第16話 光苔の洞窟-②

 【光苔の洞窟】で配信を開始してから、30分が経過しようとしていた時。


 俺は今、ボスモンスターが待ち構える5階層目にまでたどり着くことができていた。


『グオォォ⋯⋯!』


 こちらを強く睨みつけながら、唸り声のような声を上げるモンスターが、広々とした大空洞の真ん中で仁王立ちしている。


 身長は2メートル以上あり、浅黒い茶色の肌をした筋骨隆々の肉体は、まるで岩壁のよう。


 額には小さな2本の角があり、そして手にはゴブリンが持っている棍棒よりも2倍近くの大きさの棍棒が握られていた。


「あれは⋯⋯オーガ、か?」


 一見大きくなったゴブリンのようにも見えるが、その生態や戦闘能力は通常のゴブリンとは比べ物にならない。


 腹がでっぷりと出ているゴブリンに対し、オーガは全身の筋肉が発達しており、知性もゴブリンよりかは賢い。


 だがその分、動きが少し遅い特徴がある。ステータスがあるとすれば、俊敏性を捨てて筋力と体力に特化したモンスターと言えば分かりやすいだろう。


 まぁ、これは俺の知っているオーガの知識なため、目の前にいるオーガにも当てはまるかどうかは別ではあるのだが。


────コメント────


・オーガなんて倒せるのか?

・一応危険度Dのモンスターだぞ。

・フィールドが広いから、逃げ回ればなんとかいけるかも

・その戦法は寒すぎる。


────────────


 流れていくコメントに軽く目を通してから、俺はディーパッドからとあるアイテムを取り出し、いくつか足元に置いておく。


 本来なら持ち運びたいのだが、俺の着ている服はそこまで収納ポケットが多いわけではないため、後に使うべくとりあえず出しておくだけ出しておいたのだ。


『グオォッ!』


 俺がまだ準備しているのにも拘わらず、オーガは体を大きく仰け反らせながら咆哮を上げ、そしてこちらに向かって突進してくる。


 突進してくる。といっても、やはり俺の予想通り動きはそこまで早いわけではない。


 だが体が大きい分、一歩の移動距離が俺よりも遥かに長いため油断は禁物であった。


『グオォガァッ!』


 オーガが叫び声を上げながら棍棒を頭上にまで大きく振りかぶり、そして俺を叩き潰すべく全力で棍棒を振り下ろしてくる。


 当たれば即死。掠っても大怪我してしまうほど強力な一撃。風を裂き、地を割るほどの強烈な一発。


 だがその攻撃は、俺からして見ればあまりにも遅すぎた。


 俺はあえてギリギリまで回避せず、残り数センチあるかないかのところで、横に飛んで棍棒による一撃を回避する。


 それによりオーガは棍棒で地面を思いっきり殴っており、その反動のせいで腕が痛むのか、オーガは少し嫌な表情を浮かべていた。


「ははっ、隙だらけだぞ」


『グゥオォッ!?』


 手を閉じたり開いたりしてるオーガに向けて、俺は【蜘蛛蟻の糸玉】を投擲し、見事顔面に的中させる。


 それによりオーガの視界が破裂した蜘蛛の糸によって遮られ、オーガはすぐに糸を取り除くべく顔に手を伸ばしていた。


 だがそれによって、棍棒を持つ手は隙だらけになっており。


「とりあえず、ゆっくりやっていこうか」


 オーガの棍棒を持つ右手の手首に剣先を向け、浮き上がる血管を切るように鋭い突きを二回三回と放っていく。


 血飛沫──ではなく、光のエフェクトが飛び散る。だがそれは深い傷ではないため、飛び散る光の量も微々たる量であった。


『グァアゥッ!』


 顔面に付着した蜘蛛の糸を払ったオーガが、手首にできた傷など気にも留めない様子で力任せに棍棒を振り払ってくる。


 だがその時には既に俺はオーガの懐に潜り込んでいて、先ほどディーパッドから出したゴブリンの棍棒を手にし、オーガの下顎に棍棒による一撃を叩き込んだ。


『グォオォッ!?』


 その一撃によってオーガは体勢を崩しており、棍棒で殴られたことで脳が揺れたのか、その場で片膝をついていた。


 だがこの一撃は、偶然の一撃だ。


 元々俺は棍棒を他のアイテム同様、地面に置いておこうと思っていたのだ。


 だがその隙を狙われ、オーガは突進してきた。その際に俺は手に持っていた棍棒を手放すことができず、今に至っているのである。


 しかしそのおかげで、オーガに大ダメージを与えることができた。


 怪我の功名とは、こういうことを言うのかもしれない。


「次は⋯⋯コレだな」


 戦い始めてまだ数分程度だが、このオーガ、大分戦いやすいモンスターだ。


 動きは安直で読みやすいし、大柄なため攻撃も当てやすいため、アイテムを試すのにはもってこいの相手だ。


 だから俺は懐に忍び込ませておいたとあるアイテムを3つほど取り出し、オーガの右手首にある傷に向けて3つ同時に投擲した。


『グォオ──グゥ⋯⋯?』


 攻撃を食らったことで声をあげようとするがオーガだが、食らった瞬間にダメージが少ないことに気づいたのか、どこか不思議そうに首を傾げていた。


 だがそれもほんの僅かな時間であり、再びオーガは棍棒を振り回し、俺に向かって接近してくる。


 振り下ろしはその場で横回避し、振り払いはその場で屈んでやり過ごし、そして懐に潜り込み棍棒による一撃を叩き込む。


 コメントによるとオーガは危険度Dらしく、以前戦ったゴブリンシャーマンよりも大分弱い部類だ。


 なんなら、攻撃の反応速度や足の遅さを考えると、ゴブリンハンターの方が厄介なまである。


 オーガもゴブリンハンターも同じ危険度なのだが、個人的には、ゴブリンハンターを相手にするよりもオーガの方が圧倒的に楽であった。


『グォオォォッ!!』


 どれだけ棍棒を振り回しても攻撃が命中しないことで怒りのボルテージがマックスになったのか、オーガが地団駄を踏みながら振り下ろした棍棒を持ち上げようとする。


 だがそこで、オーガの身に異変が発生した。


『グ、ォオ⋯⋯?』


 困惑した様子で、自身の右腕を見つめるオーガ。


 どれだけオーガが力を入れても、棍棒はビクともしない。それどころか、腕すらもマトモに動かすことができずにいた。


 それもそのはず。


 なぜなら、オーガの右腕は随分と前から毒に冒されてしまっているからだ。


「よし、やっと効いてきたか」


 その毒の正体。それは、俺が先ほど投擲したアイテムによるものである。


 そのアイテムは、以前挑んだ【深緑の大森林】に生息しているファングバットがドロップした、【小翼の毒牙】だ。


 それは小さな翼の生えた投げナイフのようなアイテムであり、命中した相手を毒状態にするというもの。


 先ほど俺がオーガの手首の血管を切ったのは、ダメージを与えるためではなく毒を回すためだったのだ。


 俺の経験上、ゴブリンやオーガといったモンスターは、毒などの耐性が非常に低い傾向がある。


 だから俺は未使用アイテムの実験を兼ねて【小翼の毒牙】を使用したのだが、その効果は絶大であった。


「さて⋯⋯もう大丈夫だろ」


 もっと他のアイテムの実験もしたいが、これ以上ぐたぐだ戦い続けてしまうのは、配信的にNGだ。


 1匹のモンスター相手に5分以上も時間を使ってしまえば、絵が変わらなくてきっと面白みに欠けてしまうだろう。


 だから俺は棍棒を地面に置き、短剣の柄に力をグッと入れ、オーガへ向かって駆け出した。


『グゥ、グォオォォッ!!』


 右腕が動かなくなってもなお、オーガは抵抗を見せて無事な左腕で棍棒の柄を掴み、真っ直ぐ突っ込んでくる俺を吹き飛ばすべく棍棒を力任せに薙ぎ払っていた。


 だがオーガも馬鹿ではないため、先ほど俺が振り払いを屈んで回避したことを覚えているようで、今回は地面スレスレに棍棒を薙ぎ払ってきた。


 このままでは、屈んで回避することができない。


 だが下に回避できないのなら、上に回避すればいいだけの話だ。


「よっ、と」


 俺はその場で跳躍して迫り来る棍棒の上を飛び、そしてオーガの左手首を踏み台にしてさらに跳躍する。


 そのまま俺はオーガの肩から首の後ろに回り込み、そして両手で柄を握った【首突きの短剣】を首に突き立て。


「よい、しょ!」


『グ、ガァアァァアァッ!?』


 俺はオーガの首に短剣を突き刺し、自分の体重を活かして突き刺した短剣にぶら下がり、オーガの首を無理やりへし折っていく。


 それによりオーガは両膝をつき、背中を大きく仰け反らせ、天井を見上げながら絶叫を大空洞に響かせた。


 じたばたと暴れるオーガだが、首の深くにまで短剣が突き刺さった状態で動き回るのは、悪手であり。


『ガ、グ、ガァ、ガ──』


 最後は弱々しく、オーガは天井に向かって左腕を伸ばしていた。


 それはまるで、誰かに救いを求めるようで。


 だがその期待は虚しく、オーガは力なく声を上げながらも、呆気なく絶命した。


「まっ、ざっとこんなもんだろ」


 光の粒となり消えていくオーガを眺めながら、俺は手をパンパンっと叩いて砂埃などを払い落とした。


 そしてオーガが完全に消え去るとそこには1つのアイテムと、少し大きめな宝箱だけが残されていた。


「よし、早速戦利品の確認だ。さて、なにが出るかな〜」


 いくら弱いモンスターとはいえど、ドロップしたアイテムや宝箱の中身を漁るのは、きっとどれだけダンジョンを探索しても飽きることはないだろう。


 俺は内心ウキウキしながらも、オーガがドロップしたアイテムと、宝箱から出たアイテムを確認するべく、ディーパッドを取り出すのであった。




──────




 天宮──ではなく、アマツがボスモンスターであるオーガに挑んでいる頃。


 コメント欄は、少人数ながらもアマツの活躍によって大いに盛り上がっていた。


────コメント────


・は? あれ回避するとかまじかよ。

・いや、普通にめっちゃ強いじゃん。なにこの新人。

・回避の精度もすごいけど、攻撃の精度もやばい。全部的確にダメージを与えてるぞ。

・なんだコイツすげぇw これで初配信とか、期待値高すぎww

・てか、ここのダンジョンを30分で5階層目って普通にすごくね? なに、RTAでもしてんの?

・こいつオーガ怖くねぇのかよ。やばいな。


────────────


 アマツの配信を見に来た者たちは、ほんの興味本位でやって来た者ばかりであった。


 配信してたからなんとなく。なぜかオススメに上がったからちょっと覗いてみるつもりで。初心者がモンスターに苦しむ様子が見たいだけ、


 などなど、誰もが"少し見たら抜けてもいいか"程度で来ただけで、誰もアマツのダンジョン配信など期待していなかった。


 しかしアマツの配信は、色んな意味で奇抜であった。


 普通なら戦わなくてもいいモンスターとも戦い、モンスターにバレることなど気にせずダンジョン内を駆け回り、そして出会うモンスターのほとんどを一瞬で撃破する姿に、視聴者たちはあっという間に引き込まれてしまっていた。


────コメント────


・初配信で同接50人越えとかやばくね?

・いや、だって普通に強いし見てて面白いもん。

・ここのダンジョンって、30分で5階層目まで行けるもんなのか? 大体早くても1時間とかかかってるよな?

・普通なら無理。でも、道中を見たら分かる。こいつ動きに無駄がなさすぎる。

・まじか。あとでアーカイブ見てみよ。

・初見です。掲示板から来ました。

・もう掲示板に名前載ってるのかよw

・それは早すぎて草


────────────


 先ほどまでチャンネル登録者10人だったアマツのチャンネルも、今では既に30人を超えていた。


 まだまだ駆け出しなため小規模ではあるものの、初配信かつ配信初めて30分で無名の配信者のコメント欄がここまで盛り上がるのは、かなり珍しい出来事である。


 そしてアマツが投擲した毒投げナイフによってオーガの右腕が動かなくなり、戦いが終わりを迎えようとしていたとき。


 最後のアマツによる首元へのトドメの一撃がオーガを襲った瞬間、一気にコメント欄が加速した。


────コメント────


・無傷でオーガ撃破ってまじ?

・強すぎw こいつ何者だよw

・うっわ、エグすぎる

・久しぶりに見てて楽しい配信だわ

・てか、最後にさりげなく棍棒の上飛び越えてたよな? もしかしてスキル持ちか?

・いや、多分それはない。さっき言ってたけど、ダンジョンに挑戦するのは2回目らしいぞ。

・は? じゃあ素のフィジカルってことかよ

・化け物やんけ笑


────────────


 アマツがオーガを難なく討伐したことで、コメント欄は盛り上がりに盛り上がっていた。


 ボスモンスターであるオーガを倒したおかげかチャンネル登録者も52人にまで増えていて、視聴者の数もなんて94人と、100人一歩手前まで来ていた。


 それもそのはず。


 なぜなら、このアマツのダンジョン配信がとある掲示板でちょっとした話題になっているからである。


 だがそれをアマツが知るのは、もう少しあとの話である──

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