第59話 三度目の深緑の大森林-②
6階層目から、この【深緑の大森林】は少しだけ風景が変わる。
生い茂る木の一部が枯れていたり、頭上を覆い尽くす葉の隙間から差し込む木漏れ日が少なくなり、全体的に微かだが薄暗い印象になる。
そして現れるモンスターも変わるようになり、5階層目まではたまにしか現れることがなかった危険度Cのレッドウルフが、普通に出現するようになるのだ。
ダンジョンが変化する。それは、この【深緑の大森林】以外では見たことのない光景だ。
これも、このダンジョンが限定型ダンジョンだからだろうか?
その真偽は不明だが、漂う空気が少しだけ怪しいものになっているのは事実であった。
『バウ! バゥアッ!』
森の中を駆け抜けていく俺を追うように、一匹のレッドウルフが一直線でこちらへと向かってくる。
明らかな敵意と殺意を剥き出しにしながら、俺を喰い殺すべく飛びついてくるレッドウルフ。
だが俺はその場で体を大きく捻り、レッドウルフの顔面を力任せの回し蹴りで思いっきり蹴り飛ばした。
『ギャゥッ!?』
それによりレッドウルフは面白いほど軽く飛んでいき、そして脳天を木にぶつけたところで絶命する。
俺はレッドウルフがなにもドロップしていないことを確認してから、さらに森の奥地へと目指して再び自然豊かな森の中を駆け抜けて行った。
今俺がいるのは【深緑の大森林】9階層目であり、ここまで来るのに配信時間は25分を少し過ぎたくらいだ。
モンスターの数も増えて危険度も上がってはいるものの、どのモンスターも大鎌を使う必要はなく、【豪脚】を乗せた蹴りだけで一蹴することができる。
そろそろ、手応えがほしいところだ。
そう思っていると、丁度俺は次の階層へと片道切符である【転送陣】を発見し、すぐにその上に立って次の階層へと向かう。
【転送陣】の上に立ち目をつぶることで、妙な浮遊感が俺の体を包んでいく。
そしてその浮遊感がなくなってから目を開くと、目の前には5階層と同じように、巨大な木々に囲まれた平地の空間が広がっていた。
だが周囲を囲む巨大な木々の一部が根元から折れていたりと、なんだか不穏な空気が漂う空間であった。
『ガルッ、ガルルルル⋯⋯!』
「⋯⋯なるほど。急にレッドウルフが増え始めたと思ったら、お前がいるからなんだな」
平地の中央にて、侵入者である俺を喉を唸らせることで威嚇してくる一匹の狼がいた。
全長はおよそ4メートルを超えており、艶のある体毛は美しい黒色をしていて、二又に分かれた尻尾がまるで意志を持つようにバラバラに動いている。
黒狼──いや、名前の法則的にブラックウルフかダークウルフだろうか?
「って、あの機能を使えばいいのか」
以前桃葉さんがディーパッドでキラーマンティスの情報を得ていたことを思い出し、俺はポケットからディーパッドを取り出す。
『ガルァアッ!』
だがその瞬間、威嚇を繰り返していた黒狼が突然吠えたと思えば、地を蹴って一気にこちらへ肉薄してくる。
高い跳躍からの、腕による全体重を乗せた一撃。それをマトモに喰らってしまえば、簡単にミンチになってしまうだろう。
だが俺はバックステップをすることでその一撃を回避し、そしてディーパッドのカメラ機能で黒狼をパシャリと撮影した。
【個体名:ダークガルム】
【危険度:B-】
【レベル:32】
「ふむ、なるほどねぇ⋯⋯」
ここに来て、ようやく危険度Cクラスのモンスターばかりだったこのダンジョンに、初めて危険度B-のモンスターが出てきてくれた。
名はダークガルム。レベルは32と、以前戦ったキラーマンティスより危険度もレベルも低いモンスターだ。
なんてディーパッドを見ている間にも猛攻を仕掛けてくるダークガルムだが、俺はその攻撃を全てひらりひらりと躱していく。
体が大きく破壊力のある攻撃を繰り返すダークガルムだが、結局当たらなければ意味がない。
見た目は中々カッコイイ狼だが、俺からしてみればただじゃれて来る大きな黒いわんころに過ぎなかった。
「まぁ、とりあえず落ち着けよ」
『グゥッ!?』
俺に噛み付くべく大口を上げるダークガルムの下顎を蹴り上げることで、強制的にダークガルムの口が閉ざされる。
その衝撃によって何本か立派な牙が砕けており、その牙が口内を傷つけたのか、ダークガルムの口内から白い光の粒がキラキラと溢れ出ていた。
『グゥ、ガルル⋯⋯!』
俺から一撃をもらったことで、ダークガルムは後方へ飛び退いて俺から距離を取り始める。
きっと、態勢を立て直したいのだろう。
だがそんな暇を与えるほど、今日の俺は甘くも優しくもない。
「つれないな。もっと楽しもうぜ?」
『ッ!?』
俺は顔を左右に振るダークガルムへと肉薄し、そして勢いに乗ったままダークガルムの顔面へと蹴りを放つ。
だがその一撃はダークガルムがその場で跳躍することで回避されてしまい、俺の渾身の蹴りは空を薙ぎ払って終わる。
しかし、まだ終わらない。
ダークガルムは今、俺の攻撃を躱すべく跳躍したことで空中にいる。
だが空宙にいるということは、隙だらけということ。いくら俊敏なダークガルムでも、空中で動き回ることはできない。
だから俺は【豪脚】と【空歩】を合わせた、超加速する爆発的な跳躍で宙にいるダークガルムの頭上へと一気に跳んでいき。
「さぁ、お座りの時間だ」
『──ガルゥアッ!?!?』
ダークガルムの背中に、俺は強烈なかかと落としを浴びせた。
ゴリッと肉を抉る感触と、メキ、パキ、と骨が何本か折れる音が耳に届いてくる。
そのまま足を振り抜くことで、ダークガルムは悲痛な叫びを上げながら地上に体を叩きつけていた。
だから俺は立てなくなっているダークガルムの息の根を止めるべく、空中で逆さまになりながら【豪脚】と【空歩】を使用し、ダークガルムの首を切断するべく大鎌を構えて接近していく。
そして、隙だらけの後ろ首に俺は大鎌を振り下ろした。
「ふっ!」
『ッ! ガ、ガルゥ⋯⋯!』
だが意外にもダークガルムの反応が良く、俺が大鎌を振り下ろしたタイミングで顔を上げ、地面を転がりながら俺の攻撃を紙一重のところで回避してきた。
そしてなんとか立ち上がろうとするダークガルムだが、俺のかかと落としによって背骨やその周辺の骨が折れてしまったせいで、立ち上がってもふらふらとしていて足元が安定していない。
口からはドパッと白い光が吐き出されていて、俺のかかと落としによって折れた骨が、ダークガルムの内臓を傷つけていることが明らかであった。
『ガァッ⋯⋯ガァッ⋯⋯!』
大きく肩で息をしながら、必死に俺を睨みつけてくるダークガルム。
だがそんなことしたって、俺は止まらない。ダークガルムがいくら睨みつけてこようが、俺の目には子犬の強がりにしか映っていない。
「どうした、もう終わりか?」
『ガァッ⋯⋯ガ、ルゥアッ!』
倒れそうになりながらも、ダークガルムは力を振り絞って地面を強く蹴り飛ばし、そして俺を殺すべく全力で突っ込んでくる。
大口を開け、鋭い牙を見せつけながら俺へと突撃してくるダークガルム。
その速度は、迫力は、最初に俺へと肉薄してきた時と比べるとかなり弱々しいものである。
もう、ダークガルムは限界が近いのだ。
俺には、弱った相手をいたぶって愉悦を覚えるような悪い趣味はない。
だからもう、ダークガルムのためにもここで終わらせて楽にさせてあげた方がせめてもの救いだろう。
「じゃあな、ダークガルム」
『ガルゥァアァァアァッ!!』
僅かな命を燃やすように、ダークガルムが残った力を全て振り絞って俺に向けて鋭い鉤爪を振り下ろしてくる。
その直後、宙に首が舞う。
漆黒色をした刃がギラりと光り、胴体と分断されて首だけとなったダークガルムの瞳に、微かな光を落とす。
【深緑の大森林】10階層目のボスモンスターであるダークガルムとの戦闘は、約2分という短い時間で幕を下ろすのであった──
──────
ゴブリンシャーマンのいた5階層目から、俺は一度もコメント欄やディーパッドを見ずに探索を続けてきた。
おかげで配信時間が30分も経たずして10階層目まで攻略することができたのだが、ペース的に少し早すぎるかもしれない。
そう思ったため、俺はダークガルムがドロップしたアイテムの確認をしつつも、ひとまずちょっとした休憩を挟むことにした。
「⋯⋯ふぅ。まぁ、順調っちゃ順調だな」
地面に座りながらも、俺は胸ポケットからディーパッドを取り出す。
すると画面の右下にある視聴者の数を知らせる数字が28446と表示されていて、2万人を超え3万人近くの視聴者が今俺の配信を見に来てくれていることが分かった。
────コメント────
・あの中級者でも苦労するダークガルムが、こんな呆気なく倒されるなんて⋯⋯
・アマツ、お前やっぱおかしいよ
・なんか前よりも楽しそうだね。なにか良いことでもあったのか?
・実力はもう完全にトップディーダイバークラスだよな。
・是非【刀神剣姫】の叢雨 紫苑と決闘してほしい。
・死神の名は伊達じゃないな。
・強すぎて戦うモンスターの全てが弱く見えてしまう。決してそんなことはないはずなのに。
・アマツの配信はアレだ、RTAを見てる気分になれるな。
────────────
コメント欄の盛り上がりはいつも通りなのだが、相変わらず爆速でコメントが流れていくせいで、マトモにコメントを読むことができない。
だから俺はとりあえず、ダークガルムがドロップしたアイテムの詳細から確認しようとしたのだが。
「⋯⋯おいおい。またこういう系かよ⋯⋯」
ダークガルムがドロップしたアイテムは装備品であり、ダークガルムの二又に分かれた尻尾をモチーフにしたようなマフラーであった。
もちろん、色は黒。しかも長めなマフラーなため、首に巻くとどうしても背中側に垂れるようなタイプだ。
こんなのを首に巻いてしまえば、それこそまさに"僕の考えた最強の死神"みたいな格好になってしまう。
だから俺はとりあえず、その性能を確かめてから装備するかどうかを判断することにした。
【名称:黒牙狼の双尾首巻】
【レアリティ:B】
【装備効果:スキル『急所特攻』の発動】
【ダークガルムの毛で編まれた、しなやかながらも頑丈で耐久性に優れた首巻。この首巻を装備した状態で相手の急所を攻撃すれば、孤高の狩人であるダークガルムの執念がその一撃を後押ししてくれるだろう。
二又に分かれた尾は、なにを指し示しているのか。過去か、未来か、それとも今か。かつては一本だった尾はやがて二本三本と増えていき──四本になったら最後、終末が世界に訪れるという】
説明を見終わった時、俺は思わず天を仰いでしまった。
なぜなら、この装備が普通に有能だからである。
スキルの【急所特攻】は簡単に説明すれば首や心臓部を攻撃した際に、攻撃力やら威力が跳ね上がるというものである。
もう一度言う。このスキルを持っていると、急所に大きなダメージを──主に、首等に与えるダメージが増えるのである。
そんなの、俺にピッタリな装備すぎやしないだろうか?
俺はまだレベル0だからクラスを設定していないはずなのに、まさかこんなところで俺に相性のいい装備がドロップするとは思わず、俺はつい小さな笑みを浮かべてしまった。
それによって、コメント欄の勢いも激しくなっていて。
────コメント────
・死神が笑ったぞ!?
・いや、笑ったんじゃなくて嗤ったんだ。
・ダークガルムは【黒牙狼の曲剣】をドロップするのが普通だから、それ多分レアドロップじゃないか?
・アマツの死神化が止まらないwwww
・さっさと装備しちゃえYO!!
・死神も笑うんだな
・ここにきてまさかのレアドロップだと?
・装備しろよそれ。絶対だぞ?
────────────
なんだかコメントに茶化されているというか、今の俺に似合う装備がドロップしたことで、変な盛り上がり方をしている。
これはあれだ。装備しないといけないパターンだ。
まぁ、なんだかんだ言って見た目もいいし性能もいいわけだから、装備しないのは非常に勿体ない。
とりあえず俺は手元にマフラーを置きながら、今度は待ちに待った宝箱を開けるのだが。
「⋯⋯はぁ、また魔石か」
宝箱の中にあったのはまたもや魔石であり、調べてみるとレアリティがCのちょっとレアな魔石であった。
別に悪くはない。魔石は兎リリさんに売れるから金になるし、決して腐ることのないアイテムだからだ。
だがやっぱり、宝箱から出てくるアイテムは新しい武器とか防具系のアイテムがいいわけで。
俺は少しガッカリしながらも、今度は今倒したダークガルムの情報を調べることにした。
【個体名:ダークガルム】
【危険度:B-】
【群れを作らず、一匹で獲物を狩ることに誇りを持つ孤高の狩人。前脚にある鋭い鉤爪よりも口内に生え揃った鋭利な牙による噛み付きの方が凶悪であり、大木だけでなく大岩さえも粉々に噛み砕いてしまう。
かつては額に角を持つ狼だった。その角は、彼にとっての誇りだった。だがその角が同胞に折られてしまった時、彼は誇りと尊厳を失った。しかしやがて湧き上がる感情は憎悪に塗れ、かつての同胞を全て皆等しく噛み殺した。もう、なにも信じない。誰も信じられない】
どうやら、ダークガルムは角を折られてしまったホーンウルフの成れの果てのようだ。
確かホーンウルフの説明では、ホーンウルフは額に生えている角が誇りそのものだと書いてあったような覚えがある。
その角を折られてしまい、憎しみに駆られた姿がこのダークガルムというわけであり。
そういうちょっとしたバックストーリーを知ることができるため、モンスターの情報確認はやめられないのである。
「よし、休憩もばっちりだ。それでは視聴者の皆さん、配信再開しますね」
カメラに向かってそう言うと、コメント欄にたくさんの応援のコメントが流れてきて、心がほっこりと温かくなる。
だから俺はそんなコメント欄に向けて一言お礼を言いながらも、ダークガルムがドロップした【黒牙狼の双尾首巻】を首に巻いてから、【深緑の大森林】11階層目へと目指すのであった──
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