第15話 光苔の洞窟-①
「⋯⋯こほん。えーと、これで合ってるのか?」
目の前に浮かぶカメラ付きの球体に向けて、俺は手を伸ばす。
その球体はディーパッドの配信アプリを開いた時に画面から出てきたものなのだが、手を伸ばしても触れることができなかった。
どうやら3Dホログラムのような性質をしているらしく、ディーパッドの画面で『自動撮影』というコマンドを入力することで、その球体は自由に俺の周りを飛び回っていた。
「だめだ。全然分からん」
ディーパッドの画面の右上には赤い文字でLIVEと出ているため、一応配信はできているのだろう。
だが画面の右下にある人型のアイコンの隣にある、視聴者の数を示す数字は0なため、まだ誰も俺の配信を見に来てはいなかった。
まぁ、それも当然だ。SNSで宣伝したわけでも、知人に配信すると教えたわけでもないため、そんなすぐに人が集まるわけがない。
沙羅には何度か「チャンネル名教えて!」と言われたが、俺は絶対に口を割ることはしなかった。
だって、恥ずかしいし。家族に配信を見られるとか、なんかちょっとやりずらいのだ。
「まぁ⋯⋯まだ誰も見てないと思いますけど、とりあえずダンジョン配信始めようと思いまーす」
在り来りなセリフを言いながら、俺は目の前にやって来るカメラに向かって手を振る。
「どうも、今回が初配信のアマツです。皆さん、よろしくお願いします」
手短に自己紹介を済ませ、俺はカメラに向かって軽くお辞儀をした。
身バレ防止のためにアマツと名乗っているが、顔を出してるんじゃ身バレするんじゃないか? と、普通なら考えるだろう。
だが俺には、そんな問題を解決するとあるアイテムがあった。
それは、ゴブリンシャーマンを討伐した時に出てきた宝箱の中に眠っていた、装備アイテムである。
その名も【黒染の仮面】だ。
仮面といっても隠れるのは顔の上半分であり、一応目元は出ている。完璧な身バレ対策とはいかないが、それでもあるとないとでは大違いだ。
それにこの仮面は装備効果で隠密性能があるため、ダンジョン探索にもってこいな性能をしているのである。
「本日挑戦するのは【光苔の洞窟】というダンジョンです。完全初見なんですけど、頑張って行こうと思います」
とりあえず適当に他の配信者がしてたような挨拶を済ませ、俺は洞窟の中を歩き進めていく。
本当にこんな配信で大丈夫か、不安になってくる。
だが一度始めた以上、やっぱやめますは非常にダサい。
そのため、俺はカメラの位置を意識しつつも、【光苔の洞窟】1階層目を1人進んでいくのであった。
──だがこの時の天宮は、まだ知らなかった。
──このなんとなく始めたダンジョン初配信で、後にディーダイバー界隈を騒がすほどの大記録を残すということを。
──そしてそれが、トップディーダイバーとしての始まりの一歩であるということを。
──────
【光苔の洞窟】は、太陽の日差しが差し込まない洞窟なのに、まるで昼間のように明るい洞窟であった。
それもそのはず。なぜならダンジョンの名前にある通り、地面や壁、そして天井の至る所に光を発する苔が群生しているからだ。
そして洞窟自体も入り組んでいたりするわけではなく、自由に駆け回れるくらい広々とした空洞のような洞窟なため、視界も良好で非常に動きやすいダンジョンであった。
「⋯⋯っ、足音が聞こえるな⋯⋯」
洞窟内を歩いていると進行方向からペち、ぺち、と、素足で歩いているような音が聞こえてくる。
俺は一度その場で引き返し曲がり角に身を潜め、そしてその足音の正体を探るべくこっそりと先を覗き込んだ。
『ギッ、ギィ』
そこには肌が緑色で、手に歪な形をした棍棒を持つ普通のゴブリンの姿があった。
この【光苔の洞窟】はダンジョン初心者を卒業した人にオススメのダンジョンとネットの記事で書かれていたため、てっきりゴブリンハンターより強いモンスターが出てくると思ったのだが。
実際に出てきたのは普通のゴブリンであり、なんだか少し拍子抜けであった。
だが、モンスターであることには変わりない。
俺は足元にある小さな石を拾い、そして俺から見て反対側にある壁に向けて、小石を指で弾いた。
『ギィ?』
弾いた小石が壁に当たることで小さな音が鳴り、その音を聞いたゴブリンがこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてくる。
だから俺は手に【首突きの短剣】を構え、ゴブリンがやって来るのを静かに待ち。
『──ギガバッ!?』
曲がり角で身を潜める俺の前に出てきたゴブリンの首を、短剣で一突きして喉仏を抉った。
それによりゴブリンは即死し、手に持っていた棍棒だけを残してキラキラと光の粒になって消えていった。
「⋯⋯さすがに弱いな」
俺は地面に転がる棍棒を手にし、ディーパッドを取り出し棍棒を保存する。
そこで俺は、画面の右下にある数字が0から2になっていることに気づいた。
「あっ、どうも。アマツです。たった今、ゴブリンを倒したところです」
軽く状況説明をすると、俺の目の前に周って来たカメラがとあるウィンドゥを表示する。
そこには『初見です』とコメントが書かれていて、初配信できた初コメントに俺は内心狂喜乱舞していた。
だがそれを見せてしまうと、ドン引きされていなくなってしまうかもしれない。
だから俺は一言お礼を言ったのだが、するとすぐにまた同じ人がコメントを送ってくれた。
────コメント────
・初見です。
・今のゴブリンの倒し方、いいね。
────────────
どうやら、今のゴブリンの倒し方を視聴者の方はお気に召してくれたようだ。
全体的にまだコメントの量は少ないが、それでもこうして確かに見てくれる人がいる。
それが嬉しくて、俺はつい笑みをこぼしてしまっていた。
「ありがとうございます。実は今回でダンジョン探索は2回目なんで不安だったんですけど、なんだか勇気が出ました。見てて飽きない配信にするつもりなので、これからもよろしくお願いします」
少し堅苦しい気もするが、配信始めたての身なためこれくらい謙っても悪いことはないだろう。
俺は配信を見てくれる2人の視聴者のため、そこでコメントを読むのをやめてディーパッドを胸ポケットにしまった。
「それでは、再開しようと思います」
それだけを言い残し、俺は再びダンジョン探索を再開する。
コメントのおかげか、先ほどよりも少しだけ足が軽くなったような、そんな気がした。
──────
【光苔の洞窟】に挑戦して、配信時間は20分を経過していた。
一方の俺は既に4階層目にまで到達していて、今はまた新たなモンスターと戦闘を繰り広げていた。
『キッ! キシャア!』
『キィ! シャァッ!』
洞窟の中を縦横無尽に駆け回り、俺を追いかけてくる蜘蛛型のモンスターの群れ。
そのモンスターは【スパイダーアント】という名のモンスターであり、鋭い顎を持つ全長30センチほどの蜘蛛が、10匹ほどの群れを作って突撃してくる。
だがその動きに、連帯感はない。あくまで個々が獲物を喰らうべく動き回っており、統率は全く取れていなかった。
「ふっ!」
『ギ、シャ──』
我先にと飛び出してきたスパイダーアントの顔面を蹴り、目を回して地面に横たわったところで首に短剣を突き刺して首を抉り落とす。
仲間と連携して狩りをするホーンウルフと違って、どうやらスパイダーアントは数の暴力で獲物を狩るモンスターらしい。
だがスパイダーアント1匹の戦闘力は大したことはなく、落ち着いて対処すれば簡単に処理できる弱いモンスターであった。
『シャッ!』
遠距離からこちらに向かって糸を飛ばしてくるスパイダーアントだが、俺はそれを回避して糸を飛ばしてきたスパイダーアントへと接近する。
スパイダーアントも負けじと大きな顎を開いて迎え撃とうとしてくるが、それよりも早く、俺の振るう短剣が太い首を貫く。
それからすぐに仲間の仇と言わんばかりに2匹のスパイダーアントが左右に現れて、俺の動きを止めるべく糸を飛ばして挟撃してくる。
だが俺はその場から数歩後退することで冷静に糸をやり過ごし、それにより2匹のスパイダーアントは、互いの糸に絡め取られて動けなくなっていた。
「⋯⋯物足りないな」
地面に転がってまとわりつく糸に足掻き苦しむスパイダーアントたちの首を、俺は的確に落としていく。
それから、俺はものの10秒ほどで残りのスパイダーアントも駆逐し、無事無傷で戦闘を終えることができていた。
「ふぅ⋯⋯まぁ、こんなところか」
俺はスパイダーアントがドロップした糸の塊──【蜘蛛蟻の糸玉】を8つほど回収し、一息つく。
この【蜘蛛蟻の糸玉】は投げて使用するアイテムのようで、命中した場所にへばりつき、対象の動きを阻害する効果があるらしい。
まぁ、使いようによっては便利だが、今そこまで必要かと聞かれればそういうわけではない。
ゴブリンシャーマンのドロップ品である【愚鬼祈祷師の金指輪】の装備効果のおかげか、倒したモンスターのほとんどがアイテムをドロップしてくれる。
一応ディーパッドにはアイテムの保存限界はないため、ドロップしたアイテムは全てディーパッド内に保存されてある。
いつ使うか分からないアイテムばかりだが、いつかきっと役に立ってくれる時がくるだろう。
「あれ、視聴者がまた増えてる」
1階層目でコメントのやり取りをしてから、俺は視聴者の期待に応えるべく1度も視聴者の数も、コメントも確認することはなかった。
だが今ディーパッドを見たところ、右下にあった2の数字が、今ではなんと16にまで跳ね上がっていた。
────コメント────
・え、強くね?
・これでダンジョン2回目ってまじ?
・誰かのサブ垢ですか?
・素直にすごい
────────────
盛り上がっている。とまではいかないが、先ほどよりもコメントの数が多くなっている。
そうしている内に視聴者の数が増えて20になり、ほんの少しだが、盛り上がりつつある配信になっていた。
「すみません、夢中になっててコメントに気づけませんでした。皆さん、初めまして。本日ディーダイバーになったアマツです。どうかよろしくお願いします」
カメラに向かってそう挨拶すると、再びいくつかのコメントが書かれていく。
────コメント────
・今日デビュー!?
・まじかよ
・本当だ、チャンネル登録者まだ1人じゃん
・チャンネル登録しました。
・今後に期待。
────────────
配信のコメント欄っててっきり荒れに荒れるものだと思っていたのだが、今俺の配信を見に来てくれている人たちは皆優しく、素直に俺のことを応援してくれる。
気づけばチャンネル登録者も10人になっていて、今配信に来ている人の半分が、俺のチャンネルを登録してくれたようであった。
「皆さん、チャンネル登録ありがとうございます。皆さんの期待を裏切らないよう、頑張りたいと思います」
10人。たった10人だが、それでも10人だ。
10人の人が、俺に期待をして新参者の俺なんかのチャンネルを登録してくれた。
中には興味本位だったり、試しに登録しただけの人もいるかもしれないが、それでも登録してくれたことには変わらない。
だから俺はそこでコメント欄を見るのをやめて、ダンジョン探索を続けることにした。
次の階層は、ボスモンスターの待つ5階層目。視聴者の期待に応えられる戦闘ができるか不安だが、今の俺にはがむしゃらに挑戦するしか選択がない。
そのため、俺は道中に現れるモンスターを1匹残さず撃破しながらも、ボスモンスターの待つ5階層目を目指し、洞窟の中を駆け巡るのであった。
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