第18話 光苔の洞窟-④
俺が【光苔の洞窟】に挑戦し、そして人生初の生配信を初めてから時は50分を経過しようとしていた。
今俺は、6階層目の中にある大きな空洞の中にいるのだが、そこにはまるで俺を待ち構えるかのように、ゴブリンの集団が武器を構えてたむろしていた。
『ギィ、ギギィ』
『ギ、ギギギッ、ギィ!』
どのゴブリンも危険度Eの普通の個体であったが、中には少し変わった個体も混ざっている。
本来ゴブリンとは棍棒を武器に戦うモンスターだが、今俺の視線の先にいるゴブリンの群れの中には、歪な槍や石斧を持つ個体もチラホラいる。
武器が違うだけで大幅に戦闘力が変わるわけではないと思うが、それでも階層が進むごとにモンスターに変化があるのは確実であった。
「⋯⋯よし。早速試してみるか」
俺は先ほど宝箱から出てきた【黒鉄の爪刃手甲】を両腕に装備し、ゆっくりと足音を立てないように岩陰に隠れて移動していく。
そして俺は、今俺が隠れているところとは反対方向にある通路に向かって、石を投げる。
それにより空洞内にカツンっという音が響き渡り、ゴブリンたちの視線が一気に音の鳴る方へ注がれる。
その瞬間俺は岩陰から飛び出し、手に手斧を持つゴブリンの左胸を、背中側から爪付き手甲でぶち抜いた。
『──ギャバッ!?』
『ギッ!?』
『ギギィッ!?』
突然後方で仲間が殺されたことで周りのゴブリンが一斉にこちら向くのだが、その時には既に俺は別のゴブリンに狙いを定め、ゴブリンの左胸部を殴るように手甲を突き放った。
まるで豆腐を箸でつついて崩すように、ゴブリンの肉体を簡単に破壊し、左胸部に2つの風穴を空けることができる。
このようにピンポイントで急所を狙うことができるため、不意打ちが決まった際のアドバンテージは中々のものであった。
『ギィッ!』
そんな中、1匹のゴブリンが俺の頭に棍棒を叩き込もうと、勇敢にも飛びかかってくる。
俺はものの試しにと、飛びかかってくるゴブリンの首筋に目掛けて手甲を振り払う。
するとゴブリンの生首が綺麗に宙を舞い、首のない亡骸が俺の足元に転がってきた。
「おぉ⋯⋯この武器、中々いいじゃないか⋯⋯!」
初めてクロー系の武器を使ってみたが、かなり使い勝手のいい素晴らしい武器だ。
爪状の刃は貫通力が高いため相手の弱点を的確に穿つことができるし、リーチも長いため相手を寄せ付けずに倒すことができる。
一応、武器の説明では"剣のように斬るのには向かない"と書いてあったが、ゴブリンの首程度なら簡単に切り落とせるほどの切れ味があるため、全然気になるほどじゃない。
なにより、腕に装着しているため扱い易いというか、思ったように攻撃を繰り出すことができるため、使っていて最高に楽しい武器であった。
『ギ、ギギィ!』
『ギギーッ!』
一振り一突きで命を次々に奪っていく俺に恐れ慄いたのか、ゴブリンたちが散り散りになって逃げ出そうとしていた。
だが、俺の手にはまだこの武器は完全に馴染みきっていない。
だから俺はこの爪付き手甲を感覚で扱えるようになるため、逃げ惑うゴブリンを追い回して1匹ずつ確実に息の根を止めていく。
そして、戦闘──いや、蹂躙が始まってからものの2分足らずで。
俺は空洞の中にいたゴブリン計15匹を、1匹も逃がすことなく一掃することができていた。
「この武器、まじで最高だな」
短時間とはいえ、15匹もゴブリンを討伐すれば手に入れたばかりのこの武器も、自然と腕に馴染むようになる。
俺はゴブリンがドロップした棍棒、槍や手斧などを全て回収し、ディーパッドに保存した。
きっと、今コメント欄を見たらまた多くのコメントが流れていて、今のゴブリン一掃についてのコメントでいっぱいになっているだろう。
そんな予感がしたからこそ、俺はあえてコメント欄を見ることなく先へ進むことを選択した。
このダンジョンは全10階層なため、あと4階層も進めば、このダンジョンのラスボスモンスターと戦うことができる。
この調子で行けば、あと30分もかからない内に10階層目にたどり着き、ボスモンスターと出会うことができるはず。
今来てくれている視聴者たちを飽きさせないためにも、俺は洞窟の少し凸凹とした地面を強く踏み締めながら、先へ先へと進み続けるのであった──
──────
7階層目。そこは6階層目と変わらない風景が広がっていて、小さな光を放つ苔が壁や天井に集まり、洞窟内を明るく染め上げている。
だが、雰囲気が。洞窟内を漂う空気が、いつもよりも澱んでいるというか、なんだか嫌な感じがした。
その瞬間、突然ディーパッドが大きく震えだし、そしてビービー! と、大きなアラーム音を鳴らしていた。
「きゅ、急になんだ⋯⋯!?」
あまりにも突然の出来事に、 俺は驚きつつも胸ポケットからディーパッドを取り出すのだが、その画面は真っ赤に染まっており、嫌な感じがより強くなっていく。
すると俺の目の前にカメラがやって来て、コメント欄が開かれるのだが。
そのコメント欄の様子も、先ほどと違って皆俺と同じように慌てている様子であった。
────コメント────
・まずい、逃げろ
・乱入モンスターだ
・乱入だ。気をつけた方がいい
・ゴブリン殺しまくったからバチ当たったか?
・やばい、さすがに乱入モンスターは無理や
・とりあえず、周囲を確認してみて
────────────
コメント欄に続々と並ぶ"乱入モンスター"という文字。
気づけば、ディーパッドの赤く染まった画面にも【ダンジョンに高危険度モンスターが乱入しました】という文章が映し出されていて、異常事態が起きていることをこれでもかと知らせてくれた。
だが、こんな事態は初めてなためどう対応すればいいのかが分からない。
だから俺はコメント欄の指示に従って、一旦周囲を確認することにした。
「⋯⋯ん? な、なんだ、あれ」
今俺がいる場所はちょっとした空洞内で、前方には2つの通路があり、後方には1つの通路が洞窟の奥へ向かって伸びている。
その中の1つ。後方にある通路からなにやら黒い空気というか、黒い霧のようなものが流れ込んできている。
臭いは無臭で、毒性はないように見える。
だが少し近づくだけでも俺の【危険察知】が怖いくらいに反応していて、嫌な予感という嫌な予感が、俺の脳内をびっしりと埋め尽くそうとしていた。
「なんか、黒い霧が充満してきました。皆さんの中にこの霧の正体って分かる人っていますか?」
情報を得るため、俺はコメント欄に助けを求める。
するとすぐに博識な視聴者兄貴たちが、俺の質問に対する答えをコメントに載せて流してくれた。
────コメント────
・あっ⋯⋯
・あ
・まさかの【デスリーパー】確定
・さすがにきつい
・あーあ
・隠れてやり過ごしてさっさと次の階層に進んだ方がいい
・【デスリーパー】がいるところは黒い霧が濃くなるから、居場所は分かりやすいよ
・危険度Aのモンスターだ、逃げろ。
・見つけても関わらない方が身のためだぞ
────────────
流れていくコメントを読み、とりあえず分かったことがある。
1つは、今この階層に乱入してきたモンスターが【デスリーパー】という名前であること。
そしてもう1つは、その【デスリーパー】とかいうモンスターの危険度が"A"であり、危険度Dのオーガや、危険度C+のゴブリンシャーマンとは比べものにならないくらい強いということだ。
「なるほど⋯⋯危険度A、か⋯⋯」
普通なら危険度Aのモンスターなんてあまりにも危険すぎるため、初心者だけでなく、上級者だって戦いを避ける者が多いだろう。
そう。あくまで"普通なら"の話である。
危険度Dのオーガの宝箱からは、今俺が装備している【黒鉄の爪刃手甲】という、俺の戦闘スタイルに合う武器が出てきてくれた。
そして危険度C+のゴブリンシャーマンは、ドロップ率を増加させてくれる【愚鬼祈祷師の金指輪】という、貴重な装備品をドロップしてくれた。
それでは、危険度Aのデスリーパーはなにをドロップする? どんな宝箱を落としてくれる? そして、その宝箱にはなにが眠っている?
乱入モンスター。コメント欄を見る限りソレは脅威的な存在であり、戦闘を避けた方がいいほど凶悪な相手ということは分かる。
だがそんな乱入モンスターであるデスリーパーを、倒せるとしたら。
オーガやゴブリンシャーマンのアイテムとは比べものにならないレベルで強力な武器、装備、アイテムを、デスリーパーがドロップするとしたら。
そして、ダンジョンに乱入モンスターが出現する確率が、数パーセント以下とめちゃくちゃ低い確率だとしたら。
そんな相手を前に戦わずに逃げるだなんて、あまりにももったいなさすぎると思わないか?
「皆さん、色々と教えてくれてありがとうございます。ということで、とりあえずデスリーパーに挑戦してみたいと思います」
────コメント────
・!?
・なんでそうなった??
・は?
・話聞いてたのか?
・とりあえずの意味分かってる?
・どういうことだよ
・お前は強いけど、さすがに無理や
・まぁ、チャレンジするのもありっちゃあり
・死ぬぞ
・勝てたら伝説になるな
・あまり調子に乗らん方がええぞ
・死んだな(確信)
・おれは期待してる
────────────
案の定コメント欄に流れるコメントのほとんどが困惑している様子であったが、中には素直に応援してくれるコメントもあった。
危険度Aのモンスターがどれくらい強いかは不明だが、きっとオーガよりも、俺を楽しませてくれるはずだ。
だから俺はカメラに向かって軽く親指を立ててから、背後にある黒い霧が漂う通路を目指し、ゆっくりと歩き出した。
進めば進むほど、霧が濃くなっていく。害のないはずの霧が、体にまとわりついてきて俺の足取りを重くする。
進めば進むほど、嫌な予感が強くなっていく。だがその分、これから戦うであろうデスリーパーへの期待が高まっていく。
なんて考えていると、進行方向先の曲がり角から、突然2つの影が飛び出してきた。
『ギッ、ギギッ!』
『ギギーッ!』
その影の正体は2匹のゴブリンであるのだが、そのゴブリンたちはどちらも異常なほど怯えていて、敵であるはずの俺をスルーしてどこかへ走り去ってしまう。
だから俺は、ゴブリンが通ってきたであろう道を進むことにした。
今走り去っていった2匹のゴブリンは、デスリーパーから逃げているのだと推測できる。
それなら今進んでいるこの道をひたすら道なりに進んでいけば、やがてデスリーパーと出会うことができるというわけだ。
「⋯⋯ふぅー⋯⋯」
ディーパッド内にあるアイテムを確認しながら、俺は上に向かって続く斜面の道を、一歩一歩確実に前へ前へと進んでいく。
そしてやがて斜面の道をのぼりきると、そこにはやけに天井の高い空洞が広がっていて。
『──カタッ、カタカタカタカタッ』
光苔の生えていない天井を呑む深い深い闇を見つめながら、1匹のモンスターがどこか妖しくカタカタと嗤っていた。
下半身はなく。
そして肉体もなく。
骨のみの上半身で、そのモンスターは翼もないのに宙に浮かんでいた。
羽織られた闇色をしたローブに、両手で持ってようやく真価を発揮するほど巨大な、漆黒色の刃が煌めく大鎌。
そう。その姿こそ、まさに。
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