第19話 光苔の洞窟-⑤

『カタ⋯⋯カタカタ、カタッ』


 不気味なくらい静かな空洞の中に、大鎌を持った骸骨──死神、デスリーパーの嗤い声が響き渡っている。


 カタカタと嗤うことで口から黒い霧が溢れ出し、空洞の中に霧が充満していく。


 その霧によって光苔が覆われることで光源としての効果が半減し、デスリーパーのいる空洞は、他の場所よりも一際と薄暗かった。


「いやぁ⋯⋯なんとなく分かってはいたけど、骸骨かよぉ⋯⋯」


 俺が今装備している【黒鉄の爪刃手甲】は、攻撃を与え続けることで相手に出血状態を付与することができる、素晴らしい武器だ。


 出血状態を付与すれば定期的に固定ダメージを与えることができるし、傷の治りも遅くなるため、戦闘をかなり有利な方へ運ぶことができる強力な効果なのだ。


 だが残念なことに、デスリーパーはスケルトン系のモンスターだ。


 つまり、どれだけ攻撃しても血が流れることがないため、せっかくの出血属性武器が本領発揮できないのである。


「⋯⋯まぁ、別にいいか」


 結局のところ殺られる前に殺ればこちらの勝利なため、こちらとしては手数で押してしまえばなにも問題はないのだ。


 大鎌は攻撃力とリーチに優れた武器だが、攻撃の速さや手数、そして取り回しの良さは圧倒的にこちらに軍配が上がる。


 当然、デスリーパーは危険度Aのモンスターなため、大鎌以外の攻撃があると思った方がいい。


 だがそれらの情報引き出す方法が、今の俺には持ち合わせていない。


 コメント欄の視聴者たちに聞けば攻撃方法やパターンを知ることができると思うが、それを知った上で勝っても、なにも面白くない。


 強敵は初見で倒すからこそ、倒した時の達成感をより強く味わうことができるのだから。


「⋯⋯今までは裏取りや騙し討ちをしてきた。だが、今回は正々堂々とだ」


 俺は手をグッと強く握りながらも、通路から身を乗り出してデスリーパーのいる空洞内へと足を踏み込んでいく。


 するとその瞬間、全身に尋常ではないほどの寒気が走り、それと共にぶわっと鳥肌が立っていく。


 デスリーパーはまだこちらに背中を向けているのに、まるで首元に鎌を向けられているような感覚。


 この感覚に、俺は覚えがあった。


 異世界で俺は、魔物の上位存在である魔族と戦ったこともある。


 そんな魔族の【黒圧ダークオーラ】を喰らった時と、同じ現象が俺の身体で発生していた。


 【黒圧】は人の心を汚染し、精神を破壊する精神異常系の能力であった。


 俺には【精神異常耐性】というスキルがあるため、魔族の【黒圧】に臆することなく、戦いを続けることができた。


 そして、そんな【黒圧】とデスリーパーが放つ威圧感が、酷似しているのである。


 オーガを討伐した時に俺は、装備すれば【恐慌耐性】のスキルを取得することができる【大鬼の双角腕輪】という装備品を手に入れることができた。


 ダンジョンに法則性があるかどうは不明だが、俺のように【精神異常耐性】のスキルがない者がデスリーパーと戦う場合は、オーガがドロップする【大鬼の双角腕輪】が必須なのかもしれない。


 まぁ、コメント欄を見た感じデスリーパーに挑むこと自体が自殺行為みたいなものらしいため、あまりにも今後のためにならない情報であった。


『⋯⋯? カタ、カタカタ、カタッ』


 俺の足音が聞こえたのか、デスリーパーがゆっくりとこちらを振り向いてくる。


 遠目からでは分からなかったが、胸の中央には肋骨と胸骨に守られるように、赤く丸い宝石のようなものがあった。


 それが弱点なのかどうかは、分からない。


 だがそれでも、パッと見た感じその赤い宝石が1番ダメージが通りそうな、そんな気がした。


『カタカタ、カタ、カタ⋯⋯?』


 全身の骨をカタカタと鳴らしながら、デスリーパーが小首を傾げながら俺を見下ろしてくる。


 なぜ私に向かってくる? なぜ私の放つ威圧の中でも平然としている? とでも言いたげな様子で、デスリーパーは自身の眉間をポリポリと掻いていた。


 なんだ、意外と好戦的じゃな


「──うぉぁっ!?」


 意外と好戦的じゃないじゃないか。と思った瞬間、漆黒の刃を持つ大鎌が俺の首筋を狙って振るわれた。


 遅れながらもなんとか反応したため紙一重で回避することができたが、あと0.5秒ほど遅かったら、俺の首は確実に宙を舞っていたところだろう。


『カタカタ、カタ⋯⋯?』


 おかしいな。と、自分の手のひらを見つめながら首を傾げるデスリーパー。


 どうやら俺に回避されたのではなく、自分がリーチを見誤ったと思っているようだ。


 これぞ、強者の余裕。


 あえて隙を晒し、攻撃を誘う熟練の技だ。


 だがその誘いに乗ってこそ、最高の勝負の始まりである。


「ふっ!」


『ッ! カタカタ、カタ!』


 俺が姿勢を低く構えて一歩踏み出すと同時に、デスリーパーが待ってましたと言わんばかりに大鎌を構える。


 そして俺を迎撃するべく、デスリーパーは体の回転と捻りを加えた横薙ぎを、俺の首元に目掛けて浴びせてきた。


 だが──


『⋯⋯ッ!』


「っ! さすがに、重いなっ!」


 俺は右腕に装着した手甲で大鎌の一撃を防ぎ、そして左腕に装着した手甲で、デスリーパーに一撃を叩き込もうとする。


 だがその瞬間、ギャリギャリギリッ! と嫌な金属音が耳元で鳴り響いた。


 それは、手甲で防いだはずの大鎌の刃が手甲の表面を滑ることによって出る、強烈な摩擦音であり。


 俺はすぐに回避行動を取り、右の手甲で大鎌を強引に押し返してから、後方に飛び退いてデスリーパーから距離を置いた。


「ふぅー⋯⋯さすがに、そう簡単にはいかないよな」


 一撃だけでも攻撃を与えてやろうと思ったのだが、今の場面で欲張っていたら、負けてたのは俺の方だ。


 デスリーパーの持つ大鎌の刃は、まるで三日月のように大きく湾曲している。


 そのため、攻撃を防がれても刃を滑らせることで無理やり相手に刃を押し付けることができるのだ。


 しかも鎌は刃が外側ではなく内側にあるため、接近してきた相手に鎌を引いて背中を攻撃するという戦法も取れる。


 デスリーパー。俺が思っていたよりも、大分狡猾で面倒な相手であった。


「⋯⋯だからって、勝てない相手ではない」


 俺は手甲を構え、4本ある爪刃の鋒をデスリーパーへ向けてから、地を蹴って接近戦を仕掛ける。


 そんな俺に対しデスリーパーが大鎌を振り払ってくるが、俺はそれを前方に転がることで回避する。


 背中スレスレのところに刃が通り過ぎていく感覚に背筋を震わせながらも、俺は体勢を立て直して強く地を蹴り跳躍し、デスリーパーに向けて爪付き手甲を振りかざした。


「はっ!」


 デスリーパーの頭部を破壊するべく、俺はデスリーパーの首元目掛けて渾身の突きを放つ。


『カタ、カタカタッ、カタッ』


 しかし、そんな俺の攻撃はひらりと華麗に躱されてしまい、デスリーパーが俺の体の側面へと回り込んでくる。


 そして両手で柄を握った大鎌を大きく振りかぶり、俺の首を切り落とすべく大鎌を真っ直ぐに振り下ろしてきた。


 攻撃するために跳躍したことで俺の体は空中にあり、身動きを取ることができない。


 そんな隙を見逃すはずがなく、デスリーパーは容赦のない一撃を俺に浴びせようとしてきていた。


 まさに、絶体絶命。


 だがこれは、俺が隙を作ってしまったから生まれたものだ。


 もっと考えて慎重に行動すれば、こんな猿でも分かるくらい大きな隙を晒すことはなかったのに──


「──なーんてな」


 そう。俺は、隙を作ったことで、デスリーパーに大鎌を大きく振らせるように誘導したのだ。


 嘲笑うようにニヤリと笑うことで、デスリーパーの動きに一瞬だけ迷いが生じる。


『⋯⋯ッ!』


 してやられた。と、デスリーパーが急いで攻撃を中断しようとするが、既に大鎌は振り下ろされているため、そこで止めることなどいくらデスリーパーとはいえ不可能であり。


『カ、カタ、カタッ⋯⋯!』


 ここまで来たら仕方がないと、吹っ切れたデスリーパーは攻撃を中断することを止め、全力で俺を仕留めるべく大鎌を振り下ろしてくる。


 風を切り、空を裂く凶刃が、俺の首元へ。


 だがその瞬間、俺は空中で身を捻り、寸前のところで振り下ろされる大鎌の一撃を回避する。


 そして俺はそのまま空中で体勢を立て直し、なにもない空間をデスリーパーへと肉薄した。


『⋯⋯ッ!?』


 そんな、普通ならありえない光景を前にデスリーパーの動きが一瞬だけ固まる。


 俺はその僅かな隙を突き、デスリーパーの右肩に爪付き手甲による正拳突きを、力のままに叩き込んだ。


『カタ、カタカタッ⋯⋯!?』


 その一撃だけでは、さすがにデスリーパーの骨を砕くことはできなかった。


 だがその右肩には肉眼で見えるほど大きめなヒビが入っていて、それによりデスリーパーの右肩の可動域が、ほんの少しだけ狭まっていた。


 動揺しているのか、カタカタと震えるように音を鳴らすデスリーパー。


 だがその動揺はダメージを与えられたことではなく、俺が空間を蹴って攻撃に転じてきたことによる、驚きの方が勝っているようであった。


 俺は地面に着地しながらも、すぐにデスリーパーへ向かって駆け出し、そして大鎌の攻撃範囲内へと潜り込むと同時に跳躍する。


『カタ、カタッ!』


 今度は、デスリーパーは大鎌を横に振り払わず、下からすくい上げるように振り上げてきた。


 抉るような鋭い角度で迫ってくる刃が、完全に俺を捉えている。


 だが刃に切り裂かれる瞬間、俺は先ほどと同様に空間を蹴り飛ばし、空中で軌道を大きく変更して今度は左肩に重い一撃をぶち込んだ。


『カ、カタカタ、カタッ⋯⋯!?』


 またもや骨を砕くことはできなかったが、今度は左肩に右肩と同じヒビを入れることに成功した。


 俺はヒットアンドアウェイを徹底し、下手に追撃を入れることはせずにその場で飛び退いて後退し、軽く距離をとる。


 あまりにも硬い骨を爪刃の先端で殴ったためほんの少しばかり手がジーンと痛むが、決して後引く痛みではない。


 だから気にせず、俺は迎撃体勢を作ったままデスリーパーと睨み合うことができていた。


「気になるだろ? どうして、俺が空中で2回目の跳躍ができるのか。特別に教えてやろうか?」


『⋯⋯ッ』


「よく聞け、これは【空歩くうほ】というスキルの力だ。このスキルがあれば、1度だけ空中での跳躍が可能になる。どうだ、便利だろ?」


 デスリーパーが俺の言葉を理解しているのかは不明だが、それでも説明中に攻撃を仕掛けてこないあたり、なにか考えていることでもあるのだろう。


 その間に、俺はデスリーパーから目を逸らさずにディーパッドを取り出し、このダンジョンに生息するゴブリンの武器である棍棒を、全て足元に転がした。


 その数、計20本。俺は足元に転がした棍棒を蹴り飛ばし、そして俺とデスリーパーのバトルフィールドである空洞内に、棍棒を散らしていく。


「⋯⋯これでよし、と」


 デスリーパーと少し戦って、分かったことがある。


 いや、戦う前から薄々感じていたが、デスリーパーに対し今装備している【黒鉄の爪刃手甲】は、非常に相性が悪い。


 デスリーパーにダメージが入る部位は骨であり、しかもその骨も異常なほど硬いため、斬撃や刺突を得意とする刃付きの武器だと、中々痛手を負わすことができない。


 そのため、骨を砕いたり破壊することができる、打撃系の武器の方が効果的なのだ。


 俺の持っている武器の中で、打撃系なのはゴブリンの棍棒くらいしかない。


 粗悪な棍棒で耐久性もなく、なにか特殊能力があるわけでもないが、それでもないよりマシな方だ。


 それに俺はこのダンジョンに出てきたゴブリンをほぼほぼ狩り尽くしているため、幸いなことに棍棒は20本とかなりの数がある。


 俺は足元に転がる棍棒を蹴り上げて歪な柄を掴みながら、デスリーパーに棍棒の先を向けた。


「⋯⋯さぁ、第2ラウンドを始めようか」


 乱入モンスター【デスリーパー】との戦いは、まだ始まったばかりだ──

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