第32話 モモを救ってくれたのは、まさかまさかの死神だった!?

「(えっ、え!? ま、待って待って! なにこの展開、めちゃくちゃやばいんですけど!?)」


 かつてオニゴロシムカデだった白い光の粒がキラキラと舞う中、桃葉モモは口元に手を当て、興奮気味に頬を赤らめていた。


 そんな桃葉モモの前には、顔の上半分を黒い仮面で隠し、風に靡く闇色のローブを揺らしながら、煌めく漆黒色の刃を持つ大鎌を肩に担ぐ、1人の男がいた。


 危険度B+であり、この【蠱惑の花園】の推奨レベル45を超えるレベル52のオニゴロシムカデを、たった一振りで葬ってみせた謎の男。


 声を上げず。名も名乗らず。ただ桃葉モモに背を向けながら消えゆくオニゴロシムカデを眺めるその男の登場に、コメント欄は大騒ぎになっていた。


────コメント────


・おい、もしかして死神じゃないか!?

・モモっち、こいつだよ! この前モモっちが気になるって言ってた人!

・死神アマツ!? まじかよ!

・え、本物? てっきり、伝説上の生き物かと思ってたわ。

・いや、もしかしたら成りすましかも。

・やべー! こりゃ大事件だぞ!

・成りすましはありえない。あんな大鎌持ってるの、アマツ以外いないはずだ。

・デスリーパーを討伐したのもすごいのに、オニゴロシムカデさえワンパンかよ!

・オニゴロシムカデ瞬殺は強すぎる⋯⋯何者なんだ、こいつ。


────────────


 今、ディーダイバー界隈で噂となっている"死神"らしき人物の登場に、ただでさえ流れが早いコメント欄のコメントが、さらに加速していく。


 気づけばもう桃葉モモの目では追えない速度になっていて、桃葉モモはどうすればいいのか分からず、ただその場であたふたとしていた。


「あれ、先約がいたんですね。もしかして邪魔しちゃいましたか?」


 後ろを振り向くことでようやく桃葉モモの存在に気づいたのか、大鎌を持つ男が桃葉モモの元に歩み寄り、そして声をかける。


 それに対し桃葉モモはただ無言で首を横に振っており、そんな桃葉モモを前にした男は、安心した様子でホッと胸を撫で下ろしていた。


「いやぁ、よかったです。モンスターを漁夫ったってなると、色々と問題があるじゃないですか」


「い、いや、本当に今回は助けてくれてありがとうございますと言いますか、なんと言いますか⋯⋯!」


「いえいえ、たまたま偶然通りかかっただけですよ。ところで、お姉さん大丈夫ですか? なんだか、少し疲れた顔してますけど⋯⋯」


 そう言って、男は桃葉モモに向けて手を差し伸べた。


 桃葉モモは差し伸べられた手を前にどうすればいいかあたふたしていたが、そんな桃葉モモの手を男が掴み引っ張ることで、腰を抜かしていた桃葉モモはようやく立ち上がることができていた。


「あ、ありがとう、ございますっ! と、ところで、その、お名前の方は⋯⋯?」


「えっ、あ、んー⋯⋯一応、アマツという名前で活動している者です」


 と、大鎌を持つ男──いや、アマツが自身の名を名乗ることで、桃葉モモは心の中で絶叫を上げていた。


 だが、絶叫を上げているのは桃葉モモだけではなくて。


────コメント────


・うわぁぁあぁぁぁあぁまじかよまじかよ!

・え、待って、本当にアマツなのか?

・なんでこいつ配信もせずにダンジョン潜ってんだよww

・さり気ない優男ムーブでモモっち照れてるやんけ。

・まさかモモっちの配信で伝説の男をお目にかかることができるとは⋯⋯

・これが噂の死神? 声めっちゃ優しそうな奴なんだな。

・てか、オニゴロシムカデをワンパンってレベルどうなってんだよ。

・モモっちアマツの配信見てたらしいからな。こりゃ嬉しいだろーなー。

・偶然とはいえモモっちに会えるとか、どんだけ運がいいんだよこの男。


────────────


 桃葉モモを救った男の名がアマツと判明したことで、コメント欄はそれはもうお祭り騒ぎになっていた。


 それにより、視聴者の一部がSNSで『桃葉モモの配信にまさかの"死神"登場!?』と呟き、SNS上ではちょっとした騒ぎが起こっていた。


 ガセネタだと鼻で笑う者もいれば、その情報を聞き付けて秒速で桃葉モモの配信へ向かう者もいて。


 気づけば同接数が1万前後を行ったり来たりしていた桃葉モモの配信が、アマツの登場により同接数がなんとプラス5000人ほど増えていた。


「あの、えっと、モモは桃葉モモって言います! 一応今配信してるんだけど、大丈夫だったかな?」


「えっ!? あっ、いや、大丈夫ですよ。お姉さん、桃葉モモさんって言うんですね。よろしくお願いします」


「あっ、そんなにかしこまらなくていいですよっ! 気軽に、モモちゃんとかモモっちって呼んでくれると嬉しいな〜って」


「なるほど。じゃあ桃葉さんって呼びますね」


 アマツがそう言うことで、桃葉モモはズコーっと、なんでやねん的な反応を見せた。


 それにはコメント欄も笑いに包まれており、視聴者や他の配信者からイジられることで面白さが増す桃葉モモだからこそ、アマツの選択は正しいものであったのだ。


 だが桃葉モモを知らないアマツにとっては、綺麗でスタイルのいい大人の女性配信者を初対面から愛称で呼ぶことができないだけで。


 アマツにとってそれはただの照れ隠しだったのだが、それが逆に功を奏したようで、アマツをあまり知らない桃葉モモリスナーからもアマツは気に入られつつあった。


「ところで⋯⋯アマツさんはここでなにを?」


「あー⋯⋯その、武器の性能を確かめたくて、SNSで丁度いい難易度のダンジョンを探してたんですよ。そしたらこのダンジョンが見つかったって感じですね」


「あっ、その噂の大鎌の性能をですか? いや〜、その大鎌すごいですよねぇ。ちなみに、このダンジョンに潜ってどれくらいなんですか?」


「どれくらい、ですか。うーん⋯⋯多分まだ30分も経過してないくらいですかね」


「え゛っ」


 30分。という言葉に、桃葉モモは衝撃のあまり普段出さないような声で驚きを露わにしていた。


 それもそのはず。


 なぜなら、桃葉モモは現段階で既に配信時間が2時間半を超えていて、そのうちの30分が先ほどのモンスタートラップの対処によるものだからだ。


 そう考えると、桃葉モモがモンスタートラップに引っかかると同時にアマツがこのダンジョンに足を踏み入れたということになる。


 それなのにアマツは息を切らしてはおらず、それどころか怪我などもなく無傷であり。


 そのあまりの異常さに、コメント欄もコメント欄でなにかの冗談だろと皆が皆耳を疑っていた。


「え、えーと⋯⋯道中のモンスターは、全部倒してきたんですか?」


「いえ、見かけたモンスターを全部倒してきたわけではないですね。ただ、接敵したモンスターは全部倒しましたよ。空を飛ぶシビレモスなんかは、少し厄介でしたけどね」


「へ、へぇ〜⋯⋯さすが、アマツさんですね〜」


 ニコニコとした笑顔のままパチパチと拍手をする桃葉モモだが、内心ではパニックになりまくっていた。


 普通モンスターと接敵したとしても、分が悪ければ戦わずに逃げるというのが、ディーダイバーの中での常識だ。


 それこそアマツのように近接戦特化ならば、空を飛ぶシビレモスと出会った時点で戦況が不利なのは確実なため、逃げの一手を打つのが最適解となる。


 だがアマツは、それをしなかった。


 シビレモスの動きが遅いことをいいことに、足元に転がっている石を何個も投擲し、頭部を破壊することでシビレモスを何匹も討伐してきた。


 それなのに、桃葉モモが探索に2時間半かかるような場所に、たったの30分で追いつくその戦闘能力と継戦能力、そして身体能力に、桃葉モモはただただ絶句していた。


「あっ、いつまでも自分みたいなのが配信に映ってちゃ邪魔ですよね。それじゃ、俺はこの辺りで──」


「ちょ、ちょーっと待ってくださいっ!」


 アマツが大鎌を担いでどこかへ去ろうとした瞬間、そんなアマツのローブの端を桃葉モモが掴み、呼び止めた。


 それに対しアマツは、一体どうしたのかと首を傾げながら、桃葉モモに再び体を向き直していた。


「あの〜⋯⋯実はモモ、虫系のモンスターが苦手なんですよぉ」


「あ、そうなんですか」


「はいっ、それで⋯⋯その、このダンジョンって攻略推奨人数が2人以上なんですよぉ」


「へぇ、そうなんですか」


「そうなんですっ。それで、モモって魔法職なんですけど、このダンジョンちょっと難しいから近接職の人がいてくれたら頼もしいなって思うんですよねぇ」


「⋯⋯なるほど?」


「なので、よろしければ今から一緒にダンジョン攻略してくれませんかっ!?」


 まるで告白でもしているかのように、桃葉モモは深々とお辞儀をしながらアマツに向けて手を差し出した。


 それに対しアマツは少し困ったような表情を浮かべており、差し出された手を見て手を取るべきか否か1人静かに葛藤していた。


「⋯⋯自分、あんまり面白いこととか言えませんよ?」


「全っ然大丈夫です! お笑い担当は、このモモに任せてください!」


「桃葉さんの視聴者さんたちに、邪魔とか思われるかもしれませんし⋯⋯」


「そんなことないです! 多分、モモのリスナーたちもアマツさんの活躍見てみたいんじゃないかな?」


 そう言って、桃葉モモがアマツにも見えるようにコメント欄を表示する。


 するとそのコメント欄は、アマツが桃葉モモとコラボするかもしれないということで盛り上がりに盛り上がっており。


────コメント────


・突発コラボキターーーー!!

・頼む、モモっちを助けてやってくれ!

・我らが天使と死神がコラボするなんて、最高過ぎないか??

・知らん奴ならお断りだけど、アマツならむしろお願いしますって感じだぞ!

・コラボすればモモっちは助かるし、アマツ氏の知名度も広がる。両者ウィンウィンじゃないか?

・死神の戦い、見てみたいんだよなぁ。

・手を取ってくれ、死神!!


────────────


 どのコメントも桃葉モモとアマツが一緒にダンジョン攻略──もとい、コラボを望んでおり、やがてコメントの流れが爆速になって見えなくなってしまう。


 アマツは考えていた。本当に、この場でコラボなんてしてもいいのかと。


 だが桃葉モモにここまでお願いされて、視聴者たちからもここまで期待されていて、もし断ってしまったらどうなるか。


 多くの視聴者をガッカリさせる羽目になるし、桃葉モモにも申し訳ないことをしてしまう。と、アマツは悩みに悩みまくった末。


「それじゃあ⋯⋯よろしくお願いしますね、桃葉さん」


 と言って、アマツは桃葉モモの手を掴んで握手を交わした。


「っ! ありがとうございます、アマツさん! モモ、感激ですっ!」


「は、ははは⋯⋯一緒に頑張りましょうね、桃葉さん」


「はいっ!」


 ニコッと笑う桃葉モモと、少しぎこちなさそうに笑みを浮かべるアマツ。


 今日この日、桃葉モモとアマツによるコラボ配信は、ディーダイバー界隈に更なる衝撃を与える配信となる。


 SNSでは既に"アマツ"や"死神"の名がトレンドに上がっており、掲示板もアマツの話題で盛り上がり、次第に桃葉モモの配信の同接数が増え続けることになるのだが。


 アマツは知らなかった。


 桃葉モモがチャンネル登録者数50万人を超える、大物ディーダイバーであることを。


 そして、このコラボによって自分のチャンネルの登録者数が現在進行形で増え続けていることを──

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