第62話 三度目の深緑の大森林-④

『ケケ、キ、キキ、ケケ、キ』


 腕を振るうだけで直径二メートルを超える木の根を縦横無尽に操り、安全圏から俺を狙い続ける枯れ木のモンスター──ドライアド。


 空から降り注ぐ木の根。地面スレスレに迫り来る木の根。地中から虎視眈々と俺の隙を狙い続ける木の根。


 その数は既に10本近くにまで増えており、四方八方から飛んでくる殺意の塊は、一度でも直撃してしまえばあっという間に命を待っていかれるだろう。


 だが俺はそんな中、荒廃した大地を全速力で駆け抜けながら、どうしてもニヤついてしまう表情筋を抑えることができなかった。


「ははっ⋯⋯こんなの、楽しまない方が無理ってもんだろ⋯⋯!」


 俺以外の配信者のことはよく分からないが、こんな攻撃手段を持つモンスターを相手にすれば、少なくとも絶望する者が出てくるだろう。


 桃葉さんのような【魔道士】や白銀のような【弓士】ならやりようはあるかもしれないが、俺のように接近戦を得意としている者たちは、ドライアドほど相性の悪いモンスターはいない。


 自在な遠距離攻撃。俺の大鎌を木の根で防ぐ防御力。こちらの隙を狙って逃さない洞察力。


 これほど厄介で、面倒で、戦いにくいモンスターなんて他にいるか?


 俺が知らないだけで、この世にはまだまだ多くのモンスターがいる。様々な能力を持ったモンスターが存在する。


 だがこれほどまでに、俺の天敵とも呼べるモンスターは他にいるか? いるとしても、あと何体いる?


 それは分からないが、限りなく少ないことは確かだと俺は思っている。


 だからこそ楽しいのだ。ドライアドと戦っているこの瞬間が、自分が更に成長していくこの実感が。


 戦いに飢えた俺の心を満たしてくれるかもしれない存在を前に、笑いを堪えることなんて無理に決まってるのだ。


「⋯⋯なるほど。長さに際限はないが、伸びれば伸びるほど速度が低下する⋯⋯と」


 木の根を避け続けることでその特性を分析することができるが、だからといってソレは弱点にならない。


 俺がドライアドから遠のくことで木の根の脅威は低くなるものの、ドライアド側からすれば、だからなんだって問題である。


 ドライアド側からしてみれば、俺のような近接タイプは遠ざければ遠ざけるほどアドバンテージになる。


 だからいくら木の根の速度が低下しようが、ドライアドは痛くも痒くもないのだ。


 それに、速度が低下した木の根はすぐに地中に戻して自分の足元に配置する徹底ぶりから、ドライアドも自身の扱う木の根の特性を熟知しきっている。


 見た目は頭からつま先までスカスカなのに、それを考える頭脳と、判断力がある。


 だが、太い木の根の方は別にそこまで深く考える必要はない。


 対処は容易だし、大鎌で切断できる以上どれだけの数が迫って来てもこれといった問題はない。


 問題は、俺の大鎌を防いでみせたあの細い木の根だ。


 全力ではなかったとはいえ、今までどのモンスターにも防ぐことができなかったあの一撃を、ドライアドは簡単に防いで見せたのだ。


 だがあの一撃には、実はなにもスキルや特性による効果が乗っていないのだ。


 【首断ツ死神ノ大鎌】には『首へのダメージ増加(特大)』という能力があり、今俺が首に巻いている【黒牙狼の双尾首巻】には、装備効果として【急所特攻】のスキルが発動する。


 そう。俺の装備は完全に"相手の首を攻撃するのに特化した装備"であり、それ以外の場所に命中してもダメージ増加の恩恵を得ることができない。


 つまりドライアドを攻略するためには、いづれどこかのタイミングであの細い木の根による防御を突破しないといけないのである。


「⋯⋯あの細い木の根は、どうすれば突破できる⋯⋯?」


 一本だけなら、俺が全力で大鎌を振ればへし折ることはできるような気がする。


 だがドライアドは着地しようとする俺の隙を狙い、地中から一気に10本を超える細い木の根を操っていた。


 つまり、やろうと思えば細い木の根を全て防御に回すことも可能というわけで。


「⋯⋯まったく、つくづく相性の悪い相手だな。だが、だからこそ面白い」


 地中から飛び出す木の根を躱し、空から降り注ぐ木の根を【空歩】での方向転換で回避し、後方から真っ直ぐ迫り来る木の根を大鎌で受け止める。


 最後の木の根を受け止めたのは、わざとだ。


 大鎌で受け止めることで、木の根が俺を強く突き飛ばしてくれる。


 そしてその突き飛ばされた先にこそ、今回の討伐対象であるドライアドがいるのだ。


『ケ、キキ、キ、ケケ、ケ』


 ドライアドが人差し指をこちらに向けることで、地中から細い木の根がまるで弾丸のような速さでドヒュ! と突き出てくる。


 太い木の根と違って速度と貫通力に優れてはいるが、動きとしては直線的な方向にしかこの細い木の根は動かない。


 だから俺はドライアドの人差し指の向きで飛んでくる場所を予測し、【危険予知】による嫌な予感の感覚でどこにどう飛んでくるかを判断し、細い木の根を紙一重で躱す。


 そして俺は体を大きく捻りながらも両手で大鎌の柄を強く握り締め、ドライアドの首筋目掛けて大鎌を振り払った。


『ケケ、キ、キキ、キッ』


 先ほどど同様に細い木の根を操って大鎌による一撃を防ぐドライアドだが、先ほどと違って細い木の根からはミシ、パキ、と、軋むような音が聞こえてくる。


 このまま力押ししていくのもいいが、一度受け止められている以上、この勢いのまま首を狙っても大したダメージは入れられない。


 だから俺は大鎌に力を込めながら【空歩】を使用し、そして【豪脚】を乗せた蹴りをドライアドの横顔に叩き込んだ。


『ケ、キキ、ケ⋯⋯!』


 だが足を振り抜くことはできず、ドライアドが腕を振り払うことで太い木の根が地中から飛び出し、後退を余儀なくされる。


 俺は後方に大鎌を放り投げながらもバク転で迫り来る木の根を回避し、【空歩】で着地をズラしてから地面に降り立つ。


 そしてその場で再び【空歩】を連続で二回使用し、宙に舞う大鎌の柄を掴んで大鎌を回収した。


「やっぱり、蹴りじゃダメだよな」


 手応えはあまりなかった。蹴った感触は岩よりも硬く、重く、【将軍飛蝗の黒飾靴】がなければ足の指が潰れていた可能性がある。


 だが、初めてドライアドが微かな苛立ちを顕にしたため、0ダメージということではなさそうだ。


 一方のドライアドは俺の蹴りの衝撃によって位置がズレた紫色の魔女帽子を直しながらも、再び俺に向けて腕を向けてきた。


 かれこれ5分以上は戦っているため、もう木の根を躱すことに慣れてしまった。


 だが俺は今、目の前でドライアドが見せた行動から、ちょっとだけ悪い考えが思いついていた。


「あの帽子、無理やり奪ったらどうなるんだ⋯⋯? いやぁ、実に気になるな」


 デスリーパーと戦っている際、明らかに弱点だと思っていた胸の中にある赤い宝石を攻撃した時、俺はデスリーパーを発狂させてしまった。


 デスリーパーはその赤い宝石を胸骨で覆い、鎖で巻くことでいかにも大事な物ですとアピールしていたのにも拘わらず、それは弱点ではなく触れてはいけないタブーゾーンだったのだ。


 そして、目の前にいるドライアド。


 俺が今さっき顔面を蹴った時、衝撃で頭に被っている魔女帽子が吹き飛びそうになっていた。


 いくら俺が遠ざかっているとはいえ、ドライアドはわざわざ大きな隙をさらけ出しながらも、帽子の位置をせっせと直していた。


 それはまるで、大事な物を守るような行動であり。


 もし、ゴブリンシャーマンやデスリーパーのように、ドライアドにもとある特定の条件を満たすことで危険度が変化することがあるとしたら。


「⋯⋯あーあー、視聴者の皆さん聞こえますか?」


 カメラを目の前に呼び出し、俺は配信を見てくれている視聴者たちに声をかける。


 そうすることでコメント欄のコメントが加速し、珍しく俺が視聴者の人たちに話しかけたからか、喜ぶ者や、動揺する者など様々であった。


 だから、俺はそんな視聴者たちに向けて。


「あのモンスター、多分帽子をどうにかしたら以前倒したデスリーパーみたいに発狂するか、形態が変化すると思うんですよね。なので、とりあえずわざとあの帽子を狙ってみます」


 簡潔にそう告げると、コメント欄が一気に盛り上がっていき。


────コメント────


・はい??

・なんだって?

・なぜ自らハードモードへと突っ込むんだ。

・前から思ってたけど、アマツって結構バトルジャンキーだよね

・なんでそうなる?

・死神ってもしかして戦闘狂?

・やったれやったれ

・初見かつ新種のモンスターの逆鱗に触れるようなことするなww

・やめとけよ笑

・死神があまりにもエンターテイナーすぎる

・バトルジャンキー、アマツ。

・それで倒せるのならむしろ見てみたいわな。

・前も言った気がするけど、とりあえずの意味分かってる?


────────────


 困惑と動揺が多くなるコメント欄だが、雰囲気的に視聴者の皆が俺の行動に期待してくれていることが分かる。


 だから俺はコメント欄を閉じてから大鎌を構え直し、迫り来る木の根を飛び越えるように回避しながら、直線的にドライアドへと接近していく。


『ケ、ケケケ、キキ、ケ、キ』


 腕を振るって木の根を操るドライアド。


 最初こそ多彩な攻撃方法に感動していたが、今となってはなんだかワンパターンのように感じられて。


 いくらドライアドが多くの木の根を操ったところで、動きを見極めてしまった以上俺には掠りもしない。


 俺は木の根を足蹴に跳躍して、空中で【豪脚】と【空歩】を使用して超加速し、ドライアドへと肉薄して。


「はぁっ!」


 大鎌の間合いに入った瞬間、俺はドライアドの首を刈り取るべくその細い首筋に向けて大鎌を振るう。


 そうすることで予想通り、ドライアドは細い木の根を今度は何本も操り、細い木の根が大鎌によってへし折られないよう防御に徹してきた。


 だから、俺は再びドライアドの顔面に蹴りを叩き込むべく足を振り──


『ケケ、キキキ、ケ、キッ』


 先ほど俺に蹴られたことで注意が大鎌だけでなく俺の足にも向けられていたのか、ドライアドが俺の蹴りに反応して腕で防御態勢を作る。


 だが、それも想定内の行動だ。


 頭の回るモンスターだからこそ、同じ轍は二度も踏まないように徹底し、対策をしてくる。


 だから俺は蹴りが直撃する直前で寸止めして足を戻し、今度は地についている足に力を込め、地面を蹴り飛ばすように俺は足を振り上げた。


『──ッ!?』


 俺の【豪脚】が乗った蹴り上げは、地面の表面を捲り上げドライアドに無数の尖った石礫を浴びせていく。


 石礫と風圧により、ドライアド自身にダメージはないが頭に被っている帽子の方には大きな大打撃を与えることができていて。


『ケ、キキ、ケ⋯⋯?』


 俺の行動が理解不能なのか、ドライアドが困惑の声を上げている。


 俺はその隙を突き、ドライアドが頭に被っているボロボロになった魔女帽子を、手に持つ大鎌で一刀両断した。


『⋯⋯ッ!』


 ひらり、ひらりと、一刀両断された魔女帽子の断片がドライアドの目の前で宙を舞っている。


 そして、魔女帽子の断片がファサッと寂しげに地面に落ちた瞬間──


『ア゛ァア゛ァァァア゛ァア゛ッ⋯⋯!!』


 悲鳴にも似た、ドライアドの絶叫が荒廃した大地に響き渡る。


 ドライアドはその場で膝を着いており、一刀両断され穴だらけになった魔女帽子を胸に抱えながら、虚空の浮かぶ瞳でこちらを睨みつけてくる。


 それは、泣くというよりも哭いているようで。


『ァア゛ァ⋯⋯ァア゛ァァッ!!』


 ドライアドが悔しがるように地面を両腕で殴ると、その地面に根を張るように、ドライアドの腕が地面と一体化していく。


 そして、ドライアドが天を仰いでもう一度大きく絶叫を響き渡らせた瞬間。


 ──ドス! ドスッ! ドスッ!!


 歪な形となった細い木の根が、地面の至る所から飛び出してくる。


 その数は優に百は超えており、大きさも太さもバラバラではあったが、その鋭さは先ほど操っていた細い木の根よりも鋭利になっており。


 自分の操る木の根で飛び出し終えた木の根を破壊しながらも、ドライアドは荒廃した大地を穴だらけの戦場へと変えていく。


 そしていつも通り、少し離れたところにいる俺を殺すべく、直径二メートルを超える太い木の根が正面から物凄い速度で襲いかかってくるのだが──


「──っ!? まじか⋯⋯!?」


 太い木の根を躱した瞬間、その表面から針のように細い歪な形をした木の枝が無数に飛び出してきて、攻撃を回避した俺の頬を掠める。


 攻撃パターンの変化に驚いてしまい、距離をとるべく俺は【空歩】を使って後方へと飛び退いていくのだが。


『ァア゛ァ、ァア゛ァァア゛ッ!!』


 太い木の根の表面から飛び出してきた細い木の枝がドライアドの叫び声に呼応し、まるでマシンガンのように俺に目掛けて射出される。


 あまりの速さと密度に、いくら俺の十八番である【空歩】でも間に合わない。


 だから俺は大鎌を振り払らうことで射出された枝を破壊し、なんとか直撃を避けることに成功する。


 だがもしあんなのマトモに喰らってしまえば、それこそ一瞬で蜂の巣になって簡単にあの世に逝ってしまうだろう。


『ァア゛ァァァ、ァァァア゛ァ⋯⋯!』


 恨めしそうに哭き声を上げながら、俺に向けて明確な殺意を放ってくるドライアド。


 そんな、発狂して明らかに強さのレベルが跳ね上がったドライアドを前にして。


 俺の胸は、激しく高鳴り続けていた──

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