第29話 沙羅の登校日
「じゃーん! 見て見てお兄ちゃん! 夏服、結構いい感じでしょ!」
月曜日。
夏休みを終えて今日から登校日が再開する沙羅が、夏服バージョンの学生服に着替えて俺の前でくるくると回っている。
二の腕の半分が見える白いワイシャツに、太ももがチラリと見える赤紺色を基調としたスカート。
明るめな茶色の長髪も今ではサイドテールにしてまとめており、いつもと違う姿の沙羅は、なんだか少し新鮮であった。
「いい。すごくいいと思うが⋯⋯スカート、ちょっと短すぎないか?」
「えー? 別にこれくらい普通だと思うけど」
「確か学校の規則だとスカート丈は膝までだったはずだよな?」
「やだよ。それじゃ可愛くないじゃん」
即答される。
どうも、沙羅には沙羅なりのファッションというか、曲げられないこだわりがあるらしい。
だがやはりお兄ちゃんからしてみると、その短めなスカートがなんだか危なっかしくて仕方がなかった。
「お前なぁ⋯⋯冗談抜きにお前は可愛いんだから、もう少し危機感というものをだな」
なんだかうるさい親父のようなことを言ってしまう俺だが、これにはちゃんとした理由がある。
それは、俺が中学3年生の時。2つ下の沙羅は中学1年生であり、その時はまだ同じ家に住んでいたため同じ中学校に通っていた頃の話だ。
たった1年の間だけ同じ中学校に通っていたわけだが、その僅かな時間で俺は沙羅が告白されているところを何度も目にしている。
しかもそれは同級生だけでなく先輩からでもあり、俺と同じクラスの奴が沙羅に告白しているところを見てしまった時は、それはもうなんとも言えない気持ちになったことを覚えている。
どの告白も沙羅は丁重にお断りしていたが、それくらい沙羅はモテるのである。
幼さが残った愛嬌のある顔は、何人もの男子を魅了し、一目惚れさせてきたもの。
ツリ目気味の目に綺麗に通った鼻筋。桃色で小さな唇に、目の下にある小さなホクロ。
身長も150センチ半ばかつスレンダーな体型をしていて、運動神経がよくスポーツ全般が得意なため、女子からも人気があるとかないとか。
それでいて頭もいいのだから、お兄ちゃんとしては誇らしいと思う反面、俺よりも優れている沙羅を羨ましいと思うのもまた事実だ。
そんな、まさに"THE完璧美少女"な沙羅が肌を多く露出させることで、変な輩に誑かされないか心配なのだが。
「大丈夫。私、お兄ちゃんが彼女作るまで彼氏とか作る気ないから」
と言って、沙羅は鏡の前でまたもやスカート丈を短く調整していた。
最近──いや、2年前くらいだろうか。俺が沙羅に彼氏は作らないかと聞いた時も、沙羅はそんなことを言って話をはぐらかしてきた。
だが俺にはその言葉の意味が、真意が全然分からないのである。
「前も言ったが、それだと死ぬまで独身になるぞ? 俺には多分、彼女なんてできないと思うしな」
「うーん、どうだろ。夏休み前のお兄ちゃんならそうかもしれないけど、今のお兄ちゃんならすぐに彼女できると思うよ?」
「えぇ⋯⋯そんなことないだろ」
「ううん。お兄ちゃん、なんか変わったもん。暗い雰囲気はもうなくなってるし、スタイルだっていつの間にかすごく良くなってるじゃん。性格はまだ少し暗いけどね」
と、言われても。というのが、正直な感想である。
まぁでも、確かに沙羅の言う通り前よりスタイルは良くなっている。
前は細すぎてモヤシみたいな感じだったが、異世界で過ごした300日の間ほとんど戦い続けてきたおかげか筋肉がつき、力を入れなくても腹にはシックスパックが浮き続けている。
それに身長だって2センチほど伸びて今の身長は178センチくらいあるため、それと筋肉のせいで色々と着れない服が増えてしまった。
だから土曜日に、俺は沙羅に連れられて私服を買うことになったのである。
「というわけで、またワックスで髪を整えたいんだけど。多分、同級生の女の子から注目を浴びること間違いなしだよっ」
「いや、遠慮しておく。俺はあんまり悪目立ちしたくないんだ」
「悪目立ちじゃなくて、普通にちょっと目立つだけだよ?」
「それが俺にとっての悪目立ちなんだわ」
今までワックスとかつけずに登校していた俺が、いきなりワックスをつけてきたらどんな目で見られるかなんて、簡単に想像がつく。
調子乗ってるとか、イキってるとか、陰キャが頑張ってて草とか思われるに違いないのだ。
「お兄ちゃん。女の子から告白してもらおうなんて考えは甘えだよ。彼女がほしいなら、自分からいかなくちゃ」
「彼女なんていらんわ。自分で自分の面倒すら見れてないのに、他人の人生まで背負えるほどの責任感は俺にはないんだよ」
「うわぁ⋯⋯気持ち悪いくらいに拗らせてるね、お兄ちゃん。そんなの、付き合ってからでいいじゃん」
「試しで付き合って、相手の人生を無駄にさせてしまうくらいなら付き合わない方がマシだろ」
なんて、俺は沙羅と朝から小さな言い合いを何分も続けていた。
彼女を作れと言う沙羅に、彼女は絶対に作らないと言う俺。その意見は平行線を辿っていて、絶対に交わることがない。
大体、俺には仲のいい女の子の友達すらいないのだから、彼女なんてできるわけがないのだ。
まぁ、一応高峯さんとは仲がいい方ではあるが、だからといって付き合うような関係でもない。
世の中にはディーダイバー同士での結婚とかもあるらしいが、そんなのは僅かひと握りであり、俺にも同じことが起きるとは到底思えない。
それに今の俺は、世間では"死神"なんて呼ばれているため、そんな仰々しい名前をした俺と会いたい女性ディーダイバーなんてこの世に存在しないだろう。
「ていうか、いつまでも家にいていいのか? 早めに出ないと、間に合わなくなるんじゃないか?」
「あっ、ほんとだ。じゃあお兄ちゃん、行ってくるから!」
「おう。気をつけるんだぞ」
「うんっ!」
そう言って、鞄やら荷物やらを手にした沙羅が、忙しくもそのまま家を出ていく。
1人になったことで、急に家の中が静かになる。
前まではこの静けさが普通だったのに、今ではなんだか少しだけ寂しい静けさに感じてしまう。
なんだかんだいって、沙羅との騒がしい日々を楽しんでいる俺もいるようだ。
「さて、と。俺もそろそろ準備しますかね」
スマホとディーパッドを手に取り、俺は着替えた制服の胸ポケットに入れる。
そして戸締りや忘れ物等の確認をしてから、俺は沙羅が家を出て10分後くらいに、家を出て学校を目指すのであった──
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