第49話 天宮と火野

 俺と火野によるシャトルランが長引いたせいか、50メートル走やハンドボール投げ等の外で行う体力テストはまた後日となり、それから少しして昼休みを迎えていた。


 体育の授業が終わってからやけに俺に向けられる視線が多くなったというか、変に注目を浴びるようになってしまった。


 だがそれも仕方のないことで、今回行った種目の全てでクラス1位という記録を叩き出してしまったせいで、今俺は悪目立ちしてしまっているのである。


 去年の俺は体力テストで大した記録を残すことができず、まさに可もなく不可もなくって感じであった。


 しかもそれは去年だけでなく、高校二年生になった時に行った体力テストでもそうだったため、皆が皆不思議そうな顔をして俺を見てきていた。


 クラスで1番──いや、学年で1番運動神経がいいのは火野。という常識を、根暗で陰キャでぼっちな俺が覆してしまえば、そんなふうに見られるのも当然であり。


 俺はそんな視線に耐えられなくなって、今は一人でグラウンドが見える裏庭の日陰の下にて、ただ静かに菓子パンを口にして昼休みの時間を潰そうとしていた。


 潰そうとした、のだが──


「天宮って運動神経よかったんだな。オレ、知らなかったわ」


 今俺の隣には、なぜか火野がいた。


 どうやら一人教室を出ていく俺を尾行していたのか、俺が座って菓子パンの袋を開けたところで、火野が隣にどかっと座ってきた。


 そして開口一番に言った言葉が、それである。


「オレたちが二年生になったばっかの頃、天宮体力テスト全然だったよな。もしかして、手でも抜いてたのか?」


「え、いや、まぁ⋯⋯そんなところ、かな」


 火野は俺に限定型ダンジョンを教えてくれた、心優しい奴である。


 だがそれと同時に、アマツを憎む存在でもある。それを知っているからこそ、俺は少しぎこちなく火野の質問に返答していた。


「驚いたぜ。まさか、全種目でお前に抜かれるなんてな⋯⋯シャトルランなんか、お前まだまだ余裕だっただろ?」


「いや⋯⋯そんなことはないけどね」


「嘘言うなよ。天宮、お前全然汗かいてなかったじゃねぇか。しかも走り終わっても平然と歩き回ってるし、オレよりもめちゃくちゃ体力あるじゃねぇかよ」


 そう言って俺の肩を叩いてくる火野だが、俺には火野がなにをしたいのか、なにを言いたいのかが分からずただ一人で困惑していた。


 だがなんとなく、返答を間違えたら面倒くさそうなことになりそうな気がして。


 俺はとりあえず、当たり障りのないことを言ってこの場を切り抜けることしかできなかった。


「そういやさ、前天宮にダンジョンの場所教えたよな? あの件、どうなったんだよ。家庭の都合でディーダイバーを目指してるとか言ってたよな?」


「あ、あぁ⋯⋯その件、ね」


 まずい。もしここで正直なことを言ってしまえば、火野に俺の正体がバレてしまう可能性がある。


 俺が初配信の時に使っていた武器や装備は、全て火野が教えてくれた【深緑の大森林】で獲得したアイテムだ。


 だからここで変なことを言ってしまえば、色々と色んなところを周り巡って俺の正体がアマツであるとバレてしまうかもしれない。


 それなら、ここは火野には申し訳ないが本当のことは言わずに嘘を貫くしかないだろう。


「いやぁ⋯⋯実は、さ。全然モンスター倒せなくて⋯⋯ディーダイバーとか、もう一瞬で諦めちゃったよ。俺には、あまりにも向いてないってさ」


「そうか。‎だが、向いてなくはないんじゃないか? お前、確実に俺よりも運動神経がいいじゃねぇか。それなら、モンスター相手にだって戦えるんじゃねぇの?」


「戦えるかもしれないけど、いざモンスターを前にすると足が竦んじゃって⋯⋯」


「ふーん⋯⋯まぁ、それが普通だよな」


 少しだけ疑いがこもった目でこちらを見つめてくる火野だが、わざと拳を握って震わせることで俺が怖がっていると認識したのか、すぐに疑いの目が向けられなくなる。


 そして火野は紙パックのヨーグルト飲料をズズっと飲みながら、足元に転がっている石ころを手にして、お手玉をするように手の上で石を跳ねさせていた。


「まっ、あの程度のダンジョンで躓くくらいじゃ厳しいよな」


「それで思ったことがあるんだけど⋯⋯あのダンジョンって、本当に初心者向けのダンジョンなのか⋯⋯?」


 最近、ふと思ったことだ。


 最初火野からあのダンジョンを教えてもらった時、俺は火野の言葉を信じて特になにも用意することなく【深緑の大森林】に足を踏み入れた。


 そこにはゴブリンハンターやローンウルフ等の弱いモンスターしかいなくて、豊かな森の中というだけあって視認性は悪いが探索もしやすく、攻略していて楽しいダンジョンであった。


 だがあのダンジョンには、危険度Fのモンスターが出てくることはなかった。


 本気じゃないとはいえ、俺の【投擲】を弾き返すゴブリンハンター。仲間と連携をとり、確実に追い詰めてくるホーンウルフ。


 俺だから対処出来たモンスターだが、先日桃葉さんの配信や切り抜きを見ていて、感じたことがあった。


 それは、多対一の恐ろしさだ。


 俺はもう異世界で慣れてしまったため平気だが、桃葉さんクラスの大物ディーダイバーでも、枚数不利の戦いは基本的に避けて戦っていた。


 だがそのせいでコメント欄が荒れるわけでもなく、流れるコメントも桃葉さんに出来るだけ逃げるよう、しつこいくらいに指示を飛ばしていた。


 他にも、以前調べたところによると初心者には危険度FかEのモンスターが推奨されていて、D以上はモンスターとの戦いに慣れていないと危険であるととあるサイトに書いてあった。


 だが火野が教えてくれた【深緑の大森林】は、最低でも危険度がDのモンスターしか現れることがなかった。


 そのことに、俺は少しだけ違和感を抱いていたのだが。


「⋯⋯初心者ディーダイバーがどこで挫折するか、お前知ってるか?」


「え、えっと⋯⋯?」


「慢心だ。危険度FやEみたいな雑魚モンスターを倒して、勘違いするんだよ。オレは強いって。そして危険度D以上のモンスターに挑んで、負けて、死んで、そして気づく。オレは強くなんかないってな」


「な、なるほど⋯⋯」


「だからオレは、あえて少し難易度の高いダンジョンをお前に教えた。そこで折れないなら才能がある。折れたなら、そこまで。お前だって、死ぬのは怖かっただろ?」


 そうか。火野は、俺が弱いモンスターを倒したせいで自分の実力を見誤り、身の丈に合わないダンジョンに挑んでモンスターに負けてしまい、心が病んでしまうことを危惧していたのか。


 火野⋯⋯お前って奴は、本当に良い奴なんだな。


 確かに火野の説明は割と理にかなっているというか、説得力がある。


 ゲームと違って、レベルアップとかないもんな。経験を積むことによる成長はあるかもしれないが、いくら危険度Fのゴブリンを倒しまくったとしても、大幅に成長することは非常に難しいだろう。


 だから火野は、初心者にオススメのダンジョンと言って、あえて少し難易度の高いダンジョンを教えてくれたのだ。


 そこで挫折すれば才能なし。だが、そこでどれだけ負けても、死んでも、挑み続けることができるならディーダイバーとしての素質あり。


 火野は、それを見極めたかったのである。


「ありがとう、火野。おかげで助かったよ」


「まぁな。オレも心苦しいとは思ってるよ。だが、これはお前のためでもあるからな。家族が大事なんだろ? それなら、家族のことを考えて危険なことをしない方がいいだろうよ」


 紙パックを潰してヨーグルト飲料を飲みながらも、俺のことを心配してくれる火野。


 まぁ、とは言っても俺はあのダンジョンを楽々と探索して、普通に5階層目のボスモンスターであるゴブリンシャーマンを倒しちゃったわけだが。


 火野だって、まさか俺が異世界で世界を救った英雄だったとは思うまい。


 だから俺としては、発見することが難しい限定型ダンジョンの一つを知ることができてただただ単純にラッキーであった。


 これからは、素直に火野のことも応援しよう。


 チャンネル登録者5万人と、アマツとしてバズってしまった俺よりも登録者が少ない火野だが、それでも1万人を超えている時点でディーダイバーとしては成功している部類だ。


 今後も、火野の活躍に期待しよう──




──────




「ありがとう、火野。おかげで助かったよ」


「まぁな。オレも心苦しいとは思ってるよ。だが、これはお前のためでもあるからな。家族が大事なんだろ? それなら、家族のことを考えて危険なことをしない方がいいだろうよ」


 騙されていると知らず隣でホッと胸を撫で下ろしている天宮を見て、オレは笑いを堪えるのに必死だった。


 コイツ、正真正銘のバカだ。


 さっき言った言葉なんて、全部適当にそれっぽいことを言っただけ。それを真に受けるなんて、本当に簡単な奴だぜ。


 いきなり危険度が高いダンジョンに挑むなんて、そんなのただの自殺行為だ。


 最初は全5階層くらいの甘ったるいダンジョンに挑んで、雑魚のゴブリンとかレッサーウルフを倒しまくって、レベルを上げるのが基本だ。


 レベルはモンスターを倒すだけじゃなくて、ダンジョンを探索したり、モンスターの情報を集めたり、宝箱を漁ったりするだけで勝手に経験値になって上がるものだ。


 だが一度死ねばそれまでに得てきた経験値が大幅に減少するから、次のレベルアップまでの道のりが遠のいてしまう。


 いや、それだけじゃ済まない。


 レベルアップするとそれまでに蓄積された経験値によって、新たなAスキルやクラスを獲得することができるのだが。


 死んで経験値が減少すると今まで蓄え続けてきた経験がリセットされてしまうから、新たなAスキルやクラスの獲得が難しくなるのである。


 それに天宮に教えたダンジョンは、潜ってからすぐにモンスターが襲いかかってくるタイプのダンジョンだ。


 つまり、天宮はまだ一度もレベルアップをしていない。ということは、チュートリアルすら始めることができていないということだ。


 それに気づかずにディーダイバーになる前に諦めるなんて、本当に天宮はバカで、単純な野郎だぜ。


 これでまた一人同業者が減って、オレのチャンネルに視聴者が集まってくる──と、オレは思っていた。


 だが最近、アマツとかいうふざけたディーダイバーが現れやがった。


 まだ1回しか配信してないくせに、話題が全部あいつに持っていかれるせいでオレの配信の話題が全然上がらなくなった。


 そのせいでチャンネル登録者もあまり増えなくなったし、同接数だって以前よりも少なくなった。


 しまいにはコメント欄にいつも来る荒らしが『所詮お前じゃアマツに勝てないからww』とか言うようになって来やがったのだ。


 だが、言っちゃなんだがアマツは化け物だ。


 あんな人間離れした奴と比べられるなんて、正直ふざけんなって話である。


「(他のディーダイバーに越されるのは、まぁ仕方ねぇ。アイテムの差だったり時の運が絡むからな。だが、タメの奴がこのオレを超えるのだけは許せねぇ)」


 オレは許せなかった。


 オレは昔からなにをしても1位で、優秀で、常にグループの中心にいるような人生を送ってきた。


 クラスの連中だってすぐにオレを囲ってくるし、オレの大得意なサッカーだってこのまま行けば次期キャプテンは確実だ。


 だがそんな、日常生活で常にトップに立ち続けているこのオレを、天宮は悠々と超えてきやがった。


 シャトルランの時オレを見てきた天宮の目が、不思議とアマツの仮面から覗かせるあのやけに冷ややかな目に見えて。


 だから俺は、死ぬ気で走った。アマツに勝つように。アマツを圧倒するように、必死に、全力で走り抜けた。


 その結果、オレと天宮は同率となった。悔しいと思う反面、やってやったという気持ちにもなれた。


 だが天宮は、特になにも気にしないという顔で走るのをやめていた。オレは、疲れ果てて倒れ込んだというのに。


 それだけじゃない。天宮が、あの愛梨と親しげに話していたのである。


 最近、天宮が愛梨と話しているところをよく目にする。別にオレは愛梨のことが好きではないが、学年一人気のある女とつるんでいる天宮が、どこか許せなかった。


 だから、今回のことでスーッとした。


 あの天宮が、オレを超えてきた天宮がモンスターにビビってディーダイバーを諦めたなんて、なんとも愉快な話だ。


「(ははっ、ざまぁねぇぜ)」


 天宮は知らないんだろうなぁ。


 オレに騙されていることを。オレに騙されているせいで、まだスタートラインにも立てていないことに。


「⋯⋯まっ、話はそれだけだ。じゃあな、天宮」


「お、おう⋯⋯色々とありがとな」


 素直に感謝してくる天宮に背を向け、オレは振り返ることなく手を振りながらも、笑みを抑えることができなかった。


 所詮天宮はオレ以下。あんなヘタレ野郎のことを、貴重な昼休みを潰してまで気にして損した気分だ。


「(天宮なんて、もうどうでもいい。オレには、倒すべき相手がたくさんいやがる)」


 オレはいつか、ディーダイバーの頂点に立つ男だ。


 アマツを超えて、暁レオを超えて、叢雨 紫苑を超えて、そして──サイバーRyouだって、超えてみせる。


 この世界の中心はこのオレ、火野 翔琉だ。

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