第98話 謎のゲート

 白銀と共にダンジョンに潜ってから一時間近くが経過して、俺たちは今【鈍虫の森】8階層目にまで到達していた。


 本来ならもっと早く8階層目にまで到達できたはずなのだが、その道中でも【招待状】がドロップするかもしれないという淡い希望に賭けて、俺たちは出現するモンスターを全て討伐してここまで到達した。


 しかし【招待状】はドロップすることなく、なんだかんだ目標の8階層目に到達した俺と白銀は、森の中を縦横無尽に駆け巡ってモンスターを倒し続けているのだが。


「ふぅー⋯⋯先輩、これ何匹目?」


「そうだな⋯⋯ざっと50匹近くは倒しただろ」


 8階層目に到達してから俺たちは50匹近くのモンスターを討伐したのだが、中々【招待状】がドロップしてくれない。


 なんらかの条件があるかもしれないと考え、あえて白銀だけの力で討伐させたり、その逆で俺が一人で討伐したりしてみたのだが、残念ながら結果は変わらなかった。


「⋯⋯おかしいな。前はトロゴワームを倒した時にドロップしたはずなんだけど⋯⋯」


「⋯⋯なぁ。その【招待状】って、トロゴワームのレアドロップなだけってことはないよな?」


「うん、それはないはず。トロゴワームのレアドロップは【大芋虫の肉外套】だから、トロゴワームと【招待状】に関連性はないはずなんだよね」


 あまりにも【招待状】がドロップしないため、もしかしたら【招待状】というアイテムはそこまで特別なものではなく、トロゴワームのレアドロップなだけなのではないかと思ったのだが。


 白銀が言うにはトロゴワームのレアドロップは【大芋虫の肉外套】らしいため、【招待状】がトロゴワームのレアドロップである可能性は極めて低いとのこと。


 もしかしたらトロゴワームのレアドロップが二種類ある可能性もあるが、それを考えてしまったらキリがなくなってしまう。


 だから俺は無駄なことを考えることをやめて木陰の下に隠れているトロゴワームを発見し討伐するのだが、どれだけ倒しても【招待状】がドロップすることはなかった。


「んー⋯⋯厳しいね。先輩、どうしよっか。このままじゃトロゴワームが全滅しちゃうよ?」


「そうなったらトロゴワーム以外のモンスターを倒すしかないだろうな。もしこの階層のモンスターが全滅したら、次の階層でまたモンスターを狩ればいい」


「でも、次の階層でもドロップしなかったら最終階層に到達しちゃうよ?」


「そしたらまたダンジョンに潜ればいい。今日は金曜日だ。時間はまだまだ充分にある」


 明日は学校がないため、もし今回の攻略で【招待状】を発見することができなくても、時間的余裕があるため二週目をすることだって可能だ。


 日曜日は沙羅との約束があるため連日続けてこのダンジョンに足を運ぶことはできないが、今日は時間が許す限りはダンジョンに潜り続けることができる。


 さすがに時間が遅くなりすぎると沙羅に心配をかけてしまうためアレだが、このダンジョンは全10階層の短いダンジョンなため、二週目を周るくらいの時間は充分にあるだろう。


「だから、あまり気にするな。もし今日二週してもドロップしなければ、後日またここに足を運べばいい。別に、今日が最後の挑戦じゃないからな。そうだろ?」


「⋯⋯それもそっか。そうだよね、別に今日ドロップしなかったら終わりってわけじゃないもんね」


 中々【招待状】がドロップしなくて落ち込み気味だった白銀だが、俺の言葉で少し前向きになることができたのか、曇りかけていた表情が少し明るくなっていた。


 弓を背負い、再び歩き出す白銀。


 そんな白銀と肩を並べるように俺は、モンスターの気配が少なくなりつつある森の中を歩き進めていく。


 さっきまで少し歩けば草むらや木陰からモンスターが飛び出してきたのだが、討伐しすぎたせいで中々モンスターが姿を現さない。


 そうこうしているうちに次の階層へと移動する【転送陣】を発見するのだが、とりあえずまだ粘れると判断し、一旦その場をあとにした。


 それから10分、20分と森の中をぐるぐる歩き回り、出現するモンスターを片っ端から討伐するのだが、全く【招待状】がドロップしない。


 そのせいか、ポーカーフェイスを保っている白銀の表情に微かな焦りが浮かび上がっていた。


「⋯⋯やっぱり、もう次の階層に移動しちゃう?」


「そうだな⋯⋯あまり長居しても意味ないし、ただ歩き回るだけじゃ効率も悪いしな。引き返して、9階層目に行くか」


「うん。じゃあ、そうしよっか──ッ!?」


 俺の提案に頷いた瞬間、突然顔を歪めながらその場でうずくまる白銀。


 手で両耳を塞ぎ、体を小さく丸めるように地面に倒れ込む白銀を前に、俺は大鎌を手放してすぐに白銀の元に駆け寄った。


「白銀! 白銀!? おい、大丈夫か!?」


「う、うぅ⋯⋯っ、はぁ、はぁ⋯⋯こ、声が、声が、頭の中に⋯⋯!」


 今までよりも苦しそうな声を上げる白銀を前にして、俺はどうすればいいのかが分からなかった。


 とりあえず落ち着かせるべく背中に手を当てて優しく撫でてはいるのだが、それでも白銀を襲う謎の声は止まないのか、その額には大粒の汗がいくつも浮かび上がっていた。


「ま、まずいな⋯⋯白銀、ここは一旦──」


「だ、大丈夫、だから⋯⋯! これくらい、なんてことないから⋯⋯!」


 大きく肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がる白銀。


 本人は大丈夫とは言っているものの、頭の中に響く声が酷いのか一人ではまともに立てないようで、しがみつくように俺の腕を掴んでいる。


 足元はふらふらとしており、若干だが顔色も悪くなっている。


 このままでは進むことも引き返すこともできない。俺はそう判断し、とりあえず白銀に負担をかけないようおんぶすることにした。


「はぁ、はぁ⋯⋯ごめん、先輩⋯⋯っ、わたし、重いでしょ⋯⋯?」


「いや、全然重くないぞ。というか、むしろ軽すぎてびっくりしたくらいだ」


 白銀は小柄で華奢だから重くはないと思っていたが、いざおんぶしてみると予想していたよりも大分軽く、本当に一人の人間を背負っているのか疑ってしまうほどの軽さであった。


 だが白銀をおんぶしたせいで両手が塞がってしまったため、俺は一旦大鎌をディーパッドにしまい、なにも手にしていない状態で森の中を進んでいくことにした。


「このまま真っ直ぐ【転送陣】まで向かうぞ。それでいいよな?」


「だ、だめ⋯⋯っ、声が、声がわたしを呼んでる⋯⋯先輩、あっちに向かって⋯⋯っ」


 そう言って、白銀が【転送陣】がある場所とは逆の方角に指をさす。


 だがその先には木々に囲まれた草むらしかなく、今まで俺たちが通ってきた道とは違って、人どころかモンスターすら通らなそうな場所であった。


 そんなところを進んだって、なにもないはず。だが白銀を呼ぶ謎の声がその先を導いているのなら、話は変わってくる。


 だから俺は白銀の指示に従い、草木を掻き分けながら道なき道をただひたすら真っ直ぐ突き進むことにした。


「⋯⋯なぁ。本当にこんな道で合ってるのか?」


「わ、分からない⋯⋯でも、こっちからなんか感じる気がするんだ⋯⋯この先に、多分だけどなにかがあるはず⋯⋯」


 白銀自身もあまりよく分かっていないらしいが、それでも俺には感じ取れないなにかを感じ取っているようで、指をさしてどこに進むべきかを示し続けている。


 その先になにがあるかは分からない。だがそれでも、俺は白銀が感じ取っている"なにか"を信じて歩き続ける。


 そして、しばらく道なき道を進んでいると、俺たちは木々に囲まれた開けた土地に出ることができた。


 そこはまるでオオメドクガと戦った5階層目のように開けた土地が広がっていて、漂う空気がなんだか変わっているような気がした。


 同じ森の中のはずなのに、まるで別世界に来たかのような違和感。


 そしてそれと同時に、誰かから観察されているかのような視線を至るところから感じて、なんだか少しだけ気味の悪い場所であった。


「⋯⋯なんか、変な感じがするな」


「わたしは⋯⋯なんだろ。なんだか居心地がいいというか、なんか空気が肌に馴染むような感じがするけど⋯⋯」


「そうなのか? ていうか、もう具合は悪くないのか?」


「うん。この場所に到着した瞬間、すごい体が楽になったんだよね。なんというか、まるで故郷に帰ってきたかのような安心感があるような⋯⋯」


 俺の背中から降りて、一人で歩き始める白銀。


 その様子から見るに本当にもう具合は悪くなさそうであり、頭の中に響いていた謎の声も聞こえなくなったのか、今ではどこか気持ちよさそうに大きく背筋を伸ばしていた。


 そんな白銀の後を追うように歩くと、急にどこかからふわっと暖かい風が俺の体を撫でてくる。


 心地がいいな。なんて、他愛のない感想を心の中で抱いていると。


「せ、先輩っ。あ、あれ⋯⋯!」


 前を歩いている白銀が俺に声をかけながら前方に指をさしているため、その指がさす方に俺は目を向ける。


 するとそこには小さな黒いが宙に浮かんでいて、その穴は見る見るうちに大きくなっていき、人一人が潜って通ることができるサイズにまで成長していく。


 もしかしたら乱入モンスターが出てくるかもしれない。そう危惧した俺は、すぐにディーパッドから【首断ツ死神ノ大鎌】を取り出し、臨戦態勢をとるのだが。


「待って先輩。あれってもしかして、ゲートじゃない⋯⋯?」


「⋯⋯なんだと?」


 白銀の言う通り、それは確かに現実世界にもあるダンジョンの入口のようなゲートであり、そのゲートからは、不思議と嫌な予感というか、悪い気配のようなものが少しも感じられなかった。


 だが仮に目の前に現れた穴がゲートだとしたらあまりにも急すぎるし、なぜ突然目の前に現れたのかが分からなくて、どうしても警戒してしまう。


 今まで、こんなことはなかった。


 EXダンジョンである【残夜の影く滅国】への入口であるゲートはダンジョン内に出現したものの、それは【深緑の大森林】を最終階層まで攻略したからだった。


 もしかしたら他にもなんらかの要素が絡んでいたかもしれないが、それでもその出現の仕方は納得がいくものであった。


 だが今目の前に出現したゲートには、なぜ出現したのかという明確な理由が一切なかった。


 ダンジョンを攻略したわけでも、特別なモンスターを討伐したわけでも、特殊なアイテムを獲得したわけでもない。


 ただこの場に足を踏み入れるだけで出現するゲートという可能性もあるが、それにしてはなんだか理由が弱いというか、ゲートが出現する条件にしてはあまりにも緩すぎるといえるだろう。


「ダンジョンの中に出現するゲートはEXダンジョンへの入口だって前調べたサイトに載ってたよ。ということは、あのゲートの先ってもしかしなくてもEXダンジョンってことだよね?」


「その情報が確かならそうなるが、なんか妙じゃないか? EXダンジョンは、攻略されたら二度と挑むことができなくなるくらい希少なダンジョンだ。それがこんな難易度の低いダンジョン内に出現するなら、話題になってもおかしくないと俺は思うのだが」


「わたしたちが初めての発見者っていう可能性もあるじゃん。もしくは、他にも見つけた人はいるけど独り占めしたいから黙ってるだけとかさ」


「うーん⋯⋯なんか怪しいんだよな。どうもしっくりこないというか、なんというか⋯⋯」


 なんなのだろうか、この違和感は。不安とか、恐怖などの感情は湧いてこない。だからこその違和感。だからこその気味の悪さ。


 だがそんな俺とは裏腹に、白銀が胸の高鳴りを抑えることができないのかキラキラと輝く目で一心にゲートを見つめていた。


「先輩先輩っ、早く、早く行ってみようよっ」


「⋯⋯EXダンジョンは生半可な気持ちで挑んだら簡単に死ぬぞ。白銀、覚悟はできてるのか?」


「もちろんっ。本来の目的だった【招待状】を見つけることはできなかったけど、もし手に入れてたら別のEXダンジョンに通じてた可能性があったわけでしょ? 元々そのつもりで探してたんだから、覚悟はできてるつもりだよ」


「⋯⋯分かった。そこまで言うなら、行くか」


 そう言うと、白銀は嬉しそうに大きく頷いていた。


 そんな白銀を横目に、俺はゆっくりと息を吸い込みながらも。


 白銀と肩を並べ、EXダンジョンに通じていると思われるゲートの中へと、足を踏み入れるのであった──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る