第50話 後輩からの告白
朝のドタバタ体力テストから始まり、昼休みに火野の優しさを噛み締めて、午後の授業を終えて俺は放課後を迎えていた。
さて、今日はなにをしようか。またダンジョンに潜ってみるのもアリだし、普通に真っ直ぐ家に帰ってもいい。
そんな気分の中、俺は生徒玄関にある下駄箱から自分の靴を取り出そうとするのだが。
「⋯⋯ん、なんだこれ」
そこには、一通の手紙が置かれていた。
その二枚折りされた白い飾りっけのない手紙を手に取り、俺は周囲を見渡した。
俺のことを見ている者は、誰もいない。そして、この手紙を入れたであろう人物も見つからない。
誰かのイタズラか? と思い、俺は手紙を開いたのだが──
『天宮先輩へ。本日の放課後、校舎裏にて待ってます』
そこには簡単な一文しか書かれていなかったのだが、文の初めにはちゃんと俺の苗字が書かれていた。
しかも文字の形がなんとなくだが女の子が書いたような字であり、俺は手紙をポケットにしまいながらも、再び周囲を見渡した。
「こ、これって、ま、まさか⋯⋯っ」
この感じは、よく漫画やアニメで見るアレだ。
下駄箱に手紙。そして呼び出し先が校舎裏ときたら、そんなのもう告白しかない。
俺は無表情を貫いていたが、内心では小躍りをしているというか、人生初の体験にちょっとだけ感動していた。
「まさか、俺がこんな経験をするとは⋯⋯」
曲がり角にて食パンを咥えた女の子と衝突。急に超絶美少女が自分のクラスに転校してくる。下駄箱の中に名前不明の手紙。
これらはよく漫画やアニメで見るあるあるだが、実際に現実では体験することのないものだと思っていた。
だがその中の一つを、俺は今体験している。その事実が、俺の心を揺れ動かしていた。
「⋯⋯まぁ、とりあえず行くだけ行ってみるか」
イタズラなら仕方なし。誰も来なくても仕方なし。それくらいの気持ちで行った方が、なにが起きても気に病むことはないだろう。
だから俺は手紙を胸ポケットにしまいながら、鞄を肩に背負って校舎裏へと向かって一人歩いていく。
生徒玄関を出ると多くの生徒の姿を見ることができるが、裏庭を超えて校舎の裏側へとやって来ると、誰もいない静かな空間が広がっていた。
時間帯が時間帯だからか日陰で涼しく、緩やかに俺の体を撫でる風が心地いい。
なんて考えていながらも、胸ポケットから手紙を取り出してぼーっと眺めながら過ごしていること15分ほど。
俺が通ってきた道からスタ、スタ、スタ、と、ゆっくり歩く足音が聞こえてくる。
そしてその足音も次第に大きくなってきて、その音に釣られて顔を上げると──
「──あっ⋯⋯天宮先輩、っすよね」
そこには、フード付きのパーカーを羽織った一人の少女がいた。
だが、その少女は俺と目が合った瞬間、フードを頭に被りながら顔を俯かせてしまっていた。
「あ、あぁ⋯⋯そうだけど⋯⋯」
「⋯⋯それなら、よかったっす」
若干ハスキーっぽい? いや、女の子にしては少し低めな声で、目の前の少女は小さく頷いていた。
フードのせいでよく分からないが、一瞬だけ見えた顔は可愛らしく整っていて、髪も白よりの銀髪だからかなんだか不思議な雰囲気を漂わせていた。
身長も150センチくらいと低めであり、初対面の俺と目を合わせようとしてくれないところから、引っ込み思案気味な性格をしていることが分かる。
小さな体に、目を合わせようとしないところ。それに少しボサッとした銀髪のせいで、目の前の少女がなんだか猫のように見える。
というか、そもそもその髪は地毛なのだろうか? 染めたにしては自然な色合いだし、そもそも目の前の子が自分で髪を染めるとは思えない。
先輩にも同級生にもこんな目立つ銀髪の子はいなかったはずだから、多分この子は一年生の子だ。
だが俺はこの子と話したことがないし、そもそも廊下ですらすれ違ったことがない。
だから一体なんの用なのかと見つめていると、少女はゆっくりと顔を上げ、俺の目──ではなく、俺の口元辺りを見つめてきた。
「⋯⋯天宮先輩がここにいるってことは、あの手紙を読んでくれたってことっすよね?」
「読んだよ。ほら、この手紙だよね?」
「あっ⋯⋯そ、それっ、すー⋯⋯」
消え入るような声で肯定しながら、こくりと小さく頷いている。
だから俺は、とりあえず簡単な質問を投げかけることをした。
「えーと⋯⋯その、キミの名前とか聞いてもいいかな? 申し訳ないんだけど、ちょっと分からなくてさ⋯⋯」
「⋯⋯白銀。
「じゃあ、白銀さんって呼ぶね」
そう言うと、フードを被る少女──白銀さんは、またもや小さく頷いて肯定の意を示してくれる。
すると、白銀さんは俺の元に一歩だけ近づいてくる。
そして目の前で大きく深呼吸をしたと思えば、真っ直ぐに俺の目を見つめてきて。
「先輩。わたし、先輩が──」
自身の胸に手を当て、恐る恐るといった様子で口を開く白銀さん。
まさか、まさか本当に告白されるのか? 彼女なんてできないと思っていた俺にも、ついに彼女ができるのか?
実は俺と白銀さんは、どこかで出会っていたとか? それとも、俺のことを一方的に知っていて一目惚れしたとか?
なんて頭の中で色々と考えていると、おどおどとしていたはずの白銀さんの表情が、いきなりニッとしたイタズラめいたモノに変わり。
「──今噂の"死神"だと思うんすけど、当たってますかぁ?」
「⋯⋯ッ!?」
まさかの発言に、俺はポーカーフェイスを保つことができずにその場から一歩後退してしまう。
だがその行動によって白銀さんの中で予想が確信へと変わったのか、ニヤニヤとしながら俺の元へと詰めるように歩み寄ってきた。
「やっぱりそうなんだ〜。いや〜、まさかとは思ったんすけど、本当にそうだとは思いませんでしたよぉ」
「な、なんで⋯⋯っ」
どうして白銀さんに俺の正体がバレてしまったのかが、分からない。
配信上での俺は仮面で顔から上半分を隠しているし、声の出し方だって普段とは少し違う感じにしているから、普通なら分からないはず。
同じクラスの同級生だって、アマツを憎んでいる火野だって、俺がアマツであることを見抜けた者はいなかった。
だが白銀さんは俺と特に関わりがあるわけでもないのに、こうして出会って話すのも初めてなはずなのに、俺がアマツであると見抜いている。
それがあまりにも衝撃的すぎて、平静を取り繕うことができなかったのだ。
「も、もしかして、どこかで情報が漏れたとか⋯⋯?」
「いいや、配信では個人を特定できるほどの発言はしてないっすよ。それにSNSだってしてないから、普通ならバレようがないっす」
「な、ならどうして⋯⋯?」
「あえて言うなら⋯⋯仕草、っすかねぇ」
仕草と言われて、俺は訳が分からずにゆっくりと呼吸を繰り返しながら、首を傾げることしかできなかった。
だがその瞬間、白銀さんが俺の顔に向けてビシッと人差し指の先を向けてきて。
「それ。悩む時に見せるその首の角度とか、完全にアマツそのものっすよ。あと座っている時の体勢や、歩き方。歩幅。時折猫背になる背筋。そこからの背筋の伸ばし方。スマホを持つ手とその持ち方が変な白い端末を持っている時と同じところとか、全てがアマツと一致してんすよ」
な、なんだそれ。
まさか、そんな些細な仕草から白銀さんは俺がアマツであると見抜いたのか⋯⋯?
そんな芸当、普通ならできない。それこそ、とんでもない観察力や分析能力がない限りは、絶対に人の仕草だけで見抜くことは不可能だろう。
「⋯⋯なにが目的だ」
「ふはっ、そんな怖い顔しないでくださいよ。もちろん、誰にも言うつもりはないっすよ。まぁ、当然条件があるんすけどねぇ」
なんとなくだが、そんな気はしていた。
もし俺の正体をバラしたいだけならば、今頃知らぬ間に俺がアマツであると学校中に広まっていてもおかしくないからだ。
わざわざ人目のつかないところに呼び出して本人にそんなことを言ってくるということは、十中八九なにかを求められるに違いないだろう。
俺はてっきり、今日この場で告白されるものだと思っていた。
だが実際は、告白は告白でも愛の告白ではなく、あまりにも脅迫めいた衝撃の告白であり。
だからこそ、俺はただ白銀さんの次の発言を静かに待つことしかできなかった。
「少し、話は逸れるんすけど」
「⋯⋯?」
「わたし、実はネットでゲームの配信者として割と有名人なんすよね」
突然話が百八十度変わったことで、俺はなにも言えず頭上にクエスチョンマークを浮かべることしかできなかった。
だがそんな俺に対し、白銀さんは淡々と話を続けようとしていて。
「わたし、FPS系のゲームが得意なんすよね。おかげでチャンネル登録者も100万人超えてて、プロゲーマーが集まる大会とかにも何回か出場したことがあるんすよ。まぁ、優勝した回数は数えられる程度なんすけど」
「そ、それは⋯⋯すごいんじゃないのか?」
「とまぁそんな感じでわたしも先輩と同じで配信者なんすけど、最近⋯⋯ちょっとした不満があるんすよね」
そう言って、白銀さんが校舎裏に置かれているボロボロなベンチの上に腰を下ろしていた。
すると白銀さんが空いている場所を手でぺちぺちと叩いていたため、俺も人一人分ほどスペースを空けてベンチに座ることにした。
「ここ最近、アレが流行ってるじゃないすか。先輩がやってる、ディーダイバーってやつ」
「あー⋯⋯まぁ、そうだな」
「そのせいで今、ゲーム配信に集まる視聴者がめちゃくちゃ減ったんすよね。おかげで投げ銭も減ったし、賞金がある大会も減って正直クソウザいんすよ」
中々口悪いなこの子。と思いながらも、俺は心の中でなるほどなぁと呟いていた。
俺が夏休みに入る前世間では、ゲーム配信や美少女・美少年の絵に自分を投影して配信するVtuberなるものが流行っていた。
だが最近はその話題もめっぽう聞かなくなり、どのSNSを見ても話題に上がるのはディーダイバーばかりだ。
そのせいで、今までネットで配信していた者たちが大打撃をくらっているのかもしれない。
そしてその中の一人が、今目の前で足をぶらぶらと揺らしている白銀さんというわけだ。
「それで、白銀さんは──」
「あー、先輩ってわたしの1個上っすよね。なら別にさんとか付けなくていいっすよ。なんか、すごい違和感あるんで」
「じゃあ⋯⋯白銀は、そんなディーダイバーを恨んでるってことか?」
「まぁ、少し前までは恨んでたっすよ。でも最近、少しだけ考えが変わったんすよね」
意外な返答に、つい白銀の話に耳を傾けてしまう。
てっきりディーダイバーを恨んでいて、その八つ当たりをされるのかとでも俺は思っていた。
だがその雰囲気がないというか、白銀からはなんだか八つ当たりされるような気配がなくて。
むしろチラチラと俺の表情を伺ってくる辺り、なにか俺から探ろうとしているような感じがした。
「わたし、思ったんすよね。なにも知らずに批判するのって、わたしの配信にくるクソみたいなゴミカスアンチと同じだなって」
「お、おう⋯⋯」
「だから、一応見てから批判しようって決めたんすよ。そしてSNSで今話題のディーダイバーを調べていたら⋯⋯"死神"と呼ばれる人物を発見したんすよね」
なるほど、そういう経緯だったのか。
だが、知らずに批判するよりも知ってから批判するという心がけは、非常にいいものだと思う。
口は悪いものの、そういう真面目な考えをできるところがチャンネル登録者100万人に到達した秘訣なのかもしれない。
「それで、俺を見てどう思ったんだ?」
「そりゃあもう──悔しいけど、すごく面白かったっすよ。どうせ下らないことしかやってないんじゃないかって思ってたんすけど、先輩の配信を見てその認識が変わったんすよね」
「そうなのか?」
「⋯⋯あの生身だからこそのひりつく感覚は、ゲーム配信じゃ味わえないものっす。ゲームと同じく死んでも生き返るとはいえ、生身で強大なモンスターに立ち向かう姿は、正直勝てないなって思ったんすよ」
大きく息を吐きながら、完敗と言わんばかりに両手を広げて首を左右に振る白銀。
そうか。ダンジョンを攻略している俺からしてみればゲームみたいなものだが、視聴者側としてはゲームであってゲームでないようなものなのかもしれない。
夏休みに入る前にフルダイブ機能が搭載された完全没入型のVRゲーム機器が発売されていたが、あれも結局は生身ではないため、見ている側はそこまでひりつかないだろう。
その点ダンジョンは、完全に生身の状態でモンスターに挑まなければならない。痛みも、死の恐怖も感じる中で、強大な敵に勝たないといけない。
つまるところ、一種のショーである。
人が命張って頑張っているところを安全なところから応援し、面白がって眺めている。
そう考えると、ダンジョン内の出来事を配信するってちょっとグレーゾーンな気がしてくるな。
「それでまぁ、わたしはあっという間に死神と呼ばれるアマツのちょっとしたファンになったわけなんすけど⋯⋯昨日、先輩を見つけた時に目を疑ったんすよね」
「⋯⋯俺が、アマツと同じ動きをしてることにか?」
「そうっす。昔から観察力に優れてたんで、一目で分かったんすよ。だから今日、先輩にカマをかけてみようかなーって思ってたら⋯⋯」
「見事、引っかかっちまったってことだな⋯⋯」
ということは、あそこでポーカーフェイスを貫いてすっとぼけてたら、誤魔化すことができたというわけだ。
いや、俺だってあんなに分かりやすく動揺するつもりはなかった。
だが告白されるんじゃないかっていうシチュエーションであんなこと言われたら、誰だってポーカーフェイスを保つことができないだろう。
「それで? 俺の正体を周りにバラさない条件ってなんなんだ?」
「あ、そうそう。忘れてたっす。それで本題なんすけど⋯⋯わたし、ディーダイバーになってみようかなって思うんすよね」
「へぇ⋯⋯白銀が?」
「そうっす。だから、先輩にディーダイバーのアレコレを手取り足取り教えてもらおうかなーって思ってるんすけど」
「⋯⋯はい?」
耳を疑うような発言に、俺はつい聞き返してしまう。
だが白銀は、まるでしてやったりといったような表情でこちらを見つめてきており。
「もちろん⋯⋯断るなんてことはしないっすよね? "死神"アマツせーんぱい?」
俺の顔を覗き込むように上目遣いしてきながら、ニンマリとした笑みを浮かべる白銀。
俺はそんな白銀を前に、ため息が出そうになるのを堪えて頷くことしかできなかった。
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