第13話 報酬

「⋯⋯ただいま〜」


 ガチャリと、家の玄関扉を開きながら俺は囁くようにそう呟く。


 時刻は既に日を跨ぎ1時40分。たまに外で騒いでいるヤンキーを除いて、基本的に皆が眠りについている時間である。


 俺はもう眠っているであろう沙羅を起こさないよう、ゆっくりと部屋の中に入ったのだが。


「おかえり。やっと帰ってきたんだ」


「っ! さ、沙羅⋯⋯!?」


 まさか沙羅が起きているとは思ってもなくて、俺は夜中なのについ大きな声を上げて驚いてしまう。


 だが隣の部屋には別の住民が住んでいるため、俺は直ぐに手で口を塞ぎ、大声を出さないようにとりあえず落ち着いて深呼吸をした。


「な、なんでこんな時間まで起きてるんだよ⋯⋯?」


「だって、私まだ夏休み中だし。少しくらい夜更かししても別にいいでしょ?」


「少しくらいって⋯⋯もうすぐ2時だぞ? 昼夜逆転生活は生活リズムが崩れるから気をつけた方がいいぞ」


「いやいや、私よりもお兄ちゃんの方がだめでしょ。明日も学校なのに、こんな時間まで外に出ててさ」


「う゛っ、そ、それは⋯⋯」


 沙羅の口から出た指摘はあまりにもド正論であり、俺はもうなにも言い返すことができなかった。


 一先ず靴を脱ぎ、そしてリビングへと向かう。するとどうやら沙羅は勉強をしていたようで、机の上には教科書やノートが綺麗に並べられていた。


「こんな時間まで勉強なんて、珍しいな」


「お、お昼寝しちゃったせいで、眠くないからしてただけ。別に普通だから。ところでお兄ちゃん、その⋯⋯大丈夫、だったの⋯⋯?」


 不安そうな表情を浮かべながら、沙羅がそんなことを聞いてくる。


 沙羅は俺が家を出るまで、ダンジョンに行くことを全力で止めてきた。


 基本的に俺がなにをしても興味をあまり示さないあの沙羅が、目に薄らと涙を浮かべながら止めてきたため、きっと沙羅は色々と心配だったのだろう。


 いくらダンジョン内で死んでも生きて脱出できるとは言え、死の際に味わう痛みや恐怖は、一度味わえば中々忘れることができないはず。


 それに調べたところによると、ダンジョン内で死を経験したことで精神的に病んでしまい、社会復帰できなくなってしまった者も少なからずいるらしい。


 きっと沙羅は、俺がダンジョン内でモンスターたちにボコボコにされて、心が死んでしまわないか不安で不安で仕方なかったのだろう。


 沙羅からしたら俺は昔からだらしないお兄ちゃんであり、成績も普通、運動神経も高校平均レベルなため、どうせダンジョンに行っても的なことを考えているのかもしれない。


 だが沙羅よ。お兄ちゃんは沙羅が思っているよりも、ずっと強くなったんだぞ。


 まぁ、それは沙羅には秘密なのだが。


「中々楽しいところだったよ。本当にゲームの世界に入ったような感じだったし、モンスターも全然強くなかったしね」


「え、じゃあいっぱいモンスターを倒してきたってこと⋯⋯?」


「あぁ。まぁ、クラスの知り合いから教えてもらった初心者向けのダンジョンだから、そこまで自慢できることでもないけどな」


「ふ〜ん⋯⋯まぁ、その様子だと本当に大丈夫だったんだね。なーんだ、心配して損した」


 安堵したかのように大きく息を吐きながら、ベッドに座って足を伸ばす沙羅。


 そんな沙羅を眺めつつも、俺は沙羅の言葉の一部が頭の片隅に引っかかっていた。


「なんだ? 沙羅、俺のこと心配してくれてたのか?」


「っ!」


 俺にそう指摘され、沙羅の動きがピタッと止まる。


 そしてなにを思ったのかベッドの上に置かれてある枕を手に取り、急に俺目掛けて枕を思いっきり投げつけてきた。


「し、しし、心配なんてしてないしっ! 鈍臭いお兄ちゃんのことだから、どーせモンスターに負けて悔しそうにしてるだろうから、顔見て笑ってやろうって思って夜更かししてただけだし!」


「へ〜、ふーん」


「い、いいからさっさとお風呂入って! お兄ちゃんのためにわざわざお湯を張り替えたんだから、温くなる前に入っちゃって!」


 これ以上沙羅をからかうと本当にブチ切れてしまうため、俺は沙羅の言う通りお風呂場へと向かい、脱衣所で服を脱いでシャワーを浴びてからお風呂に浸かる。


 お風呂に浸かっていると体の疲れが一気に取れていき、家に戻ってきたのだと実感して気が緩んでしまう。


 俺のためにわざわざこんな夜中にお風呂のお湯を張り替えてくれ沙羅に、お風呂から上がったら一言お礼を言おう。


 そう思い、俺はゆっくりと温かいお風呂を満喫するのであった──




──────




 しばらくお風呂に浸かり、時は2時過ぎ。


「沙羅ー、お風呂ありが⋯⋯と?」


 お風呂から上がって髪をタオルで拭きながらリビングに入ると、そこにはベッドの上で横になって気持ちよさそうに眠っている沙羅の姿があった。


 さっきはお昼寝したせいで寝れないとか言ってたくせに、俺がお風呂に入っている10分20分の間に寝てしまうだなんて、本当は沙羅も眠たくて眠たくて仕方なかったのだろう。


 いや、冗談だ。俺は沙羅のお兄ちゃんだから沙羅の気持ちは分かっている。


 沙羅は俺のことを心の底から心配していて、俺が中々帰ってこないせいで不安になり、眠れなかったのだ。


 さっきも俺に枕を投げて怒ってきたが、あれだってただの照れ隠しなのである。


 個人的にはもっと素直になって欲しいのだが、あぁいうところが沙羅の可愛いところでもあるため、いくらボロが出ても知らんぷりをしてあげるのがお兄ちゃんとしての役目なのだ。


「⋯⋯さて。報酬を確認するか」


 俺はディーパッドを取り出し、画面を操作していく。


 そしてまず最初に、俺が【深緑の大森林】5層目で戦った杖持ちゴブリンの情報を、確認することにした。


【個体名:ゴブリンシャーマン】

【危険度:C+(特定条件下でのみB-)】


【金色の呪具を身に纏い、同胞の髑髏で作った杖を持つゴブリンの祈祷師。呪具を破壊することで杖に強力な呪いを付与し、臨機応変に戦闘スタイルを変える。しかし呪具が少なくなると精神的に弱っていき、最終的に己の呪いによって滅ぼされてしまう。


 彼の身にある金色は、成金の飾りに過ぎなかった。だが人を呪い怨むことで飾りは呪具となり、武器となり、そして己に牙を剥く刃ともなった】


 さすがボスモンスターとなると説明文も長く、そして面白い発見も多くなる。


 それにここに来て危険度に+と-の値が追加されており、きっと通常時のゴブリンシャーマンは、危険度Cのモンスターの中でも割と強い部類に入るのだろう。


 だがディーパッドの情報によると"特定条件下でのみ"危険度がB-になるらしく、きっとその条件とは、金の装飾品──呪具を破壊した時なのだろう。


 髑髏の杖が纏った黒いモヤは呪いであり、呪い付与状態のゴブリンシャーマンは、危険度Bクラスのモンスターに匹敵する力があるということだ。


 だがあくまでB-なため、危険度Bの中では弱い部類というわけだろう。


「それで、次がこのドロップ品だ」


 ゴブリンシャーマンが唯一ドロップしたアイテムが、ディーパッドの画面に映し出されている。


 俺はそのアイテムをタップして、そのアイテムの詳細を確認することにした。


【名称:愚鬼祈祷師の金指輪】

【レアリティ:B】

【装備効果1:ドロップ率増加(中)】

【装備効果2:レアドロップ率増加(微)】


【ゴブリンシャーマンが装備している指輪。本来ゴブリンシャーマンの装備品は全て呪具と成るが、指輪だけは呪具とならず金の装飾品としての輝きを保っている。装備した者には、微かな幸福が訪れるであろう。


 己の偉大さを証明するため、成金へと成り下がった愚かな祈祷師のせめてもの見栄。呪いを打ち消す金の指輪は、唯一本物の輝きを失わなかった】


 ゴブリンシャーマンがドロップしたアイテムは残念ながら武器や防具ではなかったが、個人的には武器とかよりも嬉しいドロップ品であった。


 【愚鬼祈祷師の金指輪】の見た目は飾りっけのないただの金の指輪なのだが、その装備効果がかなり強力だ。


 ドロップ率増加の効果は単純に、モンスターがアイテムをドロップする確率が上がる効果なため、絶対に腐ることのない優秀な効果である。


 しかもそれだけでなく、なんとレアドロップ率増加の効果もあり、このことからモンスターがドロップするアイテムの中には、希少性のあるレアアイテムが存在することも明らかになった。


 まぁ、レアドロップ率増加の効果は"微"なためそこまでの恩恵はないのだが、ドロップ率増加はなんと"中"も確率がアップするため、この指輪は中々の当たりではないだろうか。


 "中"がどれくらいの上がり幅であり、大体何パーセント確率が上昇するかは不明だが、それでも装備すれば確率がかなり上がるのは確かだ。


 今回のダンジョン探索で分かったことは、アイテムの有無で難易度が大きく変わることだ。


 ドロップするのが武器なら攻撃手段が増えるし、なんらかの道具なら戦術の幅が広がるため、アイテムがあるとないとじゃ大きく違ってくる。


 そのため、今後のダンジョン探索を効率よく進めるのなら、この指輪を積極的に装備するべきだろう。


「それで⋯⋯最後はコレか」


 そう。実は、ゴブリンシャーマンを倒したあと俺はあるものを2つ見つけていた。


 1つ目は、帰還するべく【転送陣】に乗ったところ、外ではなく6階層目に転送されたことだ。


 初心者向けダンジョンのためてっきり5階層で終わるのかなと思いきや、なんとダンジョンはまだ続いていたのだ。


 探索しようとは思ったのだが、これ以上は時間がかかってしまうと俺は判断して、6階層目にある【転送陣】を探し俺はダンジョン外へと帰還したのである。


 そして2つ目が本題であり、それはゴブリンシャーマンを討伐したあとにどこからともなく現れた、宝箱の中身である。


 今俺が見ているディーパッドの画面には、その中身として出てきたアイテムが映っている。


 俺はそのアイテムの説明文を読みながら、適当に喉を潤すため冷蔵庫にある麦茶を喉に流し込み、ディーパッドの電源を落とした。


「このアイテムは配信で使えそうだ。明後日辺り、配信者デビューするのも悪くはないな」


 今日は火曜──いや、既に日が変わっているため水曜日。つまり、正確には明後日ではなく明日の木曜日に配信者デビュー予定だ。


 沙羅は来週から学校が始まるため、それまでに少しはお金を稼いでおきたい。


 と言ってもまだ電車の定期代とか雨の日のバス代くらいだが、それでも金がかかるのは事実である。


 俺は布団に寝転がりながらも、今後の生活について深く考え込んでいた。


 だが夜も遅く、ダンジョン探索で体が疲れているため段々瞼が重くなっていき。


 いつの間にか、俺は深い眠りについてしまっていた──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る