第31話 紳士淑女老若男女の皆さん、ハロハロー! 今をときめく桃一点! 桃源郷への案内人! 皆の心を掴んで離さないアイドル系ディーダイバー! 桃葉モモ、登場!

「みんな〜! 今日も配信、はっじまっるよ〜!!」


 目の前でふよふよと浮かんでいるカメラに向かって、満面の笑みを浮かべながら元気よく手を振る1人の少女がいる。


 配信とはもちろんダンジョン配信のことであり、彼女は【蠱惑の花園】の1階層目にて、土曜日の10時頃から配信を始めていた。


 まだ配信を始めて1分程度なのに同接数は既に6000人を超えていて、そうこうしている間にも6100、6200と、順調に視聴者の数を集めていた。


「紳士淑女老若男女の皆さん、ハロハロー! 今をときめく桃一点! 桃源郷への案内人! 皆の心を掴んで離さないアイドル系ディーダイバー! 桃葉モモだよ〜!」


 長々と挨拶をしながらも、彼女はカメラに向かって両手をふりふりと動かし、ボブカットで綺麗に整えられた桃色の髪を揺らしながら、キラキラ輝く蒼色の瞳でウインクをしていた。


 彼女は【桃葉モモ】という名で配信活動をしている配信者だ。


 チャンネル登録者数はなんと50万人を超えており、過去に1度の配信で登録者を10万人ほど増やした経験のある、中堅の中でもかなり大物の配信者である。


 まるで二次元から飛び出してきたかのようなルックスに、アニメキャラのような高くもあり可愛らしくもある声。


 そしてグラビアアイドル顔負けのスタイルに、豊かな胸の谷間が見えたりへそが見えたりする扇情的な服装。


 なにもないところで急に転けたりするようなドジっ子でありながらも、魔法や魔術による戦闘センスが高いため、男性ファンが9割を占める人気ディーダイバーの1人であった。


────コメント────


・モモっちハロハロー!

・ハロハロー!

・モモっち待ってたよー!

・今日も可愛い!

・モモちゃん今日も頑張って!

・今回は前回みたいなミスしないようにね笑

・モモっちドジだからな〜w

・ハロハロー! モモっち今日もお疲れ様!


────────────


 配信が始まってすぐにコメント欄にとんでもない量のコメントが流れていくのだが、どれもが桃葉モモを純粋に応援するコメントばかりであった。


 そんなコメント欄を見つめて桃葉モモはニコッと笑いながらも、早速今回の配信の説明を始めていた。


「今日モモが挑戦するダンジョンはね? 【蠱惑の花園】っていうダンジョンなんだ〜! みんな見て見て! ほらっ、すっごく綺麗な場所だよっ!」


 そう言って桃葉モモが腕を広げると、それに従ってカメラが上昇していき、どこまでも広がる美しい花園を映し出す。


 赤青黄色と色とりどりな花が咲いており、漂う空気も花の香りに染まっていて、過ごしているだけで心が安らぐような場所。


 そんな花園の中央で、桃葉モモは楽しそうにその場で飛び跳ねていた。


「カメラさーん、こっちこっちー! よしっと! でね、このダンジョンすっごく綺麗な場所なんだけど⋯⋯実は、結構強いモンスターが色々と出てくるんだって!」


 配信を見てくれている視聴者に語りかけるように話しながら、桃葉モモがディーパッドの画面をカメラに見せつける。


 するとその画面には、ダンジョンの詳細が映し出されていた。



【ダンジョン名:蠱惑の花園】

【推奨人数:2人以上】

【推奨レベル:45以上】

【出現モンスター平均危険度:B】

【乱入モンスター:無】

【全プレイヤー合計死亡回数:275】

【最終階層到達者:2人】



 ダンジョンの詳細は、一度ダンジョンに潜るか誰かと情報共有しない限り、ディーパッドに映し出すことはできない。


 今回桃葉モモは視聴者から情報を提供してもらったためこうして映すことができているが、配信者の中には一度ダンジョンに潜ってからまた後日配信をする者も少なくはない。


 ダンジョン配信とはエンターテインメントであり、視聴者を楽しませ、満足させるのがディーダイバーの仕事だ。


 だからこそ、こうしてダンジョンの情報を開示することで、視聴者たちにこれからどうなるか、このダンジョンでなにが起きるのかと期待させるのが大事なのである。


「モモのレベルはこの前50になったから、推奨レベルはバッチリ! でも、出現モンスターの平均危険度がBなのはちょっと怖いなぁ⋯⋯」


 桃葉モモの言う通り、ダンジョンには推奨レベルというものが存在する。


 レベルとは、モンスターを倒したりダンジョンを探索することで得られる経験値で上がるものであり、レベルが上がることで得られる恩恵もある。


 身体能力が強化されたり、動体視力が良くなったり、新たなスキルを得やすくなったりなどなど⋯⋯ダンジョンに挑戦するにあたって、レベルとは非常に大事な要素なのである。


 この【蠱惑の花園】の推奨レベルは45以上であり、桃葉モモのレベルは50なため、レベルに関してはなにも問題はない。


 だが推奨レベルを上回っているからといって、ダンジョンを楽々攻略できるわけではないのだ。


 推奨レベルが45のダンジョンに出てくるモンスターは、大体がレベル45前後なため、5も上回っている桃葉モモなら普通に倒せるレベルの相手だ。


 しかし、だからといって油断すれば普通に負けるし、中には推奨レベルよりも遥かに高いレベルのモンスターもいたりするため、油断は禁物なのである。


「まぁでも、こんなに綺麗なお花畑が広がってるなら、可愛いモンスターとかいっぱいいるかも! というわけで、早速やってこー!」


 おー! と、1人で天高々と拳を突き上げながらも、桃葉モモはどこまでも広がる花園の中を歩き進めていく。


 だが視聴者は知っていた。


 このダンジョンに、桃葉モモが求めるような可愛いモンスターなんて1匹もいないということを──




──────




「わぁあぁぁあぁぁぁあぁっ!? き、きもいきもいきもいきもいっ!?!?」


 配信開始から2時間が経過して。


 今桃葉モモは【蠱惑の花園】の9階層目にまで到達したのだが。


 その道中、運悪くモンスターの群れに見つかってしまい、襲いかかってくるモンスターたちから涙目で逃げ回っていた。


『キシャァアァァッ!』


『ギッ! ギィイィィィッ!!』


 大きな砂埃を巻き上げて桃葉モモを追うのは、全長5メートルを超える巨大なミミズ型のモンスター──【ギガワーム】である。


 危険度はBに定められており、目と耳が衰退している分嗅覚が優れているモンスターで、喉奥までビッシリとキバが生え揃った口を広げながら、桃葉モモを追いかけ回していた。


 他にも、羽に大きな瞼のような模様が浮かび上がっている【シビレモス】という蛾のモンスターも頭上にいて、桃葉モモはただただ絶叫を上げていた。


「なんなの〜!? ここ、全っ然可愛いモンスターいないじゃん!?」


 自然豊かで香りのいい花園が広がるこのダンジョンだが、出現モンスターのほとんどが虫系のモンスターなのである。


 それを知らずにウッキウキでダンジョンを探索していた桃葉モモだが、3階層目辺りから異変に気づきつつあった。


 そう。桃葉モモは、早い段階で気づいてしまったのである。このダンジョンには、気持ち悪いモンスターしかいないということに。


────コメント────


・モモっち逃げろー!

・めちゃくちゃ涙目で草

・可愛いモンスターだよ? モモっちからしたら気持ち悪いだけかもしれないけど。

・確かモモっちって虫苦手だったよな?

・多分悪いリスナーに騙されたなこりゃ笑

・俺にもキモイって言ってくれ、頼む。

・これでどれも危険度Bばかりなんだからタチ悪いよな〜、このダンジョン。


────────────


 桃葉モモが慌てふためいている中、コメント欄に流れるコメントは桃葉モモを心配するコメントや、涙目で逃げる桃葉モモを面白がるコメントなど、様々であり。


 桃葉モモは、モンスターを倒したりするとすぐに調子に乗るタイプの人間だ。


 そのため、今のようにモンスターに襲われて無様に逃げ回っているところが好きな視聴者も、一定数存在する。


 だが、桃葉モモはこの程度で終わるほどの配信者ではない。


「も〜怒った! モモ、もう許さないから!」


 逃げるのをやめてその場で立ち止まった桃葉モモが、背中に担いでいた杖を取り出し、モンスターの群れと対峙する。


 その杖は【白蒼石の魔杖】という名の杖であり、赤茶色をした木製の柄の先にある、蒼白い輝きを放つひし形の宝石が特徴的な杖だ。


 桃葉モモがその杖を構えることで、白い光の奔流が大気中に発生し、そして杖の先端部にある宝石に集まっていく。


 それにより桃葉モモを中心として突風が吹き荒れ、足元にて咲き乱れる花々の花弁が散っていき。


「ライトニング・リ・ボルトッ!」


 キリッとした表情で桃葉モモがそう叫んだ瞬間、杖の先端にある蒼白い宝石から稲妻が発生し、空を裂く白光の電撃が迸る。


『キ、シャガバッ!?』


 迸る電撃はギガワームの身を焦がし、そして1匹のギガワームが感電したことで周りのギガワームにも電撃が広がり、一網打尽にしていく。


 薄茶色をしていたギガワームの肉体は真っ黒に焦げ、ぷすぷすと音を立てながらも白い光に包まれていき、そのまま消滅していく。


 そう。桃葉モモは魔法と魔術を得意とした、凄腕の【魔道士】なのである。


『ギッ! ギギ!』


「うわっと! さすがに飛んでるシビレモスまで感電しなかったか〜!」


 羽をばさばさと動かしながら突撃してくるシビレモスの攻撃を華麗に躱しながらも、桃葉モモは再び杖をシビレモスの背中に向けて構える。


 そして桃葉モモが円を描くように杖を動かすことで、稲妻を纏う紫色の輪っかが宙に生成される。


 その輪っかの中央目掛けて、桃葉モモが杖先を向け──


「スパークショットッ!」


 桃葉モモの声と共に、輪っかから紫電が発生する。


 そしてその輪っかに杖先を突き入れることで、弾丸のように一直線に飛ぶ紫電の弾が、勢いよく射出された。


『ギ、ギャ──』


 ソレは見事シビレモスの脳天を貫き、たった一撃でシビレモスは撃沈する。


 その後も桃葉モモは周囲を飛び回っているシビレモスに狙いを定め、一発一発丁寧に紫電の弾を飛ばして撃墜させていく。


 広範囲で敵にダメージを与えることができる【ライトニング・リ・ボルト】に、一点集中の一撃で的確に急所を狙い撃つ【スパークショット】を完璧に使いこなす桃葉モモ。


 そう。桃葉モモは主に雷属性の魔法や魔術を得意とする魔道士であり、その破壊力は魔道士の中でも上位に食い込むほどだ。


 そのことから桃葉モモは【雷姫】とも呼ばれており、雷属性を扱う魔道士の中ではトップクラスの実力者なのである。


「まだまだいっくよーっ!」


 先ほどまで見せていた情けない涙目はどこへやら。


 ギガワームとシビレモスに囲まれながらも、桃葉モモは笑顔を絶やさず魔法を放っており、次々に群れを成すモンスターたちを討伐していく。


 そして戦闘が始まること30分。


 桃葉モモを襲っていた20近くのモンスターたちは皆光の粒となって消えており、綺麗な花園の中央には勝者である桃葉モモだけが立っていた。


「はぁ、はぁ⋯⋯! やったー! モモの勝ちー!!」


 杖を持ちながら両手を振りかざす桃葉モモ。


 それによりコメント欄も拍手喝采であり、モンスターの群れを1人で突破したことによるスーパーチャットも何件か飛び交っていた。


 ダンジョンの中では低確率で『モンスタートラップ』というものが発生し、普段は群れを作らないはずのモンスターが群れを作り、問答無用で襲いかかってくるという現象が存在する。


 その数や種類はランダムであるのだが、下手をすればボスモンスターよりも厄介になることがあるため、遭遇してしまったら最後、逃げるか戦うかの二択になってしまう。


 そんな中桃葉モモはたった1人で、モンスターの群れを殲滅した。


 しかもその群れを作ったモンスターは全て危険度Bのモンスターなため、いかに桃葉モモの戦闘センスが優れているかが分かるだろう。


「ふはぁ〜⋯⋯さすがにもう魔力が尽きちゃったよ〜。どこか、安全なところで休憩しなくちゃ──」


 ギガワームやシビレモスがドロップしたアイテムを回収しながら、桃葉モモがそう呟いたその時。


 ──ゴゴゴゴゴゴ⋯⋯!


 突如として地鳴りが発生し、穏やかに吹く風が嫌な香りを運んでくる。


 桃葉モモの足元が、暗くなる。空には快晴の青空が広がっていて、雲なんてひとつもないはずなのに。


 まさか。と、桃葉モモが後ろを振り向くと──


『ゲギャラギャララララッ!!』


 そこには、全長10メートルは優に超えている、全身に赤黒い鎧のような甲殻を身にまとった、あまりにも巨大すぎるムカデの姿があった。


「え、えぇっ!? こ、このタイミングでなんでオニゴロシムカデが出てくるのっ!?」


 オニゴロシムカデ。危険度はB+であり、本来なら地中深くに生息しているため滅多にお目にかかれないようなレアなモンスターだ。


 だが先ほど起きたモンスタートラップによる騒ぎと、桃葉モモが放った魔法によって目を覚ましてしまったのだろう。


 オニゴロシムカデは苛立っているのか大きく鋭い顎をガチガチと鳴らしており、キッと桃葉モモを睨みつけていた。


『ゲギャ、ララッ!』


「ま、待って待ってタンマ! さすがに連戦は聞いてないって!」


 焦りに焦る桃葉モモだが、そんなのオニゴロシムカデにとってはどうでもいい話であり。


『ゲギャラッ!』


「きゃーっ!?」


 天に向けて伸ばしに伸ばした体を折り曲げ、そして桃葉モモ目掛けて顔面から突進を繰り出すオニゴロシムカデ。


 なんとかその一撃を回避する桃葉モモだが、オニゴロシムカデは地面に激突することなく、そのまま地面を掘り進んで地中の中へと潜り込んでいく。


 全長10メートルはある体の全てが地中へと潜ることで、目測でオニゴロシムカデの位置を見分けることが難しくなる。


 だがその場で立ち止まっていては格好の的となってしまうため、桃葉モモはその場から全力で逃げ回っていた。


「はぁ、はぁ⋯⋯! もう、今日のモモ運勢最悪なんですけど⋯⋯!」


 桃葉モモにとって、オニゴロシムカデを討伐することはそこまで難しいことではなかった。


 しかし連戦に次ぐ連戦による疲労に加え、魔法を連発したことによる魔力切れのせいで、今の桃葉モモにはオニゴロシムカデを倒す術がない。


 中遠距離から高威力の魔法や魔術を放つことができるのが【魔道士】の強みだが、肝心の魔力が切れてしまえば置物同然となってしまうのだ。


『ゲギャラァッ!』


「っ!?」


 突然地面から顔を突き上げてきたオニゴロシムカデの一撃によって、桃葉モモは反応することができず、回避できずにそのまま吹き飛ばされてしまう。


 花々を散らしながら二転三転と地面を転がり、地面に蹲るように倒れ込む桃葉モモ。


 視界がぼやけて焦点が合わなくなっている中、桃葉モモの目にはガチガチと顎を鳴らしながら体をくねらせるオニゴロシムカデの姿があり。


「ぅうっ⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯さ、さすがに、もうだめっ⋯⋯」


 桃葉モモが、死を覚悟する。


 コメント欄も大慌てであり、皆が皆桃葉モモに『逃げて!』や『やばいやばい!』と、必死になってコメントを送っていた。


 だがそんなコメントすら、桃葉モモには見る余裕がなくて。


『ゲギャラララッ!』


 獲物の命を奪うべく、嗤い声のような鳴き声を上げながら桃葉モモに向かって突進していくオニゴロシムカデ。


 死んでもどうせ生き返るから大丈夫。そんなことは分かっていても、実際に死の寸前まで追い詰められると体は動かなくなり。


 死を覚悟した桃葉モモが、現実から目を背けるべく瞼を閉じようとした、その時──




 ──天から、漆黒の如し黒き一閃が舞い降りた。


 直径2メートルはあるであろうオニゴロシムカデの首は一刀両断され、巨大な生首が宙を舞う。


 なにが起きたのか分からないオニゴロシムカデは、自身の目で首のない自分の胴体を見つめながらも、そのまま断末魔を上げることすらせずに息を絶った。


「──えっ、え⋯⋯?」


 完全に死を覚悟していた桃葉モモが、目の前で起きた出来事が理解できないといった様子で動揺を顕にしている。


 白い光の粒となり、花園をキラキラと輝かせながら消えていくオニゴロシムカデ。


 そんなオニゴロシムカデの前には、全身黒づくめの男が立っていて。


 風で靡く闇色のローブに、漆黒色に煌めく湾曲した刃を持つ大鎌。


 その姿こそ、まさしく。


 "死神"そのものであった──

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