトもできていて、そのサイトのトップには最近よく聞くサイバーRyouの名前があった。
どうやら俺がいない30日の間に、この世界にはとんでもない異変が起きていたようであった。
「天宮くんも、ディーダイバー好きなんですか?」
「おぉわっ!?」
スマホに夢中になっていたせいで、隣にまで接近してきた人の存在に気づくことができず、声をかけられたことで驚きスマホを投げてしまう。
だがそんな俺のスマホを見事キャッチしてくれたのは、朝一緒に登校した黒髪美少女の高峯さんであった。
「た、高峯さん⋯⋯? ど、どうしてここに⋯⋯?」
「えっ、どうしてって私の席天宮くんの隣じゃないですか」
言われてみれば確かに高峯さんは俺の席の隣であるため、隣にいること自体特に問題はない。
だが隣の席に座らず俺の机の隣に立って話しかけてきたことが、俺にとっては驚きなのである。
そのせいで変な声が出てしまったのだが、幸いにもクラスの注目は火野に注がれているため、悪目立ちすることなく落ち着きを取り戻すことができた。
「すみません。画面を覗き込むつもりはなかったのですが、天宮くんがあまりにも集中していたので⋯⋯」
「な、なるほど⋯⋯ちなみに、高峯さんも見るの? その、今流行りのディーダイバーってやつ」
「私は見ませんね。以前友達に教えてもらって見たのですが、少し怖くて」
まぁ、サイトにあった参考の動画を見る感じ流血シーンがあるわけではないものの、ダンジョンに出てくるモンスターはどれも凶暴であり襲われているシーンも少なくはなかった。
ゲームや漫画、アニメや映画とかならまだしも、これが現実で行われていることなのだから、怖いという感覚は間違ってはいないだろう。
だがそんな高峯さんに対し、俺はどこか懐かしさを思い出していた。
スマホの画面で流れている映像。それは、まさに異世界で見た情景を思い出すものであり──
「おーい、お前らさっさと座れー。ホームルーム始めんぞー」
教室の前にたむろしている生徒たちを散らしながら、気だるげそうな先生が教卓の前に立つ。
その先生の名は、宮橋先生。現代文の教室であり、手芸部の顧問を務める目の下に大きなクマがある女性教師であった。
「おい火野。お前、またダンジョン行ったんだって?」
「いやぁ、やっぱ最高ですわ。刺激的な冒険ができて、しかも金も稼げる! こんなにいいものはないっしょ」
「よくあんなワケ分からん場所に行けるよな⋯⋯先生は最近の若者がよく分からんよ。行くなとは言わないが、くれぐれも気をつけるように」
「あーい」
話を聞く限り、ダンジョンという存在は日常生活に馴染むほどポピュラーになっているらしく、それに関して先生も特に咎めることはしないようだ。
記事を見た限り、ダンジョン内で死んだとしても生きてダンジョンから脱出できるらしいが、それでも痛覚とかはあるはず。
まだまだ分からないことだらけではあるものの、この世界がダンジョンの出現によって大きく変わったことだけは確かであった──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます