第27話 アマツ、学校でも⋯⋯
朝から俺は妙な疲れを感じながらも、いつもより少し遅く家を出て学校へと向かっていた。
道中でディーパッドを確認すると、俺のチャンネル登録者は64,850人と更に数を増やしていて、俺がディーダイバー界隈でバズりにバズっていることが分かる。
昨日俺は、沙羅と『7日間でチャンネル登録者が10万人いかなかったらチャンネル名を教える』という約束を結んだ。
無名な俺がチャンネル登録者10万人なんて、あまりにも非現実的すぎる。と、思っていたのだが。
「⋯⋯まさか、こんな形でバズるとは思わなかったな⋯⋯」
アマツとして活動している俺はもう、ディーダイバー界隈では"死神"というあだ名で浸透してしまっている。
トップ配信者となれば自然とあだ名が生まれるのは分かる話だが、俺はまだ昨日配信しただけの、駆け出し配信者に過ぎない。
そりゃあ、変でかっこ悪いあだ名で呼ばれるよりかは大分マシだが、それでも"死神"だなんて厨二病にもほどがあるだろう。
「⋯⋯⋯⋯はぁ」
昨日は早めに寝てゆっくりと体力を回復したはずなのに、なんだか肩が重い。
世間に注目されることが、こんなにも疲れるなんて思いもしなかった。
嬉しくもあり、ちょっとめんどくさいという複雑な感情が胸中で渦巻いていた。
「あれ、いつの間に⋯⋯」
ボーッとディーパッドを眺めながら歩いていたら、いつの間にか俺は学校にまでたどり着くことができていた。
だから俺はそのまま校門を通って生徒玄関へと向かい、そこで靴を脱いで内履きに履き替えてから、自分の教室を目指して1人廊下を進んでいく。
そして俺は自教室の扉を開き、特に誰とも挨拶を交わすことなく自分の席を目指して歩いていくのだが。
「なぁ、昨日のアレ見たかよ」
「昨日のアレ? 昨日は確かサイバーRyou配信してないよな」
「違うって。今噂の"死神"だよ」
後ろからそんな会話が聞こえてきたせいで、つい動揺して俺は知らない人の机に足をぶつけてしまう。
それによりガタッと音がなり、教室内の視線が俺へと集中する。
だがそれも一瞬であり、俺が机の位置を直し終えた頃には既に向けられていた視線は各々別の方に向けられていた。
「死神ぃ? なんじゃそりゃ。そんな名前の配信者なんかいたっけ?」
「お前マジで知らないの? 死神ってのはあくまであだ名で、アマツってのが本来の名前だ。昨日初配信したのに、もうチャンネル登録者6万人超えてるんだぜ」
「え、火野より上じゃん。そんなにすげー奴なの?」
「それはお前自身の目で確かめてもらった方が早いわ」
彼らは火野の囲いで、以前俺が火野にダンジョンのことを教わりに行った時も隣にいた奴らだ。
まぁ、そんなことは今は至極どうでもよくて。
俺はとりあえず自分の席に座り、そして目立たないようにスマホを開いて適当にソシャゲのアプリを起動する。
そしてログインボーナス受け取りのボタンを押そうとした瞬間──
「は、はぁっ!? なんだコイツ、ヤバすぎだろっ!?」
火野の囲いの1人──山下が、友人である高橋のスマホの画面を見ながら、急に大きな声を上げる。
「え、なになに?」
「なに見てんの〜? あたしたちにも見せてよ〜」
山下が大声を上げたことで、クラスカーストトップのギャルたちが山下たちの元に集まり、皆でスマホの画面を眺め始める。
そのスマホからは、昨日嫌ほど聞いたデスリーパーのカタカタ声と、金属同士がぶつかり合う甲高い音が聞こえてくる。
どうやら山下たちは今、俺の配信のアーカイブか、切り抜き動画の方で俺対デスリーパーの戦いを観戦しているようであった。
「⋯⋯これすごいの? レオ様よりも上?」
「んー⋯⋯暁レオも化け物みたいな強さだけど、コイツも半端ない。装備も全然整ってない状態で危険度Aのデスリーパーとタイマンするなんて、本当ならバカのやることなんだが⋯⋯」
「でも、なんかすごい押してるじゃん」
「そうなんだよっ! 普通なら無謀なのに、コイツは⋯⋯アマツはデスリーパーに立ち向かってるんだよ! おれ、そういう奴めちゃくちゃ好きでさ⋯⋯!」
目をキラキラと輝かせながら、スマホの持ち主である高橋がアマツについてを語り始める。
高橋、頼むからやめてくれ。
分かってる。高橋に悪いところは1つもないし、そもそも同級生の中にアマツがいるなんて思わないしな。
分かってる。分かってはいるのだが。それでも褒められる度にむず痒くなるから本当にやめてほしいのだ。
「デスリーパーの正攻法ってなんだっけ?」
「デスリーパーは長時間戦い続けると疲労して聖属性耐性が下がるから、そのタイミングで聖属性の武器かアイテムで攻撃して倒すってのが正攻法だな」
「へぇ〜⋯⋯なぁ、この胸の中の赤い石とかって弱点じゃないのか?」
「それは弱点に見えるけど、触ったらデスリーパーが発狂して手に負えなくなるんだよ。だから、普通ならまず触らない。てか、触っちゃいけない。発狂したら、多分暁レオでも最悪負ける可能性がある」
「ふ〜ん、高橋めっちゃ詳しいじゃん」
ギャルに褒められて嬉しいのか、高橋が自身の後頭部を撫でながら照れくさそうに笑っていた。
ていうか、デスリーパーに正攻法とかあったのか。
でもその方法だと、デスリーパーの胸の中にある赤い宝石──紅核を壊すことができない。
俺が昨日獲得た【死神ヲ葬ル者】という称号は、発狂したデスリーパーの紅核を破壊して成仏させることで、獲得することができる称号だ。
だが紅核に触れることがタブーとされているのなら、デスリーパー=発狂させずに倒すという共通認識が生まれている可能性がある。
それにコメント欄では、デスリーパーは本来【死神の黒纏衣】しかドロップしないという情報が流れていて、誰も【首断ツ死神ノ大鎌】のことを知らなかった。
そして仮にもし【首断ツ死神ノ大鎌】が、デスリーパーを成仏させた時のみドロップするアイテムだとすれば。
もしかして──いや、もしかしなくても。
【死神ヲ葬ル者】の称号を持ってるのって、この世で俺だけなのでは⋯⋯?
「おはよーっす」
高橋たちが盛り上がっている中、気だるそうに挨拶しながら扉をガララッと開けて、教室に入ってくる1人の人物がいる。
彼の名前は火野。俺の同業者であり、以前初心者にオススメのダンジョンを教えてくれたいい奴である。
「よっす。おはよう、火野」
「おう。で、お前たち朝からなに見てんの?」
「今話題沸騰中のアマツってやつだ。火野も知ってるだろ? あの、初配信でデスリーパーをソロ討伐したアイツだよ」
高橋がそう答えると、急に火野の雰囲気が変わる。
先ほどまで気だるそうだった火野だが、高橋が"アマツ"という単語を口にした瞬間、明らかな苛立ちを露わにしていた。
「あー、あのズル野郎ね」
自分の机の上にカバンをポイッと投げながら、そんなことを口にする火野。
そんな火野に対し、高橋は言葉の意味が理解できないのかただ静かに首を傾げていた。
「えーと、その⋯⋯ズル野郎ってのは?」
「そのまんまだよ。お前らは知らないと思うが、何度もダンジョンに入ってるオレには分かる。デスリーパーなんて、普通に戦っちゃ絶対に勝てないモンスターなんだよ」
火野が高橋の机に腰を下ろしながら、足を組んでどこか偉そうに語り始める。
それに対し高橋だけでなく、スマホを手に持つ山下やギャルたちも、火野の話に耳を傾けていた。
「聞けば、アマツってやつダンジョンに挑戦するのが2回目らしいじゃん? そんな素人が、デスリーパーみたいな化け物を倒せると思うか?」
「そ、それは確かにそうだけど⋯⋯」
「今巷では聖水ハメでデスリーパーを倒すのが普通だ。なぜかって? そりゃ単純な話で、デスリーパーが強すぎるからだ。デスリーパーをソロでハメ無し討伐するなんて、いくらプロディーダイバーでもめちゃくちゃ時間がかかるんだぜ」
火野も火野でディーダイバーだからか、その辺りの話は高橋よりも詳しく、そして話に驚くほど説得力があった。
そして火野は山下からスマホを奪い、その画面を見たと思えば大きく鼻で笑っていた。
「はんっ、装備品だって特別なものはなにもない。それどころか、武器がゴブリンの棍棒だぞ? 伝説配信だか神回配信だか知らないが、こんなガセネタによく群がろうと思うのな」
「い、いや、でも実際に残ってるアーカイブもこんな感じで──」
「今時いくらでもやりようはあるだろ。もしくは、このアマツって奴が大金を積んで上位層の魔法使いディーダイバーたちにバフをかけてもらってるとかかな。とりあえず、オレから言わせればこのアマツって奴は卑怯者のズル野郎ってことだ」
そう言って、火野は手に持っていたジュースの紙パックをグシャッと握り潰し、そしてそのまま教室をあとにする。
なんだか微妙な空気が教室を包む中、高橋は机の上に放置されたスマホを回収し、そして再び画面を見始めた。
「⋯⋯火野の言いたいことも分かるけど、おれはやっぱりアマツの実力は本物だと思うんだよなぁ⋯⋯」
「まっ、火野の前ではあんまりアマツの話はしない方がいいかもな。あんなにイライラしてる火野、久しぶりに見たぜ」
少しモヤっとした表情を浮かべる高橋と、そんな高橋の背中を慰めるように叩く山下。
一方のギャルたちは顔を見合せながら首を傾げており、そのまま自分たちの席に戻っていた。
「⋯⋯⋯⋯」
高橋や山下のようにアマツの存在を認める者もいれば、火野のようにアマツはズル野郎だと認めない者もいる。
デスリーパーを討伐し、そのアイテムを身に纏うことで"死神"と呼ばれるようになった、俺。
どのSNSでディーダイバーのことを調べても、大体1番上かその下くらいには"アマツ"の名が出てくるくらいには、俺は今話題の人になっている。
チャンネル登録者も現在進行形で伸び続けており、コソッとディーパッドを確認したところ、チャンネル登録者がなんと7万人まであと少しのところに来ていた。
それを面白がる者もいれば、そうでない者もいる。人気がある者は、必ずアンチが生まれてしまうのだ。
だから、ここで調子に乗ってはいけない。
今の俺はなにをしても話題になり、良くも悪くも目立ちやすくなっている。
少しでも面白いことをすれば記事にされ、ちょっとでも悪いことをすれば、そのまま一気に大炎上──ってことも、なくはない話だ。
だから、今の俺に出来ることは。
しばらくダンジョン配信をお休みして、ほとぼりが冷めるのを待つことくらいだろう──
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