第10話 深緑の大森林-②

 深緑の大森林にて、首にスカーフを巻いた二刀流のゴブリンを討伐した俺は今、ディーパッドを手に持っていた。


 どうやらディーパッドの機能として討伐したモンスターの情報を登録できるらしく、画面に今戦ったゴブリンについての情報が映し出されていた。


【個体名:ゴブリンハンター】

【危険度:D】


【獲物を狩り慣れたゴブリンが到達する、進化の1つ。通常のゴブリンよりも俊敏性と索敵能力に優れ、単独での戦闘に特化した個体。


 首に巻くスカーフは、いつか至る憧れへの羨望の証】


 ゲームでテキストを見るのが好きな俺にとっては、ディーパッドに映し出される説明を読むのに、ちょっとハマりつつあった。


 だが、少し気になる部分がある。それは、このゴブリンハンターの危険度が"D"であるところだ。


 ダンジョンに出現するモンスターには危険度が定められていて、1番下はFであり、1番上はSであるはず。


 ここは火野が教えてくれたダンジョンなため、本来は初心者向けに危険度Fのモンスターばかり出てくるものだと思っていたのだが。


 しかし1番最初に出会ったのが危険度Dとなると、この先どんなモンスターが出てくるかなんだか少し不安であった。


「それで⋯⋯次は、コレだな」


 ディーパッドのカメラ機能で、ゴブリンハンターがドロップした短剣を撮影し、保存する。


 すると俺の思った通り、画面には新たな情報が映し出されていた。


【名称:首突きの短剣】

【レアリティ:D】

【装備効果:首へのダメージ増加(微)】


【ゴブリンハンターが使用する短剣。その刃は鋭いが刃こぼれが酷く、切断には向かない。しかしその凶刃で首を突けば、喉笛をズタズタに掻き切るだろう。


 曰く、ソレは首を狙う愚者の浅ましい執念である】


 それらの情報を見て、俺はいい情報を見つけていた。


 それはこの短剣を装備した際の装備効果であり、どうやらこの短剣は、首へのダメージを増加させる効果があるらしい。


 といってもその後ろに"微"の文字があるため、きっと増加の値で言えばそこまで大したことはないのだろう。


 しかし、あるとないとでは大きく変わる。いくら増加量が微妙でも、ないよりはあった方が幾分もマシなのである。


「んー⋯⋯性能は序盤で手にするにはまぁいい方だけど、なんかちょっとボロいよなぁ⋯⋯」


 柄に巻かれた布はボロボロだし、刀身部分にはほんの少しだがヒビが入っている箇所もある。


 刃がガタガタなのはこの短剣の仕様らしいが、この短剣でこの先ずっと戦い続けることは、正直不可能だろう。


「まっ、ドロップしただけマシか。それにこれがあれば戦闘の幅が広がるし、時には妥協が必要だよな」


 うだうだ言ってたって、なにも始まらない。


 それに俺がいるところは、まだ1階層目だ。こんなところでぐだぐだしていれば、到底攻略なんてできない。


「⋯⋯よし! 気を取り直して、先へ進むか」


 ゴブリンハンターがドロップした短剣を手の上でくるくると回しながら、俺は先へ進んでいく。


 俺のダンジョン探索は、まだ始まったばかりだ──




──────




『バゥ!』


『バウッ! バウバウッ!』


 あれから森の中を歩き進めてすぐに、今度はまた別のモンスターに俺は絡まれていた。


 見た目は一見黒い狼だが額には鋭い一角が生えていて、森の中を駆け回る俺を執拗に追いかけてくる。


 大きさは目測だが1メートルと50センチくらいであり、先ほど戦ったゴブリンハンターよりも大きい。


 そんな黒い狼が2匹、アイコンタクトで連携を取りながら俺を食い殺すべく獰猛な鳴き声を上げていた。


「おいおい、いつまで追いかけてくるんだよ⋯⋯」


 狼は足が早いため、直線では走らず木々の隙間を縫うように俺は森の中を走り回り、時折急旋回したりして錯乱しようと試みたのだが。


 俺に迫り来る黒い狼たちは俺の通る道を正確に通ってきて、かつ動きを見て先回りをしてきたりもするため、如何せん厄介なモンスターであった。


「さすがに逃げ回るだけじゃ、埒が明かないよな」


 俺は走っている最中に拾った石を握り、その場で急停止しながら後ろに振り返って狼の額にある角を狙い、石を投擲する。


 だがそんな俺の投擲は簡単に避けられてしまい、1匹の狼は草むらの中へ、そしてもう1匹の狼は地を蹴って跳躍し、俺の頭上まで高く飛んでいた。


『ガァウッ!』


 木漏れ日に照らさりギラリと光る爪が、俺の顔面に目掛けて振り下ろされる。


 だが紙一重のところで俺は狼の顔面に拳を放ち、狼が空中で怯んだところで俺はゴブリンハンターがドロップした短剣を手に取り、首に目掛けて投擲した。


『キャゥ──』


 俺の放った短剣は狼の首を貫き、喉元を抉られた狼は高い断末魔を上げて絶命する。


『ガァウァッ!』


 そこで草むらに飛び込んだもう一匹の狼が俺に向かって飛びついてくるが、既に俺の手には石が握られていて。


「ふっ!」


『ギャブ──』


 大口を開けた狼の口の中に俺が投擲した石がめり込み、そのまま口内から脳を潰して死を与える。


 きっと狼は俺の隙を狙っていたのだと思うが、俺は一度も隙を見せたつもりはない。


 片方が草むらに入り、もう片方が真っ直ぐ飛び込んできた時点で、狼たちがどう動きたいかなんて考えなくても分かった。


 1匹目はあくまで陽動。本命は2匹目による草むらからの急襲であり、それにさえ気をつけていればなにも怖くないのである。


「狼にしては、いい連携だった。だが、連携を崩しさえすれば脆いもんだな」


 2対1の状況において、狼の行動は実に合理的であり、実に正しい選択であった。


 だからこそ、分かりやすい。合理的な行動は通用すれば強力だが、見破られやすいという欠点がある。


 そして最初の陽動さえ崩してしまえば、本命は出て来ざるを得なくなる。それを俺は狙っていたのだ。


「んー⋯⋯ドロップアイテムは、なしか。モンスターを倒しても、確定ドロップじゃないってことか? もしくは、この狼たちがなにもドロップしないという可能性も⋯⋯」


 狼たちが光に包まれ消えていくのを確認し終えてから、俺は地面に転がった短剣を回収する。


 すると、ゴブリンハンターを倒した時のようにディーパッドがぶるるっと静かに振動する。


 もしやと思い俺はディーパッドを取り出すと、画面にには今倒した黒い狼の情報が映し出されてた。


【個体名:ホーンウルフ】

【危険度:D】


【額に生える角が特徴的な黒い毛の狼。少数の群れを成して行動し、仲間との連携で得物を追い詰める。角の長い個体は強さの証であり、そしてホーンウルフの誇りである。


 角の成長には、吐き気を催すほどの激痛が伴うという。だがその痛みを苦痛と感じる内には、強者への一歩は踏み出せない】


 黒い狼──ホーンウルフの情報を読み終えた俺は、ディーパッドを胸ポケットに戻して顔を上げる。


「ホーンウルフのせいで、大分奥まで来ちゃったな⋯⋯これ、大丈夫なのか? 時間もどれくらい経ったか分からないしな⋯⋯」


 どれだけダンジョンに潜っているかは知らないが、少なくとも30分近くはもう森の中をさ迷っているはず。


 となると外の時間は大体23時半であり、あともう少しすれば日が変わってしまう。


 一応いけるところまで行く予定だが、だからといって攻略するまでいようとは思ってはいない。


 それに、明日も普通に学校がある。そのことを考えると、ダンジョンを探索できる時間は多く見て、あと2時間くらいだろう。


「⋯⋯ん? あそこ、なんか周りに比べて木が少ないような⋯⋯」


 一定間隔に木が生えているのがこのダンジョンの特徴だが、俺の視線の先に不自然なくらいに木が生えていない場所がある。


 もしやと思いその場所へ駆けつけてみると、そこには俺が探し求めていたアレがあった。


「⋯⋯っ! ようやく見つけた⋯⋯! なるほど、このダンジョンは【転送陣】がある場所の付近には木が生えないんだな」


 そう。そこには、次の階層への片道切符である【転送陣】があった。


 直径1メートルで、色白い光を放つその魔法陣のような形をした【転送陣】の上に乗ると、視界がゆっくりと白色に染まっていく。


 そしてそのまま待機すること、数秒──


 俺は【深緑の大森林】2階層へと、転移するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る