第34話 ボスモンスター戦
この【蠱惑の花園】というダンジョンに挑んでから30分ほどで、俺は同業者である桃葉モモさんと出会った。
そこでなんやかんやあって一緒にダンジョン攻略をすることになって、結果的にそれがコラボ配信という形に落ち着いてしまった。
今日俺は配信はせず、ただ武器の性能を確かめるためにダンジョンに来ただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
まぁでも、一度引き受けた以上今更断るだなんて、そんなの男としてダサすぎる行為だ。
だが懸念すべき点は、桃葉さんがどれくらい人気のあるディーダイバーなのか、である。
道中、桃葉さんがカメラに向かって何度か視聴者に話しかけていたが、あの感じだと結構配信慣れしててもおかしくはない。
予想はできないが、ざっと見てチャンネル登録者10万人くらいだろうか?
いや、もう少し多めに見て20万人か? それとも⋯⋯ダメだ、考えてもよく分からない。
桃葉さんには悪いが、あまり影響力のないディーダイバーだと個人的には大助かりだ。
いっそのことチャンネル登録者が数人とかだったら、アマツの名が変に広まることはないのだが⋯⋯ちょっとだけ不安である。
「⋯⋯⋯⋯っ」
俺は今桃葉さんと一緒に【蠱惑の花園】10階層目にまでやって来ることができたのだが、そこには前の階層と同じように、広々とした空間に綺麗な花々が咲き乱れていた。
天を仰げば快晴の青空。足元を見れば美しいお花畑。まさに、最高のピクニック日和であるのだが──
「アマツさん! あ、あれ⋯⋯!」
そんな長閑な空間の真ん中にいる、明らかに異質なモンスターに向けて桃葉さんが指をさす。
『クルル、クルルルル⋯⋯?』
そう。そこにはカマキリがいた。
全長は4メートルほどはある緑色のカマキリであり、たまに自然で見るカマキリが巨大になっただけのように見える。
だがそのカマキリには腕が4本あり、その腕先にはカマキリ最大の武器であるあの自慢の鎌が、腕と同じ数だけ生え揃っていた。
俺が持つ【首絶ツ死神ノ大鎌】と、同じサイズ感の鎌を4本も持つカマキリ。
それだけで、そう簡単に倒せる相手ではないということが分かるだろう。
「アマツさんっ、今あのカマキリの情報を確認しますねっ!」
急にそんなことを言い出す桃葉さんが、どこからか取り出したディーパッドを手にして、4本鎌のカマキリをパシャッと写真に収める。
それから桃葉さんは、俺に向けてディーパッドの画面を見せつけてきた。
【個体名:キラーマンティス】
【危険度:B+】
【レベル:54】
そこには確かに、カマキリ──いや、キラーマンティスの情報が映し出されていた。
だが俺はキラーマンティスの情報よりも、ディーパッドの機能の方に目が離せなかった。
「へぇ⋯⋯ディーパッドって、こんな機能があるんですね」
「えっ、アマツさん知らないんですか? こんなの、カメラ機能でモンスターを撮影するだけで一瞬ですよ?」
えぇ⋯⋯なにそれ、俺知らない。
ていうか、そんな便利機能あるのかよ。ディーパッドくんさぁ、そういうの分かりやすく教えてくれてもいいんじゃないですかね。
もっと初任者にも分かるようなチュートリアル機能を搭載するとか、もうちょっと優しくしてほしいものである。
まぁ、今はそんなことうだうだ言ってても仕方ないか。
「桃葉さん。今魔力の方は、どれくらいですか?」
「えーと⋯⋯まだ半分も回復できてないですっ。でも魔石を割れば、すぐに全快しますよ?」
「それは勿体ないですね。では、キラーマンティスは俺1人でやってきます」
「え、えぇっ!?」
大鎌を肩に担ぎ、キラーマンティスのいる方に俺は歩きだす。
すると俺の正面に桃葉さんが飛び出してきて、両腕を広げて俺の歩みを止めてきた。
「あ、あの! 一応、危険度B+ですよ? それに、ボスモンスターでもありますからね? デスリーパーを倒したアマツさんでも、さすがにちょっと大変なんじゃ⋯⋯」
「大丈夫です。というより、あのキラーマンティスとは1人で戦ってみたいんですよね」
「ひ、1人で、ですか⋯⋯?」
「はい。俺の大鎌一本と、キラーマンティスの鎌四本⋯⋯どっちが優れてるか、気になるじゃないですか」
これは、まさに運命だ。
ここにきて同じ鎌使いと戦えるなんて、それがいくらモンスターだとしても光栄ってものだ。
正直、まだ俺の手にはそこまで大鎌は馴染んでいない。
だからここで、この世に生まれ落ちたその時から鎌と一緒に過ごしてきたキラーマンティスと、一騎打ちで戦ってみたいのである。
「でももし危なくなったら、援護をお願いしてもいいですか? その時は、アイコンタクトを送りますので」
「っ! わ、分かりましたっ!」
と言うと、桃葉さんは俺の元から離れて戦いに巻き込まれない距離まで走っていく。
そしてふよふよと浮かんでいる配信用カメラを操作し、自分自身の横にカメラを配置して、こちらの方にカメラのレンズをジーッと向けてきた。
「⋯⋯我儘でごめんな、桃葉さん」
ぼそっとそう呟きながらも、俺は大鎌を肩に担ぎながら歩き、キラーマンティスの元へと歩み寄っていく。
そして俺とキラーマンティスまでの距離が5メートルを切った瞬間、突然キラーマンティスはギョロっとこちらに向けて顔を動かし、足を伸ばしてぐぐっと立ち上がっていた。
『クル、クルル?』
「待たせて悪かったな。さぁ、思う存分やろうぜ。キラーマンティス」
自分よりも遥かに小さな体を持つ俺を敵として見ていないのか、キラーマンティスはどこか気だるそうにのそのそと歩いてくる。
その時、キラーマンティスがなにかを踏んだのか、キラーマンティスの足元でパキッと小さな音が鳴る。
その音に釣られ、キラーマンティスの視線が一瞬だけ自身の足元へと向けられたところで。
「いいのか? そんな余裕ぶっこいててよ」
『ッ!?』
俺の声が聞こえたからか、キラーマンティスが脊髄反射でその場から飛び跳ねて後退する。
そしてどっしりと着地した瞬間、キラーマンティスは自身の体に起きた異変に気づき、腕を振り上げようとしていた。
『クルル、クルルル⋯⋯?』
「おいおい、どこ見てんだ? 探し物はこれだろ?」
そう言って、俺はキラーマンティスの足元にあるものを放り投げる。
それは先ほどまでキラーマンティスの胴体から生えていたはずの左腕であり、4本の鎌が特徴的なキラーマンティスは、既に1本の鎌を失ってしまっていた。
『ギュア! ギュァアァアッ!』
「ははっ、やっとやる気になったか!」
自慢の鎌を切断されたことで怒り心頭なのか、キラーマンティスが怒り狂った鳴き声を上げながらこちらに向かって肉薄してくる。
だから俺は引くことなくむしろ前へ飛び出して、自らあえてキラーマンティスの間合いへと踏み込んだ。
『ギュア! ギュァァア!!』
「なーに怒ってんだよ。余裕ぶっこいてたお前が悪いんだろ?」
俺の言葉を理解しているのかどうかは不明だが、煽れば煽るほどキラーマンティスの攻撃が鋭くなる。
計3本の鎌による連撃は見事なもので、右上腕の鎌は真っ直ぐに振り下ろされ、左下腕の鎌は斜め下から抉るように迫ってきて、右下腕の鎌は真横に薙ぎ払うように振り払ってくる。
そんなめちゃくちゃな動きをしてしまえば腕が絡まってしまってもおかしくはないが、キラーマンティスにとってはそれが普通なようで。
一度振り払った鎌はすぐに次の攻撃へと移行し、同じ角度、同じ速さで攻撃しないよう、時折フェイクを入れてキラーマンティスは連撃を仕掛けてきた。
その芸当は流石なものだ。だが腕が1本ない分、どうしても埋められない箇所が出てくる。
俺は避けられる攻撃は回避し、直撃する攻撃は大鎌で弾いてを繰り返し、キラーマンティスとひたすらに肉薄を続けた。
「んー⋯⋯パターンは豊富だけど、なんか単調に感じるな。もっと工夫とかしてみたらどうだ?」
『ッ! ギュアァアァァッ!!』
俺の言葉に激昂したキラーマンティスが、強引に攻撃パターンを変えてくる。
だが、結局それはただの連撃であり。
「おいおい、それじゃさっきと同じじゃねーか」
その時点で俺はキラーマンティスから学べるものはなにもないと悟り、2本残っている右側の腕の、上の右腕を俺は切り落とした。
『ッ!? ギュァアァァッ!?』
「腕の1本切り落とされたくらいで動揺してちゃ、それはもう武器じゃなくてただの弱点だぞ?」
仰け反るキラーマンティスの1本ずつ残った右腕と左腕を、俺は大鎌を薙ぎ払うことで同時に切り落とす。
それによりキラーマンティスは自慢の鎌を全て失ってしまい、ただの腕のない大きなカマキリへと成り下がっていた。
『ギ、ギュ、ァア⋯⋯!』
「最初の不意打ちは謝る。だが、それがなくても勝ったのは俺だっただろうな」
『ギギャ──』
項垂れるキラーマンティスの首を刎ねることで、【蠱惑の花園】10階層目のボスモンスター戦は、ものの2分ほどで終わってしまう。
危険度がB+だったためもっと強いものだと思っていたのだが、正直ガッカリである。
いや、それもこの【首断ツ死神ノ大鎌】が強すぎるせいかもしれない。
単純に切れ味がいいし、首への特攻ダメージや即死属性があるこの武器の真価を発揮させるには、きっともっと難易度の高いダンジョンじゃないと無理なのだろう。
なんて思いながらも、俺はキラーマンティスがドロップしたアイテムを回収し、遠くでこちらを眺めている桃葉さんのところへ向かって歩いていくのであった──
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