第48話 またやっちまった
「先輩。わたし、先輩が──」
桃葉さんとのコラボを終え、2日後の月曜日。
俺はいつも通りの日常を過ごし、いつも通りに学校に通っていたのだが。
時は放課後。誰も来ないような校舎裏にて、俺はとある一人の少女に呼び出されていた。
彼女の名は、分からない。分かることと言えば、彼女が一年生の子であることくらいか。
身長は150センチくらいと低めであり、指先しか見えないくらいの萌え袖や、フード付きのパーカーを羽織って顔を隠すその仕草から、彼女が引っ込み思案な性格をしているということが分かる。
髪の毛は地毛なのか不明だが白寄りの銀髪であり、フードのせいであまり見えないが顔も可愛らしく整っていて、なんとなくだが子猫のような印象がある。
だが、そんな彼女が顔を俯かせながら口にする言葉に。
俺は、驚きが隠せなかった──
──────
「よーし! お前たち、今日の体育は体力テストだ! 最後まで、真剣に取り組むようにな!」
朝から暑苦しい体育の先生である宮國先生の一言により、体育館には「えー⋯⋯」と、嫌がる声が響いていた。
そう。今日は体力テストの日であり、ある者は本気で、ある者は怠けて挑む、個々の身体能力を確かめる時間であった。
そして宮國先生が二人一組を作れという、あまりにも残酷なことを言って体力テストが始まるのだが。
もちろん俺には親しい友人などおらず、唯一話せる高峯さんも女子同士でペアを組んでいるため、余った俺は宮國先生とペアを組むこととなった。
「よーし、天宮! まずは握力測定だな! 思いっきり、そりゃあもう測定器が壊れるくらいの勢いでやれよ!」
「は、ははは⋯⋯が、頑張りますね」
宮國先生は悪い人ではなく、むしろどんな生徒にも分け隔てなく明るく接するため良い先生ではあるのだが、1時間目の授業からその元気は少しキツくて。
俺は宮國先生に渡された握力測定器を手に取り、力を入れてまずは右手の握力から測ろうとするのだが──
その瞬間、握力測定器からミシッと、普通なら聞こえてこないような音が聞こえてくる。
試しに見てみると画面には『エラー』と表示されていて、叩いても揺らしても、画面が元に戻ることはなかった。
「な、なんだと⋯⋯?」
「っ! せ、先生っ、これは、その──」
「⋯⋯ふむ。こりゃ経年劣化だな。そりゃ、何十年も使えばこうなるよなぁ」
ひょいっと俺から握力測定器を取り上げた宮國先生が、用具室に向かって今度は新品の握力測定器を持ってくる。
まぁ、誰だって経年劣化だと思うよな。まさか握力測定器が、どこにでもいるような男子高校生の握力で壊れるなんて思うまい。
だから俺は宮國先生から新しい握力測定器を受け取り、今度は軽く、力加減を調節して握力を測定することにした。
「えーと、どれどれ⋯⋯おぉ! 73キロか! 天宮、すごいじゃないか! あと少しで先生と同じくらいだぞ!」
「ほ、本当ですね。夏休み中に筋トレした成果が出てる気がします」
宮國先生は高校一年生の頃の自己紹介で、片手でリンゴを握りつぶしてリンゴジュースを作っていた。
その時点で宮國先生の握力は推定80キロオーバーであり、あの光景を見た生徒は皆、まず宮國先生には逆らわないようにしようと心に決めるのだ。
宮國先生本人はそういうことをしたいわけではなくただただ力自慢をしたいだけだと思うのだが、それでもあのアピールを見て、宮國先生に喧嘩を売ろうとするバカはまず現れないだろう。
「続いて、左は⋯⋯おぉ!? こっちは76キロか! 天宮、お前見た目によらず中々やるじゃないか!」
俺の背中をバシバシと叩いて褒めてくる宮國先生だが、その声のせいか周りに俺の個人情報がばらまかれてしまっている。
周りから注がれる視線が、なんだか痛い。
だが今回の握力結果は、結構力を抜いた状態での測定だったため、恐らく本気でやったら今の倍以上はいってもおかしくはないだろう。
それから俺は宮國先生に連れられて、次々に体力テストを終わらせていく。
1分間の上体起こしは62回。長座体前屈は66センチ。20秒間の反復横跳びは73回などなど、どれだけ手を抜いてもトップクラスの結果が出てしまう。
反復横跳びに至っては、一度思いっきり手を抜いて20秒間で40回ほどに調整したのだが。
『天宮、今の本気じゃないだろ? どうして本気を出さない!? 天宮なら、もっと頑張れるはずだ!』
と、無駄に熱い情熱をぶつけられてしまったせいで、俺は宮國先生にバレないように手を抜いてやり過ごすことしかできなくなり、その結果73回という、去年の俺の1.5倍近くの結果を残してしまったのである。
そして、それからクラス全体で2回に分けたシャトルランが始まるのだが。
シャトルランに至っては、本当に手の抜きようがなかった。
俺に期待をしているのか宮國先生はずっと俺を見てくるし、ここで適当なところで切り上げてしまったら、また宮國先生に情熱をぶつけられてしまい、もう1回となってしまう可能性がある。
だから俺は体育館を何度も何度も往復するという無意味な行動をしながら、今朝ディーパッドで確認した【ジェネラルホッパー】がドロップした装備品のことを、静かに思い出していた。
【名称:将軍飛蝗の黒飾靴】
【レアリティ:B+】
【装備効果1:スキル『飛翔脚』の発動】
【装備効果2:スキル『衝撃軽減』の発動】
【ジェネラルホッパーの強靭な脚力が宿った黒を基調とした深靴。履けばどんな者でも空へと駆け出す脚力を得ることが可能となり、着地の際も深靴が衝撃を吸収するため不自由のない走破が可能となる。
その靴に宿る魂は、かつて雑兵に過ぎなかった将軍の夢。高く、高く、高く空を翔け抜けた先には、王の玉座が待っていただろう】
ジェネラルホッパーがドロップしたアイテムは、俺がまだ持ってない足の装備品であった。
しかもその性能も、レアリティB+なだけあって割といい性能をしていて。
装備効果1の【飛翔脚】は、地面を踏み込んで蹴り上げた際に空を飛ぶように跳躍することができるスキルだ。
一見【豪脚】と似たスキルのような気もするが、厳密には【飛翔脚】と【豪脚】は似て非なるものなのである。
【豪脚】は足腰を強化し、強引に走るスピードや跳躍力を上げるものだが、それに対して【飛翔脚】はふわっと長距離の跳躍が可能となるスキルだ。
つまり、【飛翔脚】は【豪脚】よりも体力を使わずに天高々と跳躍することができるスキルであり、体の負担を考えると【豪脚】よりも【飛翔脚】の方がよかったりする。
だがその分、加速力で見たら【豪脚】の方が遥かに上だ。
ならどっちスキルを使えばいいのかという話になると思うのだが、俺の個人的見解は、その二つのスキルを同時に使用することこそ正しい使い方だと思っている。
【豪脚】で足腰を強化しながら超加速し、その勢いに身を任せて【飛翔脚】で大跳躍する。
そうすればどちらか片方のスキルを使用して跳躍するよりも、二倍三倍と距離を伸ばすことが可能となるだろう。
そしてもう一つのスキルである【衝撃軽減】は、着地の際の衝撃を軽減してくれるという名前通りのスキルである。
俺が普段装備している【死神の黒纏衣】には装備効果で【低速落下】のスキルが発動するため、この【衝撃軽減】のスキルはそこまで目立つものではない。
だが着地の際の衝撃を靴が吸収してくれるということは、モンスターを蹴り飛ばした際の反動も吸収してくれる可能性もある。
そう考えると、この【将軍飛蝗の黒飾靴】は非常に俺に合った装備であると言えるだろう。
ただ一つ、問題点を上げるとすれば靴の色が黒色のせいで、装備してしまうとより俺の"死神"度が上がってしまうことなのだが。
そのことに関しては、もういっそのこと諦めてしまった方が楽になるかもしれない。
なんだかんだ"死神"と呼ばれるのも慣れてしまったし、それを少し気に入っている自分がいるのもまた事実。
ここまで来たら、もう最後まで死神としてのアマツを貫いた方が楽しいのかも──
「天宮! いいぞ! お前がまさか、ここまで出来る生徒だったとは! 先生、感激だぞ!」
「──えっ?」
色々と考えながら俺は無心になってシャトルランをしていたのだが、周りを見るとそこにはサッカー部の次期キャプテン候補である火野しかいなかった。
他の生徒は皆脱落しており、今体育館で走り続けているのは俺と火野のみ。
しかも火野も息を切らしていて限界が近い様子であり、時折こちらをチラッと見てきたと思えば、腕で汗を拭いながら必死に足を上げていた。
『──156』
淡々と数を数えるシャトルランの音声が、耳を疑うような数字を体育館に響かせていた。
どうやら俺が色々と考えている間にシャトルランは最終局面にまで進んでいたようで、156という、聞いたことのない数字が俺に耳に届いてきた。
「火野、頑張れー!」
「いいぞ火野! あと少しで160だぞー!」
クラスの人気者である火野を応援する声が鳴り止まず、火野もそれに応えるように、肩で息をしながらひたすらに走り続けている。
だが一方の俺は、異世界で身についた身体能力とスタミナのせいか、一切息を切らすことなくここまで走り続けることができていた。
汗はかいている。だが、ダラダラ流れているわけではない。疲れはしている。だが、特に気にすることでもなければ、息が切れるほどでもない。
このままなら、時間が許す限り永遠に走り続けることができそうだが──
──キーンコーンカーンコーン。
そのタイミングで授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、強制的にシャトルランが終わってしまう。
結果的に俺は163回走ることができていて、離れたところで倒れて呼吸を繰り返す火野も、俺と同じように163回という記録を叩き出していた。
火野も俺と同じディーダイバーであり、試合中ひたすら走り続けるサッカーをしているため、体力があるのだろう。
フラフラになりながらも最後まで走り続けるその執念深さは、きっと火野にとっての大きな武器に違いない。
俺の中で、かつて俺に限定型ダンジョンの場所を無償で教えてくれた優しい火野の評価が、更に上がった瞬間であった。
「お疲れさまですっ。天宮くん、本当に夏休み明けから変わりましたよね。こんなに走れるなんて、すごいです!」
「あ、あぁ⋯⋯まぁ、ただ走ってただけなんだけどね」
「私なんか、途中で躓いちゃったせいで36回で終わってしまいました。でもきっと、躓かなくても50回くらいで限界だと思いますし、やっぱり天宮くんはすごいですよ」
皆が火野の元に集まっていく中、高峯さんだけは俺のところにやって来てくれて、素直に俺のことを褒めてくれた。
本当に、高峯さんは優しい人だ。火野ではなく、こんな俺のところにやって来てくれるなんてそれだけでも充分嬉しい話である。
だがそんな俺のところにやって来るのは、高峯さんだけじゃなくて。
「⋯⋯天宮。一ついいか?」
先ほど俺に声援を飛ばしてきてくれていた宮國先生が、やけに神妙な面持ちで俺の元へと歩いてくる。
一体どうしたのかと宮國先生を見つめていると、宮國先生は突然俺の手をガシッと強く握り締めてきて。
「天宮、是非我が校の陸上部に入部しないか!? 近々駅伝があるのだが、天宮ならきっと素晴らしい結果を残してくれるに違いない!」
「えぇっ!? い、いや、それはちょっと⋯⋯」
「陸上部はいいものだぞ! 仲間と共に同じ景色を見て走り、汗を流し、友情を育み合う⋯⋯まさに、青春がたくさん詰まった部活なんだ! 天宮なら、区間記録更新だって夢じゃないかもしれないな⋯⋯!」
完全に俺を陸上部に入れる気満々の宮國先生が、一人で勝手に語り始めて話の収拾がつかなくなってしまう。
まずい。このままでは、勢いに任されて本当に陸上部に入部させられてしまう。そう思った、その時だった。
「宮國先生、今はとりあえず一旦授業を終わらせた方がいいのではないでしょうか。それと、あまり強引に部活に勧誘しますと却って逆効果になってしまうかもしれませんよ?」
「う、うぐっ⋯⋯そ、それも、そうだな。高峯の言う通りだ。じゃ、授業終わらせるぞー! お前たち、整列だー!」
そう言って、授業を終わらせるべく一人体育館の中を走っていく宮國先生。
その背中を眺めながらも、俺はその場でホッと胸を撫で下ろしていた。
「高峯さん、ありがとう。前回の野球部の時もそうだったけど、また助けられちゃったな」
「いえいえ、大丈夫ですよ。また困ったことがあったら、いつでも言ってください。天宮くんと私は友達なんですから⋯⋯ねっ?」
クスりと微笑みながら口元に指を当てるその仕草に、俺は一瞬だけ見蕩れてしまう。
だから俺は、つい無意識のうちに高峯さんから顔を逸らしてしまっていた。
でも⋯⋯そうか。友達⋯⋯友達、か。
俺は、高峯さんのことを友達と思ってもいいのか。そして、高峯さんも俺のことを友達だと思ってくれているのか。
そう考えるだけで、なんだか心がほっこりとして。
俺はちょっとした満足感に包まれながらも、高峯さんと一緒に宮國先生の前で整列をして、体育の授業を終えるのであった──
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