第30話 約束の日
木曜日を迎える。
この日は、沙羅ととある約束を交わした日だ。
その約束とは、俺が今日この日までにチャンネル登録者を10万人超えなかったら、沙羅にチャンネルを教えるというもの。
期間は7日間であり、ついにその日が来てしまったわけなのだが、俺はディーパッドの画面を前に1人頭を抱えていた。
「はぁ⋯⋯まいったな」
前回の【光苔の洞窟】の配信以来、俺は一度も配信をしていない。
もちろん、したくなかったわけではない。どちらかといえば配信はしたかったし、今後のためにもっともっとお金を稼ぎたくはあったのだが。
俺は最初の配信でデスリーパーを討伐し、そして1時間半で全10階層のダンジョンを踏破したことから、ディーダイバー界隈でかなり注目を浴びてしまった。
しかも、ネット上であの配信は『伝説の神回配信』と呼ばれていて、ここ数日間ネットで俺の名──いや、アマツの名を見ない日は1日もなかった。
だから俺は、あえてダンジョン配信をせずに今日まで過ごしてきたのである。
良い意味でも悪い意味でも、今の俺はバズりにバズっている存在だ。
そんな中で配信なんかしてしまえば、きっと変に悪目立ちしてしまって意味の分からない噂が生まれてしまう可能性があったからだ。
大人しく、静かに過ごすことで俺のアマツとしての噂は次第に落ち着いていくはず──というのが、俺の想定だった。
しかし、現実というものは上手くいかないものであり。
「チャンネル登録者16万人超えって、どうなってんだよ⋯⋯」
そう。あれから一度も配信なんてしていないはずなのに、毎日のように万単位で登録者が増え、今では登録者が16万人を超えるチャンネルになってしまっていた。
俺が残した配信のアーカイブも再生回数が80万回を超えていて、デスリーパー戦の切り抜きに関しては、とうとう再生回数が100万回を突破してしまっている。
どうやらほとぼりが冷めるまで配信をしないでおこうという俺の決断が、より『伝説の神回配信』へと拍車をかけてしまったらしい。
ネットやSNSでも未だにアマツの話題は続いていて、実は存在しないのではないかだとか、誰かのサブ垢で企画のためのチャンネルなのではないかだとか、様々な憶測が飛び交っていた。
それでいて、掲示板にはアマツについて語るスレッドまで立ち上がってたりもしている。
もちろん覗いたことはないし、今後とも覗くつもりもないのだが、とりあえずディーダイバー界隈でアマツの名が広まりまくっているのは事実なのである。
それに加え、俺とトレードのアプリでやり取りした兎リリも、唯一アマツと会話をしたことがある配信者ということで話題になっていた。
1週間前まではチャンネル登録者が25万人だったはずなのに、今では登録者が28万人と、3万人ほど登録者が増えている。
もちろん俺と違って兎リリは配信を何回もしているため、そのおかげというのもあるだろう。
だが試しに兎リリの配信を見に行った時、コメント欄にアマツという単語が何度も出ていたため、申し訳ない気持ちで兎リリの配信をそっ閉じしたのが昨日のハイライトである。
「ん〜⋯⋯どうしたものか」
今俺は、家に1人でいる。
沙羅が帰ってくるまで、あともう少し。一応チャンネル登録者が10万人を超えたため、沙羅にチャンネルを知らせずに済んだのはいいのだが。
それよりも今目の前で起きていることが大き過ぎて、頭の中でも整理をすることができなくなりつつあった。
まぁぶっちゃけた話、沙羅と約束を交わした翌日にチャンネル登録者が6万人を超えてた時点で、配信しなくても登録者が10万人超えるなという予想はできていた。
だが沙羅からしてみればあれから一度も俺は配信をしていないため、たった一度の配信で登録者が10万人を超えたとなると不審に思われる可能性が高い。
やっぱり、そろそろ配信した方がいいのだろうか。
前の配信で稼いだお金はまだまだあるが、それでも今後を平穏に過ごすにはまだ全然足りない額である。
さて、これからどうしたものか──
「⋯⋯いや、待てよ。いい方法があるじゃないか」
そこで俺は、ハッとあることを思い出した。
前回の配信で稼いだ額は、大体約30万円ほどだった。そして、兎リリに魔石を渡した時に稼いだお金は、丁度30万円である。
そう考えると、もしかして配信なんかしなくてもお金を稼ぐことは可能なのではないだろうか。
「いやでも、せっかくダンジョンに潜るなら配信した方が断然お得だしなぁ⋯⋯」
たった1つの魔石で30万円と思えば楽な仕事に聞こえるが、あの魔石はレアドロップの魔石だったからこそ、あそこまでの値がついたのである。
つまり、普通の魔石ならあそこまでの大金を手に入れることはできないというわけだ。
配信をすれば安定した収入を得ることができるが、今のままでは変に目立ちまくってしまうというデメリットがある。
逆に配信せずにダンジョンに潜り続けてアイテムトレードを使用すれば目立つことはなくなるが、安定した収入を得ることは難しくなるだろう。
「⋯⋯いっそのこと、配信者のトップでも目指してみるか⋯⋯?」
そうすれば億万長者だって夢じゃないし、沙羅を1人養うことくらい簡単になる。
それこそ、今ディーダイバーの中で1番チャンネル登録者の多いサイバーRyouを超えることを目指して、がむしゃらにただただ配信しまくれば──
「⋯⋯待て待て。さすがにそれは無理だ」
自分で自分にツッコミを入れる。
サイバーRyou⋯⋯現時点でチャンネル登録者の数は585万人であり、ダンジョン配信を見ている者なら誰しもが知っている超有名人だ。
最近ではテレビCMとかに出ることもあって、この前はバラエティ番組にゲストとして登場したこともあった。
もちろんその名は日本だけでなく海外でも知れ渡っていて、今この世界にいるディーダイバーの頂点こそが、サイバーRyouなのである。
そんなサイバーRyouに勝つなんて、さすがに不可能だ。
いくら異世界帰りの俺でも、色々な面でサイバーRyouに負けている以上、絶対に登録者の数で勝つことは無理だ。
だがせっかく配信をしているのなら、なにか目標を立ててみるのもまたアリかもしれない。
例えば、こうなったら吹っ切れてチャンネル登録者100万人目指してみるとか──
「お兄ちゃ〜ん、ただいま〜」
なんて、1人でうだうだ考えていると沙羅が学校から帰ってくる。
そしてリビングにある机の上に鞄を置いたと思えば、冷凍庫からミカン味のアイスキャンディーを取り出し、エアコンの下でビリッと袋を破いていた。
「はぁ、もう9月なのに外暑すぎ〜⋯⋯」
アイスキャンディーを咥えながら、ワイシャツの胸元をぱたぱたと動かして体を冷やす沙羅。
そんな沙羅を眺めていると、沙羅は自身の胸元を隠すように手を動かし、そして俺に背中を向けてきた。
「⋯⋯変態。なに妹の胸元チラチラ見てるの?」
「見てねーよ。自意識過剰だぞ」
「嘘。絶対見てたもん」
「はんっ、だーれがお前の地平線のように真っ平らな胸元なんか好き好んで見る──」
揶揄うようにそう言った瞬間、俺の頬スレスレになにかが通り過ぎる。
一体なにが飛んできたと後ろを振り向くと、床にコロコロとボールペンが転がっていた。
「それ以上言ったら⋯⋯分かるよね?」
右手で2本目のボールペンを握りながら、怖いくらいにニッコニコな笑顔を浮かべる沙羅に対し、俺は兄の威厳など捨ててその場で土下座をしていた。
誰しも、触れられたくないことはあるものだ。いくら親しい仲でも、触れてほしくないはものはあるのだから。
そう。たまたま沙羅にとって触れてほしくないことが、ただ真っ平らな胸部だったってだけで──
「お兄ちゃん、今なんか失礼なこと考えてない?」
「イヤソンナコトナイデスヨ」
⋯⋯この子、もしかして超能力者かなにかなのか?
今完全に、俺の頭の中を読んでいた。今後は、沙羅に対する態度を少し改めた方が良さそうだ。
ていうか、血の繋がった兄からの下ネタとか喜ぶ妹なんかいないよな。これは、どこからどう見ても俺が悪いことだ。
今度沙羅の大好物のモンブランでも買ってきた方が、身のためかもしれない。
「ところでお兄ちゃん。今日がなんの日か、知ってる?」
ボールペンを机に置き、放っていた殺意を収めた沙羅が、急にそんなことを言いだす。
だが俺は、分かっていた。そろそろ、沙羅がその話題を切り出すことを。
「⋯⋯あぁ、覚えてるよ。チャンネル登録者の話だろ?」
「うん。で、どうなったの?」
「とりあえず言えることは、無事10万人は突破したってことくらいだな」
嘘をつかず、誤魔化すこともなく、俺は素直にそう答えた。
すると、沙羅が咥えているアイスキャンディーをポキッと、口で折ったと思えば。
「そうなんだ。おめでと、お兄ちゃん」
と、以外にも素直に、疑うことなく俺の言葉を受け入れてくれた。
「⋯⋯え、疑わないのか?」
「疑わないよ。お兄ちゃん、こういう時に嘘はつかないって知ってるし」
「そ、そうか⋯⋯でも、いいのか⋯⋯?」
「別に。ただ私が賭けでお兄ちゃんに負けただけだもん。ここで駄々こねるほど、私子供じゃないし」
そう言って、鞄の中からスマホを取り出して動画を見始める沙羅。
個人的にはもっとぐいぐいくるものだと思っていたため、そうもあっさり事が終わってしまうのは少しだけ寂しかった。
だが、おかげでチャンネルがバレずに済んだ。そう考えれば、とりあえずは一安心できるだろう。
結局、この日はその後も沙羅の口からチャンネルを聞かれることはなくて。
覚悟していた分、ちょっとだけ肩透かしを食らった気分であった。
「⋯⋯⋯⋯ふぅ」
まぁ、一旦これで沙羅にチャンネルがバレることはなくなったわけだ。
さて。ここで話を戻して、今後どうするかを考えよう。
配信はしたい。それにお金だって稼ぎたい。だが、今配信するのは正直言って気が引ける。
世間で俺は『伝説の神回配信』を残したディーダイバーであり、つまり今後もそれと同じかそれ以上のクオリティを求められるということだ。
そう考えると、前回挑んだ【光苔の洞窟】クラスのダンジョンでは、どうしても盛り上がりに欠けてしまう。
今後配信で挑むダンジョンは、SNSやネットで色々と調べて難易度の高いダンジョンを選んだ方がよさそうだ。
そうと決まれば、2日後の土曜日にでもまた試しにどこかのダンジョンに潜ってみよう。
そのダンジョンで、デスリーパーがドロップした【首断ツ死神ノ大鎌】の性能を確かめるのも悪くはないだろう。
「⋯⋯お兄ちゃん、なにニヤニヤしてるの?」
「なんでもない。ちょっとした思い出し笑いだ。気にしないでくれ」
武器の性能を確かめられることでウキウキしていると、それがどうやら表情に出ていたようで、沙羅に気持ち悪がられてしまう。
だから俺はポーカーフェイスを保ちながらも、土曜日に挑む丁度いい難易度のダンジョンを探すべく、SNSやネットで情報を収集するのであった──
──だが、この時の天宮は知らなかった。
悪目立ちしたくないからと、天宮は配信せずにまた新たなダンジョンに挑むことを決めた。
しかしそのダンジョン先で、天宮はとある人物と出会うことになる。
その人物のせいかおかげか、ディーダイバー界隈に再び天宮──いや、アマツの名が知れ渡ることになるのだが。
それは、もう少し先のお話である──
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