第61話 ついに見つけたお兄ちゃん
「やばいやばいやばい! 莉子ちゃんと長電話し過ぎちゃった⋯⋯!」
お兄ちゃんが家を出た後、私はついにこの瞬間が来たんだと興奮を隠すことができなかった。
お兄ちゃんがよく言ってた言葉を借りるとすれば、この瞬間を待っていたんだーっ! ていうやつだ。
だからすぐにディーダイバー配信サイトのDtubeを開こうと思ったのに、そのタイミングで友達の莉子ちゃんから電話が来ちゃった。
とりあえず私はお皿を洗ったり、お風呂に入りながら莉子ちゃんと電話をして、ゆっくりとお兄ちゃんのチャンネルを探そうとしたのに。
あまりにも話が盛り上がっちゃって、お兄ちゃんは家を22時過ぎくらいに出たのに、もう日を跨いで0時半になってしまっていた。
「さぁて⋯⋯お兄ちゃんのチャンネルはどれかな〜」
お兄ちゃんは大きなミスを二つしている。
一つは、一週間でチャンネル登録者10万人達成しなかったら私にチャンネル名を教えるという話で、見事10万人を達成したことだ。
Dtubeにはチャンネル登録者の数でチャンネルを絞り込む機能があるから、まずそこの項目に『チャンネル登録者数:10万人以上』と設定する。
そして期間を『チャンネル設立日:1ヶ月以内』にすれば、もう簡単に絞り込むことができるのだ。
そして二つ目のミスは、家を出る時に「今日は久しぶりに配信をする大事な日」と言ったことである。
ということは、つい最近は配信をしていなかったということ。
つまり、チャンネルを調べて前の配信の日にちが何日か前だったら、その時点でお兄ちゃんのチャンネル確定ってことになる。
あそこでお兄ちゃんが私を騙すとは思えないし、そんなことできるほどお兄ちゃんはずる賢くない。
まぁ、本当ならチャンネル登録者10万人を突破したあの日の時点でチャンネルを割り出せることもできたんだけど、やっぱり妹の私からして見れば、配信に映ってる生のお兄ちゃんが見てみたいわけで。
だから、この日が来るまで私は毎日我慢し続けた。
そして待ちに待った今日、ついにこの日が来たというわけである。
「あとは『性別:男性』にして⋯⋯検索!」
検索のボタンをポチッと押すと、チャンネルがいくつか画面に表示される。
そこにはチャンネル登録者10万人越えの男性ディーダイバーのチャンネルが10以上表示されていて、そのうち3つが現在配信中のチャンネルであった。
だから私は、とりあえず手当り次第その配信を見てからお兄ちゃんであるか否かを判断することにした。
『リスナーの皆、こんな時間に来てくれてありがとっ。今日もあなたたちを、モンテーニュ・バルサミ子の虜にして、あ・げ──』
「違う、これじゃない」
口調はオカマなのにやけにムキムキで、なぜか上半身裸なこの人がお兄ちゃんなわけがない。
そもそも顔が違うし、声も違う。とりあえず、この人はお兄ちゃんじゃないのは確定だ。
じゃあ、この人は⋯⋯?
『むむっ、ここに来て怪物登場か! 仕方ない。ここは正義のヒーロー、ライダーゼロが相手だ! 視聴者の皆さん、見ててください! オレの、変──』
「お兄ちゃんはこんなんじゃない」
変なクワガタのマスクみたいな被り物してるけど、声がまずお兄ちゃんじゃない。
それにお兄ちゃんは厨二病だけど、ここまで人前ではっちゃけられるほどお調子者じゃないはず。
となると、現在配信してる最後のチャンネルがお兄ちゃんである可能性が高くなるんだけど。
「⋯⋯あれ? アマツって⋯⋯?」
最後に残されたチャンネルは名前欄にアマツとだけ書かれたチャンネルで、アイコンも初期状態のなんだか寂しいチャンネルだった。
でも、アマツという名前は聞いたことがある。というか、聞かない日はないくらいだ。
最近は同級生の男子たちだけじゃなくて、女子たちもディーダイバーにハマっている。
その中でもよく聞く名前が、このアマツという名前だ。
最近は前ほど話題には上がらなくなったけど、ちょっと前まではもうずっとアマツという名前が教室中を飛び交っていたことを思い出した。
しかも友達の中には、そのアマツって人のカッコ良さに惚れちゃって恋しちゃってる子もいる。
男子たちはこのアマツって人を"死神"って呼んでいて、モモ? っていう配信者と、コラボしてたとかどうとかっていう話も聞いたことがあるくらいだ。
「これが、お兄ちゃん⋯⋯?」
オネエのモンテーニュ・バルサミ子って配信者はチャンネル登録者18万人で、ライダーゼロって配信者はチャンネル登録者21万人だ。
でもこのアマツって人はチャンネル登録者40万人を超えていて、他の配信者よりもチャンネル登録者の伸び方が異常だった。
だから私は、恐る恐るとそのアマツって人の配信を覗いて見ることにした。
『はっ、はははっ⋯⋯いいな、いいなぁ! そうだよ、これだ⋯⋯俺は、こういう戦いがしたかったんだよ!』
画面には、顔に黒い仮面を着けて上半身に黒いローブを羽織り、黒いマフラーみたいな布を首に巻いて黒いゴツゴツとした靴を履く、大きな鎌を持った人がいた。
その人はなんだか嬉しそうに、そして楽しそうに高笑いを上げていて、変な枯れた木? みたいなモンスターと戦っていた。
コメント欄もなんだかすっごく盛り上がっていて、配信者にお金を送ってコメントするスーパーチャットも、定期的に何件か飛び交っていた。
────コメント────
・すげぇ! なんでアレを初見で躱せるんだよ!?
・デスリーパーやアーミーホッパーの時もそうだけど、強いモンスターと戦ってる時アマツめちゃくちゃ楽しそうだよな。
・あれ反応するとかヤバいだろ。
・このモンスター、普通に強い部類じゃね? 危険度B+以上は確定だろ。
・おいおい、それ躱すのかよ!?
・ショータイムの始まりだ!
・25階層のダンジョンを1時間半で最終階層まで到達して、新種のモンスターとやり合うとかコイツどこまで俺たちを楽しませてくれるんだよ!
────────────
流れていくコメントが多すぎて、目で追うことができない。
でもそれくらいこの配信が盛り上がってるってことであって、同接視聴者数も5万人を超えててまるで超人気ディーダイバークラスの熱狂っぷりであった。
「顔は隠れてるしテンションも変に高いけど⋯⋯声とか、喋り方とか、全部お兄ちゃんだ⋯⋯え、でも、お兄ちゃんがあの、アマツってこと⋯⋯?」
情報量があまりにも多すぎて、頭の中で整理することができない。
でもそこで、私は思い出した。
まだ私とお兄ちゃんが一緒に前の家で過ごしていた頃、私はよくお兄ちゃんの部屋に行ってゲームをしてるお兄ちゃんの隣に座ることが多かった。
別に、一緒にゲームにするわけじゃない。ただ、小さい頃からお兄ちゃんがしてるゲームを見るのが好きだったから、その名残だと思う。
小さい頃、お兄ちゃんは自分の使うキャラクターにカナタと、自分の名前を当てはめていた。
でもお兄ちゃんが中学生になったくらいから、自分のキャラクターの名前をカナタではなく、アマツという名前にするようになった。
その時に理由を聞いたけど、なんか好きなロボットの名前から拝借したとかどうとか言ってたはず。
それを思い出した時、私の中に芽生えていた1パーセントの疑心が、100パーセントの確信へと変わった。
「っ! お兄ちゃん、危ない!」
木のモンスターが腕を上げることで、地面の下から太い木の根っこが飛び出してきて、お兄ちゃんに襲いかかっていく。
そんなの、避けれるはずがない。だって、お兄ちゃんは昔から勉強も、運動も全部人並みの平均レベルだったから。
だから私は、声が届くはずないのにお兄ちゃんに危ないって言ったんだけど──
「──あ、あれ⋯⋯?」
お兄ちゃんが、あのお兄ちゃんがすごいスピードで飛んでくる木の根っこを、華麗に避けながら大きな黒い鎌で切って迎え撃っていた。
しかもそこから木の根っこを足場にして飛んで、木のモンスターの首に向かってお兄ちゃんが鎌を振った。
でもその鎌は地面から出てきた細い木に止められていて、お兄ちゃんの攻撃は通らずに終わっちゃう。
それでもお兄ちゃんは見たことがないくらい楽しそうで、大きな木の根っこを避けながらも、木のモンスターに立ち向かい続けていた。
「ほ、本当にお兄ちゃん、なの⋯⋯?」
今起きていることが、現実なのかとつい疑っちゃう。
でもほっぺを叩いても抓っても痛いから、夢じゃなくて現実なのは確かで。
あのお兄ちゃんが、超人みたいな動きでモンスターに立ち向かっている。
それがなんだか信じられなくて。でも、そんなお兄ちゃんがなんだかカッコよく見えちゃって。
「お兄ちゃん、頑張って⋯⋯!」
見てるだけでドキドキハラハラするけど、私、お兄ちゃんが負けるところなんて見たくない。
お兄ちゃんは、私の自慢のお兄ちゃんなんだ。
お父さんとお母さんは、私が小さい頃から仕事で家を空けることが多かった。
そんな中、お兄ちゃんは私の面倒を見てくれた。毎日、毎日私と一緒に遊んでくれた。
今思えば友達がいないだけだったかもしれないけど、お兄ちゃんはいつでも私の味方でいてくれた。
私が小学生の時、同級生の男子たちに公園でイジメられた時があった。
その時もお兄ちゃんはすぐに私を助けてくれて、喧嘩なんかしたことないくせに、頑張って私を助け出してくれた。
だから、学校に通うためとはいえお兄ちゃんが家を出て行った時、すごく悲しかったし寂しかった。
お兄ちゃんはしっかりしてるけど抜けてるところはすっごく抜けてるから、お昼だってお菓子とかパンだけで済ませることが多くて、そんなお兄ちゃんのために私は頑張ってお料理の勉強をした。
それなのに、お料理が上達してきたところでお兄ちゃんは私の前からいなくなっちゃった。
だから、今こうしてお兄ちゃんと同じ家に過ごせるのはすごく嬉しいんだ。
でも、お兄ちゃんには絶対に教えてあげない。
私がお兄ちゃんのことが大好きなブラコンだってバレちゃったら、きっとお兄ちゃんに気持ち悪いって思われちゃうから。
「お兄ちゃん、負けないでね⋯⋯っ」
私はスマホの画面の前で手を握りながらも、お兄ちゃんと木のモンスターとの戦いを見守ることにした。
少しでも、私の気持ちがお兄ちゃんに届くのを信じて──
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