第12話 深緑の大森林-④
──俺は今、少しだけ後悔をしている。
『グギャラッ!』
杖持ちゴブリンが髑髏がいくつも飾られた悪趣味な杖を振るい、地を駆ける俺を殴り飛ばそうと杖を横払いで薙ぎ払ってくる。
「ふっ!」
だが俺はその薙ぎ払いを跳躍することで躱し、そのまま体の下を通り過ぎようとする杖を足場にし、杖持ちゴブリンへ肉薄した。
両手に構えた【首突きの短剣】で杖持ちゴブリンの首を捉え、首に対するダメージが増加する短剣を、2本同時に首へ突き放つ。
しかしその一撃は杖持ちゴブリンが身をよじることで回避されてしまい、空中で無防備を晒した俺の首根っこを、杖持ちゴブリンが掴もうと腕を伸ばしてくる。
だが俺は掴まれる寸前で手のひらを短剣で切りつけ、それにより杖持ちゴブリンが怯んだ隙に着地をし、一旦距離を置いた。
『ゲギギギ⋯⋯ギィ!』
自身の手のひらから溢れる白い光のホログラムのような粒を舐めながら、杖持ちゴブリンがニヤリと笑みを浮かべる。
それに対し俺も笑い返すように笑みを浮かべ、そして短剣の柄をギュッと掴み直す。
「⋯⋯そうだよ。やっぱり、戦いはこうでないとつまらないよな⋯⋯!」
一撃を凌いだらすぐ隙を見せるゴブリンハンターに、連携を崩したら単純な行動しかしなくなるホーンウルフ。
他にも一度矢を放った場所から移動をしないゴブリンアーチャーに、影に潜むくせに羽ばたく音が異様にうるさいファングバットなど、どれも弱すぎて話にならなかった。
唯一レッドウルフがまだマシな部類だったが、それでも顎を砕けば戦闘力が著しく低下してしまい、攻撃が弱まってしまった。
だが今戦っている杖持ちゴブリンは、今まで戦ってきたモンスターたちよりも強く、頭も良く、そして簡単に倒せない相手だ。
だからこそ、俺は今少しだけ後悔しているのである。
「モンスターとの戦いがこんなに楽しいのなら、火野にもっと難しいダンジョンを教えてもらえばよかったな。このダンジョンは、俺にはまだまだ温すぎる」
そう。俺の後悔は、ダンジョンが俺の想像を遥かに超えるほど、楽しすぎるが故に生まれたものだ。
ゲームをしている者なら、誰もが経験したことがあるだろう。
それは"低レベルで上位レベルのモンスターに挑む"ことだ。
確かにレベルが低いせいでダメージが通りにくく倒すのが非常に難しいのだが、それ以上に倒した時の達成感はとんでもないものだ。
俺は、それを味わいたい。
だがそれを味わうには、もっと強いモンスターを探す必要がある。もっともっと、難易度の高いダンジョンに挑む必要がある。
「だからせめて⋯⋯俺を楽しませてくれよ?」
『ゲギャラァッ!』
まるで俺の言葉を理解しているかのように、挑発に乗った杖持ちゴブリンが首飾りを引きちぎり、なにやらブツブツと唱えだす。
するとその首飾りは朽ちて消えてしまうのだが、その代わりに髑髏の杖に黒いモヤのようなオーラが纏い、禍々しい雰囲気をこれでもかと放っていた。
『ゲギィッ!』
そして今度は杖持ちゴブリンから俺に向かって接近してきて、再び杖を横払いしようと大きく振りかぶる。
相変わらず芸がないなと思いながら俺は杖による薙ぎ払いを跳躍で回避したのだが、一方の杖持ちゴブリンは攻撃を躱されたのに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
一体なんなんだと思い顔を上げると、俺はあることに気づく。
それは先ほど杖が纏ったはずの黒いモヤが、空中で留まっていることにだ。
あの黒いモヤの正体は。と、謎を探ろうとした次の瞬間。
「──っ!?」
黒いモヤがまるで杖の軌道を追うように、再度横向きの薙ぎ払いが発生する。
まさかと思い俺はなんとか空中で体を捻り着地をズラして回避するのだが、その隙を杖持ちゴブリンは狙っており。
『ギギィッ!』
着地した俺の頭をかち割るように、杖持ちゴブリンが杖を力任せに振り下ろした。
それをなんとかバックステップで回避するものの、今度はその俺の動きを狩るように、黒いモヤが頭上から降り注いでくる。
やられっぱなしは癪なので短剣で迎撃しようとするが、その瞬間全身に寒気が走るほどの"嫌な予感"を感じ、寸前のところで俺はその場から飛び退く。
すると黒いモヤは地面に思いっきり激突するのだが、それにより地面が割れることもヒビが入ることもなく、ただ霧散して消えて杖の元に戻っていた。
「⋯⋯なるほど。実体はないが、質量はあるってことか」
つまり俺があそこで黒いモヤによる一撃を短剣で受けていたら、黒いモヤは短剣を素通りし、俺にだけダメージを与えていたということだ。
しかもあの黒いモヤは杖の軌道を追従するだけでなく、杖の動きを真似させて飛ばすこともできるようで、非常に厄介極まりない能力であった。
「さすが、ボスモンスターなだけはあるな」
黒いモヤは厄介で面倒な能力だが、だからといって打つ手がないわけではない。
おそらくこれは推測になるが、あのモヤは杖があるからこそ機能しているものであり、モヤ単体で動くわけではなさそうだ。
つまり杖の軌道さえ完璧に読み切ってしまえば、後続で来るモヤも、意識外から飛んでくるモヤも、攻撃のパターンは同じということだ。
それなら、やることは1つ。
「あの杖を無力化さえしてしまえば、もうおしまいだ」
杖持ちゴブリンの動きを見る感じ、杖を振るったりはするものの、杖からなにかを飛ばしたり、手足で殴ってきたりすることはないと見える。
それなら杖を無力化さえできれば、あとは完全にこちらのターンとなるわけである。
「それが分かれば、対処は容易いな」
俺は右手で掴む短剣の柄を持ち替えて、片方だけ逆さまに構える。
そして俺は再び杖持ちゴブリンに肉薄するように、低い姿勢のまま地を駆け抜けた。
『ゲギィッ!』
正面から飛び込んできた俺を迎撃するべく、杖持ちゴブリンが俺の頭目掛けて髑髏の杖を振り下ろしてくる。
だがその瞬間、静寂に包まれているダンジョン内に"ガキィンッ!"と、甲高い金属音が鳴り響いた。
『グギィッ!?』
「弾けば、隙が生まれるッ!」
よろける杖持ちゴブリンの首に、俺は短剣の刃を突きつける。
だが杖持ちゴブリンの皮膚が硬いせいで、表面を傷つけるだけで終わってしまう。
そのため俺は首に刺さりかけな短剣を手放し、短剣の柄部分を蹴りつけて無理やり喉元に短剣を沈めた。
『ゲバッ⋯⋯!?』
口元から多量のヨダレを吐き出し、杖持ちゴブリンは喉元を手で押さえていた。
俺が蹴ってしまったせいで短剣は砕け散ってしまったが、刃で喉元を抉ることができたため、ダメージとして見れば大きいはず。
ゴブリンハンターがドロップしてくれる【首突きの短剣】を1本失ったのは痛手だが、あの場ではあの行動が最善であっただろう。
「⋯⋯さすがに、こっちもボロボロになっちゃったな」
右手で握っている短剣の刃が、ただでさえガタガタなのに今ではもう完全に折れてしまいそうになっている。
だが、無理もない。あれだけの活躍をして原型が残っている方が、むしろ奇跡なくらいである。
『ギィ⋯⋯! ギィ⋯⋯!』
なにが起きたのか分からない様子で、杖持ちゴブリンが困惑した表情を見せながらこちらを睨みつけてくる。
だが俺がしたのはマジックでもトリックでも、なんでもない。
ただ杖持ちゴブリンが振るった髑髏の杖を、短剣で"弾いた"だけなのだから。
弾くことで、図体の大きい杖持ちゴブリンは体勢を大きく崩すことになる。だから俺は、その隙を狙って首元に短剣を捩じ込んだのだ。
もちろん、この行動はリスクが高すぎる。
弾くのに失敗すればそのままやられてしまうし、その後黒いモヤの追撃によって負けてしまう可能性だって出てくる。
だが意表を突いたからこそ生まれた隙でもある。確かにリスクの高い行動だが、その分のリターンはしっかりあるのである。
『ギギ、ギギギィ⋯⋯!』
首へのダメージが微かだが増加する【首突きの短剣】による一撃がかなり効いているのか、杖持ちゴブリンは膝をついてしまっている。
髑髏の杖を武器ではなく、杖本来の使い方をして体を支える杖持ちゴブリンの目からは、戦意が薄れつつあった。
最初は俺を獲物だと、戦ってて楽しい相手だと認める目をしていたのに、今ではその目には恐怖や怯えが含まれていて。
「⋯⋯はぁ、やりにくいな」
異世界で倒してきた魔物の中にも、死の瀬戸際に命乞いをするような目を向けてくる魔物がいた。
異世界で多くの魔物の命を奪ってきた俺だが、だからといって人の心を失ったつもりはない。
最後まで俺を殺す気で向かってくる魔物よりも、怯えるような目を向けてくる魔物の方がどうしても倒しづらいのである。
「とりあえず、さっさと終わりにしようか」
俺はディーパッドから追加で【首突きの短剣】を1本取り出し、再び両手に構える。
そしてゆっくりと杖持ちゴブリンに向かって歩いていき、接敵まで残り5メートルの距離で、地を蹴った。
『ギ、ギギィッ!』
俺を追い払うように髑髏の杖を振るう杖持ちゴブリンだが、その攻撃はあまりにも弱々しく。
気づけば杖に纏わりついていた黒いモヤも、先ほど短剣で杖を弾いた時に消え去ってしまったようで。
「──トドメだ」
俺は、膝をつく杖持ちゴブリンの首にできた傷に、2本の短剣の刃を突きつける。
なんとか抵抗しようとする杖持ちゴブリンだが、俺は無慈悲に容赦なく、そのまま首を抉りとって切り落とした。
断末魔すら上げることなく死に絶えた杖持ちゴブリンは、手に持っていた髑髏の杖や身につけていた金の装飾品と一緒に、光の粒となって消えていき。
俺はダンジョン初挑戦にして、ノーダメージでボスモンスターを討伐することに成功するのであった──
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