第11話 深緑の大森林-③
このダンジョンに挑戦してから、どれくらいの時間が経っただろうか。
どれだけ時間が経過しても変わらない光景のせいで、途中までハッキリとしていた脳内時計が、段々曖昧になっていく。
今俺は順調にダンジョンを攻略し続けており、既に4階層目にまでたどり着くことができていた。
階層がどれだけ進んでも風景は変わらないが、漂う空気や雰囲気は大きく変わっている。
1階層目では聞こえていたはずの小鳥のさえずりは、3階層目に入る頃にはどこからも聞こえてくることがなく、代わりにホーンウルフの遠吠えが聞こえてくるようになった。
俺は周囲に警戒を張り巡らせながらも、ディーパッドのとある機能を使ってあることをしていた。
「えーと⋯⋯これは今いらないから、保存しておいて⋯⋯さっき手に入れた【首突きの短剣】をもう1本出しておくか」
俺がディーパッドの画面に触れて操作をすると、目の前にあった弓が消え、代わりにゴブリンハンターが使用している【首突きの短剣】がコトッと地面に落ちる。
そう。ディーパッドにはダンジョン内でゲットしたアイテムを保存し、整理する機能が搭載されている。
だから俺はモンスターがドロップしたアイテムのほとんどをディーパッドに保存し、とりあえず情報を見ずに回収し続けたのだ。
「それにしても⋯⋯やっぱり、初心者ダンジョンにしてはモンスターが強い気がするんだよなぁ」
2階層目以降、俺はゴブリンハンターやホーンウルフ以外のモンスターと接敵し、そして戦い勝利を収めてきた。
出てきたモンスターは弓矢を扱うゴブリンアーチャーを初めとし、赤い毛が特徴的なレッドウルフ、そして大きく鋭い牙で血を吸おうとしてくるファングバットなど、まさに多種多様であった。
これらのモンスターはどれもが危険度Dに指定されていて、レッドウルフに関してはまさかの危険度Cに指定されていた。
まぁ、とはいっても所詮は危険度Cなため全然余裕だったのだが、階層が進むにつれモンスターの数も多くなっている。
このまま進めばどんどん強力なモンスターと戦う羽目になるわけだが、だからといって悪いことばかりではない。
なぜなら、モンスターを討伐したことによるドロップアイテムが結構豊富だからである。
「【黒狼の角笛】【小鬼弓士の小弓】【小翼の毒牙】⋯⋯どれも面白そうなアイテムばかりだ」
危険度Cのレッドウルフからなにもドロップしなかったのは残念だが、それ以外のモンスターは何度か倒していく内に、アイテムをドロップしてくれるようになった。
だがどのアイテムよりも、ゴブリンハンターからドロップする【首突きの短剣】の方が正直言って嬉しかった。
あれから何匹もゴブリンハンターを倒したおかげで追加で短剣が2本もドロップし、今俺は合計3本の【首突きの短剣】を装備している。
1本は予備なためディーパッド内に保存しているが、残りの2本はいつでも戦闘で使えるように、腰に携えているのだ。
鞘や嚢がないため少し不安ではあるが、それでも下手なことをしなければ足を怪我することはないため、今の状態でも充分に満足していた。
「⋯⋯で、問題はここからだよな」
今俺の足元には色白く光る【転送陣】があるのだが、その大きさがいつもよりも一回り大きく、形もなんだか少し変わっている。
ダンジョンには5階層ごとにボスモンスターと呼ばれるモンスターが存在し、1度踏み込むとボスモンスターを倒すか死ぬかしないと、ダンジョンから脱出できないらしい。
ダンジョンに潜って大分時間が経っているため、今日はこの【転送陣】を利用して、さっさとダンジョンから抜け出してしまってもいいのだが。
「ここまで来たらやっぱり気になるよなぁ」
今俺がいる【深緑の大森林】のボスモンスターがどんなものなのか、すごく気になるのである。
ダンジョンは基本的に総階層数で難易度が変わるため、初心者ダンジョンであるはずのこのダンジョンなら、次の5階層目を攻略すれば見事踏破になるはずだ。
せっかくダンジョンに潜ったのに踏破を目前で帰ってしまうだなんて、いくらなんでももったいないような気もしてくる。
それに、ボスモンスターを討伐することによって手に入るアイテムが、どんな物か非常に気になっているところだ。
下手すればとんでもないレアアイテムがドロップして、オークションに出したら何百万になっちゃいました──なんて可能性も、なくはないからだ。
「⋯⋯よし。ここまで来たら、さっさと倒して帰ろう。明日も朝早いし、少しは寝ないといけないしな」
ディーパッドを胸ポケットにしまい、そして俺は【転送陣】の上に乗る。
人生初ダンジョンの、人生初ボスモンスター。一体どんなモンスターが出てくるのか、楽しみである──
──────
目を開く。
真っ白に塗りつぶされた視界が、ゆっくりと色づいていく。
体を包んでいた浮遊感が抜け、地に足をつく感覚が戻っていく。
これこそが【転送陣】による階層の移動であり、最初は慣れなかった感覚も短時間で2度3度味わえば、自然と体に馴染んでいく。
「──っ、⋯⋯?」
【深緑の大森林】はどこを見ても木々が生い茂っていて、道という道はなく、そして【転送陣】がある場所以外に、開けた土地は存在しない。
だが今俺がいる場所は、そんな森の中のはずなのに木が1本も生えておらず、開けた大地が広がっていた。
いや、開けた大地とは言ったが、正確には違う。
開けてはいるが周囲には壁になるように超巨大な木々が並ぶように生えていて、その木に成る葉が、天井を覆い尽くすように伸び伸びと生えている。
そのせいで相変わらず空から差し込む日差しは木漏れ日のみであり、変に薄暗かった。
『グギャ、ゲギャギャギャッ!』
「──っ!」
突然どこからともなくモンスターの鳴き声が聞こえてくるのだが、周囲を見渡してもどこにもモンスターの姿はない。
だが決して、幻聴ではない。一体どこにいるのだと周囲を警戒していると、背後からズシンッ! と、なにかが落ちてくる音が聞こえてくる。
その音に釣られて後ろを振り向くと、そこには全身を金の色をした装飾品で着飾り、悪趣味な髑髏の杖を片手に持つ、全長2メートル近くはあるであろうゴブリンがそこに立っていた。
「⋯⋯ははっ、またゴブリンかよ。なんだ? ここはゴブリンダンジョンなのか?」
もちろんウルフ系のモンスターもいるためそういうわけではないのだが、出会うモンスターの約半分がゴブリンなため、つい乾いた笑いを浮かべてしまう。
だが、今目の前にいるゴブリンは今まで戦ってきたゴブリンとはレベルが違う。
チャラチャラとしたふざけた見た目をしているが、その放つオーラが、雰囲気が、今まで戦ってきたモンスターとは比べものにならないほど強く、迫力がある。
一見隙だらけに見えるような立ち振る舞いも、明らかに俺を誘っている動きだ。
敵を前に、隙を見せる余裕がある。それは、自分に自信がある者にしかできない行為だ。
「お前が一体どんな能力を持っているかは知らないが⋯⋯その金のアクセサリー、俺が勝ったら全部貰うからな」
『ギッ! ギゲャゲャ!』
やれるものならやってみろ。と言わんばかりに下卑た笑みを浮かべ、こちらを挑発するように杖を振り回すゴブリン。
このゴブリンは、間違いなく強敵だ。
だがそれはこのダンジョンの中ではの話であり、俺が今まで倒してきた魔物と比べれば、きっと足元にも及ばないだろう。
しかし──
「⋯⋯そうだよな。やっぱり、ダンジョンってのはこうでないとだよな⋯⋯!」
初めて挑むダンジョンに出てくる、明らかに強さのレベルが違うボスモンスター。
そんなのを前にして、心が踊らないはずがない。
俺は今、この状況を最高に楽しんでいた。
異世界とは違ってまるでゲームのような体験をすることができるこのダンジョンに、俺はいつの間にかハマってしまっている。
目の前の敵を倒したら、どんなアイテムをドロップする? このモンスターは、一体どんな生態をしている?
元々ゲームが好きで、その中でも特にRPGが好きな俺にとっては、ダンジョンとはまさに楽園そのもの。
それに、どうやら俺は。
異世界での生活に馴染みすぎて、心の底から戦いを求めるようになってしまっているようであった。
「⋯⋯さて、それじゃあ──行くぞ!」
『ゲギャラァッ!!』
俺が声を上げると同時に杖持ちゴブリンも雄叫びを上げ、両者戦闘準備が万全となる。
初ダンジョン。そして初ボスモンスターとの戦闘が今、始まろうとしていた──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます