第26話 死神アマツ 爆誕
「──ん、んん⋯⋯? 朝、か⋯⋯」
翌日になり、朝を迎える。
本日は金曜日。今日の学校さえ終われば、夢の2連休が待っている夢の日の前日だ。
「ふわぁ〜⋯⋯」
体を起こし、大きなあくびをしながらぐぐぐっと背筋を伸ばす。
時間は6時30分。
キッチンの方からトン、トン、トン、と、包丁で食材を切るリズムのいい音が聞こえてきて、沙羅が朝早くから朝食を作ってくれていることが分かる。
なので俺はもう一度布団の上に寝転がりながら、なにか面白いものでもないかなと、ディーパッドの電源をつけて自分のチャンネルを確認する。
そこで、俺は目を疑うものを見てしまった。
「⋯⋯⋯⋯ん?」
寝ぼけているせいか、なんだかおかしなものが見える。
俺は一度目を擦り、そして頬を抓って夢の中でないことを確認してから、もう一度ディーパッドの画面に目を向けるのだが。
「⋯⋯ん?」
やはり、画面に映るものは変わらない。
俺はそこで一度ディーパッドの電源を落とし、そして上下が逆でないことを確認してから、もう一度ディーパッドの電源をつける。
暗い画面が、明るくなる。そしてそこから、再び自分のチャンネルに飛ぶ。
だがそこにある文字──いや、数字は何度繰り返し見ても見間違いなどではなく。
「⋯⋯えぇ?」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
俺のチャンネルはまだ配信を1回しかしていないため、動画欄を見ても残っているのは昨日の配信のアーカイブだけだ。
だが、そのアーカイブの再生回数がなぜか30万回になっていて、チャンネル登録者に至っては62,400人になっていた。
そう、俺のチャンネルの登録者がなんと62,400人になっているのである。
「は? ん、え? いや、んん?」
なにが起きているのかが分からない。
昨日配信を終わった段階では、チャンネル登録者の数は確か3000人に届くか届かないかくらいだったはず。
だがそれから一夜明け、今ではなんとその20倍以上もの人たちが俺のチャンネルを登録してくれたようであった。
「⋯⋯なにがあったんや」
関東人なのに関西弁が出てしまうほど、俺は動揺しきっていた。
今はまだ朝で寝起きなためそこまでのリアクションはできなかったが、もしこれに気づくのが昼間とかだったら、多分俺は飛び跳ねて腰を抜かしていただろう。
なにが起きたのかを確かめるべく、俺は試しに昨日のアーカイブを視聴して、そのコメント欄を覗いてみることにした。
────コメント────
Fall boy
・『1:02:30』の動きやばすぎだろ。これ、デスリーパーの攻撃どうやって回避してるんだ? 何度見ても理解できないんだが。
ケロッパ
・初配信でデスリーパーを討伐した伝説の配信がこちらです。
PanDa
・スパチャを投げた時は、まさかこんな配信になるとは思ってなかったよ。
ニート侍
・これは紛うことなき神回
EiEiO
・"死神アマツ"誕生配信
アーリオオーリオ
・この姿、やっぱりどこからどう見ても死神だよなぁ
TikkA
・初配信であだ名生まれるのヤバすぎだろ。
────────────
などなどと、同じような類のコメントが全部で400件以上寄せられていた。
だがその中で、一際目立つ単語がチラホラと俺の目に飛び込んでくる。
「⋯⋯"死神アマツ"って、なんなんだ?」
そう。コメント欄を見ていくと、俺のことを"アマツ"ではなく、"死神"とか"死神アマツ"などと呼んでくる人が多いのだ。
俺はこの配信で死神であるデスリーパーを討伐したが、あくまで死神なのはデスリーパーであって、俺ではない。
そう思いながらも、俺はスマホでSNSアプリを開いてみるのだが。
「えっ」
そのSNSアプリにはトレンドという、ユーザーが発信した呟きの多さによって順位が決まる要素があるのだが、その23位に【死神アマツ】という単語があった。
試しに、その【死神アマツ】についてSNSで調べてみると。
【話題のDdiver紹介アカウント】
・突如としてディーダイバー界隈に現れた超新星!!
初配信で乱入モンスターのデスリーパーを発狂した状態で討伐し、1時間半で全10階層のダンジョンを踏破する凄腕のディーダイバー!!
黒い仮面に黒いローブ、そして禍々しい大鎌を担いで歩くその姿は、まさに"死神"そのもの!!
ディーダイバーの歴史に刻む伝説の神配信を、初回の配信で成し遂げたこの男は一体何者なのだろうか⋯⋯?
今後も、彼の活躍に注目だッ!!
【新人ディーダイバー紹介アカウント】
・新人ディーダイバーの中で、今最も激熱なのはこの男──アマツだろう。
彼は昨日ディーダイバーとしてデビューし、【光苔の洞窟】にて初配信をスタートした。
そしてその初配信が、今SNSや掲示板を騒がせる伝説の配信となったのだ。
なんと、アマツはダンジョンに挑戦するのが2回目にも拘わらず、道中に出てくるモンスターのほとんどを一撃で討伐し、5階層目のボスモンスターであるオーガすらも楽々と討伐して見せたのである。
それこそが、彼の伝説──ではない。むしろ、ここからが始まりだったのだ。
彼はなんと、あの多くの配信者の前に立ちはだかり多くの配信者を絶望のどん底に突き落としてきた、乱入モンスターのデスリーパーに立ち向かったのである。
多くの配信者は最初の攻撃で即死。なんとか回避出来ても次の攻撃で致命傷を喰らってしまい、そのまま為す術なく退場⋯⋯というのが、よく見る光景だった。
だが、アマツは違った。
あのデスリーパーを、たったの10分弱で見事討伐してみせたのである。
しかも、発狂したデスリーパーをだ。
それだけではない。アマツはデスリーパー戦では一度も攻撃を喰らっておらず、一方的にデスリーパーを殴り続けていたのだ。
それも、ゴブリンの棍棒でだ。正直に言って、彼の戦闘能力やそのセンスは化け物だろう。
それでいて、なんと最終階層のボスモンスターであるラージアシッドスライムをワンパンで撃破。
突如ディーダイバー界隈に現れたこの男。その正体は、多くの謎に包まれている──
【兎リリ】
みんな聞いて聞いて!
昨日兎リリね、とある人から【光々大魔石】を購入したの!
でね、その人がなんと⋯⋯今話題新人ディーダイバー! "死神"のアマツさんだったのです!
多分兎リリのファンの中には、アマツさんのこと知らない人たくさんいるよね?
試しにDtubeで調べてみて!
兎リリ、凄すぎて目を疑ったもん笑
あ、それと魔石買い取りまだまだやってまーす!
レアリティの高い魔石をお持ちのお方は、ぜひ兎リリまで!
「おいおい、おいおいおい⋯⋯!」
俺は1人頭を抱える。
"死神アマツ"について調べてこれらの呟きが上に来るということは、それだけ俺の配信が話題になり注目されているということになる。
どの呟きにも多くのコメントが集まっていて、その中には大鎌を担ぎ黒いローブを羽織っている俺の画像が何件も貼られている。
どうやら、ネットには俺の姿がかなり出回ってしまっているようであった。
しかもさり気なく、死神アマツについての話題を上げるアカウントの中に、昨日魔石の取引をした兎リリのアカウントもある。
たった一晩で、俺の知名度はとんでもないことになってしまっていた。
「そうだよなぁ⋯⋯! 仮面にローブに大鎌って、完全に死神のコスプレじゃないか⋯⋯!」
SNSに上げられた俺の全身像の画像を見て、俺は1人枕に顔を埋めていた。
性能がいいからと何気なく装備していたが、この俺の格好は確かにどこからどう見ても死神だ。
しかも私服が黒いせいで、余計に黒一色となり死神感が増してしまっている。
そんな俺のあだ名が"死神"だなんて、恥ずかしいったらありゃしないのだが。
それをカッコイイとも感じてしまっている自分がいるのが、1番恥ずかしいのである。
「えっ、俺のデスリーパー戦勝手に切り抜かれてるし⋯⋯って、さ、再生回数54万回!? な、なんなんだ一体⋯⋯?」
朝からわけの分からないことが起きまくっていて、軽くパニックになってしまいそうであった。
だが俺はそこで枕元に置いておいたペットボトルの水を飲むことで、とりあえず自分を落ち着かせることに成功する。
「ふぅ⋯⋯一旦整理するか」
たった一晩でなにが起きたのか、俺はとりあえずDtubeやSNSなどを見返して、分析を始めることにした。
そうすることで、早速分かったことがある。
どうやら俺の名が広まったのは、先ほど見つけたデスリーパー戦の切り抜きのようであった。
そこにはなんと同業者である配信者のコメントも残されていて、そのコメントのグッド数がとんでもないことになっていた。
それから更に調べていくと、その動画にはご丁寧にも俺の配信へのリンクが貼られていた。
だから、俺の配信のアーカイブの再生回数がおかしなことになっていたのだ。
そしてチャンネル登録者が一気に増えたのも、もちろん切り抜き動画やSNSでの情報の拡散が大きいと思うが、やはり兎リリの影響が強いように感じる。
そして今では、俺のことをアマツではなく死神と呼ぶ人が多いようで、"死神"という単語に至ってはトレンドの18位にのめり込んでいた。
トレンド全体から見ればまだまだ低くはあるのだが、それでも話題になっているのは確かだ。
これを吉と捉えるか凶と捉えるかは、きっと俺次第。だが少なくとも、配信宣伝用の個人アカウントは今はまだ作らない方がよさそうだ。
アカウントに関しては、このほとぼりが冷めてからひっそりと作っておこう。そうしよう。
「お兄ちゃん、さっきからなに1人でぶつぶつ騒いでるの?」
なんて俺が1人でなんやかんやしていると、朝食を作り終えたのか沙羅がお盆の上に手作りの料理を乗せて俺の元にやって来る。
だが、その目はまるで落ちているゴミを見るような目──いや、さすがにそこまでではないが、変なものを見る目であることは確かであった。
「いや、ちょっと色々あってな⋯⋯気にしないでくれ」
「ふーん、そう。ならいいんだけど。はい、朝ごはんだよ。サクッと食べちゃってよね」
机の上に並べられるトーストやポタージュ、そしてベーコンエッグにイチゴジャムがかけられたヨーグルトは、どれも美味しそうで腹の音がきゅうと鳴ってしまう。
だから俺は一度"死神アマツ"についてのことを忘れるべくスマホとディーパッドの電源を落とし、沙羅の作ってくれたご飯を美味しく平らげていくのであった──
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