第60話 三度目の深緑の大森林-③

 配信が始まってから、1時間と30分が経過して。


 俺は今【深緑の大森林】24階層目を、ただひたすら真っ直ぐに駆け抜けていた。


 自然豊かで青々とした木や草が生い茂り、空気の澄んだ森林はどこへやら。


 今では周囲にある木々のほとんどが枯れ果てており、頭上を覆い尽くしていた葉の天井もなくなり、荒廃した大地が広がっていた。


 太陽があったはずの空は鉛色の雲に包まれていて、体を撫でる温かな風も、気づけばひんやりとした肌寒い空気に変わっている。


 俺の予想では、この【深緑の大森林】は全15階層か20階層くらいしかないと思っていた。


 だが15階層目のボスモンスターを倒しても、20階層目のボスモンスターを倒しても、ダンジョンから脱出する出口は現れなかった。


────コメント───


・20階層以上のダンジョンとか、久しぶりに見たんだけど。

・限定型ダンジョンなだけあって、やっぱり雰囲気もちょっとおかしいな。

・死神はサクサク進んでくれるからいいけど、他の配信者だったら多分3時間は過ぎてるよな。

・1時間半も走り続けて、モンスターと戦い続けて、どうして死神は疲れを見せないんだ?

・これ、なんか嫌な予感がするなぁ。

・見ててドキドキするわ。頑張れ、アマツ。


────────────


 コメント欄に流れるコメントもダンジョンの不穏な空気を感じているのか、俺を心配したりダンジョンの考察をしたりと、様々であった。


 同接数は47870ととんでもない数字になっており、5万人近くの視聴者が俺の配信に来てくれていることが分かる。


 外の時間は0時半くらいなはずなのに、これだけの数の視聴者たちが俺の配信のために集まってくれている。


 それは非常に嬉しいのだが、それと同時にこれ以上配信を長引かせたくないという、焦りも芽生えてきて。


「⋯⋯これで、25階層目か」


 今俺の目の前には、次の階層へと渡ることができる【転送陣】がある。


 この【転送陣】の上に立てば、俺は25階層目──即ち、5匹目のボスモンスターと戦うことになるだろう。


 25階層目のボスモンスターを倒すことで、このダンジョンが終わるとは限らない。


 それでも、5階層毎に変わっていくダンジョンの景色を見る限り、次のボスモンスターを倒せばなんだか終わりを迎えるような気がして。


「⋯⋯行くか」


 一度深呼吸をしてから、俺は【転送陣】の上に立って【深緑の大森林】24階層を後にする。


 最初は階層移動時に体を包む浮遊感がなんだか気持ち悪かったが、ダンジョンに潜り続けたおかげかいつの間にか慣れていて。


 そして俺は【深緑の大森林】25階層目に到達するのだが、そこで俺は景色の変化に驚きを隠せなかった。


 鉛色に染まっていた曇天は晴れ、世界を朱色へと変える夕日が俺の体を照らしている。


 足元には草が一つも生えておらず、周囲に並ぶように生えた超巨大な大木も、全て枯れ果てて表皮すらも残っていなかった。


 普通なら綺麗に見えるはずの夕日が、あまりにも不気味に見える。


 気味の悪いくらいの静けさに、髪すらも揺れないほどの無風。生き物の鳴き声は一切聞こえず、まるで滅びを迎えた後の世界に一人取り残されたような感覚であった。


 そんな終末世界の中心に、佇むように空を見上げる細い人影のようなものが立っていた。


 頭にはアンバランスなくらい大きな、魔女が被っているような紫色の帽子を被っている。


 肌はまるで枯れ果てた木々のような薄茶色をしており、赤紫色のローブから覗かせる手脚は、朽ちた木の枝のようであった。


『ケ、ケケ、キ、ケケ、キキ、ケ』


 ケタケタと、笑い声を上げるように口をカタカタと動かす謎のモンスター。


 声色は少し女性っぽくて、こちらをじーっと見つめるように顔を向けてくるそのモンスターの目は、ぽっかりと大きな穴が空いている。


 その穴は恐ろしいくらいに黒く、暗く、奈落の穴のように見つめていると吸い込まれそうになってしまうほど、見ているだけで気持ちが悪くなるものであり。


 試しに俺はディーパッドのカメラ機能で目の前のモンスターの写真を撮るのだが、いくら撮っても、どれだけ撮っても、ディーパッドはモンスターの情報を教えてくれることはなかった。


「ということは⋯⋯コイツが、このダンジョンのラスボスってことか」


 以前桃葉さんと突発コラボ配信をした時、桃葉さんが教えてくれたことがある。


 それは、最終階層のボスモンスターはディーパッドのカメラ機能で撮影しても、詳細を確認することができないというものだ。


 かなり不便なシステムではあるものの、言い換えれば詳細が確認できないということは、そのボスモンスターがダンジョン最後のボスモンスターであるという証明であり。


────コメント────


・なんだこのモンスター⋯⋯?

・もしかして新種のモンスターじゃないか?

・危険度は多分B+くらいだよな? いや、下手したらA-くらいあるか?

・このダンジョンの平均危険度はあくまでCだけど⋯⋯普通にボスモンスターはA-とか出てくることあるからな。

・気をつけろ死神。多分普通のモンスターじゃないぞ。

・見た目の特徴的にドライアドか?

・森のダンジョンのラスボスに相応しい見た目と雰囲気だ。

・なにしでかすか分からない不気味さがあるな⋯⋯


────────────


 どうやらコメント欄にいる博識な視聴者たちにも目の前のモンスターの情報が分からないらしく、新種ではないかと話題になっていた。


 名前も分からず、レベルも分からず、危険度も分からない相手。


 コメント欄に流れたコメントを参考に、一旦目の前のモンスターの名はドライアドと仮称することにしよう。


 ドライアドはこちらをただ眺めながら、ただケタケタと不気味な笑い声を上げている。


 こちらに敵意は向けてきているが、これといった殺意が感じられない。


 なんて、ドライアドがこちらを観察するように俺もドライアドを観察し続けているのだが、その次の瞬間──


「地中⋯⋯? っ、ま、まさか⋯⋯!」


 いきなり【危険予知】異常なほど警鐘を鳴らしてきて、足元の更に下、地中から怖いくらいに"嫌な予感"がしてくる。


 だから俺はすぐにその場から飛び退いたのだが、そのすぐ直後に、地面から直径二メートルは超えるであろう木の根が、俺が先ほどまで立っていた地面の下から突き出ていた。


 ドゴォン! と激しい音を立てながら、派手に地面を破壊してしなやかに伸び続ける木の根。


 その木の根は天に向かって伸びていきながらもゆっくりと旋回していき、そして今度は空から俺へと目掛けて木の根が降り注いできた。


「くそっ、そういうタイプか⋯⋯!」


 失敗した。


 この手のタイプのモンスターは、距離を取れば取るほどこちらが不利になり続ける相手だ。


 だから俺は【首断ツ死神ノ大鎌】を構え、降り注ぐ木の根を躱しながらドライアドへ向かって接近していくのだが。


『ケ、キキキ、ケ、キ、ケケ』


 ドライアドが細い枯れ枝のような腕を上げると、ドライアドの足元から二本目三本目の木の根が地面を破壊しながら飛び出してくる。


 一本は地面を抉りながら接近してきて、二本目の方はうねりながら真正面にこちらへ向かって飛んでくる。


 だから俺は下から迫り来る木の根を飛び越えてから、真正面から飛んでくる木の根を大鎌で弾き返そうとするのだが。


「──っ! あっぶねぇ!?」


 一度木の根を大鎌の刃の側面で受け止めたのだが、そのあまりの重さに弾き返すことが不可能であると瞬時に理解し、俺は上手く受け流して木の根の一撃を回避する。


 正確には、弾き返せなくはない重さだ。だが今俺は空中にいて踏ん張ることができないため、受け流さざるを得なくなった。


 多分だが、【豪脚】を乗せた蹴りなんかで正面から迎え撃ってしまえば、きっと一発で俺の足はお釈迦になってしまうだろう。


 それほどの重さと質量を誇る木の根を、ドライアドは片腕で操作している。


 しかもそれは一本ではなく、三本同時だ。


 だがきっとドライアドが本気を出せば、この倍以上の木の根を操ることだって不可能ではないだろう。


「はっ、はははっ⋯⋯いいな、いいなぁ! そうだよ、これだ⋯⋯俺は、こういう戦いがしたかったんだよ!」


 遠距離攻撃が得意で手数の多い相手は、正直に言って俺が一番苦手としている相手だ。


 仮にドライアドの危険度がB+やA-と仮定した場合、危険度的には危険度Aのデスリーパーの方が上ではある。


 だが俺が最も得意としている戦法は1対1によるタイマンでの超近接戦闘なため、いくらデスリーパーの方が危険度が上でも、俺的にはドライアドの方が戦いにくくて厄介だ。


 しかし、それがいい。逆境を跳ね除けてこそ、不利な相手を圧倒してこその、戦いってものだ。


『ケケ、キ、キキ、ケケ、キ』


「ドライアド、お前に俺が殺せるか? お前は、俺を殺すことができる相手なのか!?」


 空中にて無防備になっている俺へ目掛けて、ドライアドが腕を横に振ることで一本の木の根が視界の右下側から抉るような角度で迫り来る。


 【豪脚】と【空歩】を併用すれば、こんな木の根を回避することは簡単だ。


 だがそんなの──面白くないだろう?


「っ、らぁっ!」


『⋯⋯ッ!』


 質量で俺を殴り殺そうとしてくる木の根を、俺は大鎌を振り払うことで真っ二つに切断し、そこから大鎌を振り回すことで細かく切り刻んでいく。


 木の根は地面の下から伸びているため完全に切断しきることは不可能だが、それでも俺の振るう大鎌でなら、木の根をぶった切れることが分かった。


 俺は勢いが落ちた木の根の切断面に降り立ち、【豪脚】を使用して木の根を蹴り飛ばしてドライアドへ向かって接近していく。


 そしてその喉元へ大鎌を振るった瞬間、ドライアドの足元から今度は直径10センチほどの木の根が飛び出してきて、俺の大鎌の刃を防いだのであった。


「なるほど、そう簡単にはやらせないってか」


『ケケ、キ、ケ、キキキ、ケ』


 大鎌による一撃を弾き返されたことで、一瞬だけ俺の身に隙が生じる。


 その隙を狙ってドライアドは太い木の根を足元から二本呼び出しており、俺は木の根の猛攻を大鎌で受け流しながらも、ドライアドから距離を取らざるを得なくなった。


 地面に着地しようとすると足元から嫌な予感がしてくるため、俺は着地の寸前で【空歩】を使用して着地をずらす。


 すると、俺が着地してたであろう地面から先ほど俺の大鎌を受け止めた細い木の根が針のように何本も飛び出してきており、あそこで素直に着地していたらきっと今頃俺は蜂の巣になっていただろう。


「中々トリッキーな戦い方をしてくるな、こいつ」


 太い木の根は質量が大きいからか一撃一撃が重いが、強度は大鎌で切断できるほどであり、動きも目で終えるくらいの速さだ。


 だが細い木の根はまるで太い木の根が圧縮されたかのような強度を誇っており、直線的な動きしかしてこないものの、その速さは目で追っていたら遅いくらいの速さだ。


 まさに攻防一体。攻めにも守りにも優れたドライアドの戦闘方法は、初見ならまず突破するのは難しいだろう。


 だが、だからこそ熱くなる。だからこそ燃えてくる。


『ケ、ケケ、キ、ケ、キキ』


 余裕綽々と言わんばかりに、その場から一歩も動かず笑い声を上げるドライアド。


 そんなドライアドを前にしながらも、俺は自然とニヤついてしまう表情を抑えることができなかった。


 俺とドライアドによる【深緑の大森林】の最終決戦が今、始まる──

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