第14話 何気ない日常
「ふわぁ〜⋯⋯ねむ」
翌日の朝。
俺は快晴の青空の下、大きく欠伸をしながら歩行者信号が青になるのを待っていた。
寝たとはいえ、さすがに睡眠時間4時間とちょっとは短かったようで、あまりにも眠いし目覚めが悪い。
一応沙羅が作ってくれた美味しい朝食を食べたため満足はしているのだが、それでも眠気だけにはどうも勝つことができなかった。
「今日はすごく眠たそうですね、天宮くん?」
「ふぁっ!?」
欠伸をしながら背筋を伸ばしていると、急に後ろから話しかけられて俺は変な声を上げて飛び跳ねてしまう。
まさかと思い後ろを振り向くと、そこには一昨日の雨の日一緒に学校まで登校した、高峯さんの姿があった。
「た、高峯さんか。びっくりした⋯⋯」
「驚かせてすみません。でも、面白い驚き方でしたよ? ふぁっ!? って、ふふっ」
俺の驚き方がどうも面白いのか、高峯さんが1人でクスクスと笑っている。
そのせいでどうも恥ずかしくなってしまい、無意識に後頭部を掻いてしまう。笑われているはずなのに、悪い気分じゃないのである。
「それにしても⋯⋯天宮くん、少し疲れたような顔してますよ? もしかして、夜更かしですか?」
「んー⋯⋯まぁ、そんなところかな」
「だめですよ。もう夏休みは終わったんですから、いつまでも夏休み気分じゃいつか体壊しちゃいますからね?」
「うん。ありがとう、気をつけるよ」
わざわざ俺のために叱ってくれる高峯さんに一言お礼を言うと、高峯さんはニコッと微笑みながら頷いてくれる。
そうこうしていると信号が青になり、俺たちは自然な流れで肩を並べ、一緒に登校することとなった。
傍から見たら珍しい組み合わせだと思われても、仕方のない関係だ。
だがそんなことを高峯さんは1ミリも気にしていないようで、俺みたいなぼっちに対しても分け隔てなく接してくれることが、なんだかすごく嬉しかった。
「ところで、天宮くんってつい最近雨時雨先生が出した新作をもう読みましたか?」
「えーと、確か『キミと私の小糠雨』だったっけ? 実は、夏休み中時間がなくてまだ買えてすらいないんだよね」
「それなら、私でよければお貸ししますよ?」
「えっ、いやでも、悪いよ」
「いえいえ、私はもう3回は読みましたし、個人的には早く感想を共有したいんですよね。あの場面、一体どういう意味か。どう解釈するのが正しいのか。2人の今後は、どうなるのか。天宮くんと、ぜひこの気持ちを分かち合いたいんですっ⋯⋯!」
ずいっとこちらに顔を近づけながら、少し興奮気味に語り続ける高峯さん。
高峯さんは本当に小説が好きなのだろう。普段見せる表情はお淑やかで大人っぽいのに、こういう時は年齢相応な幼い表情を見せてくれる。
俺が異世界に行く前だったら、多分俺は「もしかして高峯さんって、俺のこと好きなんじゃね?」と、勘違いしていただろう。
だが今の俺は、そこまでバカじゃない。高峯さんは基本的に誰に対しても同じ接し方をするため、俺だけが特別というわけではない。
それに、俺に高峯さんは不釣り合いすぎる。そもそも、俺が高峯さんの隣に立って歩いている時点で烏滸がましいのである。
まぁ、俺と高峯さんはクラスメイトだ。
だからこうして和気藹々と話していても、別に変ではないだろう。
「それじゃあ、今度お借りしようかな」
「分かりましたっ、それではまた後日持ってきますね。きっと、天宮くんもあの独特な世界観に引き込まれてしまいますよっ」
それからというものの、まるで子供のように目をキラキラと輝かせて語り続ける高峯さん。
俺は聞き手に回り、高峯さんに気になったことを質問したり相槌を打ったりなどして、会話に花を咲かせていた。
結局その日は、生徒玄関に入るまで会話は続いており。
ここ最近、ほんの少しだが高峯さんと仲良くなれたような、そんな気がした。
──────
昼休み。
俺はグラウンドが見える中庭の、日陰になっているところで1人菓子パンを食べていた。
目線の先には早々に昼飯を食べ終えた野球部らしき生徒たちがグラウンドのボールとバットを持ち出しており、少人数で簡易的だがバッティング練習をしていた。
「こんな暑い日に、よくやるよなぁ」
パンをむしゃりと食べながら、俺はディーパッドの画面をタップする。
そして俺は、ディーダイバーとして活動するべく、ディーパッド内にある配信アプリを開いていた。
「えーと⋯⋯まずは、チャンネル名だよな」
配信をするにあたって、まず一番最初に必要になるのはチャンネル名である。
チャンネル名は非常に大事であり、変な名前をつけるとそれだけで人が離れたりすることもあるため、慎重につけなければならない。
だが変な名前の配信者も少なくはなくて、中には"アルマ次郎"だとか"もちもっちーもっちー"のような配信者もいるため、変な名前も悪いというわけではない。
しかし俺が目指しているのは、普通の配信者だ。トップ配信者にはなれなくとも、中堅配信者としてある程度お金を稼げればそれでいいのだ。
「それなら⋯⋯いつものアレを使うか」
俺はディーパッドの画面に文字を入力し、そして迷うことなく決定する。
するとディーパッドの画面がぱぁっと明るくなり、画面には俺が入力した名前が映し出されていた。
【ようこそ"アマツ"様、ディーダイバーの世界へ!】
アマツ。この名は、俺がゲームをする時によく使う名前である。
苗字の天宮から"天"を取り、俺の好きなロボットの読み方を拝借して"アマツ"にしたのだ。
この名前ならまず身バレはしないし、まず名前の響きがいいから覚えやすくもあるだろう。
「あれ、天宮くん? こんなところでなにしてるんですか?」
配信の前準備を終えてディーパッドをしまったところで、後ろから聞き馴染みのある人の声が聞こえてくる。
その声につられて後ろを振り向こうとすると、その声の主──高峯さんが、俺の隣にやって来て腰を下ろしていた。
「俺はご飯食べてるところ。高峯さんは?」
「私は、環境整備委員会のお手伝いで花壇に水やりをして周ってました。今終わったところでして、教室に帰ろうとしたところで天宮くんを見つけたんですっ」
確かに高峯さんの横には水色のジョウロが置かれていて、ほんのりと水滴が滴っていた。
生徒会の仕事だけでなく環境整備委員会の手伝いもするだなんて、高峯さんは本当に優しい人だ。
でも、なんで俺の隣に座っているのだろうか。距離は人一人分空いてはいるものの、距離が近いのには変わりなかった。
「天宮くんって、昼休みになったらいつもすぐに教室を出ていくじゃないですか。もしかして、毎回この場所に来てたんですか?」
「まぁ、雨の日以外はね。ここ、結構いい場所だよ。この季節でも、風が涼しくて気持ちいいしね」
そう。この場所は俺のお気に入りの場所であり、1人静かになれる至福の場所なのだ。
ここからグラウンドが見えるため運動部の生徒に見られることはあるものの、それでもここは建物の関係上早朝以外はずっと日陰なため、夏でも涼しくていい場所なのである。
「⋯⋯確かに、涼しい場所ですね」
「でしょ。だからここは俺のお気に入りの場所な──」
お気に入りの場所なんだ。と言い切ろうとした瞬間、俺の足元にコロコロとボールが転がってくる。
どうやら、バッティング練習で打ったボールがここまで転がってきたようだ。
「邪魔してごめーん! 悪いけど、ボール投げてくれないかー?」
グラウンドの方に目を向けると、そこにはこちらに向かって歩いてくる野球部員の姿があり、ボールを投げてくれと手を振っている。
そんな野球部員のために、俺は足元に転がるボールを手で掴み、返すように投げるのだが。
「あ、やべ」
俺が投げたボールは、野球部員の斜め左上へと飛んでしまう。
だが俺がやばいと思ったのは、暴投してしまったからではない。
昨日ダンジョンに潜っていた時に使用可能にした【投擲】のスキルが、発動してしまったのである。
それにより、俺の投げたボールは空中で突然縦回転がかかり、そして有り得ない角度で野球部員のグローブの中へと吸い込まれていく。
そして、スパァン! と気持ちのいい音が、静かなグラウンドに響き渡っていた。
「──す、すげぇ! なんだ今のッ!?」
俺のボールを受け取った、野球部員の先輩? が、目をまん丸にして驚きを顕にしている。
そしてなにを思ったのか俺のところまで駆けつけてきて、突然俺の手を握ってきた。
「キミ! よかったら、野球部に入らないか!?」
「え、えっ!?」
まさかの申し出に、俺は一歩後退りしてしまう。
だが俺が一歩引けば先輩は二歩近づいてきて、真剣な表情で俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「あんな変化するボールを見たのは生まれて初めてだ! もしかして、小中で野球とかしてたかい?」
「い、いや、スポーツは特になにも⋯⋯」
「なんだって!? こりゃ、とんでもないダイヤモンドの原石が眠ってたもんだ! なぁ、頼むよ。ちょっとでいいからさ、うちに体験に来ないか? なっ?」
先輩がめちゃくちゃグイグイ迫ってくるせいで、断ろうにも断りづらい状況になっていく。
だがそんな俺と先輩の間に、高峯さんがやって来て。
「先輩、すみません。これから天宮くんと花壇の水やりをして周りたいので、一旦そのお話はまた今度でも大丈夫ですか?」
「うぇっ、あ、あっ、キミは確か生徒会書記の⋯⋯わ、分かった。それなら仕方ないな。天宮くん! キミがよければ、是非放課後野球部に足を運んできてくれ! きっと、監督だって喜んで受け入れてくれるからさ!」
「あ、は、はい。ぜ、善処しますね」
と言うと、先輩は「じゃ!」と一言だけ言い残し、仲間たちの元へ帰っていく。
その後ろ姿を眺めながらも俺はホッと胸を撫で下ろし、高峯さんに軽く頭を下げた。
「高峯さん、ありがとう。おかげで助かったよ」
「いえいえ。天宮くんが困っていたので、ちょっと小さな嘘をついただけですよ」
水やりはもう終わっているはずなのに、これから水やりをすると嘘をついて、高峯さんは先輩から俺を助けてくれた。
男としてなんとも情けない限りだが、それでも高峯さんの機転に救われたのは事実。こればかりは、感謝してもしきれなかった。
「これで貸一つ、ですねっ」
「え、えっ」
「ふふっ、冗談ですよ。そんな困った顔しないでください」
俺をからかってくる高峯さんが、どこか面白そうにくすりと笑った。
高峯さんでも、そんな冗談を言うことがあるのか。なんだかちょっと以外で、新しい一面を見られた瞬間であった。
「それでは、行きましょう。もちろん、水やりはもう終わってますけどねっ」
「⋯⋯高峯さんには敵わないなぁ」
俺は高峯さんと肩を並べ、グラウンドに背を向けながら花壇のある方へ向かって歩いていく。
結局この日は、高峯さんと談笑しながら学校敷地内にある花壇を回って昼休みを終えていた。
そのまま午後の授業が終わり、俺は1人で家に帰ってお留守番をしていた沙羅と一緒にゲームをしたりしながら、この日を終えていた。
そして、翌日。
いつも通りに学校へ通い、授業を受け、そして俺は放課後を迎えていた。
普通ならそこで家に帰るのだが、今日は家ではなく駅へと向かい、そして電車に乗って15分ほど移動し、隣町へとやって来た。
それから俺は、ネットの情報を頼りに住宅街から外れた工業団地へと向かっていき。
「おっ、あったあった。ようやく見つかった」
俺は、工業団地近くの空き地へとたどり着いていた。
手入れがされていないせいか草がボーボーで、地面も荒れに荒れている空き地なんて、普通なら来る価値はないだろう。
だが俺の視線の先には、空間に浮かぶ穴があった。
その穴の向こうには暗い岩壁の洞窟が見えていて、その穴がダンジョンの入口であるということを、これでもかと演出していた。
そう。この
「よし⋯⋯緊張するけど、行くか!」
俺は気合いを入れるべく一度自分の頬を叩き、そして拳を握り締めながらダンジョンの中へ飛び込んでいく。
完全初見で、名前しか知らない洞窟のダンジョン。
一体どんなモンスターが出てくるのか、どんなアイテムがあって、どんな宝物が眠っているか、楽しみである──
【ダンジョン名:光苔の洞窟】
【推奨人数:1人以上】
【推奨レベル:10以上】
【出現モンスター平均危険度:E】
【乱入モンスター:有】
【全プレイヤー合計死亡回数:16】
【最終階層到達者:14人】
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