第28話 沙羅とお出かけ

 土曜日。


 世の学生たちが5日間の登校を経て得るようやくの休日であり、街が活気に溢れる日。


 目眩がするほどの青空に、ギラギラと輝く白い太陽。気温は35度を優に超え、海が人で溢れる時期。


 そんな日に、俺は。


「お兄ちゃん、次こっち着て。で、その次がこっちだからね」


 今頃冷房がガンガンと効いた部屋の中でゴロゴロ惰眠を貪るはずだったのに、俺は今沙羅の着せ替え人形になっていた。


「うーん、悪くはないんだけどなぁ⋯⋯じゃあ、次これね。で、その次にこれとこれ着てね」


「なぁ、沙羅。これいつまで続ければいいんだ? かれこれもう1時間くらい経ってる気がするんだけど」


「いいからお兄ちゃんは黙って着る」


「⋯⋯うっす」


 さながらスタイリストのような表情で試着室の前に服を運んでくる沙羅を横目に、俺は小さなため息を吐く。


 どうしてこんなことになったのか。


 それは遡ること、少し前の話である──




──────




「沙羅。これ、お小遣いな」


 土曜日の朝、俺は沙羅と一緒に朝食を食べながら、机の上にお金を置いた。


 本当は封筒に入れておきたかったのだが、家に封筒がなかったため直置きになってしまった。


 だが一方の沙羅はポカーンとしていて、お茶碗と箸を持ちながら俺が置いたお金をジーッと見つめていた。


「⋯⋯なにこの大金。お兄ちゃん、もしかしてママ活でもしてるの?」


「誰がするか。これは配信で稼いだお金の一部だよ。この休日が終わったら学校がまた始まるんだから、お小遣いはいるだろ?」


「いや、それはそうなんだけど⋯⋯さすがにいきなり10万円を差し出されて、わーいって受け取れるほど子供じゃないよ?」


 そう。俺はお小遣いとして、沙羅に10万円を差し出したのである。


 だが沙羅は困惑に不信感を足したような表情を浮かべており、少しだけ引いている様子であった。


「そりゃ、全部が全部お小遣いなわけじゃないさ。沙羅には、家事とかの面でこれから色々とお世話になるしな。その分も含めてだ」


「私たち家族じゃん。家事のひとつやふたつくらいでお金が発生するなんて、私やだよ」


「まぁ、他にも生活に不自由を感じたらそのお金で色々と買い足してもいいんだぞ。沙羅の部屋、家具とか全然ないだろ?」


「だとしても、10万円は多すぎるよ。私まだ中学生だよ? こんな大金もらっても、困るだけだよ」


 まぁ、確かにそれは沙羅の言う通りかもしれない。


 でもこれから沙羅には色々な面で迷惑をかけてしまうし、沙羅には不自由な生活を送ってほしくないのだ。


 だから俺は少し多めにお金を渡そうと思ったのだが、どうやらそれは逆効果だったようで、沙羅を困らせてしまっただけであった。


「お兄ちゃんが私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、お金は計画的に使わないとだめだよ」


「それは分かってるんだが、本当に配信での稼ぎの一部なんだよ。だから、お兄ちゃんは沙羅に使ってもらえると嬉しいんだけどな」


「気持ちは嬉しいよ。でも、このお金はお兄ちゃんが稼いだお金でしょ? いくら一部でも、こんなに受け取れないから」


「⋯⋯分かった。じゃあ、せめて半分は受け取ってくれ。それならいいだろ?」


 と言うと、沙羅はそれでもまだ不服そうであったが、折れてくれたのか1万円札を5枚手に取ってくれた。


 だから俺は、机の上に残された5万円を自分の財布に仕舞おうとするのだが。


「待って。そのお金、なにに使うの?」


「え? いや、特に決まってないが⋯⋯」


「なら、そのお金で買い物しよ。当然、お兄ちゃんの買い物だからね」


「え、俺の?」


 という話から、俺は沙羅と一緒に朝早くから電車に乗って、少し遠くの街へと向かった。


 そして俺は沙羅に連れられて、地元にはないような大きなショッピングモールにまで足を運び、今に至るのである──




──────




「⋯⋯なぁ、俺別にそこまで服にこだわりはないんだが」


「お兄ちゃんの場合はこだわりがなさすぎるの。お兄ちゃんの服って、黒ばっかりじゃん。似合うから悪くないけど、でもお兄ちゃんに似合う服はまだまだいっぱいあると思うの」


「いやでも、白はさすがに明るすぎないか⋯⋯?」


「お兄ちゃんは陰キャだけど素材は悪くないんだからさ、白だって全然似合ってるよ。あとはもう少し性格が明るくなれば、結構女の子にもモテると思うんだけどなぁ⋯⋯」


 貶されてるのか褒められてるのかよく分からないが、沙羅なりに俺を変えようとしてくれているのはすぐに分かった。


 だが今まで俺はジャージとか動きやすい布地の服しか着てこなかったため、どうもジーパンの履き心地が悪くて仕方がない。


 パリッとしてる感はあってなんとなく良さは分かるのだが、それでもどこかしっくりこないのである。


「うーん⋯⋯あ、分かった。お兄ちゃんの髪型がダメなんだ。ちょっとこっち来て」


「いや、えっ、なにする気だ?」


「こういうこともあろうかと、ワックス持ってきたの。お兄ちゃんの髪、ちょっといじるからね」


 自分のウエストポーチの中からチューブのワックスを取りだした沙羅が、俺の許可を取らずして俺の髪にワックスを塗りたくってくる。


 そして、一気に髪がくしゃくしゃにされてしまう。


 それに対し俺は諦め半分に溜息を吐いたのだが、気づけば髪のセットが終わったようで、沙羅がポーチの中から取り出した手鏡を俺に渡してきた。


「ほら、いい感じじゃんっ。お兄ちゃんは素材は悪くないんだよねぇ、素材は」


「⋯⋯素材がいいならこだわらなくてもいいんじゃないか?」


「なに言ってんの。いくら高級でも松茸とかフォアグラとかは料理した方が美味しいでしょ? それと一緒」


「⋯⋯なるほど」


 だめだ、なにも言い返せない。


 でも素材がいいといくら言われても、自分ではよく分からない。


 異世界にいた頃、よく仲間たちに『もっと洒落てたらまだマシなのにな〜』とか言われていたため、あいつらも沙羅と同じ風に思っていたのだろうか。


 その真偽は不明だが、いざこうしてちょっとオシャレな服を着て前髪を軽く上げている自分を見ていると、少しだけ気分が明るくなれるようなそんな気がした。


「お兄ちゃん的にはなにか気に入ったのある? 私的には、5回目に着た服がなんだかんだ1番似合ってる気がするんだけど」


「さすがにそんなに覚えてないわ。でもまぁ、正直な感想を言うなら暖色系も寒色系もあまり似合わない気がするな」


「じゃあ、黒と白とグレーの服がいいんだね。それならズボンはそのデニムにしよっか。同じようなやつ、あと2着くらい買おうね」


「お、おう」


 やけに浮き足立っている沙羅が、今俺が履いているジーンズ? デニム? よくわからないが、同じものを探して店の奥へと消えていく。


 自分の買い物じゃないのに、どうして沙羅は楽しそうなのだろうか。それが、俺にはよく分からない。


 だが楽しんでいるのなら、変に水を差す必要はない。沙羅が楽しんで、喜んでいるのなら俺はそれで充分だからだ。


 結局、この日は夕方になるまでショッピングモールをぶらぶらと歩き回ることになった。


 昼になればショッピングモール内のレストランで小腹を満たし、それからウィンドウショッピングを楽しみ、映画なんかも見たりした。


 荷物持ちは終始俺だったものの、それでも気づけば俺も沙羅と一緒にお出かけを楽しんでいて、かなり充実した休日を過ごすことができた。


 今日は土曜日。


 二日経てば、沙羅も夏休みを終えて学校へ登校する時期となる。


 明日も休日ではあるが、きっと沙羅は登校の準備をするためこれから少し忙しくなるだろう。


 友達とではなく、俺とショッピングモールなんか周って楽しいのだろうかと、最初は不安だった。


 それでも沙羅はいつになくニコニコとしていて、帰りの電車で俺の肩に寄りかかって眠っている姿は、まだまだ幼くて。


 改めて、唯一の妹である沙羅を幸せにしようと誓った、そんな休日であった──

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